第44話:【太陽の都】
【あらすじ】
盤外戦術でFIFAの移籍規制を粉砕した吉良氏真は、母・有理たちと共にスペイン・バルセロナへ帰還した。地中海の眩しい太陽と青空の下、FCバルシーノのカンテラへ足を踏み入れる。だが、そこで彼を待っていたのは歓待ではなく、生き残りを懸けた血生臭い生存競争だった。
1. 太陽の都への帰還
「¡Bienvenidos a Barcelona!(バルセロナへようこそ!)」
エル・プラット国際空港の広大な到着ロビーを抜け、自動ドアの外へ足を踏み出した瞬間。
肌を刺すような強烈な太陽の光と、地中海特有の乾いた熱風が、吉良氏真を歓迎するように包み込んだ。
「……ふむ。ひと月ぶりに浴びるが、相変わらず駿河の海風とは違う、情熱的で陽気な風だね」
氏真は、空を見上げて目を細めた。
雲一つない、絵の具を溶かしたような深い青空。先日のセレクションの際にも目にした、ヤシの木が立ち並ぶ道路や、遠くに揺れるサグラダ・ファミリアの尖塔。ガウディの息吹が根付く芸術的な街並みは、すでに彼にとって見慣れた、そして愛すべき「新たな領地」になりつつあった。
「ウジ様! ミツウロコ欧州統括支社が手配したVIP用の大型リムジンが待機しておりますわ!」
早川舞が、日傘をさしながら元気よく報告する。
「氏真様、長時間のフライトお疲れ様でございました。さあ、まずはご自宅となるペドラルベス地区のペントハウスへ向かいましょう。街はちょうど『Siesta(シエスタ/長い昼休み)』の時間帯。道も空いているはずですわ」
早川愛が、優雅に車のドアを開けた。
彼らの先頭を行く母・有理は、大ぶりのサングラスをかけ、すでに流暢な英語で現地のビジネスパートナーと電話で指示を出している。その姿は、完全に『氷の女王(CIO)』としての凄みに満ちていた。
(……いよいよ、始まるのだな)
氏真は、リムジンに乗り込む前にもう一度、大きく息を吸い込んだ。
美味しいタパスやパエリアを囲む、陽気でおおらかなラテンの文化。しかし、その裏側には、フットボールに対する狂気的なまでの情熱と勝負への執着を隠し持つ国。
極東の鳳凰が、ついに欧州の地に「正式な住人」としてその足跡を刻んだ瞬間であった。
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2. 黄金の鳥籠と、消えた仲間たち
それから数日後。
時差ボケも完全に抜け、氏真はバルセロナ郊外に位置するFCバルシーノの育成施設へと足を踏み入れていた。
『La Cuna(ラ・クーナ/揺り籠)』と呼ばれるこの場所は、広大な天然芝のピッチが何面も連なり、最新鋭のスポーツ科学施設を併設した、まさに黄金の鳥籠だ。
クラブの象徴である「青と臙脂」のカラーリングが美しく施された真新しい練習着に身を包んだ氏真は、ピッチの入り口でゆっくりと深呼吸をした。
(……素晴らしい気だ。日本の環境も良かったが、ここは大地そのものが『鞠を蹴るため』に作られているかのようだ)
「¡Hombre!(オーンブレ/よう!)」
背中をポンと叩かれ、氏真が振り返る。そこには、すっかり日焼けした司令塔・マテオ【MF】が、人懐っこい笑顔で立っていた。
「あはは。マテオくん、サマーフェスティバル以来だね」
「ああ! ウジが正式に契約してくれて嬉しいよ。今日から俺たちは本当のチームメイトだ」
固い握手を交わす二人。
だが、氏真はふと周囲を見渡し、黄金の瞳を怪訝そうに細めた。
