↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第9章 青春という名のもう一つのフットボール編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
178/181

第175話:【選手権開幕】

【あらすじ】

冬の全国高校サッカー選手権がついに開幕! 初戦の舞台・等々力で盛岡城南を待ち受けていたのは、冷たい強風と剥げたピッチ、そして「火の国の重戦車」と恐れられる熊本代表・肥後実業だった。190cmの巨漢FWと鋭いロングスローが襲いかかる中、欧州仕込みの技術は日本の過酷な冬の洗礼を受ける。泥と風の悪条件を乗り越え、氏真たちは全国の壁を破れるのか――!?

1.首都圏の熱気と冬の等々力


12月下旬。 東京駅の新幹線ホームに降り立った盛岡城南高校サッカー部を迎えたのは、北東北の雪混じりの寒気とは異なる、乾いて肌を刺すようなビル風だった。

第105回全国高校サッカー選手権大会。 開幕を目前に控えた首都圏は、全国各地から集まった代表校と、それを追う報道陣の熱気に包まれていた。


駅のコンコースには、地方予選を勝ち抜いた48代表の動向を伝える新聞が並んでいる。


『欧州帰りの怪童・吉良氏真』

『岩手初制覇の盛岡城南が全国見参』


そんな見出しが躍るたび、背番号9の名前を知らなかった人々までが、盛岡城南の存在に注目し始めていた。

宿舎となった川崎市内のホテルにも記者が詰めかけ、練習グラウンドへの移動時にまでカメラが向けられる。

だが、吉良剛監督にも、主将の諸島憲二にも、浮かれた様子はなかった。


「宿舎の手配から専用バス、天然芝の練習グラウンドまで、早川グループが整えてくれた。これ以上ない環境だ。コンディションを言い訳にすることは許さんぞ」


前日のミーティングで、剛監督は選手たちを見渡した。

秋の別れ際、盛岡駅のホームで早川愛が誓った言葉。


――冬の全国の舞台、万全に整えてみせますわ。


その約束は、食事や移動手段だけでなく、専任トレーナーのキャム・ベルナルドが施術を行うための部屋まで用意する形で果たされていた。

愛自身も大学の講義とグループの業務の合間を縫って宿舎に顔を出し、氏真に温かな薬膳茶を差し入れていった。


「どうか、存分に戦ってくださいませ」


優美な一礼を残し、愛は静かに立ち去った。

支えてくれる人々の想いは、十分に受け取っている。

あとは、ピッチの上で結果を出すだけだった。


12月29日。大晦日の正午。


1回戦の舞台、川崎市・等々力陸上競技場。

スタンドを埋める観衆の頭上を、多摩川沿いから吹きつける北北西の寒風が吹き抜けていた。

電光掲示板に対戦カードが表示される。


盛岡城南高校(岩手) 対 肥後実業高校(熊本)


ピッチに足を踏み入れた氏真は、ウォーミングアップをしながら足元を確かめた。

スパイクのスタッドを通して伝わる感触に、わずかに眉を寄せる。


(……これが、冬の全国のピッチか)


夏の瑞々しい芝は、冬枯れによって黄色く沈んでいた。

とりわけゴール前やピッチ中央は踏み荒らされ、芝の剥げた場所には硬い土が露出している。踏み込むたびに細かな土煙が舞い、場所によってボールの跳ね方も転がり方も違っていた。

