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王都を乗っ取ったエルフ達が、義勇軍の殲滅作戦を準備していることを知ったリーアは最終反抗作戦の実行を決定した。
掻き集められるだけ戦える者達を集め、ウィルキスの協力により武器や鎧も調達することができた。さらには、エルフ達よりも早く準備を進めていたお陰で、先手を打って行動することができるのは何よりも強みになりそうだった。
義勇軍達は王都の近くに陣地を作り、数時間後に控えた作戦の為に篝火を焚き待機をしていた。改めて見回してみても、あらゆる種族が一つの巨悪の為に手を取る姿は、この世界の理想形のようにもリーアは思えた。
驚くべきことに、王都側の騎士や兵士は全て義勇軍に協力してくれるそうだ。その中には、保を困らせたダイトアや王様の伝言役だったイトラの姿を見受けられた。
さすがに決戦の前となると休む気分にもなれないリーアは、陣地を見て回っていた。
「おっひさー、リーアちゃん」
やけに野太い声で呼ばれたリーアが振り返れば、そこにはダイトアとイトラの姿があった。
「無事で良かった、二人とも。挨拶にでも行ければ良かったのだが、何かと忙しくてな」
「忙しいのは見てて分かるわぁ。それよりも、リーアちゃんは次の戦いに専念しないとねぇ」
相変わらずクネクネと腰を振りながら喋るダイトアだったが、リーアはダイトアの持つ自分らしさに心を救われる気持ちになる。
リーアは先程から一言も発しないイトラが気になり、視線を向ければ、黙って俯いていた。
「……どうかしたか、イトラ」
「こぉら、イトラちゃんも挨拶しないと」
ダイトアがイトラを小突けば、肩を震わせながらようやく話し出す。
「……リーアさんは、本気でアキホさん……いいえアキホと殺し合うつもりですか?」
「ちょっと、イトラちゃん!」
慌てて両手で口を塞ごうとするダイトアをリーアが手で制せば、イトラの肩に手を置いた。
「そうだ、本気で殺すつもりだ。アキホは多くの血を流しすぎた」
「私は大勢の人達を殺したアキホが憎いです。貴女とアキホは、裏切る直前まで仲間だった。……本当に貴女のことを信用していいのですか?」
よほど辛い体験をしてここまで来たのか、訴えかえる表情は最早悲痛とすら呼べた。最初はおどけて止めようとしていたダイトアが口を閉ざしてしまうほどに。
イトラの問いかけに、リーアは今さらだとさえ思えた。
この問いかけは、幾度となくリーアは心の中で繰り返してきたものであり、既にそれは過去になり、新たな決意の炎を燃え上がらせる薪の役目にしかならない。だが、イトラが欲しがっている返事は長たらしい覚悟の言葉ではない。目的だけ告げればいいのだ。
「イトラ、私の目をよく見てから聞いて欲しい。アキホは、必ず私の手で討つ。もしも信用できないというなら、ここで殺してくれても構わん。同胞達を殺め、突き進んだ道はアキホやギマリスを討つ為だ」
どれだけ言葉で繕ってもイトラを誤魔化すことはできないのは分かっていた。じっと見つめるイトラの目の奥には、何か魔障的な光が窺えるが、その程度で余計に言葉を飾ろうとも思わなかった。
イトラが一度顔を逸らし、次に視線が重なる時には瞳の魔障の光は消えていた。
「……どうやら信用できそうですね。すいません、数々の非礼をお詫び申し上げます」
相変わらず近くにいるだけで息を呑みそうなイトラの緊張感はそのままだが、殺気まで放っていた先程に比べればリーアとしてはいくらかは楽だった。
戦いの前で重圧に感じているのだろうと考えたリーアは、短く息を吐いてイトラに笑いかけた。
「構わない、私は真実を問われて、それに答えただけだ。……どうやら魔法を操れるようだな。この戦いでは期待しているぞ」
「は、はい!」
説教でもされると思っていたのかイトラは、目を輝かせて頷いた。ずっとこのままの顔で居てくれたら嬉しいとすらリーアは思ったが、もう数時間もしたら命のやり取りの中に立たされると考えると沈鬱な気分になった。
リーアの対応が気に入ったのか、イトラの隣でダイトアが親指なんか立ててくれている。やはり、ダイトアは救いになるかもしれない。
「それでは、私はもう行くよ。二人とも、期待しているぞ」
「任せなさーい」
「ご期待に添えられるよう、尽力します!」
頼もしい二人の声に背中を押されて歩き出すリーアの心の影は晴れることはなかった。
この戦いはリーア自身で始めたことで、そもそも守りたい人達を戦わせないために始めたことだった。だが、結果として全員を巻き込みながら戦い続けることになってしまった。
大勢は守れなくていい、いいや、それは違う。
「私かけがえのない人を守れなかったから……そうか」
