第43話:【決別の空港】
【あらすじ】
ミツウロコHAYAKAWAグループの若き総帥・早川康の完璧な盤外戦術により、立ちはだかるFIFAの移籍規制は粉砕された。母・有理がスペイン支社の最高投資責任者(CIO)として就任し、共に海を渡る条件が整ったのだ。極東の鳳凰がついに欧州へ飛び立つ日。成田空港の出発ロビーには、共に天下取りを誓ったインパルスの盟友たちの姿があった。
1. 氷の女王の帰還
8月下旬。成田国際空港、ファーストクラス専用のVIP出発ロビー。
行き交う人々のざわめきの中で、その一団は異質なまでの存在感を放ち、周囲の視線を否応なく惹きつけていた。
「ウジ様! 特注ジャケットの内蔵スマート空調、ならびに微弱磁気による疲労回復システム、すべて正常に作動中! パスポートと搭乗券の確認も完璧です!」
最新型のタブレットを弾くように操作しながら、ポニーテールを揺らした早川舞が胸を張る。
「ええ。最高級のビキューナ生地に、裏地には金糸の鳳凰紋様。ミツウロコ科学班とわたくしのデザインが融合した『現代の南蛮甲冑』……氏真様、大変よくお似合いですわ」
純白のサマードレスに身を包んだ早川愛が、うっとりとした熱っぽい視線を送りながら、氏真の襟元を優しく直す。
深いネイビー(勝色)を基調とした、ハイエンドなテーラードジャケット。その胸元には、これから向かうFCバルシーノのチームカラーである「青と臙脂」のシルクネクタイが静かに主張している。
通常、中学生がこのような超高級服を纏えば、服の重厚感に負けて「着られている」状態になる。しかし、徹底的な体幹トレーニングによって鍛え抜かれたブレない重心と、何より幾多の戦場を生き抜いてきた成熟した魂を持つ氏真が羽織ると、服の持つ美しいシルエットが極限まで引き出されていた。
すれ違うキャビンアテンダントたちが、思わず足を止めて見惚れるほどの、若き王族のような圧倒的な気品。
そして彼らの傍らには、先日までの主婦の面影を完全に消し去った、母・有理の姿があった。
身体のラインに美しく沿ったアルマーニのパンツスーツ。足元はルブタンのヒール。かつてウォール街の強欲な男たちを震え上がらせた『氷の女王』としての鋭利な知性が、その立ち姿から静かに、しかし圧倒的なオーラとなって漏れ出ている。
(母上、見事な装い(甲冑)だ。)
「昔の勘は取り戻せそう?」
「ええ。康くんが用意してくれたスペイン支社(戦場)は、私の血を沸き立たせるには十分すぎるわ。……さあ、氏真。いよいよ出発よ」
氏真が静かに頷き、搭乗ゲートへ向けて歩き出そうとした――その時だった。
「待てよ、吉良!」
背後から、聞き慣れた声が響く。
振り返ると、息を切らして駆け寄ってくる二人の少年の姿があった。
インパルス清水FCの司令塔・松平基哉と、若き天才軍師・大原由紀夫だ。
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2. 軍師の継承と、日の本を託す盟約
「基哉くん。それに由紀夫くんも。わざわざ駿河(清水)から見送りに来てくれたのかい?」
氏真は、歩みを止めて優雅に微笑みかけた。
「……当然だろ。俺たちのエースが、世界へ殴り込みに行くんだからな」
基哉は、いつもの癖で前髪を押し上げながら、照れ隠しのように鼻の頭をこすった。
その横から、由紀夫が一冊の分厚いノートを両手で氏真へと差し出す。
「氏真さん……これ、受け取ってください。スペインのカンテラにおける最新の戦術トレンド、それに各クラブのユース世代のフォーメーションの穴を、僕なりに分析したデータです。……徹夜でまとめました」
由紀夫の目の下には、うっすらと隈ができている。
氏真は、その重みのあるノートを両手で受け取り、表紙の質感を確かめるように優しく撫でた。
「……ありがとう、由紀夫くん。君のその類まれなる『俯瞰の眼』と『知略』は、間違いなく天下を獲れる器だ。異国の地で、必ず役立てさせてもらうよ」
氏真の言葉に、由紀夫は顔をパッと輝かせ、深く頭を下げた。
「吉良」
基哉が一歩前に出る。その瞳には、これまでにない力強い主将としての光が宿っていた。
「スペインのことは、お前に任せる。……インパルスは、俺と由紀夫で完璧に再構築する。どんな強豪が相手でも崩されない、難攻不落の城塞にしてみせる。だからお前は、後ろを振り返らずに、世界を獲ってこい」
日本の頭脳から、世界へ羽ばたく氏真への、力強い誓い。
(……ふっ。頼もしいことだ。別離を悲しむのではなく、互いの戦場での勝利を約定する。これぞ真の武将の出陣よ)
氏真は黄金の瞳を細め、「……頼んだよ。我が盟友たち」と深く頷いた。
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3. 無言の蹴鞠
出発の時刻が迫る。
言葉による別れは、すでに十分だった。
「……じゃあな、吉良」
基哉はそう言うと、背負っていたリュックサックから、使い込まれたフットサル用のボールを取り出した。
そして、周囲の旅行者の邪魔にならないロビーの片隅のスペースで、そのボールを足元に落とす。
「?」
由紀夫が首を傾げる中、基哉は言葉を発することなく、氏真の足元に向かって鋭くグラウンダーのパスを蹴り出した。
シュッ!