欧州で慣れ親しんだ、均一に整えられた芝とはまるで違う。

ここでは、普段どおりのタッチが、そのまま通用するとは限らない。


「おい、氏真。足元ばかり気にしてんじゃねえぞ」


声をかけてきたのは、諸島だった。

右足首の捻挫から驚異的な回復を遂げ、先発メンバーに名を連ねている。


「熊本の肥後実業は、九州じゃ『重戦車軍団』って恐れられてる筋金入りのフィジカル集団だ。綺麗なパスサッカーなんざ、ハナから相手にしてくれねえぞ」


「ええ、分かっています、諸島さん」


氏真は静かに頷き、ハーフウェーラインの向こう側を見た。

深紅のユニフォームに、熊本城の石垣を思わせる黒い意匠。

そこに並ぶ11人は、いずれも屈強な身体つきをしていた。


全国大会の初戦。


ここから先は、予想どおりに進むとは限らない。

氏真はスパイクのスタッドを土に沈め、ピッチの感触をもう一度確かめた。



2.火の国の重戦車と等々力の洗礼

ピッチ中央でコイントスを終えた肥後実業の主将、背番号6のボランチ・隈部鉄心が、自軍の選手たちを振り返った。


「整列しろ! 相手は東北の代表、欧州帰りの天才がおるらしかばってん、ここは等々力タイ! 泥を食ろうて走る覚悟のない奴から、ピッチに沈めてやるぞ!」


「「「オオッ!!」」」


地鳴りのような咆哮が響いた。

最前線にそびえ立つのは、高校年代離れした威容を誇るセンターフォワード。


背番号9、3年の牛島剛毅。

190cm、88kg。

「阿蘇の巨神」の異名を持つ男は、分厚い胸板を揺らし、獲物を値踏みするような眼差しで城南の最終ラインを睨んでいた。


ベンチ前では、肥後実業の鬼塚源蔵監督が腕を組んでいる。


「綺麗なサッカーで勝てるほど、全国の冬は甘くねえ。泥にまみれて1-0で勝つ。それが肥後実の魂タイ」

12時05分。


主審のホイッスルが鳴り、前後半各40分、計80分の戦いが始まった。


前半3分。

自陣深くでボールを回収した肥後実業のセンターバック、球磨川嵐が、前方へ大きく蹴り出した。

中盤を経由しないロングフィード。

ボールは高く舞い上がり、追い風に押されるように城南の陣内へ伸びていく。

落下点に入ったセンターバックの佐々木拓海が、ヘディングで跳ね返そうと跳躍した。


だが――。

ドガッ!


鈍い衝撃音が響いた。


競り負けた佐々木が、バランスを崩してピッチに倒れ込む。


「ぐあっ……!」


牛島は、高く跳び上がってすらいなかった。

落下点に身体を据え、両足で地面を捉えたまま、背後から競り寄ってきた佐々木を身体の強さで押しのけたのだ。

胸でボールを収め、振り向きざまに右足を振り抜く。


ズドンッ!


強烈なシュートがゴールを襲った。

GK工藤一が決死の横っ飛びで指先に触れ、ボールをゴールの外へ弾き出す。


コーナーキック。


「なっ……なんだ、あいつ! ビクともしねえぞ!」


立ち上がった佐々木が、痺れた肩を押さえて呻いた。

だが、肥後実業の脅威はそれだけではなかった。


前半7分。


城南陣内の右サイドでボールがタッチラインを割る。

肥後実業の右サイドバック、宇土翔平がボールを拾い、タオルで表面の土を拭き取った。

長い助走を取る。


「来るぞ、ロングスローだ! 中に絞れ!」


副主将の林皓然が叫んだ。

宇土の腕から放たれたボールは、山なりではなかった。

低く鋭い軌道でゴール前へ飛び込んでくる。

そこへ牛島と、186cmの球磨川がなだれ込んだ。


「競れッ! 前で触らせるな!」


諸島が声を張り上げる。

佐々木と林が2人がかりで牛島を挟み込んだ。


ドカッ!


身体と身体が激しくぶつかる。

辛うじて林が頭でコースを変え、ボールをクリアした。

しかし、こぼれ球には肥後実業の中盤4人が一斉に反応する。

城南が陣形を整える前に、隈部がボールを拾い、再びゴール前へと攻撃を組み立てた。

美しいパスをつなぐ時間など、一瞬も与えてくれない。

中央の土が露出した場所ではボールが不規則に跳ね、ショートパスを出そうとすれば、足元で微妙に勢いが変わる。

そこを肥後実業の選手たちが身体を寄せ、セカンドボールを奪っていく。


前半20分。


城南のシュートは、まだゼロだった。

ロングボール、ロングスロー、そしてこぼれ球への執念。

肥後実業は、自分たちが勝つための形を徹底していた。

城南は自陣から抜け出すことさえ難しくなっていた。



3.不完全なピッチと足裏の荷重


前半28分。


中盤で諸島が鋭いスライディングを仕掛け、肥後実業からボールを奪った。

苦しい時間帯に、ようやく生まれた反撃の機会。

諸島は顔を上げ、中央へ走り込んでいた氏真にグラウンダーのパスを送った。

ボールが届いたのは、ペナルティアークの手前。

芝が剥げ、硬い土がむき出しになった場所だった。


(……っ)


