第41話:【エル・クラシコ】
【あらすじ】
サマーフェスティバル決勝『エル・クラシコ』。極東から来た二人の怪物、吉良氏真と織田凱人がついに激突する。バルシーノは氏真を頂点としたポゼッションを構築し、マフリットは凱人の圧倒的な破壊力で蹂躙する。ストライカー同士の意地がぶつかり合う極限の死闘の最中、熱狂のスタジアムを予想外の結末が包み込もうとしていた。
1. 開戦
ピィィィィィッ!!
超満員に膨れ上がったバルセロナ郊外のメインスタジアム。青と臙脂の旗と純白の旗が打ち振られる中、決勝戦のキックオフを告げるホイッスルが鳴り響いた。
その直後だった。
スタジアムの空気を引き裂くような、暴力的な破裂音が響き渡る。
「¡Qué potencia!(ケ・ポテンシア/なんという威力だ!)」
試合開始わずか数十秒。
真っ白なユニフォームを纏うFCレアル・マフリットの背番号9、織田凱人が、バルシーノのセンターバックであるハビエルとセルヒオの二人を、文字通り「重戦車」のように弾き飛ばした。
そして、ペナルティエリア外から理不尽なまでの筋力で強烈なミドルシュートを叩き込んだのだ。
(……凄まじいな。まるで『天下布武』を掲げ、日の本を蹂躙した織田軍の鉄砲隊の斉射。一切の情けを持たぬ、純粋な破壊の力だ)
氏真は、ゴールネットを突き破らんばかりに揺らすボールを見つめ、黄金の瞳を細めた。
先制を許し、マフリットの圧力に戦慄するバルシーノの選手たち。
だが、氏真だけは涼しい顔でボールを拾い上げ、センターサークルへと優雅に歩みを進める。
「あはは。マテオくん、下を向く必要はないよ。魔王の大筒の威力が凄まじいのは初めから分かっていたことだ。……ならば僕たちは、最も美しい舞で城門をこじ開けようじゃないか」
氏真の軽やかな声に、中盤の底で顔をしかめていたダイナモ、マテオの眼に再び知性の光が宿る。
「¡Claro!(クラロ/もちろんだ!) 俺たちのフットボールを見せてやろう、ウジ」
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2. ストライカーたちの狂想曲
試合が再開され、ピッチは壮絶な戦場と化した。
氏真は、荒れ狂う呼吸と汗の匂いが交錯するピッチの中央で、極限まで肉体の力を抜き、俯瞰の視点(RAS:Reticular Activating System/網様体賦活系)で盤面全体をスキャンしていた。
マフリットの監督、フェルナンドの指示により、敵の屈強な守備陣が中央を固めている。彼らの視線はボールの行方と、前線に立つ氏真に集中し、強烈な敵意を向けていた。
(……ふむ。敵の意識が中央に収束している。ならば、外郭を崩して内側に致命的な『空白』を生み出そう)
氏真は、自らが最前線から中盤へと降りる「ファルソ・ヌエベ」の動きを選択した。敵のセンターバックを引きずり出し、その後方に生まれた広大なスペースへ、味方のウイングを走らせる。
「¡Aquí!(アキ/ここだ!)」
右サイドを駆け上がった味方からの鋭い折り返し。
ペナルティエリア内に侵入した氏真の足元へ、ボールがグラウンダーで突き刺さるように向かってくる。
敵のディフェンダーがブロックに入ろうと、激しい殺気とともにスライディングを仕掛けてきた。
>> スキル発動:【無拍子の零:ランクB】
攻撃系 / 効果:予備動作の完全な消失(敵の反応速度の遅延) / 発動条件:極限の脱力状態からの急激な重心移動
重力に身を任せて膝の力をふっと抜き、筋肉の収縮(力み)を一切見せずに静から動へ瞬時に移行する。
氏真は、一切の予備動作を見せなかった。
力みや踏み込みを完全に消し去り、ただ重力に従ってスッと膝の力を抜く。その瞬間の重心移動だけで、滑り込んできた敵の足の上をふわりと浮き上がるようにかわした。
静から動への不気味なほどの滑らかさに、敵の脳がバグを起こし、反応が遅れる。
空中で優雅に体勢を整えた氏真は、ボールの芯を正確に打ち抜き、ゴール隅へと美しい弧を描くシュートを流し込んだ。
「¡Golazo!(ゴラッソ/スーパーゴールだ!)」
1-1の同点。スタジアムが、青と臙脂の歓喜に揺れる。
「お前の小賢しいお遊戯など、俺がへし折る!」
凱人が吠える。
彼は味方の陣形すらも無視し、自らの圧倒的な力とスピードだけでバルシーノの守備陣を単独で引き裂き、雷鳴のようなシュートで再びネットを揺らす。
1-2。
しかし、バルシーノも止まらない。
氏真とマテオを中心とした極小空間のパスワークが、マフリットの強固な守備網を嘲笑うかのように切り裂いていく。氏真が囮となり、空いたスペースに走り込んだマテオが豪快にゴールを奪う。
2-2。
(……楽しい。本当に楽しいよ、織田くん。君のその理不尽な暴力をいかにして飼い慣らし、美しく瓦解させるか。これほど予の知的好奇心を刺激する大戦はない)
氏真は、全身から汗を吹き出しながら、口元に歓喜の笑みを浮かべていた。
魔王が織田軍の鉄甲船の如き蹂躙でゴールを奪えば、鳳凰は変幻自在な陣形と流麗なパスワークでゴールを奪い返す。
両チームのストライカーが、互いのエゴと美学をピッチに刻み込む、終わらない狂想曲。
後半終了間際、氏真のループシュートと凱人のヘディングが立て続けに決まり、スコアボードには【 3 - 3 】という、決勝戦にふさわしい死闘の証が刻まれていた。
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3. エゴの激突と、突然の雷鳴
ピィィィィィッ!!
