第47話:【死角と二重の罠】
【次回予告】
二重の罠と死角を利用した完璧な駆け引きで、フェリペの計算を完全に打ち破った氏真! 放たれたシュートの行方は!? そして、氏真のプレーをキッカケに、牙を取り戻したスプレンテスの大逆襲が始まる!
第48話:【逆襲の狂犬たち】。次なる天下へのパスを回せ!
1. 案山子の群れと、王の覇気
大敗から一夜明けた、バルシーノの育成施設。
そこにあるのは、残酷なまでの「プロフェッショナルとしての格差」だった。
ブラウグラナの練習着を纏う選手たち。しかし、カルロス監督をはじめとするコーチ陣の熱視線と戦術指導は、すべてフェリペたち主力組にのみ注がれていた。
氏真やマテオたち控え組に与えられた役割は、週末のリーグ戦に向けた仮想敵。
「¡Oye!(おい!)そこのダミーのセンターバック! そこで勝手にラインを下げるな、フェリペのシミュレーションが狂うだろうが!」
カルロス監督の怒声が、ピッチに響き渡る。
「……¡Mierda!(クソが)。俺たちは、あいつらを引き立たせるための『案山子』かよ」
控え組のDFパブロが、ピッチに唾を吐き捨てた。
「どうせ次のシーズンには、俺たちは全員クビだ。真面目にやるだけ無駄さ」
チームメイトたちの間に蔓延する、濃厚な負け犬根性。
理不尽な扱いに諦めきった空気が、ピッチを重く覆う。マテオもまた、屈辱に唇を噛み締めながら下を向いていた。
だが、その沈殿した空気を、凛とした涼やかな声が切り裂いた。
「あはは。随分と行儀のよい案山子たちだね。農夫に言われた通りに突っ立って、カラスに突かれるのをただ待っているとは」
氏真だった。
彼は極限まで脱力した姿勢で立ち、黄金の瞳に冷ややかな光を宿して、控え組の選手たちをぐるりと見渡した。
(……負け戦の後にこそ、兵の真価が問われる。この程度の逆境、己の『雅』を証明するための極上の前振りに過ぎないというのに)
「お前に何が分かる、日本人! 昨日、フェリペの罠に完全にはめられたくせに!」
パブロが食ってかかる。
「ええ、その通り。僕は敗れたよ」
氏真は一歩も引かず、むしろ強烈な威圧感を放ちながら前へ出た。
「でも、一度負けた程度で『次はクビだ』と泣き言を垂れるような軟弱者は、僕のチームには不要だ。……待遇が気に食わない? コーチの視線が欲しい? ならば、ただの案山子で終わる。」
「あの無敵艦隊の喉笛に喰らいつく『狂犬』になる気はないのか?」
氏真の言葉に、パブロたちが息を呑む。
爽やかな少年の顔の奥底から滲み出る、戦国の大名としての絶対的な『覇気』。
「僕が、あいつらの完璧な城壁を理不尽なまでにぶち抜いてやる。君たちは、ただ死に物狂いでボールを奪い、僕の足元へ持ってきてくれ。……どうせ諦めるなら僕の得点のための盾になれ。そうすれば必ず、君たちに『勝者の景色』を見せてあげよう」
純粋なストライカーとしての、傲慢なまでのエゴイズム。
しかし、その揺るぎない絶対的な自己効力感は、腐りかけていた控え組の心に、強烈な「反逆の炎」を伝染させた。
「……やってやろうじゃねえか。どうせクビになるなら、あいつらのエリート面を思い切りぶん殴ってからだ」
マテオが顔を上げ、獰猛に笑う。パブロの目にも、確かな「牙」が宿った。
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2. 夜のペントハウス
その日の夜。バルセロナの高級住宅街、ペドラルベス地区。
ミツウロコ欧州統括支社が用意した、最上階のペントハウス。
招待されたマテオは、大理石の床と地中海の夜景に目を丸くしていた。
「¡Madre mía!(マドレ・ミーア/なんてこった!)ウジ、お前、王族の隠し子か何かか!?」
「あはは、ただの居候さ。さあ、遠慮せずに食べてよ」
ダイニングテーブルには、有理と早川姉妹が手配した極上の和牛ステーキや新鮮な魚介の手巻き寿司が並べられていた。
「マテオくん、リカバリーのための特製プロテインドリンクも用意してありますわよ。ミツウロコ科学班の最新作ですわ」
愛が、令嬢特有の優雅な微笑みを浮かべる。
「ウジ様! 明日のシミュレーションにおける、主力組のフォーメーションデータ、すべて抽出完了したよ!」
舞が最新タブレットを掲げ、誇らしげに胸を張る。
「……氏真。あなたはストライカーよ。理屈なんかに、絶対に負けちゃダメ」
有理が、かつてウォール街を震撼させた『氷の女王』の鋭い瞳で、氏真に檄を飛ばした。
「心得ているよ、母さん」
氏真は和牛を一口食べ、細胞にエネルギーが充填されていくのを感じながら、マテオに向き直った。
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3. 究極の駆け引き
「さて、マテオくん。明日の練習で、あの『静寂なる王』の計算を根底から破壊する。僕に、君の最高のパスを要求するよ」
氏真の言葉に、マテオが真剣な表情になる。
