↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第9章 青春という名のもう一つのフットボール編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
179/182

第176話:【連戦】

【あらすじ】

全国選手権の過酷な現実――それは中1日の過密日程による肉体の摩耗だった。蓄積する疲労により、氏真の研ぎ澄まされたファーストタッチに微かな狂いが生じる。立ちふさがる滋賀の技巧派・近江翔風、そして福岡の超速軍団・博多南。身体が万全でない極限状態の中、己の技術を過信せず仲間を信じる「総力戦」で、城南は過酷な連戦を生き残れるのか!?


1.年の瀬の夜と、見えない消耗


12月30日、夜。


ホテルのミーティングルームには、明青国際大学附属盛岡城南高校の選手たちが集まっていた。

壁の大型モニターに映し出されているのは、翌日の2回戦で対戦する滋賀県代表・近江翔風高校の試合映像だ。


12月29日の1回戦。


城南は熊本県代表・肥後実業高校を1-0で下した。

勝利したことに変わりはない。

だが、試合終了の笛が鳴った瞬間、選手たちの顔に浮かんだのは歓喜だけではなかった。全国大会の緊張、慣れないピッチ、相手の激しい当たり。そして、勝ち上がったチームだけに許される、次の試合までの短い休息。


勝利の余韻に浸っていられる時間は、思った以上に短い。


「明日の相手は、今日の肥後実業とはまるで違うタイプだ」


吉良剛監督がリモコンを操作した。

画面の中で、近江翔風の選手たちが滑らかにパスをつないでいく。


「基本布陣は3-4-2-1。ボールを持ったときの距離感がいい。狭い場所でも慌てず、足裏を使って相手の重心を外してくる」


中盤の選手が相手の寄せを受け、足裏でボールを引いた。

次の瞬間、身体の向きを変え、逆側へパスを通す。


『湖国のセクシーフットボール』か


諸島憲二が小さく呟いた。


「ボールを持っている選手だけを追いかけると、簡単に外される。受け手まで含めて見ないといけないな」


「そのとおりだ」


吉良が頷く。


「特に注意するのは、キャプテンの桐生蓮。背番号10。ボールを失わず、相手を引きつけてから味方を使う。前線の草津拓真との連係もいい」


映像が切り替わる。


近江翔風の前線がボールを受け、ワンタッチで落とす。そこへ2列目の選手が走り込む。


「相手の形を崩すために、こちらが無理に飛び込む必要はない。守備の基準をそろえ、奪う場所を決める。そこから速く攻める」


吉良の説明が続く。


その横で、氏真は画面を見つめていた。


相手の視線。

身体の向き。

ボールを受ける直前の重心。

足裏でボールを引くとき、どちらの足に体重が残っているか。

映像を止めれば、いくつもの情報が浮かび上がる。

だが、頭の中で整理できることと、実際のピッチで再現できることは同じではない。

氏真は椅子の背にもたれ、そっと息を吐いた。

1回戦の疲労は、まだ身体に残っている。

脚が動かないわけではない。

走れないわけでもない。

ただ、普段なら自然にできるはずの判断に、ほんのわずかな遅れが生じていた。

そのわずかな差が、全国の舞台では決定的な違いになる。


「氏真」


吉良に呼ばれ、顔を上げる。


「明日は、全部を自分で解決しようとするなよ」


「……はい?」


「お前は相手の動きを読める。だが、読めたからといって、毎回自分で打開する必要はない。味方を使うことも、相手を動かすことも、立派な選択だ」


氏真は一瞬、返事をためらった。

自分がボールを持てば、局面を変えられる。

自分が仕掛ければ、何かが起こる。

そう考えていたわけではない。

けれど、いつの間にか、勝利に必要な仕事を自分が引き受けすぎていたのかもしれない。


「……わかりました」


答えながらも、その言葉を本当に理解できているのか、自分ではまだ判断できなかった。

