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リーア達の準備は終わっていた。後は待つだけであり、実行すべきことは単純作業と同じだ。
いつもと同じように戦場に立ち、既に障害物と化したエルフの兵隊達に刃を突き立て、魔法で焼き尽くす。ただしはっきりと違うことは、これで全てが終わるという事実だ。
綺麗に磨き上げられた鎧を装着し、義勇軍の印が刺繍されたマントを靡かせたリーアは、どういうわけか今日こそ運命の日になるだろうという予感があった。
テントの中で呼吸を整え、全身を単なる武器としての想像を繰り返す。夜明けと共に挨拶もせずに義勇軍の一人が飛び込んできた。
「リーア隊長! とうとう奴らが動き出しました!」
一切の驚きはなく、ただ怨敵と相対する興奮が鼓動を早くさせた。
腰には愛用した銀の剣、背中にはグレートソードと呼ばれる両手剣を装備したリーアは黙って立ち上がる。
「……投石器を用意しろ。そして、急いで皆に知らせるんだ。今日で全てを終わらせると」
知らせを運んできた隊員は堂々としたリーアの姿を頼もしそうに見つめて、一度だけ頷くとすぐにテントを飛び出した。
「待っていろ、ギマリス……アキホ……!」
※
王都からエルフの兵達数百名が義勇軍討伐の為に門から吐き出されていた。その中には、ギマリスの姿もある。
最後尾で兵達の姿を眺めていたギマリスにエルフの戦士の一人が駆け寄ってくる。
「ギマリス様! 他の集落の同士達との合流が完了しました!」
「労いの言葉を伝えてくれ」
「はっ! ではその後、逆賊リーアを討伐作戦に戻ります!」
王都を奪還する際に、大勢のエルフ達の犠牲は出たもののギマリスのエルフ達の理想の世界が現実味を帯びてきたことで、他のエルフの集落からも大勢の協力者が現れていた。
前のままの戦力ならばいずれ底が尽きると考えていたギマリスだったが、これは思いもよらぬ朗報だった。それとも、これすらアキホの計画の延長線上だというなら、なおのこと敵にするには恐ろしい女だと考えてしまう。
まさか人間に畏怖を抱くことになるとは思いもしなかったギマリスは自嘲した。
――直後、地面を震動が通過した。
ギマリスが音のした方に顔を向ける頃には、巨大な岩の塊が空から落下し、固まって集団で歩いていたエルフ達の一角を直撃していた。
馬に跨っていたギマリスは、混乱するエルフ達の間を駆け抜けて、再び落下してくる岩の塊に向かって右手を伸ばせば、手の先から魔法陣が出現し雷撃が巨大な岩に炸裂すれば木っ端微塵となる。
「来たか、我が娘よ。私はお前を恨むぞ、この世にお前と言う害悪を産み落としてしまったことをな!」
休み無く降り注ぐ大岩にエルフ達は狼狽し、馬に乗っていた者達は落馬まで始めた。
ギマリスは再度迫り来る岩を再び粉々に砕くと、今までとは比較にならないほどの雷撃を空に放出する。旗から見れば、まるで雷が天から落ちてきたような周囲を白に染め上げる景色に混乱していたエルフ達は息を呑んで見上げた。
多少の混乱は残るもののギマリスの雷鳴を聞いたエルフ達に静寂が訪れていた。見回したギマリスは、叱責するように言葉を投げかけた。
「狼狽する必要はどこにもなかろう! あんな岩など我がエルフの魔法で壊してしまえ! たかが人間の浅知恵で何ができるというのだ! 忘れるな、思い出せ! 我らはエルフ、神に愛された世界一の優良種なのだ!」
そうだ、俺達はエルフだ。
誇り、誇りを忘れるな。
人間なんて家畜だ、豚や鶏に噛まれたぐらいの話だ。
ああ、我らは世界を統べるエルフ。
静まり返った空間は、徐々にざわめきに変化し、最後は歓声となる。その時には、落ちてくる岩を攻撃し防衛するエルフ達の姿に変わっていた。