直前になってリーアは己のやりたかったことが理解できた。
リーアにとって、保は世界そのものだった。愛するということは、世界が変わるということ。保を失うことで、世界は絶望に染まった。そして、空虚な感情を補うように保を守れなかった後悔が、亡執のように救済を続けさせた。だが、リーアは満たされない。このぽっかりと空いた穴は、アキホを討てば塞がるのだろうか。
「戦いが終われば、私はどうするのだろうか」
既に手を真っ赤に染め、愛する者を失った世界で生き続けるのは、酷く滑稽に思えた。
迷いの中、リーアは義勇軍の面々の表情を見た。一人一人が心に痛みを抱えていた。少なくともこの場所にいると、自分の満たされない思いは忘れることができる。
まさか自分は、戦争が終わることを嫌がっているのか。脳裏に思いもよらぬ可能性が浮かんで、リーアは大きく深呼吸をした。
「これからのことは、全てが終わってから考えよう」
全て終わらせる、と念を押すようにリーアはもう一度呟くのだった。
※
崩壊した王城のザブリウスの私室があった部屋にアキホはいた。ザブリウスが雑務をこなしていた椅子にアキホは座ると、城の周辺を中心に廃墟の続く都市を見渡していた。
思えば遠くまで来たものだとアキホは考えていた。
保がやってきた意味、そして、保の真実に気づくまでは、こんな未来は永遠に来ることはないはずだった。
保が悪いわけではない、彼はただ巻き込まれただけで、被害者に過ぎない。では、巻き込まれただけの保を殺した自分はどうなるのだろうか。
「……やるべきことをするだけ。大丈夫、全ては一つになるから」
自分でも誰に向けた言葉か分からないまま、呟いた声は灰色の空に消えていくようだった。
「――感傷に浸っている場合ではないぞ」
抑揚のない声に気づき、目線だけを声のした方に送るとギマリスが入り口の辺りに立っていた。そして、ザブリウスに殺されたエルフ達の絨毯のような血痕を踏み越えて、机を挟んでアキホの側までやってくる。
「エルフ達の人間殺戮劇場を見ろというなら、私の趣味じゃないんで遠慮しておくわ」
「あれは私の知らぬところで始めた部下達の児戯。食用にもならぬ家畜で戯れるぐらい許してやるものだ。……義勇軍の拠点が見つかった」
「あらそう、良かったわね。平行して準備もしていたし、明日にでも侵攻を始める?」
口にはしないもののギマリスはおざなりなアキホの態度に、少なからず僅かに目を細めた。
「お前の功績には、礼を言おう。だが、世界を滅ぼすのだ。こんなところで、腑抜けているようなら捨て置くぞ」
苦笑しつつアキホは手をパタパタと振った。
「あーいやいや、そういうわけじゃないってば。本当に。ただねえ、現在の義勇軍達は絶対にこちらには侵攻はしてこないわ」
「何故そんなことが言えるのだ」
「私達がいろんなところを壊しまくってるけど、この王都に入り口は一つだけよ。まさか、リーア達が隠し通路を知っているとは思えない。ましてや近衛騎士だって知らないなら、絶対に分かるはずない」
「だからこそ、侵攻を気にする必要はないと?」
指を唇に当ててアキホはクスクスと笑う。
今度こそ、露骨に小馬鹿にしたようなアキホの様子にギマリスは眉を顰めたがアキホの次の言葉を待った。
「入り口が一つだけで、しかも近づくだけで攻撃を受けるってことは、一番入りやすい時を狙うものよね。兵が一点に集中し、城が完全に解放されるその時にやってくるはずよ。つまり、義勇軍への侵攻作戦を開始すると同時に奴らは攻め込む。この王都でリーアは決着をつけるつもりよ」
ギマリスは唸るように呼気を漏らせば、部屋の崩壊した壁から窺える城門を見た。
「しかし後手に回るか。ここまで進撃をしてきた我らが、篭城して争えというのか。それは、我がエルフ族の誇りに泥を塗るようなものだ」
「ギマリスなら、そんな風に言うと思ったわよ。……いんじゃない、ギマリスの望みどおりに圧倒的なエルフの力で蹂躙してくれば。弱りきっていたとはいえザブリウスを討った貴方がいれば、エルフ達の士気も自然と高くなるはずよ」
「では、そうさせてもおう。明日にでも、侵攻を始める」
鎧に装飾されたマントをひるがえしギマリスが退室しようとするが――。
「――ちょいと待ちなさい」
「何用だ。此度の戦は、私達だけで十二分だ」
「いーや、そういうことじゃないってば。……こいつら、連れていきなさい」
パンパン、とアキホが二回手を叩けば、影の中からうねうねと何か芋虫のような動きで数体出現すれば、それは次第に長い手足を肉体から生やして人型になれば最後はエルフの形になる。ただし、彼らは白目を剥き、髪は男も女も抜け落ち、肌色はダークエルフよりも黒い木炭のような濃いブラックカラーをしていた。
「見覚えあるわよね、ギマリス」