モニターの中では、近江翔風が再びパスをつないでいる。

年末の全国大会。

勝ち残るために必要なのは、技術だけではない。

その事実を、氏真は翌日のピッチで思い知ることになる。



2.完璧なトラップの、その先


12月31日。


全国高校サッカー選手権大会、2回戦。


城南の相手は、滋賀県代表・近江翔風高校。


3-4-2-1の布陣を敷く近江翔風は、立ち上がりからボールを保持した。

中盤では、桐生蓮が味方の位置を確かめながらパスコースを作る。前線の草津拓真は、城南のセンターバックを背負いながらボールを収め、2列目の選手を前へ押し出していた。

城南も、ただ押し込まれているわけではない。

諸島が中央のパスコースを消し、ボランチが相手の2列目への供給を警戒する。奪ったボールは、氏真やクアンを経由して前線へ運ぶ。


しかし、近江翔風のパスワークは予想以上に厄介だった。


1人に寄せれば、その背後に別の選手が顔を出す。

パスコースを切れば、足裏でボールを引き戻して角度を変える。

奪いに行った瞬間には、すでに次の選択肢が用意されている。


前半17分。


城南の中盤で、わずかな連係のずれが生まれた。

近江翔風はその隙を逃さなかった。

桐生が中央でボールを受け、城南の守備者を引きつける。次の瞬間、足裏でボールを引きながら身体の向きを変え、空いたコースへパスを通した。

草津がボールを受ける。

城南のセンターバックが寄せるよりも早く、草津はゴール前へ折り返した。

走り込んだ選手が合わせる。

ゴールネットが揺れた。


城南、0-1。


先制点を奪われた。


「切り替えろ!」


諸島の声が飛ぶ。

氏真はセンターサークルへ戻りながら、失点の場面を頭の中で再生していた。

桐生がボールを受ける前、城南の守備者は1人、ボールの動きに意識を向けすぎていた。草津の動き出しに対する警戒も、一瞬遅れていた。

原因は見えている。

次に同じ形を作らせなければいい。


氏真はそう考え、前を向いた。


だが、近江翔風は守備でも粘り強かった。

ボールを奪われても、すぐに中盤の選手が戻って陣形を整える。城南が縦に速く攻めようとすれば、中央のスペースを埋めてくる。

氏真が前線でボールを受けても、背後にはセンターバック、前方には中盤の選手が待ち構えていた。

それでも、チャンスは訪れた。


前半34分。


諸島からの縦パスが、相手の中盤を越えて氏真へ届く。

氏真はボールの軌道を読み、最初のタッチで前を向こうとした。

いつもなら、ボールを足元に収めながら相手の重心を外し、次の動作へ移れる。

だが、その日のタッチは、ほんのわずかに大きかった。

疲労で感覚が鈍っていたのか。

相手の寄せが想定より早かったのか。

おそらく、その両方だ。

ボールが足元から離れた瞬間、近江翔風の選手が身体を入れてくる。

氏真は反射的に追いかけたが、相手の足が先に届いた。

チャンスは消えた。


「くそ……」


思わず声が漏れる。

完璧なトラップさえできていれば。

もう少し身体の向きを工夫していれば。

相手の寄せを、あと一歩早く察知できていれば。

考え始めると、いくらでも修正点が見つかる。


しかし、すべてを1人で修正しようとすれば、判断はさらに複雑になる。


ハーフタイム。


ベンチへ戻った氏真に、吉良が声をかけた。


「今の場面、どう思った?」


「ファーストタッチが大きくなりました。相手の寄せを考えれば、もっと身体を開いて受けるべきでした」


「それは間違っていない」


吉良は頷いた。


「だが、お前の答えはそこまでか?」


氏真は顔を上げた。


「……どういう意味ですか?」


「完璧なトラップができなかった。それで終わりか、ということだ」


吉良は戦術ボードを指した。


「相手が寄せてくるなら、味方を使えばいい。自分が前を向けないなら、落としてもう一度動けばいい。ボールを収めることだけが正解じゃない」


氏真は、ボードに描かれた選手の配置を見た。


自分が前を向く。