熱に浮かされたように戦う部下達をギマリスは見ながら、この程度で士気を吹き返す仲間達を呆れはするが同時に好ましくも思えた。
「……だが、これでは終わらんよな。我が娘なら、理解しておるだろ」
ギマリスは落下する岩とはまた違った地響きを感じ、目を向けた。
城門前はついこの間まで続いていた戦争により、荒廃した土地に変化していた。だだ広く地面には草木一つ生えない荒野で、数百メートル先に森への入り口が窺える。そんな木々の一つが揺れた。
目を凝らしたギマリスの視界には、影の中で蠢く何名かの者達が見て取れた。
「なるほど、投石器で油断したところで一気に攻め込むようだな。そうだな、確かに石を飛ばすぐらいなら、兵士は要らぬか」
ギマリスは右手を前方の森の中に構えれば、そこには先程空に放出した雷撃の魔法と同じ魔法陣を発生させる。
「場所が分かれば早い話だ。ならば、消し炭に変えるまでよ」
魔法陣が輝きだし、それは義勇軍達の潜んでいる森の中へと狙いが定まれば――。
「――今だ!」
ギマリスは聞こえた声に反応して強制的に魔法陣を消滅させた。その直後、視界の外れた場所から冷静さを取り戻したはずのエルフ達の悲鳴が聞こえた。
振り返れば、エルフ達に剣をや斧を振り下ろした義勇軍の隊員達の姿がそこにはあった。
背後の光景にギマリスが目を奪われている、周辺の地面が盛り上がり、泥が吹き出すと中から数名の義勇軍の隊員が現れる。それが、この荒野の至る所で行われ、いつの間にか何十名にも及ぶ義勇軍達がエルフ達を取り込み奇襲攻撃を行っていた。
「土の中に潜んでいたか……!? 土……まさか、花妖精族が魔法で手を貸したのか!」
「――その通りだ! ギマリスッ!」
ほぼ反射的にギマリスは剣を抜くと、殺気を帯びた刃と剣がぶつかり合う。
飛び散る火花の先、剣を交錯させたリーアが居た。鎧の肩が土で汚れているところを見ると、同じく地面に潜伏していたようだ。
「はっ――。指揮する立場でありながら、最初から前線に立つか!」
ギマリスの視界から消えるように、地面を転がったリーアは馬上から叩き落す為に馬の足に強烈な蹴りを放てばギマリスを乗せていた馬は鈍い骨の砕ける音を立てながら崩れ落ちた。
「そういう凝り固まった考えで、自分の足で何も見ないで過ごして来た貴方は、花妖精族の素晴らしさや力の凄まじさを知らないのだろう!? お前が嘲笑した全ての種族の怒りを、その身に刻め!」
落馬し無様に落ちることもなくギマリスは、軽やかな動きで混乱する戦場に着地した。
「まさか娘に剣を向けられて、説教をされるとはな」
「二度と私を娘と呼ぶな!」
落馬し足の痛みで暴れる馬を飛び越えたリーアはギマリスに斬りかかる。両手で振り下ろすリーアの一撃を軽く剣でいなすと、剣の面でリーアの横っ腹を打ちつけた。
「それが、正しい返答かもしれん。お前も知っている通り、私は子供を何人も産んできた。今こちら側で戦っている者達の中に、母親の違うお前の兄妹も居る。……これだけ大勢居るのなら、一人ぐらい娘と呼べない失敗作が出てもおかしくないかもしれんな」
リーアが血を吐けば、立ち上がりつつ全身に強化魔法を施す。
「げほっ! ……子が親を選ぶことができないとは、よく言ったものだな。お前のような狂った親の下に産まれた兄妹達を不憫に思うよ!」
「さて、何か考えているようだが、どうするつもりだ?」
「まずは、私とお前の戦いに邪魔が入らないようにしないといけないからな……。さあ、そろそろだ」
つい先程、ギマリスが魔法で消滅させようとしていた森の中から覚醒したウルフェス族達とリーアに賛同したエルフや花妖精族達が現れた。その中には、弓矢を構えた人間の姿も窺える。