ピッチでウォーミングアップを始めている選手たちの中に、見知った顔が少なすぎるのだ。
「……マテオくん。サマーフェスティバルで共に戦った他の選手たちは、どこにいるんだい? 左ウイングのパブロや、センターバックの巨漢のディエゴの姿も見えないが」
氏真の問いに、マテオの顔からスッと笑顔が消えた。
彼が何かを言いかける前に、野太い声がピッチに響き渡る。
「パブロもディエゴも、ここにはもう居ない。奴らは『クビ』になったからだ」
サングラスをかけたカルロス監督が、バインダーを片手に歩み寄ってきた。
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3. カンテラの階層と、戦国の理
「……クビ、とは?」
氏真は、表情を変えずにカルロス監督を見据えた。
「言葉通りの意味だ、ウジザネ」
カルロス監督は忌々しそうに鼻を鳴らす。
「お前は、あのサマーフェスティバルで一緒に戦った連中が、バルシーノの『主力』だと思っていたのか? 冗談じゃない」
カルロスの口から語られた事実は、日本のサッカー常識を根底から覆す、残酷なものだった。
あの大会に出場していたメンバーの半数以上は、氏真と同じように世界中から集められた「練習生」か、カンテラ内で当落線上にいた「最下層」の連中だったというのだ。
「結果として、あの大会からこのU-15のカテゴリーに正式に生き残ったのは、元々実力があったマテオと、圧倒的な結果を出したお前。……そして、控えキーパーの一人だけだ。他の十数名は全員、荷物をまとめて自分の国や街へ帰っていったよ」
ギャラリー席から見学していた舞が、タブレットを落としそうになる。
「う、嘘でしょ……!? あんなに死に物狂いで一緒に優勝したチームメイトが、ウジ様とマテオくん以外、全員解雇!?」
「これが世界の常識ですわ、舞」
愛が、扇子を固く握りしめながら静かに言った。
「思い出作りも、努力賞もありません。結果を出せなかった者は、容赦なく切り捨てられる。ここは学校ではなく、プロの生存競争の場なのです」
「よく聞け、日本人」
カルロスは、指を2本立てた。
「お前が所属する『Cadete B(カデテ・ベー/U-15)』の定員は、わずか20名から25名。スタメン11人と、控えが10人弱だ。ここでは毎年シーズン終了後に数人が容赦なく切り捨てられ、代わりにお前のような『怪物』が新しく補充される」
ピッチの空気が、ピンと張り詰める。
怪我で休めばポジションは消滅し、調子を落とせば下のカテゴリーから才能が引き上げられる。今、隣で笑っているチームメイト全員が、互いの「椅子」を奪い合う敵同士なのだ。
「お前がこれから戦うのは、相手チームじゃない。ここにいる全員だ」
カルロスの脅しにも似た宣告。
しかし、氏真の反応は、カルロスの予想を完全に裏切るものだった。
「…………あははっ!」
氏真は、こらえきれないというように、肩を震わせて笑い出した。
「おい、何がおかしい」
「いや、失礼。……」
(てっきり、南蛮の蹴鞠はもっと遊戯に近いものかと思っていたが、存外に血生臭い。負ければ即座に領地を奪われ、城から追放される。……まるで、我が愛した戦国(乱世)そのものではないか)
(……なんと胸が高鳴ることか! 失意と没落の底から這い上がってきた予にとって、この剥き出しの生存競争は、己の『雅』を証明するための極上の舞台に他ならぬ!)