転がってきたボールが、土の突起に当たって跳ね上がる。

氏真は右足のインサイドで勢いを吸収しようとした。

しかし、想定より高く跳ねたボールはスパイクの芯を外れ、前方へ流れてしまう。

平滑なピッチなら、起きなかったかもしれない小さな乱れ。

だが、全国の舞台では、その一瞬が命取りになる。


「隙ありタイ、天才君ッ!」


球磨川が背後から身体をぶつけてきた。


ドスンッ!


衝撃を受けた氏真の身体が横へ流れる。

ボールはカバーに入った隈部に回収され、城南の攻撃はあっけなく途切れた。

氏真は土の上に手をつき、立ち上がった。

スタンドから、失望のざわめきが漏れる。


「吉良も、全国のフィジカルには手も足も出ないのか……」


だが、氏真の瞳に焦りはなかった。

彼はユニフォームについた土を払うこともせず、足元を見つめていた。


(……なるほど。これが、この国の冬のピッチか)


欧州で培ってきた技術は、確かに世界最高峰の環境で磨かれてきた。

だが、技術そのものが優れていても、環境との噛み合わせを誤れば、その価値を発揮できない。


(予は、いつもの感覚でボールを迎えにいった)


不規則なバウンドに負けまいとして、足裏に力を込めていた。

地面を強く踏み、スパイクのグリップで凹凸を押さえつけようとしていた。

その結果、足首も膝も硬くなり、ボールの跳ね方に身体がついていけなかったのだ。

ふと、タッチライン際に目を向けた。

ベンチ前に立つ専任トレーナーのキャム・ベルナルドが、氏真を見つめている。

キャムは自分の足元を指し、両手を胸の前でふわりと動かした。


短い身振り。


『力を抜け』


その意図が、氏真には伝わった。


(……そうだ。地面をねじ伏せるのではない。地面の変化を受け入れるのだ)


氏真は静かに息を吐いた。

足裏の感覚を確かめるように、軽く体重を移す。

硬い場所と、わずかに芝が残る場所。

踏み込む力を調整すれば、地面から返ってくる衝撃も変わる。

足首と膝を固めず、ボールが跳ねた方向に合わせて関節を柔らかく使う。

必要なのは、力ではない。

変化を受け止める余裕だった。

氏真は、改めてピッチ全体を見渡した。


風は北北西から吹いている。


高く上がったボールは風に流されるが、低い位置を転がるボールへの影響は比較的小さい。

中央は踏み荒らされている。

一方、両サイドのタッチライン際には、まだ芝が残っている場所があった。


そして、肥後実業の守備陣。


彼らは相手がボールを収める瞬間を狙い、強い踏み込みで身体をぶつけてくる。

力強さは、彼らの武器だ。

だが、踏み込む方向を外されれば、その力は自分自身を縛る。


(……見えたぞ)