「……そういうことか、よもや実験道具になるとはな」
高く手足を上げて行進をしてやってきた漆黒のエルフ達は、全部で十体。何らかの識別番号なのか、全員頬に一人一つずつ1から10までの数字が魔障によって刻印されていた。そして、漆黒のエルフ達はアキホの人形であり兵隊であることを表明するように左右に五人ずつ揃い並び立った。
「口であーだこーだ言っても、私のことを信用していなかったアンタは、洗脳魔法を使い幾度となく私に襲撃者を送った。寝ている時に四人、魔法道具を作っている時に三人、不意打ちで二人、入浴中に一人。素体になったのは、その十人だったけど、他に襲撃した奴らの良い所だけかき合わせているから、倍ぐらいの数は実験体に使ったかもね」
「私の襲撃者達を、利用し道具に作り上げたか。しかし……今の私の感情を理解できるか、生まれて初めて人間に抱いた感情だよ」
感慨深げに腕を組んだギマリスは、先程までとは毛色の違う眼差しを送っていることをアキホは気づいていた。
「少なくとも、殺意は抱いてなさそうね。部下の十人や二十人死んでも、気持ちに波風立てるような奴じゃないものね」
「大きな犠牲を防ぐための小さな犠牲だ。数ではない個の話としてだ。……話が逸れたな、私はお主に感動をしているのだ」
「おお、これは思いもよらぬ発言ですなぁ」
「畜生同然と考えていた種族が、我らに追いついたのだ。犬が二足歩行で歩けば驚愕し、猫が人語を喋れば興奮するだろ。我に与えた感情とは、つまりはそういうことだ」
直球過ぎるギマリスの発言に、アキホは大げさに頭に右手を置いて残念がるポーズを見せる。
「正直だね、ギマリス。でも、裏であれこれするより、ずっといい。……よし、ギマリスにこの十体のゾンビエルフを貸してあげよう」
「それは願ってもみない提案だが……ゾンビ?」
「ああここじゃゾンビつっても理解してくんないか。でも、せっかくゾンビて名前にしたんだし、ゾンビエルフてことにしてくんない?」
「いや、私こそ失言だ。名前はどうでも良い、存分に彼らを使わせてもらおう。……しかし、見返り無しに協力するのか」
アキホは机の上に両足を置き組むと、対等に立ったというギマリスに対してすら見下すように答えた。
「見返りは、そんな難しいことじゃない。この戦争では、どんなにエルフ達が追い詰められようとも、私はこの城から動かない。条件はそれだけだよ?」
ギマリスはアキホの発言の意味を理解しようと凝視してみるが、気さくな態度で喋るアキホの姿からは何も読み取ることはできなかったようだ。
提案にギマリスは短く頷けば、ゾンビエルフ達はギマリスの影に吸い込まれるようにして影の闇へと消えた。
「お前などいなくても、この戦争で負けるわけがない。愚かな娘の首を刎ねて手土産にしてやろう」
「おー頑張れ頑張れ、お父様ー」
ふざけた様子で拍手をするアキホに、鼻息荒く背を向けたギマリスは足早に部屋を出て行った。
再び一人になったアキホは、もう一つの気配に気づいて、面倒くさそうに語りかける。
「『観測者』、そこにいるよね。……これで満足でしょ? この戦いで、私の役目が全て終わるから」
全身黒一色のローブの男が部屋の外の空中に浮いていた。魔法を使っている様子もなく、魔障を使用していることもない。ただ、そこに漂う。それは、アキホにしか視認できない。
「気づいていたか、お前の役割はそろそろ終わる。途中で支障が出た時は、消去しなければならないかと思ったが……お前はよくやってくれた」
「おええ、アンタの褒め言葉なんて耳にするだけで吐き気がするわね。そんな賞賛はいらない。本当に……これで全て終わるのよね」
「終わる」
簡潔な言葉だが、この男の発言は他の何よりも信用できた。
満足そうに頷いたアキホは、椅子から立ち上がる。
「そう、これで全てが終わるようね。台本通りで行くわ」
「見事だ、魔王アキホ」
その一言を最後に観測者と呼ばれた存在は空気に溶けて消えた。
白衣の中に手を突っ込んだアキホの手の中には、一枚の紙が握られていた。それは、保が異世界に行く前に受け取った会員証と同様のものだった。四つに折れられたソレは、保の持っていた物よりも何度も折り曲げられた形跡が残されていた。
会員証を開いたアキホは、文字に目を走らせると再びそれを折りたたんだ。
ふとアキホは疑問に思う。
ギマリスはアキホの手中で動いていることに気づいているのかと。ギマリスが必ず裏切るつもりで行動しているのは一目瞭然だ。だが、いやいやと思考を改め、考えれば考えるほど、この発想こそ程度の低いジョークなのだという結論に到達する。
「……そう、台本通りに役者は踊るわ。ギマリスだってマリオネット、私だって少しばかり自由が利くだけのお人形なのだから……」




