第31話:【豪雨の狂想曲(ラプソディ)】
【次回予告】
後半終了間際、アディショナルタイム。 絶対に負けられない氏真が、織田凱人のマークを古武術のような「蹴鞠ステップ」で完全に翻弄! 弾丸のようなミドルシュートを放つ。
第32話:【劇的なる終焉、桶狭間の決着】。次なる天下へのパスを回せ!
1. ハーフタイムの奇策:恵みの雨
「……すごい雨だね。これじゃあ、せっかくのパスワークも水溜まりで止まっちゃうよ」
ロッカールームで、アナリストの舞がタブレットの気象データを睨みながら顔をしかめた。
しかし、吉良コーチの表情は全く焦っていなかった。むしろ、不敵な笑みすら浮かべている。
「いや、今日のピッチは水捌けの最高な天然芝だ。泥沼にはならない。雨を含んだ天然芝は、ボールの勢いを殺すどころか、摩擦を減らして異常なスピードを生み出す『高速のスケートリンク』に変わる」
コーチは、タオルで髪を拭く氏真と基哉へ向き直った。
「兵法で言うところの『天の時』が転がり込んできたな。……氏真。後半開始のホイッスルが鳴った直後、お前に一つ『奇術』を託す」
コーチはホワイトボードに素早くボールの軌道を描いた。
「相手のゴールキーパーは、まだこの雨のピッチの感覚を掴んでいない。後半開始早々、基哉からのロングパスを受けたら、ためらわずに低く鋭いシュートを放て。ボールを浮かせるな。雨を含んだ芝生の上を滑走する『スリッピング・シュート』だ。……これで、一気に試合を決める3点目を奪い取れ」
(……なるほど。雨のオーケストラというわけだね。叔父さん、極上の開演ベルを鳴らしてこよう)
氏真の黄金の瞳が、悪戯っぽく輝いた。
2. 後半開始1分:豪雨を切り裂くハットトリック
ピーッ!
激しい雨音がスタジアムを包む中、後半開始のホイッスルが鳴った。
その瞬間、インパルスの基哉が、名古屋グレイスFCのディフェンスラインの裏へ向けて、低く速い浮き球のパスを通した。
「……行けッ、吉良!」
ザーーーッ!!
雨粒を切り裂きながら、氏真がトップスピード(スプリント)で飛び出す。
名古屋の最強センターバック・丹羽永太郎がスライディングで止めに入るが、氏真は濡れた芝をまるでフィギュアスケーターのように滑らかに滑り、丹羽のタックルを間一髪で躱した。
「……雨よ、僕の舞に力を貸しておくれ」
少年の声で呟き、ペナルティエリアの手前。氏真は、吉良コーチの指示通り、ボールの芯を正確に捉え、あえてピッチに叩きつけるような低いグラウンダー・シュートを放った。
>> 雅技発動:【スリッピング・シュート(雨の滑走)】
ズバァァァン!!
放たれたボールは、水を含んだ天然芝に着弾した瞬間、まるで水切り遊びの石のように信じられないスピードへと「加速」した。
「なっ……!?」
名古屋のハーフの守護神・大黒イサクが横っ飛び(ダイビングセーブ)するが、芝を滑走して加速したボールは、大黒の予測タイミングを完全に狂わせ、その腕の下をすり抜けてゴールネットに突き刺さった。
3 - 0。
後半開始わずか1分。吉良氏真、この大舞台でのハットトリック達成。
「「「うおおおおおおおおッ!!!」」」
降り頻る豪雨を切り裂くような、インパルスサポーターの絶叫がスタジアムを揺るがした。
3. 絶望の名古屋と、静寂の魔王
「……終わった。残り19分で3点差なんて、いくらなんでも……」
名古屋の司令塔・明神が、降りしきる雨の中で呆然と膝をついた。
FWの芝勝利も、パスカットの名手・滝沢一も、無情なスコアボードを見つめて意気消沈している。
圧倒的な点差と、機能不全に陥った自らの戦術システム。スタジアムの誰もが、インパルス清水の優勝を確信した瞬間だった。
だが、ただ一人。
ピッチの中央で、真っ白なユニフォームを雨に濡らしながら俯く背番号10だけは、違った。
「……おい。誰が終わったって言った」
織田凱人の声は、雨音にかき消されそうなほど低かった。しかし、その声は名古屋の選手たちの鼓膜を、否、魂を直接震わせた。
凱人がゆっくりと顔を上げる。
その瞳孔は極限まで見開き、黒曜石のような瞳から一切の感情が消え去っていた。
「俺はまだ、負けてねえ」
ズンッ、と。
スタジアムの空気が重くなった。基哉が、氏真が、そしてベンチの吉良コーチがハッと息を呑む。
凱人の全身から立ち上る、どす黒い闘気。雨粒が彼の身体に触れる前に蒸発してしまうのではないかと錯覚するほどの、尋常ではない集中力。
彼は、極限の集中状態――『ゾーン』へと足を踏み入れていた。
「……ボールを集めろ。俺が全部、破壊してやる」
4. 魔王の覚醒:15分間の蹂躙
後半5分。
覚醒した魔王の反撃は、理不尽そのものだった。
明神からパスを受けた凱人が、前を向く。
「……止めろ! 絶対に前を向かせるな!」
巨漢の葛城とリベロの井原が、2人がかりでプレッシャーをかける。
濡れたピッチ。並の選手なら踏ん張りが効かず、スピードが落ちるはずだ。
だが、凱人は違った。
小学生の規格を完全に無視した驚異的な身体能力が、滑りやすい芝生の上でも完璧なボディバランスを維持していた。
「……邪魔だ」
ダァァァンッ!!