不完全な環境を嘆く必要はない。

この土も、この風も、相手の強さも、すべて試合を構成する条件なのだ。

ならば、その条件の中で最善を選べばいい。

氏真の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

その後も肥後実業の攻勢は続いた。

牛島を中心とした空中戦にさらされながら、諸島と林をはじめとする城南の守備陣は、身体を張ってゴール前を守り抜いた。


前半終了。


スコアは、0-0。


城南は、まず40分を耐え切った。



4.風下の知略と泥の凱歌

ハーフタイムのロッカールーム。

選手たちは、激しい競り合いで全身を土と汗に汚していた。


「ハァ……ハァ……。あいつら、スローイン1本でゴール前に壁を作ってきやがる……!」


右サイドバックの一戸政実が、擦り傷を手当てしながら息を吐いた。

剛監督は選手たちを見渡し、落ち着いた声で告げた。


「相手の狙いは変わらん。ロングボールとロングスロー、こぼれ球。それを徹底している。だが、前半を無失点で終えたのは大きい」


監督は戦術ボードを指した。


「後半は陣地が入れ替わる。肥後実業は追い風を背にして攻めてくる。前半以上に、ロングボールの飛距離が伸びる可能性があるぞ」


林が眉をひそめた。

「つまり、後半のほうが厳しくなるってことですね」


「そうだ。だが、風があるからといって、すべてのボールが同じように伸びるわけじゃない」


モニターの前にいた久保田誠と早川舞が、分析結果を示した。


「上空のボールは風の影響を受けやすい。一方、ピッチに近い位置を進むボールは、スタンドの影響もあって風の影響が比較的小さくなります」


舞が画面上の両サイドを指す。


「それに、中央は踏み荒らされていますが、サイドには芝が残っている場所がある。ボールを運ぶ場所を選べば、相手の強みを避けられるはずです」


氏真が静かに立ち上がった。


「剛叔父さん。後半は僕が中盤の底近くまで下りて、相手のセンターバックを引き出します」


「狙いは?」


「相手は、空中戦と身体をぶつける守備に自信を持っています。ならば、正面から競り合う必要はありません。僕がボールを受ける位置を変え、相手の守備陣を動かします」


氏真は戦術ボードの中央から右サイドへ指を滑らせた。

「そして、中央の荒れた場所を避けて、芝の残る外側を使う。相手が踏み込んでくるなら、その力を利用します」


剛監督は、氏真の顔をじっと見た。


「お前が前線から下がれば、ゴール前の人数は減る。それでもやるんだな?」


「はい。僕が自分で決めることだけが、点を取る方法ではありませんから」


一瞬、室内が静かになった。


剛監督は、力強く頷いた。


「よし。後半20分を目安に、足の止まりかけた相手の裏を突くため八重樫を入れる。諸島、守備陣、もうひと踏ん張りだ」


「「「おおっ!!」」」


選手たちの声が重なった。


後半開始。

陣地が入れ替わり、肥後実業は追い風を背に攻勢を強めた。

GK松本のパントキックが伸び、宇土のロングスローが立て続けにゴール前へ飛び込んでくる。

城南の守備陣は、押し込まれながらも必死に耐えた。


後半12分。


牛島の強烈なヘディングシュートがクロスバーを直撃する。

跳ね返ったボールを、佐々木が身体を投げ出してクリアした。

後半18分には、こぼれ球に詰めたセカンドトップの矢野瞬がボレーを放つ。

工藤が泥だらけの顔で反応し、両手で弾き出した。


「まだだ! 集中を切らすな!」


諸島が叫ぶ。


後半20分。


剛監督が交代カードを切った。

消耗したクアンに代わり、俊足の3年生、八重樫隆生を右サイドへ投入する。


「八重樫、裏を狙え。氏真がボールを持ったら、迷わず走れ!」


「はい!」


八重樫は短く返事をし、ピッチへ駆け出した。


そして、後半27分。


肥後実業のコーナーキック。

林が魂のこもったヘディングで、ボールをペナルティエリアの外へ跳ね返した。

落ちてきたボールに、肥後実業の主将・隈部が反応する。

セカンドボールを拾い、再び攻撃を組み立てようとした、その瞬間だった。


諸島が滑り込んだ。


バシィッ!


