表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/63

 雷が地面を焼き貫き崩壊したかと思えば、地表を炎が波のように覆い尽くす。周囲一帯が、落雷後の炎に飲み込まれ、肺を焼いてしまいそうなほどの熱気に煽り吹き飛ばされた。

 呼吸することすら困難になる保をリーアがきつく抱きしめると、何か魔法を使用したのか魔障が炎と雷の狭間で弾け散った。


 「タモツ、タモツ! お兄ちゃん!」


 リーアに呼ばれて保が目を開くと、心配そうに覗き込む美しい顔が伺えた。見惚れて、にやけた顔になっているのではないかと保は心配になりながら、笑いかけてみれば、リーアは一安心したようだった。


 「……ありがとう、リーアが守ってくれたんだな」


 頷いたリーアは次の瞬間に、今起きた出来事の原因が居ると思われる方向に顔を向けていた。


 「お父様……」


 黒煙の晴れた先、約百メートルほどの距離に外見は壮年の男性エルフが居た。

 銀の鎧は、他のエルフよりも一回り大きく、黄色の長髪に顔の所々には深いシワが刻まれてはいるものの、真っ直ぐに伸びた背筋は青年とさして変わらない。只者ではないことは、保の目からしてみても明らかだった。


 「て、お父様だって?」


 「ああ、私の父親であり、エルフ族族長……ギマリス」


 保はもう一度、リーアがお父様と呼んだエルフを見直す。

 娘の危機を察知して助けに来たというのが正しい考えかもしれないが、さっきの控えめに言っても嵐のような魔法が娘や仲間達を助ける為のものだとしたら、とても助け舟を出しているようには見えなかった。事実、保とリーアの周囲には傷ついたウルフェス族はもちろん、体を起こすことすら困難なエルフ達の姿もある。


 「タモツお兄ちゃん、もう動けそう?」


 「え……あ……」


 肩の痛みが引いていたことに保は気づいた。どうやら、リーアが治癒魔法をかけてくれていたようだ。恐る恐る肩の辺りに触れてみるが、血で濡れていること以外は傷一つついていない。


 「トオガは?」


 「分からない……。多分さっきの魔法に巻き込まれたんだと思う……」


 つい先程まで対面していた場所を見るが、上からハンマーで砕かれたようにして潰され地面ごと大きくひしゃげていた。もしもまともに直撃を受けたなら、跡形も無く消え去っているはずだ。


 「トオガ……」


 「落ち込むのは後にしよう。今はここから早く離れよう」


 「え、逃げるって……」


 「お父様からだ」


 動揺する保はリーアに引きずられるように立ち上がる。状況がどうあれ、今はここから離れるチャンスなのは間違いない。今のリーアはエルフ族に居られなければ、保もウルフェス族の元へ戻ることはできない。ここから逃げることが、何よりも最優先なのだ。

 そそくさとその場から離れようと保とリーアが背を向けた。


 「――リーア、何をしている」


 足音が響くことなく、保とリーアの前には涼しい顔をしたリーアの父ギマリスが立っていた。いや、保が涼しい顔だと判断したのは短い時間だけだった。見ているだけで呼吸を忘れてしまうような、首を掴まれるような、おぞましいほどの殺気で心臓を鷲掴みにされたようだった。

 実の父親だというのに、気丈なリーアがギマリスの迫力を前にたじろいでいることが、密着した保にはよく分かった。


 「お、お父様……もう戦いなんてやめましょう……。この人間となら、新たな戦いの終わりを模索することができます……」


 「随分と外の世界に毒されてしまったようだな。やはり戦場に出る必要なんてなかったのだ。お前はもう戦場から退け……私の言ったように他の集落の族長と婚約しろ」


 「そ、そんなっ……!?」


 「命令だ。これは、集落の総意である父であり族長の発言だ」


 族長と父親という言葉が、リーアの精神に大きな負荷をかけてくる。いつしかリーアの顔からは 熱が引き、気を失う直前のような青白い肌のリーアがそこにはいた。


 「やめてくれ……」


 搾り出すように保は声を発した。

 リーアは驚き、ギマリスは蔑むような眼差しを送る。


 「ち、父親なら、リーアのやりたいことを応援してやれよ……。自分の娘だろ。だったら、リーアのしたいことを精一杯応援してやるのが父親ってもんじゃねえのかよ!」


 今口にしたことが、この世界ではなく元の世界での価値観だと気づきながらも声を大にして、掴みかかろうと保が手を伸ばした。


 「ダメ――!」


 突然、リーアが保の手首を掴むと強引に伸ばしかけた手を引っ込めた。直後、ギマリスと保の間、つまりはさっきまで保の腕があった場所に雷撃と炎を織り交ぜたような火柱が上がった。魔障の衝撃に、保とリーアの体は突き飛ばされるようにして叩きつけられた。

