第40話:【激突前夜】
【あらすじ】
サマーフェスティバル・グループリーグ第3戦。FCバルシーノの吉良氏真は、最小限の身体操作による「雅」な戦術で決勝進出を決める。一方、別グループでは「魔王」織田凱人が、力でスペインのエリートたちを粉砕し白き帝国を牽引していた。ついに揃い踏みした鳳凰と魔王。決戦前夜、漆黒のスタジアム通路で二人の怪物が交差する。スペイン全土が注目する『伝統の一戦』。宿命の幕が今、開かれようとしていた。
1. 最小の刃、そして破壊の爆音
ピィィィィィッ!!
バルセロナ郊外、第2グラウンド。
FCバルシーノと地元の強豪クラブによるグループリーグ第3戦は、スコア以上の圧倒的な実力差を見せつけ、バルシーノが2-0で勝利を収めた。
カメラが捉えるのは、試合終了直後だというのに、呼吸一つ乱さず涼しい顔でピッチを後にする吉良氏真の姿だ。
連戦の疲労が蓄積する中、氏真は驚くほど汗をかいていなかった。その理由は、前半15分に見せた、たった一つの決定的なプレーにある。
スコアレスで迎えた前半。対戦相手は自陣に深く引きこもり、ペナルティエリア前に強固なブロックを形成していた。敵のセンターバック二人の視線は、最前線にいる氏真の挙動に完全に釘付けになっている。
中盤の底から、マテオがルックアップし、氏真の足元へ鋭い縦パスを打ち込もうとモーションに入った。
(……ふむ。敵の意識は完全に予に向いている。ここで予が鞠を受ければ、即座に二人に挟撃されるだろう。ならば――)
氏真は、自らゴールを狙うエゴを捨てた。
脳内に広がる俯瞰の盤面。敵のブロックが中央に密集している分、左サイドの広大な「空白」に致命的な隙が生じている。そこへ、左ウイングのパブロが猛然と走り込んでくるのが見えた。
(……予はここで『無』となる。それが最も美しく、最も刃が深く刺さる一手だ)
シュパァンッ!
マテオの右足から放たれた強烈なグラウンダーの縦パスが、氏真の足元へと向かって一直線に芝を這う。
敵のセンターバック二人が、氏真のトラップを潰そうと両脇から一斉に襲いかかった。
>> スキル発動:【極・雅技:幻月の歩:ランクB】
補助系 / 効果:極限の脱力と気配の遮断による視線誘導(敵の認知の一瞬の空白化) / 発動条件:ボールの軌道上での完全なる脱力
飛来するボールに対し、触れる直前で一切の力みと殺気を消し去り、敵の意識を自分に釘付けにしたままボールを見逃す。
「¡Mío!(ミーオ/俺が行く!)」
敵のディフェンダーが叫びながら足を伸ばした瞬間。
氏真は、重力に逆らわずに関節の力をふっと抜き、ボールを迎えに行くような動作を見せながら、わずかに両足を開いた。
ボールは、氏真の足元に触れることなく、開かれた股の間をスッと通り抜ける。
「……¡¿Qué?!(ケ/何っ?!)」
敵のディフェンダーたちの時間が、一瞬だけ止まった。氏真がボールに触れると完全に信じ切っていた彼らの脳が、眼前の「空白」を処理できず、バグを起こしたのだ。
その視線の先の広大なスペース。
氏真の後方へとすり抜けたボールを、トップスピードで走り込んできたパブロが完璧に足元に収めていた。
キーパーと一対一。パブロは冷静に左足を振り抜き、ゴールネットを激しく揺らした。
「¡Golazo! ¡Uzi, eres un genio!(ゴラッソ! ウジ、お前は天才だ!)」
歓喜に沸くパブロとマテオが、アシストを記録した氏真に飛びついてくる。
自らは一切の力を消費せず、究極の脱力による「スルー」だけで敵陣を崩壊させた一撃。カンテラの指導者たちは「なんて効率的で、雅な点取り屋だ」と舌を巻いていた。
だが――。
その数キロ先、別会場で行われていたBグループの最終戦は、全く異なる「戦場」と化していた。
バゴォォォォォンッ!!