自分が相手をかわす。

自分がチャンスを作る。

そればかりを考えていたのではないか。


「シュートの基本は、トラップからゴールへのパスだ」


吉良は静かに言った。


「だが、トラップはゴールへ向かうための手段だ。完璧なトラップそのものが目的になったら、順番が逆になる」


氏真は唇を結んだ。

自分がこだわっていたのは、正しいプレーだったのか。

それとも、正しくプレーできる自分でいることだったのか。

答えは、まだ出ない。


「後半は、周りを使え。味方がいる意味を忘れるな」


吉良が選手たちを見渡す。


「1人で試合を背負うな。全員で勝ちにいくぞ」


選手たちが頷いた。

氏真もまた、ゆっくりと立ち上がった。



3.1人で勝つのではなく、全員で勝つ


後半。


城南は、攻撃の組み立てを少し変えた。

氏真が無理に前を向こうとするのではなく、いったん味方へ預け、相手の守備を動かしてから次のスペースへ入る。

クアンが幅を取り、諸島が中央でパスをつなぐ。

中盤の選手がボールを受ける位置を変え、近江翔風の守備者を少しずつ動かしていく。

氏真自身も、ボールを受ける前に周囲を確認した。


相手の視線。


身体の向き。


自分に寄せてくる選手と、その背後にいる選手。

見えている情報は変わらない。

変わったのは、それをどう使うかだった。


後半14分。


城南が右サイドでボールを動かす。

クアンが相手の寄せを受けながら、中央へパスを送った。


氏真が走り込む。


背後から近江翔風の選手が迫っていた。

前を向いてボールを止めれば、すぐに囲まれる。

かといって、後ろへ戻すだけでは相手の守備を崩せない。

氏真は、ボールを受ける直前に足の向きをわずかに変えた。

左足の外側で、ボールの勢いを殺しすぎず、斜め前へ流す。


止めるためのトラップではない。


次の味方へつなぐためのタッチだった。


ボールは氏真の身体の横を抜け、相手の守備者が踏み込んだ足の外側へ転がる。

相手が反応するより早く、氏真は身体を開いた。

そのまま前へ運ぶのではなく、走り込んだクアンへパスを送る。

クアンは迷わず右サイドを突破した。

ゴール前へ低いクロス。

そこへ飛び込んだ不来方が、身体を投げ出すようにして合わせた。

ボールがゴールへ吸い込まれる。


1-1。


城南が追いついた。

歓声がスタンドを揺らす。

不来方が両腕を広げ、クアンが駆け寄る。氏真も遅れて2人に合流した。


「ナイスパス!」


クアンが笑った。


「いや、決めたのは不来方だ」


「だったら、次も頼むぞ!」


不来方が拳を握る。

氏真は笑みを返した。

自分が突破して、自分で決めたゴールではない。

それでも、この1点は確かに自分のプレーから生まれた。

ボールを完璧に止めなくてもいい。

自分で相手を抜き切らなくてもいい。

味方が決めるための道筋を作れれば、それでいい。

そのことが、少しだけ腑に落ちた。

近江翔風も、ここで崩れなかった。

桐生を中心にボールを保持し、城南の守備を揺さぶる。草津が前線でボールを収め、何度もゴール前へ迫った。


試合は一進一退となった。


時計が進む。


後半38分。


近江翔風が自陣から攻撃を組み立てようとした。

城南は前線から連動してプレスをかける。

1人がボール保持者へ寄せ、もう1人が中央へのパスコースを消す。さらに背後の選手が、相手の逃げ道を塞いだ。

ボールを持った選手は、苦し紛れにバックパスを選択した。

しかし、パスは味方の足元からわずかにずれた。


その瞬間、氏真が反応した。


ボールへ走り込む。


近江翔風の最終ラインが慌てて戻る。

氏真は相手の位置を確認し、ゴールキーパーが前へ出る気配を感じ取った。

ここで無理にボールを止める必要はない。

氏真は次のタッチでボールを前へ運び、ゴールキーパーの動きを見ながらシュートコースを選んだ。

低いシュートが、ゴールキーパーの手の届かない位置を抜ける。


ネットが揺れた。


城南、2-1。