伸ばした右足が、隈部の手前でボールを突く。

ボールは中央へ転がった。

迎えたのは、ハーフウェーラインの手前まで下がっていた氏真だった。


「前は向かせんバイッ!」


球磨川が、氏真を押し潰すように突進してくる。

ボールが転がる先は、前半に氏真のトラップが乱れた、あの黒土のエリアだった。

だが、今の氏真は違った。

足裏に余計な力を込めない。

膝と股関節を柔らかく保ち、跳ね方の分からないボールを、硬い足で迎え撃たない。

土の突起に当たってボールが浮く。

氏真は、その軌道に合わせて右足のインサイドをそっと添えた。


ふわり。


上方への勢いを吸収し、ボールを自分の足元へ収める。

その瞬間、球磨川が目前まで迫っていた。

氏真は、力で押し返そうとはしなかった。

骨盤をわずかに開き、上半身の力を抜いたまま、身体の向きを変える。

球磨川が踏み込んだ力は、受け止められることなく横へ流れた。


「なっ……!?」


前へ突っ込んだ球磨川が、体勢を崩す。

その脇を、氏真はボールとともに抜けた。

目の前に、広いスペースが開ける。

肥後実業の最終ラインは、攻撃に人数をかけるため、高い位置まで押し上げられていた。

GK松本も、背後へのロングボールを警戒してペナルティエリアの外側近くまでポジションを上げている。

彼らの意識は、前線へ送り込む浮き球と、その落下地点に向いていた。


(空を警戒しているのなら――地を使う)


氏真は右足をコンパクトに振り抜いた。

狙いは、中央の荒れた土ではない。

右サイドに残る、芝の比較的滑らかな帯。

そこへ向けて、低いグラウンダーのパスを送り込む。

ボールは芝の上を走り、風に大きく煽られることなく、最終ラインの背後へ伸びていった。

肥後実業の守備陣が反応する。


だが、一瞬遅い。


頭上を越えるボールを警戒していた彼らは、足元を通されたパスに対応するため、身体の向きを変えなければならなかった。


「しまっ……裏タイッ!」


隈部が叫ぶ。

その死角から、全速力で抜け出す影があった。


背番号11、八重樫隆生。


「行けええぇぇぇッ、八重樫ィ!!」


スタンドの控え部員たちが総立ちになった。

八重樫は走りながら、氏真のパスの勢いを殺さず、右足のアウトサイドで前方へ送り出す。

飛び出してきたGK松本が、両腕を広げて進路を塞いだ。


八重樫は慌てなかった。


わずかに外へ持ち出し、松本の重心が移った瞬間を見極める。

泥の残るピッチで軸足を踏み込み、右足をコンパクトに振り抜いた。


ドバッ!


低いシュートがGKの脇を抜け、ゴール左隅へ突き刺さった。

ネットが揺れる。

一瞬、等々力の音が消えた。


次の瞬間――。


「うわあああああああッ!!」


スタンドが爆発した。


後半28分。盛岡城南、先制。1-0!


八重樫は雄叫びを上げ、コーナーフラッグへ走った。

胸の校章を握りしめる。

そこへ氏真が駆け寄り、諸島が、林が、次々と飛びついていった。


「やったな、八重樫!」


「氏真、お前のパス、最高だったぞ!」


八重樫の声は、歓声にかき消されそうなほど大きかった。

氏真は笑って頷いた。

自分がゴールを決めたわけではない。

それでも、仲間が決めた1点は、何よりも大きく感じられた。


失点した肥後実業は、残り約12分、攻撃のすべてをゴール前へ注ぎ込んできた。

牛島に加えて球磨川まで前線に残り、宇土のロングスローと松本のロングキックを次々に放り込んでくる。

城南に、息をつく暇はなかった。

ゴール前で身体がぶつかり、ボールが弾かれ、再び空中へ舞い上がる。


後半39分。


ゴール前の混戦から、牛島が決定的なヘディングシュートを放った。

工藤の手を越え、ゴールへ向かう。

その瞬間、諸島が飛び込んだ。


バシッ!


ゴールラインぎりぎり。

主将の顔面が、ボールを真正面から受け止めた。

ボールは跳ね返り、佐々木が大きく蹴り出す。

諸島は鼻血を流しながら立ち上がった。


「跳ね返せェッ! 俺たちの全国は、ここで終わらねえぞッ!!」


その声に、城南の選手たちが応える。

アディショナルタイムは3分。

氏真も自陣ペナルティエリアまで戻り、こぼれ球をクリアする。

最後のロングボール。

牛島が競り勝つ。

しかし、林が身体を寄せ、シュートコースを塞いだ。

ボールがタッチラインを割る。


そして――。


ピピピピィィィーーーーッ!