スタジアムに響き渡るのは、ボールを蹴る乾いた音ではない。ゴールポストが物理的に破壊されんばかりの、絶望的な破壊音だ。
「¡Es una bestia!(エス・ウナ・ベスティア/あいつは野獣だ!)」
悲鳴のような実況が響く中、真っ白なユニフォーム――FCレアル・マフリットの背番号9、織田凱人が、空中で競り合った大柄なスペイン人ディフェンダー二人を文字通り「吹き飛ばし」、そのまま着地せずにボレーシュートを突き刺した。
これで、今日だけで4点目。今大会通算で10得点。
凱人は、マフリットのエリートたちに繊細なパスワークを披露する隙さえ与えず、ただ圧倒的な身体能力と暴力的なまでの突破力で敵を蹂躙し、力ずくで白き帝国を決勝の舞台へと引きずり上げたのだ。
これで、サマーフェスティバル決勝のカードは確定した。
FCバルシーノ vs FCレアル・マフリット。
スペインが最も熱狂する『El Clásico(エル・クラシコ/伝統の一戦)』が、日本から来た二人の怪物によって再現されようとしていた。
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2. 解析される『魔王』の理不尽
その夜。
バルセロナ市内の宿舎のスイートルーム。
早川舞が、最新型のタブレットを数台並べ、狂ったようにタイピングとデータ解析を行っていた。
「……ウジ様、これを見て。マフリットでの織田凱人のデータ、完全にバグってるよ」
氏真は、早川愛が丁寧に淹れた温かい『心身安定のハーブティー』を一口含み、舞が提示したホログラム映像を見つめた。柑橘系の爽やかな香りが、氏真の副交感神経を優しく刺激する。
「日本の頃と何が違うんだい、舞?」
「シュート初速が15%向上、空中戦の最高到達点は5センチも上がってる。何より恐ろしいのは……」
舞が画面をスワイプする。赤くハイライトされた凱人の筋力データが異常な数値を示していた。
「こっちの芝生や気候にアジャストして、肉体がさらに肥大化してる。今の奴の突進は、時速40キロの軽トラックに正面衝突されるのと同じ衝撃よ。まともにぶつかったら、骨が砕けるわ」
(……ほう。南蛮の肉(イベリコ豚)と、乾いた風が、あの魔王をさらに羽化させたか。まるで長篠の合戦で見た、連なる鉄砲隊の斉射(弾幕)のような理不尽な火力だな)
氏真は、かつての戦国時代における宿敵の影を、凱人の暴力的なデータの中に見た。
圧倒的な武力と、新しい戦術。かつての今川家を滅亡へと追いやった、抗いがたい時代のうねり。
「ウジ様……。あの『悪魔』と真っ向からぶつかるのは危険ですわ」
愛が、純白の扇子をパチンと閉じ、氏真の肩にそっと手を置く。その瞳には、氏真への深すぎる愛情ゆえの強い懸念が浮かんでいた。
普通であれば、怯え、萎縮するような絶望的なデータ。
だが、氏真は全く別の解釈をしていた。
「あはは。心配いらないよ、愛おねえさん。織田くんが『鉄砲』なら、僕は『風』になればいい。どれほど強大な火の粉も、風の行く手を阻むことはできないのだから」
(……己の雅(技量)を証明するための、これ以上ない極上の舞台装置だ。あの理不尽なまでの暴力を、いかに美しく、いかに涼やかに解体するか。……血が沸き立つな)
氏真の黄金の瞳が、暗闇の中で静かに、だが熱く明滅した。
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3. 漆黒の地下通路、宿命の邂逅
決戦前夜。
氏真は、高ぶる神経を鎮め、明日への集中力を高めるため、一人で決勝の舞台となるメインスタジアムの下見に訪れていた。
月明かりに照らされた、広大な無人のピッチ。
芝生の手入れのために撒かれたスプリンクラーの水が、異国の夜風に乗って土の匂いと共に鼻腔をくすぐる。
(……明日は、ここが戦場か。駿河の海より深く、熱い風が吹く場所になるな)
氏真がロッカールームへと続く、照明の落とされた漆黒の地下通路を歩いていた、その時だ。
ドスン、ドスンと。
地響きのような重い足音が、通路の向こう側から近づいてきた。
氏真は自然と歩みを止めた。
暗闇の奥から、圧倒的な圧迫感――濃密な『殺気』が、物理的な質量を伴って津波のように押し寄せてくる。