逆転。


ベンチから選手たちが飛び出し、歓声が沸き上がる。

氏真は仲間たちに囲まれた。

誰か1人の個人技で奪ったゴールではない。

前線のプレスがあり、パスコースを切る動きがあり、相手のミスを誘う連動があった。

その積み重ねの先に、最後のシュートがあった。

残り時間、城南は無理に攻め急がず、互いの距離を保って守り切った。


試合終了。


明青国際大学附属盛岡城南高校、2-1で近江翔風高校に勝利。


2回戦突破。


握手を交わす近江翔風の選手たちの表情には悔しさがあった。桐生は氏真の前で足を止め、まっすぐに目を見た。


「最後のプレス、見事だった。あれは1人じゃできない」


「近江翔風のパスワークも、最後まで厄介でした」


氏真が答えると、桐生は小さく笑った。


「次も勝てよ。俺たちの分まで、なんて綺麗事は言わない。ただ、ここで終わるなよ」


「はい」


氏真は深く頭を下げた。

近江翔風の選手たちがピッチを去っていく。

勝者の歓喜の向こう側には、敗者の悔しさがある。

それでも、彼らが積み重ねてきたものまで消えるわけではない。

氏真はその背中を見送りながら、胸の奥に残った感覚を確かめていた。

勝つために必要なのは、いつも自分が正解を選ぶことではない。

仲間が正解を選べるように、道をつくることもまた、自分の仕事なのだ。



4.元日の映像に映るもの


1月1日。


ホテルの一室に設けられたミーティングスペースでは、3回戦の対戦相手、福岡県代表・博多南高校の映像が流れていた。

画面の中の博多南は、4-1-4-1の布陣を敷いている。

特徴は、前線からの強いプレスと、ボールを奪ってからの速いサイド攻撃だった。


「奪われた瞬間に、まず近くの選手が寄せる。そこで奪い返せなければ、中央を切りながらサイドへ追い込む」


吉良が画面を止めた。


「前からの圧力に慌ててボールを失うと、一気にカウンターを食らう。特に右ウイングの早乙女嶺。50mを5秒9で走るスピードがある」


画面が切り替わる。


早乙女が相手のパスを奪い、右サイドを駆け上がる。追いすがる守備者を振り切り、ゴール前へクロスを送った。


「中盤の黒木鉄心も要注意だ。ボールを奪う位置がいい。相手が前を向く前に身体を寄せて、パスコースを消してくる」


諸島が腕を組んだ。


「つまり、こちらが中央から組み立てようとすると、黒木に狙われるわけか」


「そうだ。だから、奪われても慌てない準備が必要だ」


吉良は選手たちを見回した。


「相手のプレスを一度で剥がそうとするな。近くの味方を使い、相手を動かし、空いた場所へボールを運ぶ。無理に縦へ急ぐ必要はない」


氏真は映像を見つめていた。

博多南の選手たちは、ただ速く走っているわけではない。

ボールを奪う前から、奪った後の動きが準備されている。早乙女が走り出すときには、中央の選手が相手の守備者を引きつけ、前線の選手がゴール前へ入る道を作っていた。

スピードだけではない。

走るタイミングと、走るために必要なスペースをつくる判断がある。


「……速さを消すんじゃなくて、走り出す前の選択肢を減らす」


氏真が呟く。


「そういうことだ」


吉良が答えた。


「相手が走り始めてから追いかけても遅い。どこへ走るつもりなのか、その前に考えろ」


ミーティングが終わると、選手たちはそれぞれの調整へ向かった。

スタッフは映像を整理し、コンディションの記録を確認する。選手たちの疲労を見ながら、練習の強度も調整されていく。


全国大会は、試合だけで進むわけではない。


試合と試合の間に何をするか。

誰が選手を支え、誰が次の相手を分析し、誰がチームの状態を整えるか。

そうした目に見えにくい仕事も、ピッチでの80分につながっている。

氏真は窓の外を見た。

元日の街は静かだった。

けれど、城南の戦いはまだ終わっていない。



5.不完全なまま、最善を選ぶ


その夜。


氏真はロビーの片隅で、冷めかけたコーヒーを前に座っていた。