試合終了のホイッスルが、冬の等々力に響き渡った。


盛岡城南高校、1-0。全国選手権、初戦突破。


泥と風の中で、城南は最後までゴールを守り抜いた。



5.泥を落とす手と全国の深淵

試合終了の瞬間、城南の選手たちの多くが、ピッチに大の字になって倒れ込んだ。

ユニフォームの黄色と青のストライプは黒い土に染まり、膝や肘には擦り傷ができていた。

歓喜の声を上げる者もいれば、疲労のあまり、しばらく立ち上がれない者もいる。

それでも、誰もが同じ一点を見つめていた。

全国大会の初戦を、自分たちの力で勝ち抜いたのだ。


ピッチ中央での整列。

肥後実業の主将・隈部鉄心が、泥だらけの顔で諸島の前に歩み寄った。


「……完敗タイ、城南。まさか、あの状況から地を這うパスで裏を抜かれるとは思わんかった」


「ありがとうございました、隈部さん。あんたたちのロングスローと空中戦、生きた心地がしませんでしたよ」


2人の主将は、がっしりと握手を交わした。

やがて、氏真の前に牛島剛毅が立った。

190cmの巨体を誇る「阿蘇の巨神」は、無言で右手を差し出した。


「……吉良氏真。お前、後半は一度もウチの当たりに踏ん張らんかったな。泥のピッチで力を抜くなんざ、どこの化け物タイ」


「牛島先輩の空中戦があったからこそ、僕も気づくことができました。素晴らしい勝負を、ありがとうございました」


氏真が両手で握り返すと、牛島は不器用に口元を歪めた。


「初戦で負けた俺たちの分まで、絶対に上へ行け。こんなところで負けたら承知せんぞ」


「はい。約束します」


牛島は短く頷き、仲間たちのもとへ戻っていった。

その背中を見送りながら、氏真は静かに拳を握った。

勝ったからといって、肥後実業が弱かったわけではない。

むしろ、彼らの強さがあったからこそ、自分たちの足りないものが見えた。

全国には、まだ知らない強さがある。

それを知るために、ここへ来たのだ。


試合後の通路。

選手たちは水道場の前に腰を下ろし、備え付けのブラシやヘラを使って、スパイクの裏に詰まった土を落としていた。


カツン、カツン。


スタッドを削る硬い音が、コンクリートに反響する。

氏真もパイプ椅子に腰掛け、黒いスパイクを手に取った。

スタッドの間には、冷たく重い土がびっしりと詰まっている。

ヘラを差し込み、少しずつ削ぎ落とす。


ポロリ。


黒い塊が足元に落ちた。


(……これが、全国の重さか)


氏真は指先についた土を見つめた。

欧州の洗練されたピッチだけが、フットボールの舞台ではない。

芝が剥げ、土がむき出しになり、冬風が吹きつける日本の選手権。

全国から集まった代表校は、それぞれの郷土の誇りと3年間のすべてを懸けて戦っている。


どんな環境でも、勝利を諦めない。


理想的な条件が揃わなければ機能しない技術では、全国の頂点には届かない。

土の硬さを感じ取り、風を読み、状況に応じてボールの置き所を変える。

そして、自分1人で解決しようとせず、仲間の走りを信じてパスを送る。


今日、氏真が得たものは、単なる悪条件への対処法だけではなかった。

自分がすべてを決める必要はない。

自分の技術を、仲間の力につなげればいい。

その先に、自分1人では届かなかった勝利がある。


「氏真、風邪引くぞ。早く着替えてバスに乗れ」


通路の奥から、足首をアイシングした諸島が声をかけてきた。


「はい、諸島さん。今行きます」


氏真は泥を落とし終えたスパイクを手に、ゆっくりと立ち上がった。

通路を抜けると、等々力のスタンドの向こうに冬の空が広がっていた。

初戦突破。


だが、全国の戦いは始まったばかりだ。


この先には、今日とは違う強さを持つ相手が待っている。

氏真は、仲間たちの背中を見つめた。

泥にまみれながら、ともに戦い、ともに勝利をつかんだ仲間たち。

その存在を、今まで以上に頼もしく感じていた。


(次も勝つ。予1人の力ではなく――皆とともに)


冬の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。

盛岡城南のストライカーは、次なる戦いへ向けて歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。