「どうやってあのオフサイドトラップを破る? またタイミングをずらすのか?」
「いや。敵が完璧な罠を仕掛けてくることが分かっているのなら、それを『逆手』に取ればいい。……僕は明日、あえて露骨にオフサイドポジションの深くまで入り込む」
「なんだって!? それじゃあ、パスを出した瞬間に笛が鳴るぞ!」
「鳴らないさ」
氏真は、テーブルの上の寿司の皿を動かして陣形を示した。
「僕が深く罠にハマったと見れば、CBのレカルデは『このカカシはもう無害だ』と錯覚し、一瞬だけ視線をボール、つまり君へ向ける。その僅かな隙を突いて、僕はレカルデの『視界の端(死角)』に入る」
氏真はニヤリと笑った。
「マテオくんは、僕がレカルデの視界から『消えた』瞬間に、裏のスペースへパスを出してほしい。……僕は、パスが出た瞬間に、極限まで予備動作を削ぎ落としたステップで、凄まじい初速でオンサイドへ『戻りながら』ボールを受ける」
マテオの背筋に、ゾクリと悪寒が走る。
それは、フェリペの論理的な計算には絶対に存在しない、ストライカー特有の狂気的な駆け引き。
「二重の罠……! わざと罠にかかったフリをして敵の視界から消え、パスが出た瞬間にオンサイドに戻ってボールを奪うのか……! 理論上は可能でも、そんな神業みたいな重心移動が……」
「できるさ。僕の『雅(引き算の美学)』は、そのためにある」
氏真は、夜景を見つめながら静かに言い放った。
(……戦術を構築するのは軍師の仕事。予の仕事は、いついかなる時も、その盤面を理不尽に破壊して『点を獲る』ことだ)
未来のゴールを鮮明にイメージし、氏真の黄金の瞳が自信に満ちて輝いていた。
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4. 盤面崩壊、理不尽なる矛の飛翔
翌日のカンテラ、第1ピッチ。
主力組の戦術シミュレーションを目的としたミニゲームが始まった。
かつて帝国を築き上げたハプスブルク家の末裔、フェリペ。
ピッチの中央に君臨する彼の瞳には、すべてが精緻なチェス盤のように映っていた。絶対的な支配。その完璧な血脈の歴史が、彼のプレーの根底にある。
しかし、今日の控え組は「案山子」ではなかった。
氏真に焚き付けられ、獰猛な牙を取り戻したパブロたちは、泥臭く激しいプレッシングで主力組に襲いかかった。
「……¡Che!(チッ)、なんだこいつら。昨日と動きが違うぞ」
主力組、右SBのオケンドが苛立ちを露わにする。
中盤での激しい球際。パブロが、スライディングでアンカーのアルフォンソからボールをもぎ取った!
「マテオ!! 頼む!!」
こぼれ球を拾ったマテオが、前線を見上げる。
背番号10のフェリペが、冷徹な目で状況を分析する。(……無駄だ。最終ラインはすでに上がっている。あの日本人は、完全にオフサイドだ)
フェリペの計算通り、氏真は最終ラインのCBレカルデよりも数メートル奥の、完全なオフサイドポジションに取り残されていた。
(バカめ。完全に罠にハマりやがった)
レカルデは、無害となった氏真から視線を外し、ボールを持ったマテオへと意識を向けた。
――その瞬間。
氏真の姿が、レカルデの周辺視野(死角)からフッと『消えた』。
(……見えた。ここが完璧な陣形に生じた、たった一つの空白地帯)
カオスの中から一筋の光を見出すように、氏真の脳内でピッチが俯瞰図としてクリアに展開される。
(今だッ!!)
マテオが、氏真の消えた空間へ向けて、完璧なスルーパスを放つ。
「無駄だ! オフサイド――」
レカルデが腕を上げようとした、直後。
>> スキル発動:【重力落とし(グラビティ・ドロップ):ランクB】
補助系 / 効果:極限の脱力と膝の抜きによる爆発的な初速の獲得 / 発動条件:敵の意識がボールに向いた瞬間
重力落下を利用し、一切の予備動作なく最高速に達する高度な身体操作。敵の死角から急襲し、戦術的な優位を物理的なスピードで凌駕する。
ヒュンッ!!
「……なっ!?」
レカルデの真横を、凄まじい風圧が逆行した。
氏真だった。
緊迫した状況下で極限まで肉体の緊張を解き、重力に身を任せてスッと膝の力を抜く。その爆発的な初速を用いて、氏真はパスが出た瞬間に、レカルデの背後から手前へと猛烈な勢いで『戻って』きたのだ。
パスが出た瞬間、氏真の位置はレカルデと完全に「同一線上」。
副審のフラッグは、上がらない!
「計算にない動き……誤差か!?」
絶対的な余裕を保っていたフェリペの目が見開かれる。
オンサイドで鞠を足の甲でピタリと無音で収めた氏真は、そのまま流れるようなルーレットで反転し、一瞬にしてレカルデを置き去りにした。
目の前には、ゴールキーパーと、広大なペナルティエリア。
完璧に構築された無敵艦隊の城門が、極東から来た理不尽な『矛』によって、完全に粉砕された瞬間だった。
「……さあ、極上の反逆の始まりだ」
己の意志で戦況を覆した氏真が、前向きなエネルギーを全身に漲らせ、右足を大きく振りかぶった。