先頭を走り出したウルフェス族達は、接近戦を強いられて身動きのできないエルフ達に喰らいつき、続いてエルフ達や花妖精族達が魔法によって援護を行う。そうこうしている内に、奥からは魔物を背後に従えた三人のダークエルフの少女が飛び出してきた。
リーアは、後方からやってきたダークエルフに向かって叫んだ。
「頼むぞ! ハル! ディラ! ゼル!!!」
一人のダークエルフの少女が、魔障の宿る拳を地面に叩き込めば、多くのエルフの戦士が土煙と共に紙切れのように舞い上がる。
「リーア、あの時の恩返しするよ! それに、これから妹達の生きていく世界を、無茶苦茶にされるわけにはいかないからね!」
十数体の大型の魔獣を引き連れたダークエルフの少女は魔獣レイオニルの頭の乗っていた。その少女は、リーアに返答した少女の声に頷く。
「ええ、私達の新たな未来にこんな血生臭い世界はごめんです。一つ言わせてもらいますが、いつまでも守られているばかりじゃありませんよ、ハル姉さん。どうですか……私だって、成長したと思いませんか? ゼル姉様」
レイオニルの頭部に居る少女が魔獣を操っていることに気づいたエルフの戦士の一人が弓矢を構えた。だが、エルフの戦士は弓を放つことなく、その体が逆に矢のように吹き飛ばされた。そして、その弓の役目を担ったのが――ゼルだった。
「うん、ディラも大きくなった。それに、ハルも何だか頼れる感じだ。これなら、避難しているセフィアに会うのも……うん、楽しみになってきた」
微笑したゼルは、再びディラを狙おうとしたエルフの戦士を見つけ、魔法陣を形成する前に鋼鉄のような拳で顔を潰した。
何かが変わり始めた戦場を口を閉じて見ていたギマリスは、迫り来る殺気に剣で応じた。
「賑やかな連中だ。まるで勝った気でいる」
口の端に付いた血を拭うこともなく、リーアは笑みを浮かべつつ叫んだ。
「勝つさ! 私は大勢の笑顔を見るために戦ってきた! その結果が、これなんだ! 誰かを守りたい、誰かを大切だと思う心、それを行動に移した時……大きな力に変わる! 私は感じるよ、絆を愛を温もりを! なあ、ギマリス。……お前はいつまで、そんな暗闇の中から世界を見るつもりだ!?」
リーアの剣を受け止めていたギマリスの剣が僅かに弾かれ、即座に懐に飛び込んだリーアが突きを放てば、ギマリスの脇を掠めた。
刃の先をギマリスの血で僅かに塗らすことに成功したリーアだったが、
「離れてもらおうかっ!」
リーアの眼前に魔法陣が出現したかと思えば、そこから放たれた突風によってリーアの体は十数メートル以上後方へと転がった。
だが、剣で貫かれたわけでも炎で焼かれたわけでもない、ほぼ反射的に防御魔法を形成したリーアは地面に衝突したダメージも極小に押さえることを成功していた。
アキホを討つ上では、絶対に見逃すことができない相手を前に不思議な高揚を感じつつリーアはギマリスへ駆け出す。
「リーア、一つ面白い話をしてやろう」
ギマリスの声を無視して、リーアは剣を両手で握る。
「お前の母さんの話だ」
命を奪う為に接近しているのに馬鹿な奴だとリーアは思いながら、さらにギマリスとの距離を縮める。
そして、ギマリスは事務的に話を終えた。
「お前のような失敗作を産んだ母親は、大罪人として――処刑した」
「――あ?」
ピタリとリーアの動きが止まった。剣を振れば、首を切り落とせる距離だというのに、リーアの思考は完全に急停止していた。
リーアはよく知っていたギマリスは決して冗談を言うことはない。こんな戦場の中なら、なおさらだ。
じゃあ、つまり、この男は――。
「――自分の妻を殺したというのか」
「肯定だ。で、お前はやはり指揮官の器ではなさそうだ」
動揺するリーア鎧を砕き貫通し、ギマリスの剣がリーアの胸元を貫いた。