後半終了のホイッスル。決着は、前後半の延長戦へと持ち越された。
延長前半。
スタジアムのボルテージが最高潮に達する中、ピッチの中央でボールを持った氏真の前に、守備に戻ってきた凱人が立ちはだかった。
巨大な魔王の影が、氏真を覆い隠す。
「……おい、吉良氏真。さっきからチョコマカとパスばかり回しやがって。俺と真っ向からぶつかる度胸はねえのか?」
凱人の黒曜石の瞳が、濃厚な闘争心を帯びて氏真を射抜く。
その言葉に、氏真はパスコースを探すのをやめた。
スッと足の裏でボールを止め、重心を深く落とす。ストライカーとしての、純粋なエゴが剥き出しになる瞬間。
「あはは。僕が周りを使うことしかできないと思っていたのかい? いいだろう。君が望むなら、正面から斬り伏せてあげよう」
極上のパスワークを捨て、氏真が凱人に対し、一対一のドリブル突破を仕掛けようとした――まさにその時だった。
ピカァァァァァァッ!!
突如として、スタジアムの夜空を、目を焼くような白銀の閃光が切り裂いた。
直後。
ドドドゴォォォォォォンッ!!!
腹の底から揺さぶられるような、凄まじい雷鳴。
それと同時に、まるでバケツをひっくり返したかのような、地中海性気候では稀有な突然の雷雨(DANA)が、ピッチに滝のように降り注ぎ始めたのだ。
「¡Peligro!(ペリグロ/危険だ!)」
「¡Todos adentro!(トドス・アデントロ/全員中へ入れ!)」
視界が数メートル先も見えないほどの豪雨と、絶え間なく落ちる落雷の恐怖。
主審が、笛を狂ったように連続で吹き鳴らす。
それは、選手の安全を最優先とする「試合の中止」を告げる合図だった。
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4. 決着の行方と、極上の選択
「……冗談じゃねえぞ。これからって時に!」
凱人が、ずぶ濡れになりながら夜空に向かって悪態をつく。
氏真も、全身を雨に打たれながら、前髪から滴る水を拭った。
(……水を差されたな。だが、これもまた一興。天は、予たちにさらなる大舞台での決着を望んでいるということか)
不運な中断すらも、氏真は「自らの伝説を彩る舞台装置」として肯定的に捉え直していた。
スタジアムの熱狂は、雷雨の轟音にかき消されていった。
規定により、サマーフェスティバルの決勝戦は「没収試合」とはならず、ここまでの激闘を称え、FCバルシーノとFCレアル・マフリットの両者優勝という形で幕を閉じることとなった。
決着はつかなかった。
氏真と凱人は、大雨の中、ピッチの中央で無言のまま視線を交差させる。
言葉を交わす必要はなかった。二人の間にある「世界を懸けた決着」は、次なる戦場へと持ち越されたのだ。
数日後。
雷雨の興奮も冷めやらぬ、バルセロナの寮の一室。
氏真の前に、カルロス監督が分厚い書類の束をドンと置いた。
「よく聞け、ウジザネ。サマーフェスティバルでの活躍により、クラブのフロントはお前に正式な『Contrato(コントラト/契約書)』を用意した」
カルロスのサングラスの奥の瞳が、真剣な光を帯びている。
「この契約書にサインすれば、お前は正式にFCバルシーノのカンテラの一員となる。だが、それは同時に……日本の生活をすべて捨て、このスペインへ完全移住することを意味する」
氏真の黄金の瞳が、窓の外の青く輝く地中海へ向けられる。
海を越えた先には、生涯の友である司令塔・基哉や、由紀夫が待つ日本がある。
だが、目の前には、世界最高峰のクラブへの切符が置かれている。
(……あはは。最高にワクワクするじゃないか)
天下取りの舞台は、極東の島国か、それともこの熱狂の国か。
鳳凰は今、自らの意志で未来を切り拓くための、最大の選択を前にして涼やかに微笑んでいた。
【次回予告】
サマーフェスティバルを両者優勝という劇的な形で終え、バルシーノからの正式契約を勝ち取った氏真。スペインへの完全移住か、基哉たちの待つ日本への帰還か。愛と舞が見守る中、氏真が下した決断とは!?
第42話:【隠された過去】。次なる天下へのパスを回せ!