硬い床と靴底が擦れる摩擦音。
突然のパス。しかし、氏真の瞳は一切の動揺を見せない。周囲の旅行客の動線、手荷物カートの位置、そして基哉の蹴り足の角度と呼吸を瞬時に俯瞰的視野で捉える。基哉の目には「この状況で、お前ならどう処理する?」という純粋な戦術的問いかけが宿っていた。
現在の足元は、スパイクではなく滑りやすい高級革靴。ボールを弾き返せば、トラップミスをして周囲に迷惑をかけるリスクがある。氏真の脳細胞が超高速で演算を行う。
(物理的制限の中で最適解を導き出す。ならば、反発を相殺し、空間の「空白」にボールを静止させよう)
氏真は、特注のジャケットを着たまま、力みを一切見せずにスッと重心を落とした。
>> スキル発動:【柳暗花明:ランクC】
補助系 / 効果:衝撃の完全吸収 / 発動条件:極限の脱力と、飛来する物体の回転・速度の正確な把握
筋肉の緊張を極限まで解き、足首から股関節までを柔らかなバネのように連動させる。ボールが触れる刹那、飛んでくる速度と完全に同調して足を引くことで、エネルギーを無に帰す。
トンッ……。
革靴のインサイドで触れた瞬間、鋭いパスはまるで魔法にかけられたように威力を失い、氏真の足元に吸い付くように無音で静止した。
「……流石だな」
基哉がニヤリと笑う。
間髪入れず、氏真は足首の僅かなスナップだけで、基哉へとダイレクトでボールを跳ね返した。
タンッ! タンッ! タンッ!
空港の硬い床の上で、二人の間だけで行われる極限のワンツーパス。
距離にして、わずか数メートル。だが、そのパスのスピード、回転、そして何より二人の「間合い」は、次第に異次元の領域へと加速していく。
(……すごい。パスのテンポが、どんどん上がっていく……!)
由紀夫は、息を呑んで二人のパス交換を見つめた。
言葉などいらない。
基哉が蹴り出すボールには、「必ずお前のいる世界へ追いつく」という強烈な意志が込められており、氏真が返す鞠には、「極上の戦場で待っている」という絶対的な信頼が込められていた。
ストライカーと司令塔。
互いの呼吸、筋肉の微細な動き、そして思考の先までを完全に読み切った、以心伝心のパス交換。
タンッ!!
数十回の高速ラリーの末、基哉がこれまでで最も鋭い楔のパスを打ち込む。
氏真は、そのボールを足元でピタリと止め、そのまま足の甲で空中にふわりと浮かせると、優雅に両手でキャッチした。
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4. 鳳凰、いざ嵐の海へ
「……あはは」
氏真は、手の中のボールを見つめ、極上の笑みを浮かべた。
「極上の鞠だったよ、基哉くん。君の配球は、いついかなる時も、僕の心を最も熱くさせてくれる」
「……お前のトラップもな。向こうの連中を震え上がらせてこい」
基哉は、満足そうに口角を上げた。
氏真はボールを基哉に優しく放り投げると、背を向け、有理たちの待つ搭乗ゲートへと歩き出した。
「ウジ様、行きましょう! バルセロナの青い空が私たちを待ってますわ!」
「氏真様、機内では最高のコンディショニングをご用意しております」
愛と舞が、華やかに氏真の両脇を固める。
そして、その先頭を行く母・有理が、一度だけ振り返って基哉たちに微笑み、颯爽とゲートの奥へと進んでいった。
(……さらばだ、日の本。そして予の若き獅子たちよ)
氏真は歩きながら、全面ガラス張りの窓の外に広がる夏の空を見上げた。
ここから先は、未知なる大陸。
「魔王」織田凱斗をはじめとする、圧倒的な個の暴力と才気がひしめく世界最高峰の生存競争が待っている。
恐れはない。あるのは、己の『雅』が世界にどこまで通用するのかという、知的なワクワク感と、沸き立つような闘志だけだ。
極東から飛び立った鳳凰が、ついに本格的な欧州の空へとその翼を広げた瞬間であった。
【次回予告】
ついにスペイン・バルセロナへ降り立った氏真たち! 有理が欧州統括支社のCFOとして凄まじい手腕でFIFAの壁をクリアする中、氏真はFCバルシーノ・カンテラでの初練習に臨む。
第44話:【太陽の都】。次なる天下へのパスを回せ!




