第30話:【革命の魔王】
【あらすじ】
鹿児島・白波スタジアム。抜けるような冬の青空の下、ついに全日本U-12サッカー選手権大会、決勝戦のホイッスルが高らかに鳴り響いた。日本一の座を懸けた決勝戦。しかし、ピッチを包む熱気とは裏腹に、名古屋グレイスFCのベンチには、今にも爆発しそうな活火山のごとき殺気を放つ少年が座っていた。
1. 檻の中の魔王と、機械仕掛けの軍団
「……クソがッ! なんで俺がベンチスタートなんだよ!!」
名古屋グレイスFCの背番号10、織田凱人は、ベンチでギリギリと奥歯を噛み鳴らしていた。
理由は明白だった。前日の夜、凱人はチームのミーティングを無断で抜け出し、妹の美月が吉良氏真という「チャラ男」に誑かされていないか血眼になって探し回っていたのだ。
こと愛する妹のこととなると、ピッチ上でみせる冷徹な判断力はあっさりと吹き飛んでしまう。
「まさか、あのチャラ男に夜の街へ連れ出されたんじゃ……!」という極端な早合点と過保護ゆえに完全に我を忘れ、自室のバルコニーで夜風に当たっていた妹に気づくこともなく、一目散にホテルを飛び出して門限破りという大失態を演じてしまったのである。
徹底した自己規律とチームの規律を何よりも重んじる名古屋のコーチ陣は、エースであろうとその身勝手な行動を許さず、決勝戦のスタメン落ちという重いペナルティを課したのだった。
「美月を守るための正当防衛だろうが……ッ! あいつら、俺がいねえと点なんか取れねえぞ!」
凱人が苛立ちを隠せずにピッチを睨みつける。
しかし、魔王不在の名古屋グレイスFCは、決して弱体化したわけではなかった。
むしろ、彼らのもう一つの恐ろしい顔である、時代の最先端を行く『機械』のような精密な「戦術システム」が、ピッチ上で冷徹に機能し始めていた。
「システム・フェーズ1。……中央突破の確率20%、サイド展開へ移行」
ピッチの中央。影の司令塔である明神龍馬が、一切の無駄を省いたロボットのような正確さで配球を行う。
明神のパスを受けたのは、快足のサイドハーフ・前田自然。
さらに前線では、小学生離れした体格を持つ重戦車FW・芝勝利が、インパルスのディフェンスラインを物理的に押し潰そうと突進してくる。
「潰せッ! 名古屋のパワーを見せつけてやれ!」
芝が重い足音を立てて突進してくる。普段なら、巨漢の葛城大和が真っ向からぶつかりに行く場面だ。
だが、今日のインパルス清水は違った。
「……大和、飛び込むな(チャレンジしない)! 『ディレイ(遅らせる)』だ!」
司令塔の松平基哉が中指で前髪を押し上げながら鋭い指示を飛ばす。
葛城は、芝の突進に対してあえて足を出さず、半身の姿勢でじりじりと後退する。相手のスピードを吸収するように距離を保ち、そのままじわじわとタッチライン際へと芝を追い込んでいく。
「なっ……当たりに来ねえのかよ!?」
芝が戸惑い、強引に前を向こうとした瞬間。
「……ここが、僕たちの『狩り場』だッ!」
後退していた葛城と、サイドから絞ってきた朝比奈翔が一気にプレスをかけ、タッチラインという「絶対に抜かれない壁」を利用して芝を完全に挟み込んだ。
ボールは見事に刈り取られ、インパルスの足元へと転がる。
(……お見事。吉良コーチの策、完璧にハマっているね)
最前線で戦況を俯瞰していたエースの氏真が、優雅に微笑んだ。
2. 鳳凰の先制、狂いのない迎撃
「カウンター(ファストブレイク)だ! 翔、出せ!」
奪ったボールが、基哉を経由して一気に前線へと送られる。
だが、名古屋の精密機械は守備においても冷酷だった。
「……軌道予測完了。狩られるのは、お前たちだ」
インパルスのパスコース(パッシングレーン)に、パスカットの名手・滝沢一が影のように忍び寄り、インターセプトを狙う。
しかし、滝沢がボールに触れようとしたその刹那。
「……僕の味方が、そんな分かりやすいパスを出すと思ったかい?」
ボールの軌道上、滝沢のさらに前方に、氏真がフワリと降り立っていた。
基哉のパスは、氏真の足元ではなく、氏真が「ワンタッチで落とす(レイオフ)」ことを見越した絶妙なスペースへのパスだったのだ。
氏真が優雅なヒールキックでボールの軌道を変え、滝沢を置き去りにする。
「なっ……!?」
「……さあ、開幕の舞だ」
ペナルティエリアへ侵入した氏真の前に、名古屋が誇る最強のセンターバック・丹羽永太郎と、ハーフの守護神、GK大黒イサクが難攻不落の城壁としてそびえ立つ。
「止めろォッ! 丹羽!」
「俺の壁は越えさせねえ!」
丹羽が巨躯を投げ出し、スライディングタックルで氏真の進行ルートを完全に塞ぐ。