2回戦の逆転勝利を喜ぶ気持ちはある。

だが、それと同じくらい、3回戦への不安もあった。

連戦の疲労は確実に蓄積している。相手の特徴を理解しても、試合中にすべての状況へ対応できるとは限らない。

自分のトラップが乱れることもある。

パスの判断が遅れることもある。

読みが外れることだってある。

それでも勝たなければ、次へ進めない。


「眠れないのか?」


声をかけてきたのは、吉良だった。


「少し考え事をしていました」


「明日の試合か」


「はい。相手のプレスは厄介です。僕が前を向けない場面も増えると思います」


吉良剛は向かいの椅子に腰を下ろした。


「それで?」


「……自分がどう動けばいいのか、まだ整理しきれていません」


正直な言葉だった。

映像を見れば、相手の特徴はわかる。

選手の動きも、狙いも、ある程度は読める。

だが、実際の試合では、相手も考え、対応してくる。

自分の想定どおりにいかない場面は必ずある。


「氏真。お前は、試合中に間違えない選手になりたいのか?」


監督の問いに、氏真はすぐには答えられなかった。


「……間違えないに越したことはありません」


「そりゃそうだ」


剛は苦笑した。


「だが、80分間、一度も判断を誤らない選手なんていない。どれだけ優れた選手でも、相手の対応で選択を変えなきゃならない。疲れれば、いつもできることができなくなる」


氏真は黙って聞いていた。


「大事なのは、完璧な状況を待つことじゃない。不完全な状況で、何が最善かを選ぶことだ」


「不完全なまま……最善を選ぶ」


「そうだ。自分の状態が万全じゃないなら、味方に預ければいい。相手に読まれたなら、次の選択肢を使えばいい。予定どおりにいかないことを、失敗だと決めつけるな」


剛はコーヒーを一口飲んだ。


「サッカーは、1人で完成させる競技じゃない」


氏真はカップに目を落とした。


前世で、彼は今川家の当主だった。

自分の判断ひとつで、家臣たちの運命が変わる。誰かに任せることは、時に責任を放棄することと同じに思えた。


だからこそ、自分が決めなければならない。


自分が責任を負わなければならない。

その感覚が、今の自分にも残っているのだろうか。

だが、サッカーのピッチでは、味方に預けたボールが、自分の想像を超える形で戻ってくることがある。

自分より優れた判断をする仲間もいる。

自分には見えていない場所を見ている仲間もいる。

その力を信じることは、責任を手放すことではない。

チーム全体で、責任を引き受けることなのかもしれない。


「……明日は、もっと周りを見ます」


氏真が言った。


「周りは見えているだろう」


剛は首を振る。


「見えていることと、任せることは違う。お前が全部をやらなくても、仲間は動ける。そこを信じろ」


氏真は、ようやく小さく笑った。


「難しいですね」


「簡単だったら、監督なんていらん」


剛も笑った。


ロビーの窓の向こうでは、年が明けた街の灯りが静かに瞬いていた。

明日も、思いどおりにいかない場面はあるだろう。

それでも、そのたびに自分1人で答えを出す必要はない。

氏真は冷めたコーヒーを飲み干し、席を立った。



6.3回戦、速さの向こう側


1月2日。


全国高校サッカー選手権大会、3回戦。


明青国際大学附属盛岡城南高校は、福岡県代表・博多南高校と対戦した。

キックオフ直後から、博多南は前線のプレスを強めた。

ボールを持つ城南の選手へ、2人、3人と距離を詰める。パスコースを切り、苦しい体勢で出されたボールを狙う。

城南が中央で組み立てようとすると、黒木鉄心が素早く寄せてくる。

氏真がボールを受けても、前を向く時間はほとんどなかった。


「後ろ!」


諸島の声。


氏真は無理に反転せず、ワンタッチでボールを戻した。

そのまま相手の背後へ走り出す。

ボールは別の選手を経由して、サイドへ運ばれた。

相手のプレスを一度で突破するのではなく、複数のパスで動かす。