 慌てて保は伸ばしていた右手を顔の前に持ってくる。動かして見れるということは、腕の神経が繋がっているので、問題はないのだろうが、どうしても見らずにはいられなかった。それほどまでに、今の魔法は紙一重の一撃となった。


 「雑種が、気安く触るな」


 そこまできて、保はようやく思い出した。

 彼らエルフ族は、そもそも人間を同じ人として扱っていないのだ。それこそ家畜同然、いや、それ以下かもしれない。紛れも無くエルフ族からしてみれば、人間は嫌悪の対象であることは間違いないのだ。

 壊れてしまったように治まらない右手の震えを誤魔化すように拳を作ってみるが、大人と子供の喧嘩なんて比較にならないほど力量に差があるのは明白だ。


 「アンタにとって……人間てなんなんだよ……!」


 それが必死の抵抗だった。子供が駄々をこねるような声を上げれたことすら、保は自分を褒めてやりたいと思えた。

 炎の中で子供を救い出した時以上に、絶望的な死が眼前に立っていた。きっと、このギマリスという男は容赦なく保を始末してリーアを連れ去るだろう。強大過ぎる力の前に、保が必死に灯そうとしていた希望の光は今まさに絶えようとしていた。


 「家畜、排泄物、ゴミ、害虫……まだ聞きたいか?」


 覚悟していた以上のエルフ族族長のギマリスの発言を前に、保は悔しさのあまり地面を拳で殴りつけた。

 保とリーアを交互にギマリスは見れば、右手の指を鳴らした。

 リーアはすぐさま保を守るようにして、その上に覆い被さった。

 

 「やめて、お父様! この人は、他の人間とは違うのっ!」


 「いい、その話は後で聞く。お前を殺さずに、その人間を殺すことが造作も無いことぐらい知っているだろう」


 痛いほどのリーアの優しさを感じながら、保は死の恐怖以上に無意味な自分の死に涙を流した。


 「リーア、トオガ……ごめん……。俺、本気でこの世界を変えたいと思ったんだ……それなのに……!!!」


 保は自分の涙の意味を今一度考えていた。

 やっと、自分が変われそうな気がしていたところだった。それなのに、こんなところで終わってしまうなんて。今まで本気で悔しいことなんて一度もなかったのに、こんなにも苦しくて悔しいのは、きっとこの世界の人間のことを僅かな時間だとしても好きになってしまったからだ。そんな人間たちが、自分の外見のことでいがみ合い殺し合うなんて間違っている。彼らを助けることができたなら、自分のことだって好きになれそうな気がしたのだ。

 遅すぎた、自分が本当に求めていた答えに死の間際にようやく辿り着けたのだと保は思った。

 全てが終わるのを教えるように、リーアの温もりが強くなっていった。


 「――その覚悟は本物か?」


 甲高い音が保の耳にも届いた。それ以上に、保の耳にはヒーローのような異世界でできた友達の声が聞こえたことに驚いた。

 リーアが体を起こすのとほぼ同時に保も顔を上げた。

 ほんの数分前と同じように、トオガは剣を握り、戦闘体勢をとっていた。ただし、敵は俺達ではない、ギマリスへと向けてだ。


 「ほう、私の魔方陣を剣で砕くか……。一歩間違えれば、自殺行為だが……面白い」


 今までは兵器を相手にするように人間味を感じさせなかったギマリスだったが、初めて笑みらしい笑みを浮かべた。


 「トオガ……」


 トオガは名前を呼ぶ保にすら背を向けたままだった。傷ついた背中や血まみれのの両腕から、今のトオガが満身創痍の状態であることを物語っている。


 「……覚悟は本物かって聞いてんだよ! タモツ、お前は本当に俺達の世界を変えようと考えているのか!?」


 血に濡れた皮膚が、トオガ無理して声を出したことを証明するように小刻みに痙攣をする。

 真っ赤に染まる背中には、はっきりとトオガの覚悟が伺えた。

 最初は言葉が出なかった。一度口に出してしまえば、これは例えどんな未来が待ち受けていたとしても、一種の呪いに変わってしまうことは絶対だった。しかし、保はたった一瞬の躊躇を恥じに思い、心の底から覚悟を叫んだ。