氏真の黄金の瞳が、ギラリと猛禽類のように輝く。
恐れるどころか、彼はこの理不尽な環境を完全に肯定し、かつて天下を争った大名としての血を激しく沸き立たせていた。
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4. 真の怪物たちとの邂逅
「……言うじゃねえか、新入り(Nuevos)」
その時、ピッチの奥から、重低音のような足音と共に、一団の選手たちが姿を現した。
彼らが歩くたびに、周囲の空気が重く沈み込むような、異様なプレッシャー。
「来やがった……」
マテオが小さく舌打ちをする。
彼らこそが、サマーフェスティバルという「下層のテスト」には目もくれず、優雅にバカンスを楽しんでいたU-15の『真の主力』たちだった。
同じ14歳から15歳とは思えないほどの、分厚い胸板と丸太のような太腿。
彼らの瞳には、氏真のような新参者を値踏みし、自分たちの脅威になる前にへし折ってやろうという残酷な敵意が宿っていた。
「おいおい、今年の極東からの引き出物は、随分と華奢なお坊ちゃんだな」
金髪で長身のセンターバック、アレハンドロが、氏真を見下ろしてニヤリと笑う。
「俺たちのチームの椅子に座りたければ、まずは俺のタックルで両足を折られないことだな」
一触即発の空気。
アレハンドロから放たれる質量を持った威圧感に対し、氏真は微塵も気圧されることなく、優雅に微笑み返した。
氏真は膝の力をふっと抜き、足裏全体で芝を柔らかく捉える。上半身を一切揺らさず、まるで氷の上を滑るような滑らかな重心移動で、巨漢のアレハンドロの目の前までスッと間合いを詰めた。
極限まで脱力したその自然体は、相手の殺気を空回りさせる不思議な静けさを纏っていた。
「あはは。威勢が良いのは結構だが、あまり吠えすぎると喉を痛めるよ。……僕は、ただの椅子取りゲームをしに海を渡ってきたわけではない」
氏真は、透き通るような眼差しでアレハンドロを見据える。
「エース・ストライカーになるためにここへ来たのだからね」
その言葉に、主力組の顔色が一気に変わる。
「……面白い。初日の紅白戦で、お前のその減らず口を二度と叩けないようにしてやる」
ピィィィィィッ!!
カルロスのホイッスルが、練習開始を告げた。
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5. 幻の歩法と予期せぬ連動
さっそくピッチを半分使った、激しい紅白戦が始まった。
氏真はビブスを渡され、マテオたちと共に「控え組」のチームに入れられる。相手はアレハンドロを筆頭とする「主力組」だ。
試合開始直後から、主力組のプレスの強度は、日本の中学生レベルとは次元が違った。
ボールを持った瞬間に二人がかりで身体をぶつけられ、削られる。ファウルすれすれの激しいチャージの連続。
「¡Aquí!(こっちだ!)」
中盤でボールを拾ったマテオが、前線にいる氏真に向かって、地を這うような強烈な縦パスを打ち込んだ。
(……速い。だが、読まれている)
氏真の俯瞰的な視野が、ピッチ全体を瞬時にスキャンする。背後からはアレハンドロが重戦車のように突進してきており、左右のコースも完全に塞がれている。ここでトラップすれば、間違いなく潰される。
(ならば、予は『空白』を創り出す囮となろう。背後の味方の位置……良し。軌道は完璧に重なっている)
氏真は、自らボールを迎えに行くように動く。アレハンドロの意識が完全に氏真へと釘付けになった。
激突の刹那。
>> スキル発動:【極・雅技:幻月の歩:ランクB】
補助系 / 効果:極限の脱力による気配の完全遮断と、敵の予測線の破壊 / 発動条件:ボールの軌道と敵味方の配置の完全な把握、及び自身の存在感の操作
自らに向かってくるパスに対し、受けると見せかけて直前で身体の力みを完全に抜き、ボールに一切触れずに見送る。敵の視線と意識を自分に釘付けにしたまま、背後の味方へとボールを通過させる高度な戦術的欺瞞。
シュッ……!
氏真は足裏の摩擦を消し、ボールに触れる寸前でフワリと身体を反転させた。
強烈なパスは、氏真の両足の間を無音ですり抜け、背後へと流れていく。
「なっ……!?」
完全にタイミングを外されたアレハンドロは、空の空間に向かって無様なタックルをかまし、盛大に芝生を削って転倒した。
「¡Mía!(俺のだ!)」
氏真が意図的に創り出した「背後の空白地帯」。そこに走り込んでいた控え組のFWダビドが、見事にボールを受け取り、そのままゴール前へと抜け出した。
(……見事だ、ダビド。予の創った道筋に、よくぞ合わせた)
氏真は、自らの知略が世界最高峰の舞台でも通用したことに、静かな高揚感を覚えていた。
情熱の都バルセロナで、極東の鳳凰とスペインの真の怪物たちによる、血を洗うようなカンテラでのサバイバルが、今、幕を開けた。
【次回予告】
圧倒的な個の力を持つ主力組の前に、苦戦を強いられる控え組。だが、氏真の「雅なる論理」が、バラバラだった味方の意志を一つに束ねていく!
第45話:【無敵艦隊】。次なる天下へのパスを回せ!