だが、氏真は古の兵法の如く、相手の力が極まった瞬間を狙った。
ボールを右足の裏で引き寄せ、丹羽が滑り込んでくるタイミングに合わせて、ボールをふわりと浮かせる。
>> 雅技:【シャペウ(相手の頭上を抜く浮き球のドリブル)】
空を舞うボールと共に、氏真自身も美しく跳躍し、丹羽の身体を飛び越えた。
「……嘘だろ!?」
着地と同時、大黒イサクが間合いを詰めるより一瞬早く、氏真はダイレクトでボレーシュート(ヴォレー・シュート)を放った。
美しい放物線を描いたボールは、ハーフの守護神、イサクの指先をかすめ、ゴールネットを揺らした。
1 - 0。
前半5分。インパルス、見事な戦術の完遂による先制点。
スタジアムが、鮮やかな鳳凰の先制パンチに大きく沸き返った。
3. 剥き出しの牙と、頂点の証明
「……クソがあああッ!! 何やってんだお前ら!!」
ベンチの織田凱人が、頭を抱えて吠える。
失点した名古屋は、すぐさまシステムを再構築した。
「システム・フェーズ2へ移行。攻撃の起点を下げ、ロングボール主体に変更」
レジスタの明神が冷静に指示を出し、機械的な連動でインパルス陣内へと攻め入る。
しかし、どれだけ精密なシステムであろうと、そこに「圧倒的な個の暴力」である凱人がいなければ、基哉の論理的思考を凌駕することはできなかった。
「……機械的なシステムは、動きが読めれば怖くない。……そこだ、光!」
基哉の読み通りのパスカットから、リベロの井原光がボールを奪取。再びインパルスの鋭いカウンターが発動する。
前半15分。
サイドを切り裂いた朝比奈翼の正確なクロスが、ペナルティエリアの中央へ放り込まれる。
丹羽と大黒が空中のボールに対して完璧なポジショニングを取るが、氏真は二人の視界から一瞬フッと消えるような、雅で独特なステップを踏み、二人の「死角」へと入り込んだ。
「……ストライカーの仕事は、誰よりも早く、美しい場所にいることさ」
少年の涼やかな声とともに、死角から飛び出した氏真のダイビングヘッドが、美しい天然芝の上を滑るようにしてゴールに突き刺さる。
2 - 0。
その瞬間、スタジアムの場内アナウンスが響き渡った。
『ゴォォォール!! 決めたのは吉良氏真選手! なんとこの得点で、吉良選手は名古屋グレイスFCの織田凱人選手を1点上回り、今大会の単独トップスコアラーに躍り出ました!!』
歓声が爆発する。
そして、そのアナウンスは、ベンチに縛り付けられていた魔王の鎖を、完全に断ち切る引き金となった。
4. 革命の魔王、降臨
「……もう、我慢ならねえ」
ベンチで、織田凱人がスッと立ち上がった。
その全身から立ち上るどす黒いオーラと、圧倒的な殺気に、名古屋のコーチ陣すらも一瞬言葉を失った。
「コーチ。規律だのシステムだの、俺はもう知らねえ。……これ以上、俺の目の前で、俺の愛する美月が見ている前で、あいつに好き勝手やらせるわけにはいかねえんだよ」
凱人は、ベンチコートを乱暴に脱ぎ捨てた。
「俺を出せ。……あいつの『雅』ごと、このピッチを俺の力で制圧してやる」
コーチは、システムが崩壊しつつある現状と、エースの底知れぬ気迫を前に、ついに首を縦に振った。
前半17分。
試合が一時中断し、ピッチサイドに背番号10の巨影が立った。
スタジアムの空気が、一瞬にして張り詰める。
「……お待たせ、吉良氏真。お前のくだらねえお遊戯の時間は、これで終わりだ」
凱人がピッチに足を踏み入れた瞬間、白波スタジアムを吹き抜けていた海風が、ピタリと止んだ。
空気が重くなり、呼吸すら苦しくなるような、圧倒的な「威圧感」。
インパルスの選手たちが、本能的な恐怖に背筋を凍らせる。
(……あはは。ようやくお出ましだね、織田くん)
氏真だけが、そのプレッシャーの中で、黄金の瞳を爛々と輝かせ、少年の無邪気な顔で優雅に微笑んでいた。
「遅刻の罰金は、高くつくよ? ……さあ、真の『天下』を懸けた戦いを始めようか」
革命の魔王が、ついにピッチへと解き放たれた。
システムを超越した純粋なる「個の暴力」と、絆と知略を極めた「雅なる構造」。
前半残り3分。
本当の地獄の激闘が、今、幕を開ける。
【次回予告】
2-0で前半を折り返したインパルス清水FC。しかし、ハーフタイム中に突如として白波スタジアムをゲリラ豪雨が襲う!
水を含んだピッチでインパルスの「戦術」が機能不全に陥る中、織田凱人が不敵な笑みを浮かべ、圧倒的なパワーで狂気の「舞」を踊り出す!
第31話:【泥濘の狂想曲、魔王の舞】。次なる天下へのパスを回せ!