 「ああ! 俺はみんなに笑ってほしいて願ったんだ! 俺はこの命に代えても、この世界を良くしたい! リーアやトオガやみんなが、幸せになる未来を願ったんだ!」


 保達には見えないように、トオガは大きく口を歪ませて笑った。


 「……お前に助けてもらった命だ。俺は俺の命の使い道をここで決めたよ。――タモツ、そのクソ女を連れて早く逃げろ」


 「そんな……トオガはどうするんだよ!? 俺はトオガを助けたくて、頑張ってきたんだぞ!」


 「だったら、俺はもう助けてもらっているよ。俺達を苦しめてきた親玉と戦えるんだ。……行け、男が一度決めたことに、ごちゃごちゃ言うんじゃねえぞ。……ありがとな、助けに来てくれて」


 「そういうことじゃなくて……!」


 「時間が無いんだ! リーア、魔法でも何でも使って、早く連れていけ!」


 痺れを切らしたように、トオガが吠えた。

 黙って聞いていたリーアは、すぐさま広げた右手に拳程の大きさの魔法陣を発生させれば、それを保の顔に押し付けた。

 ぼそぼそと呟いた魔法の名前は、相手を昏睡させる為の魔法。短時間かつ相手の注意が逸れていないと使えない魔法の為、あまり戦闘で使用することはないが、今のこの状況にはもってこいの魔法だった。

 程なくして保は全身から力が抜けたように倒れこむとそれをリーアが受け止めた。


 「……ウルフェス族を命懸けで助けようとしてくれた人間は、タモツしか知らねえ。そんなタモツが、本気で頑張ろうとしているなら、手助けするのが当然だろ」


 「私は……ウルフェス族は野蛮な一族だと教え込まれてきた。だが、タモツに会って、少しだけ考え方が変わった。そして、お前の言葉を聞いて、もっと考え方が変わった。……お前の名前は、胸に刻んでおくぞ、ウルフェス族の戦士トオガ」


 すぐにリーアは全身に肉体強化の魔法を施すと、軽い保の体を抱えれば、重力を感じさせない俊敏な動きでその場から背を向けて走り出した。

 ちらりとリーアと保の姿を見たトオガは、再びギマリスと対峙する。


 「どうした、話をしている内に娘は遠くに行っちまったぞ。良かったのか?」


 「この森の中に居る限り、奴らは逃れられない」


 「そうかい。つまり、この森から逃がしちまえば、奴らを追いかけられないってことだな」


 ギマリスは眉をひそめた。


 「たかがウルフェス族一匹が、何を言っておる」


 トオガは愉快そうに肉体の半分以上を血に染める体を震わせて笑うと、己の胸の辺りに両手を交錯して爪を立てた。


 「今の俺はウルフェス族の戦士である前に、タモツの友達だ! 友達は死んでも守る! 友達を失う度に、次こそ次こそは守りたいと積み重ねたこの気持ちを、新しくできた友の為に解放する時が来たんだ! ――デル・ライ・シル」


 ウルフェス族が唯一、使える魔法。その名は、覚醒魔法デル・ライ・シル。

 突き刺した爪から魔障が溢れ、トオガの体内に流れ込む。それからは、瞬く間に全身の肉体を覆うようにして体のあらゆる場所から人の手ほどの長さの太い毛が生えてくる。

 通常でさえも鍛え抜かれていた筋肉が、さらに隆々と――。

 顔は形を変えて、なお狼に近い骨格へ――。

 両手足は二倍も三倍も大きさを変えて、ナイフのように爪が長く――。


 ――目の前には、大熊ほどの大きさの狼が二足歩行で立ち、ギマリスを見下ろしていた。


 「その姿は……ウルフェス族の唯一の魔法でありながら、一度使用してしまえば、強大な力を手にする代わりに、二度と人の姿には戻れない魔法。人であることを捨ててまで、あの男を救うことに価値があるのか?」


 ギマリスが問いかけた目の前の狼男には、トオガ本来の優しい眼差しは既に消え去っていた。赤一色に染めるその目は、完全に魔障によって理性を欠こうとしている証。

 声をかけても無駄だったとギマリスは淡々と魔法陣を描こうとする。


 「カチナラ、アル……。タモツハ……トモダチダッ――!!!」


 狼男は咆哮を上げると、力任せに地面を蹴り上げて、ギマリスへと飛びかかった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