凱人が爆発的な一歩を踏み出す。葛城と井原が肩をぶつける(ショルダーチャージ)が、まるで重戦車に跳ね飛ばされたかのように、インパルスの2人がピッチに転がった。
「なっ……大和くんたちが、力負けした!?」
基哉が驚愕する中、抜け出した凱人がペナルティエリア外から右足を振り抜く。
豪雨を切り裂く弾丸シュートが、守護神・八重洲ジョンの手を弾き飛ばし、ゴールネットを激しく揺らした。
3 - 1。
「……まだだ。まだ足りねえ」
凱人の目は獲物を狩る獣そのものだった。
後半10分。コーナーキックのチャンス。凱人は、濡れたピッチをものともしない驚異的な跳躍力を見せ、インパルスのマークを頭一つ飛び越えて強烈なヘディングシュートを叩き込む。
3 - 2。
「……嘘でしょ。たった5分で2点……。ウジ様の3点のアドバンテージが、一瞬で……!」
スタンドで観戦する愛と舞が、血の気を失って立ち尽くす。
その隣で、織田美月だけが、悲しげに瞳を伏せていた。
(……お兄様が、本当の『魔王』になってしまった)
インパルス清水の完璧な試合運びが、凱人という圧倒的な「個」の暴力の前に、為す術もなく粉砕されていく。
朝比奈兄弟のスピードも、基哉の論理的なポジショニングも、ゾーンに入った凱人の前では無意味だった。
後半15分。
凱人が中盤から単独でドリブルを開始する。インパルスのディフェンダー3人を、圧倒的なスピードとパワーの強行突破で次々と置き去りにし、最後はキーパーのジョンと1対1。
「……通さねええええッ!!」
ジョンが決死のセービングで飛び込む。
だが、凱人は冷酷なまでに正確なシュートを、ジョンの脇腹スレスレに突き刺した。
3 - 3。
そして、後半18分。
勢いが止まらない魔王は、ペナルティエリア外からのこぼれ球をダイレクトで一閃。
大砲のようなミドルシュートが、雨音を切り裂き、逆転のゴールネットに突き刺さった。
3 - 4。
後半のわずか15分間。織田凱人による、戦慄の4得点。
これにより、凱人は大会得点ランキングで氏真を抜き返し、再び単独トップへと躍り出た。
5. 絶望のスコアと、折れない黄金の瞳
「……ハァ、ハァ……」
雨が降り頻るピッチ。
インパルスの選手たちは、信じられない逆転劇を前に、呆然と立ち尽くしていた。
盤石だったはずの3点リードが、たった一人の魔王によって一瞬にしてひっくり返されたのだ。
「……どうだ、吉良氏真。お前のくだらねえ『雅』なんて、俺の力の前にひれ伏すしかねえんだよ」
凱人が、雨に濡れた黒髪をかき上げながら、氏真を見下ろして冷酷に笑う。
スタジアムの誰もが、インパルスの心が折れたと思った。
だが。
「……あはは」
雨粒が滴る中。氏真は、膝をつくどころか、その黄金の瞳をかつてないほど爛々と輝かせていた。
「……素晴らしいよ、織田くん。本当に、君は規格外の『魔王』だ。……こんなに心が震える演目は、久しぶりかもしれない」
氏真は、濡れた前髪を優雅に払い、凱人に向かって真っ直ぐに指を突きつけた。
「けれど、劇の主役は君だけじゃない。……残り2分。本当の『奇跡(雅)』を、君の瞳に焼き付けてあげるよ」
後半終了間際。1点を追う絶体絶命のインパルス清水FC。
魔王の暴力に屈しない鳳凰が、最後の反撃の舞を披露しようとしていた。
【次回予告】
後半終了間際、アディショナルタイム。 絶対に負けられない氏真が、織田凱人のマークを古武術のような「蹴鞠ステップ」で完全に翻弄! 弾丸のようなミドルシュートを放つ。
第32話:【劇的なる終焉、桶狭間の決着】。次なる天下へのパスを回せ!