そうして生まれたスペースへ、城南の選手たちが走り込む。

だが、博多南の攻撃も鋭かった。


前半11分。


城南のパスが中盤で引っかかった。

黒木がボールを奪い、すぐに前を向く。

早乙女が右サイドを駆け上がった。

追いすがる城南の選手を振り切り、ゴール前へクロスを送る。

中央で待っていた城島剛は、185cmの身体を生かして高く跳んだ。


ヘディングシュート。


ボールがゴールに突き刺さった。


城南、0-1。


博多南が先制した。

早乙女のスピードと城島の高さ。

事前に分析していた武器を、博多南は迷いなく得点へ結びつけた。

城南は反撃を試みたが、相手のプレスは簡単には緩まない。

氏真がボールを受ければ、黒木が寄せる。

クアンがサイドで前を向けば、早乙女が戻って2人で囲む。

中央へのパスを通そうとすれば、博多南の中盤がコースを塞ぐ。

前半を終え、城南は1点を追う展開となった。


ハーフタイム。


吉良監督は選手たちを見回した。


「相手の速さに付き合うな。速い選手に速く走らせないことも、守備だ。攻撃では、相手が寄せてきたところを利用しろ」


氏真は、先ほどの失点を思い返した。

早乙女が走り出したとき、城南の守備陣はボールの奪い返しに意識を向けていた。早乙女が走るためのスペースを、すでに相手に与えていたのだ。

相手の速さを消すには、走り始めてから追いかけるのでは遅い。

その前に、選択肢を減らす必要がある。


「後半、取り返すぞ」


諸島が声を上げた。


選手たちが立ち上がる。


後半も、博多南は積極的にプレスをかけてきた。

だが、城南は慌てなくなっていた。

氏真がボールを受け、黒木が寄せる。

氏真は相手の動きを見て、前を向くのではなく、左足の外側でボールを斜め前へ流した。

黒木の足が伸びる。

その一瞬、氏真は身体を開いてパスコースを作った。

ボールは、右側から走り込んできたジャック・ミラーへ渡る。


背番号16。


ジャックは迷わず前を向き、ゴールへ向かって運んだ。

博多南の守備者が寄せる。

ジャックは一度だけボールを置き直し、右足を振り抜いた。


シュート。


ゴールネットが揺れた。


1-1。


同点。


ジャックが拳を握り、仲間たちのもとへ走る。

氏真は、その後ろから追いついた。


「いいパスだった!」


ジャックが笑う。


「君が走ってくれたからだよ」


氏真はそう返した。

自分が前を向けなくてもいい。

自分が最後のシュートを打たなくてもいい。

相手の寄せを利用し、味方が前を向ける状況をつくればいい。

その選択が、確かな形になっていた。

博多南も反撃に出る。

早乙女が右サイドを突破し、城島へクロスを送る。城島のヘディングはゴールの上へ外れたものの、城南の守備陣は最後まで気を抜けなかった。


後半39分。


博多南のコーナーキック。

ゴール前に選手が集まり、ボールが蹴り込まれた。


工藤一が前へ出る。


相手選手の頭上を越えたボールに、工藤が両手を伸ばした。

パンッ、と乾いた音が響く。


工藤がパンチングでボールを弾き出した。

こぼれ球を不来方が拾う。


相手の選手が寄せてくるが、不来方は身体を入れてボールをキープした。

無理に前へ運ばず、味方が上がる時間をつくる。


諸島が受けに来た。


不来方から諸島へ。


諸島は顔を上げ、前方を確認する。

氏真が動き出した。

相手のセンターバックが氏真を警戒して中央へ寄る。

その瞬間、諸島は空いたコースへパスを通した。


氏真の足元へボールが届く。


相手の守備者が身体を寄せてくる。

氏真はボールを止めるのではなく、ファーストタッチで前方へ流した。

相手の足が伸びたところを、ボールがすり抜ける。

氏真は身体の向きを変え、そのままシュートへ移った。

低い弾道のボールが、ゴールキーパーの横を抜ける。


ゴール。


城南、2-1。


逆転。


残り時間、博多南は最後まで攻め続けた。