「……ようやく、ここまで上がってきたか。吉良氏真」
闇を切り裂くような、低く、腹の底に響く声。
そこに立っていたのは、マフリットの真っ白なジャージに身を包んだ巨躯――織田凱人だった。
「あはは。織田くん。夜の散歩かな? 君も相変わらず、物騒な気を放っているね」
氏真は、微塵も動じることなく、首の力を抜いて優雅な微笑みを浮かべた。
凱人は、猛獣のような眼光で氏真を睨みつけ、一歩、また一歩と距離を詰める。
二人の距離が、わずか数メートルに縮まる。
空気の密度が変わり、パチパチと火花が散るような極限の緊張感が通路を支配した。
「バルセロナの連中が、お前を『イリュージョニスタ』だの『鳳凰』だのとおだてているらしいな」
凱人が鼻で笑い、太い腕の拳をギリリと握りしめた。
「だが、そんな薄っぺらい『雅』なんてお遊戯、明日のピッチで俺が跡形もなく粉砕してやる。……お前は俺の『天下布武』の踏み台に過ぎない」
「天下、か。君らしいね」
氏真は、フッと瞳を細めた。
「だが織田くん。力でねじ伏せるだけが、天下の統べ方ではないよ。……明日は、僕の『舞』で、君のその傲慢な力を美しく解体してみせよう」
「……死ね。綺麗事野郎」
凱人は、すれ違いざま、氏真の肩をわざと強くぶつけるようにして横切り、闇の中へと消えていった。
ガンッ! という鈍い音。
氏真は接触の瞬間、無意識に体の軸をずらして衝撃を逃がしたものの、それでもまるで鉄塊に激突されたかのような重い痛みが肩から全身へと走った。
(……凄まじい体幹だ。歩くだけで、これほどの運動エネルギーを内包しているとは)
痛みを伴う右肩をそっとさすりながら、氏真の口角は自然と吊り上がっていた。
恐怖はない。あるのは、最高峰の謎を解き明かす前のような、知的な高揚感だけだった。
(……あはは。やはり、君は最高だ。これほどまでに予を昂ぶらせてくれる男は、現世には他にいない)
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4. 嵐の前の静寂、いざ伝統の一戦へ
翌朝。
バルセロナの空は、雲一つない突き抜けるような青空だった。
だが、スタジアムの周辺は、キックオフ数時間前から青と臙脂、そして純白のユニフォームを着た数万人のサポーターが集結し、熱狂という名の嵐が吹き荒れていた。
ロッカールーム。
張り詰めた空気の中、氏真はバルシーノの青と臙脂のユニフォームに袖を通した。
背番号9。重厚なその布地が、肌にピタリと吸い付く。
「¡Escuchen!(エスクチェン/聞け!)」
カルロス監督が、戦術ボードをバンッと叩いて吠えた。
「相手はマフリットだ。この大会の勝者が、真のバルシーノの契約を勝ち取る! 日本の鳳凰、そしてマテオをはじめとする誇り高きカンテラの戦士たちよ! スペインの歴史に、お前たちの名を刻んでこい!」
「「「¡Vamos!(バモス/行くぞ!)」」」
ロッカールームが、選手たちの野太い雄叫びで震動する。
氏真は、列をなしてピッチへと続くトンネルの入り口に立ち、天を見上げた。
観客席には、自分を見つめる愛と舞。
そして、今この瞬間、遠く極東の日本で画面越しにこの戦いを見守っているであろう司令塔・基哉と軍師・由紀夫の顔が脳裏に浮かぶ。
(……基哉くん、由紀夫くん。予は今から、この国で最も激しい大戦に身を投じる。……予の『雅』、そして『ストライカー』としての魂。その全てを見せてやろう)
ピィィィィィッ!!
スタジアムを揺るがす爆発的な大歓声と、アンダルシアの熱風。
ついに、運命の『エル・クラシコ』がキックオフされた。
自らの意志で選び取った究極の戦場へ向けて、鳳凰は今、高鳴る鼓動と共に最初の一歩を踏み出した。
【次回予告】
ついに火蓋が切られた宿命の決勝戦!
開始早々、織田凱人の常軌を逸した突進とシュートがバルシーノのゴールを襲う。
「これが、本物のフットボールだ!」
魔王の圧倒的な力の前に、バルシーノの守備陣は崩壊寸前。かつてない窮地に立たされた氏真。鳳凰は、その牙をどう剥くのか!?
第41話:【エル・クラシコ】。次なる天下へのパスを回せ!