早乙女がサイドを駆け上がり、黒木がセカンドボールを拾い、城島がゴール前で競り合う。

しかし、城南も最後まで集中を切らさなかった。

全員が戻り、互いのカバーを続け、相手に決定的なシュートを許さない。


そして、試合終了の笛が鳴った。


明青国際大学附属盛岡城南高校、2-1で博多南高校に勝利。


3回戦突破。


盛岡城南、創部初の全国ベスト8進出。

氏真は、息を整えながらピッチを見渡した。


勝利はうれしい。


だが、疲労は隠せなかった。

走り続けた脚は重く、判断にも負荷がかかっている。次の試合まで、十分な時間があるわけではない。

それでも、誰か1人がすべてを背負ったわけではなかった。


工藤のパンチング。


不来方のキープ。


諸島のパス。


そして、最後にゴールを決めた自分。


1つひとつのプレーがつながり、勝利になった。


氏真は仲間たちと握手を交わし、博多南の選手たちにも頭を下げた。

早乙女は悔しそうに唇を噛んでいた。

その表情を見て、氏真は思った。

彼らもまた、勝つために準備をしてきた。

走力も、連係も、戦術も、決して劣っていたわけではない。

ただ、最後の一瞬に、城南がわずかに上回った。

その差が、勝敗を分けたのだ。



7.次なる戦いまで、あと1日


1月3日。


城南は、次の試合へ向けた調整を行っていた。

3回戦を終えた選手たちに必要なのは、激しい練習ではない。

身体の状態を確認し、疲労を抜き、次の試合に備えること。

スタッフは選手たちの様子を確認しながら、練習の負荷を調整した。映像分析の担当者は、準々決勝の相手に関する情報を整理している。


翌1月4日。


城南は、全国大会の準々決勝に臨む。

対戦相手は、千葉県代表・私立東邦経済大学付属柏高校。

通称、東経大柏。

あるいは、東経柏。


選手権優勝2回、インターハイ優勝2回。


高円宮杯 JFA U-18プレミアリーグEASTでも、常に上位を争う強豪だ。

今季のプレミアリーグEASTでは、明青国際大学附属青森高校と優勝争いを繰り広げている。


明青青森が勝ち点47。

東経大柏が勝ち点46。

両者の差は、わずか1点。


シーズン前半の対戦では、東経大柏がホームで1-0の勝利を収めた。だが、後半戦のアウェーゲームでは、明青青森が2-1で雪辱を果たしている。

冷徹な規律と絶対防壁を武器とする明青青森。

それに対し、東経大柏が掲げるのは、獰猛なハイプレスと、全員が走り続けるフットボールだった。

映像の中に、深紅と黒の縦縞が現れた。

黒いパンツに深紅のソックス。

そのユニフォームは、まるで獲物を狙う虎を思わせる。


「紅黒の猛虎、か……」


氏真は呟いた。



東経大柏の基本布陣は、4-4-2。

前線から猛烈な圧力をかけ、ボールを失えば2人、3人と囲い込む。最終ラインは高く保たれ、チーム全体の縦の距離を短くする。

相手に自由を与えない。

ボールを奪えば、迷わず前へ。

セカンドボールには全員が反応する。

ゴール前では、身体を投げ出してでもシュートを止める。

華麗なパスワークよりも、相手の自由を奪うための走力と連係。

そして、セットプレー。

1つのチャンスを確実に得点へつなげ、先制した後は徹底して試合を管理する。

1-0で勝つ。

それが、東経大柏の勝ち方だった。


画面には、主力選手の映像が映し出された。

センターバック、背番号4。

神崎剛毅。

3年生、184cm、80kg。

「東経の不沈艦」と呼ばれる、高校屈指のストッパーだ。

1対1に強く、空中戦にも優れる。相手の動きを読み、シュートコースへ最後の一歩を踏み出す判断に長けている。


氏真が仕掛けたドリブルに、神崎が対応する。

重心を外しても、簡単には倒れない。

身体の向きを変えても、最後までシュートコースを消してくる。

氏真は画面を見つめた。

自分の技術が通用しないわけではない。

だが、相手もまた、こちらの技術を理解したうえで、最後の一瞬まで対応してくる。


中盤の背番号6、城戸圭介。

3年生、178cm、73kg。

「中盤のハウンドドッグ」。

運動量が豊富で、セカンドボールへの反応が速い。特に、相手の攻撃の起点となる選手を追い続け、パスの出どころを消す守備を得意としていた。

諸島がボールを受ける場面で、城戸が身体を寄せる。

パスコースを塞ぎ、前を向かせず、味方が戻る時間をつくる。

諸島が自由にボールを配れなければ、城南の攻撃は組み立てにくくなる。


前線には、背番号9、長谷川蓮。

3年生、183cm、77kg。

「泥臭き重戦車」。

相手のセンターバックに身体をぶつけ、ロングボールを収める。守備では最前線から追い続け、セットプレーではゴール前の標的となる。

左サイドには、背番号11、乾瞬介。

2年生、171cm、65kg。

50mを5秒8で走る俊足のウイングだ。


攻撃では鋭いカウンターを仕掛け、守備では自陣まで戻って相手を2人で囲い込む。速さだけでなく、攻守の切り替えを怠らない選手だった。


ゴールマウスを守るのは、背番号1、坂崎壮平。

3年生、187cm、81kg。

ハイボールへの対応に優れ、至近距離のシュートにも強い。高い最終ラインの背後をカバーする役割も担っている。


映像が終わると、吉良監督は選手たちを見渡した。


「東経大柏は、個々の能力が高いだけのチームじゃない。全員が同じ目的を持って走る。だから、誰か1人をかわしただけでは終わらない」


氏真は、神崎の映像を思い返していた。

相手の重心を見て、身体の向きを変え、わずかな間をつくる。

それでも神崎は、最後の瞬間にシュートコースへ身体を投げ出してくる。

こちらの動きを理解している。

それでも、止めに来る。


「綺麗なフットボールなど何の価値もない。80分間泥を啜り、仲間を信じて身体を投げ出し、1-0で勝つチームが最後に笑う」


東経大柏の榎木雅人監督が、試合後のインタビューで語った言葉が紹介された。


「青森を倒して日本一になるのは、俺たち東経柏だ」


その言葉に、選手たちの表情が引き締まる。

東経大柏は、明青青森を倒すために戦っている。

そして、城南の前に立ちはだかる。


「明日は中1日で迎える4試合目だ。疲労はある。相手の選手層も厚い。だが、それを言い訳にはできない」

吉良が言った。


「ここまで勝ち上がってきたのは、俺たちだけじゃない。東経大柏も、同じように勝ち上がってきた。相手を侮るな。自分たちを過信するな。準備できることを、最後までやり切れ」


選手たちが頷いた。


ミーティングが終わり、氏真は1人、廊下へ出た。


窓の外には、冬の空が広がっていた。

1回戦は、1-0。

2回戦は、2-1。

3回戦も、2-1。


城南は、確かに勝ち上がってきた。

だが、試合を重ねるごとに、相手の強さだけでなく、自分たちの限界も見えてきている。

完璧なトラップができない日もある。

判断が遅れる瞬間もある。

自分1人では、どうにもならない局面もある。

それでも、仲間がいる。

自分が前を向けなければ、誰かがボールを受けてくれる。

自分が相手を引きつければ、誰かが空いた場所へ走ってくれる。

自分が失敗しても、次の選手がカバーしてくれる。

それは、弱さを補い合うだけの関係ではない。

互いの力を信じ、預け合うことで、1人では届かない場所へ進むための関係だ。


氏真は、ゆっくりと拳を握った。


次の相手は、全国屈指の強豪。


その守備の中心には、神崎剛毅がいる。

こちらの技術を理解し、動きを読んだうえで、それでも最後の一瞬まで止めに来る男。

氏真は、まだ知らない。

自分がどれほど正確に相手の重心を読み、どれほど無駄のない動きを選んだとしても、最後の一歩を踏み出す相手の覚悟までは、簡単に超えられないことを。


1月4日。全国ベスト4――聖地・国立競技場への切符を懸けた戦い。


紅黒の猛虎が、城南の前に立ちはだかる。

次なる戦いまで、あと1日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。