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『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第9章 青春という名のもう一つのフットボール編

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第171話:【決戦】

【あらすじ】

全国高校サッカー選手権岩手県予選決勝。因縁の王者・遠野市立高校を相手に、城南は徹底的な氏真包囲網に苦戦を強いられる。さらに、激闘の最中に中盤の要・諸島を襲う予期せぬアクシデント。絶体絶命の危機の中、仲間を信じる氏真の脱力と、百名の部員たちが紡いできた全員サッカーの真価が試される。掴むべきは頂点、そして全国への切符――!

1.初冬の南公園と包囲網の罠


11月第1週。


盛岡南公園球技場のスタンドを吹き抜ける風には、初冬の冷気が混じっていた。

鉛色の雲が低く垂れ込め、ピッチを囲む木々から枯れ葉が舞い散る。だが、冷え切った大気とは裏腹に、スタジアムを埋め尽くした観衆の熱気が、球技場全体を包み込んでいた。

全国高校サッカー選手権大会・岩手県大会、決勝。

電光掲示板に刻まれた対戦カードは、岩手の高校サッカーの歴史を象徴していた。


盛岡城南高校 対 遠野市立高校


スタンドの一角には、黄色と青のメガホンを握りしめた城南の部員たち約100名が陣取っていた。

Aチームに上がれなかったBチーム、Cチームの選手たちも、喉を嗄らして伝統校に負けない声量を響かせている。

その最前列には、ノートPCを抱えた久保田誠と早川舞、そして分厚いコートを着込んだ神原隆司教授の姿があった。


試合前の整列。


盛岡城南の先頭に立つのは、背番号6の主将・諸島憲二。

そしてその背後、背番号29を背負う吉良氏真の前に立ちはだかったのは、夏のインターハイ予選決勝でPK戦の末に苦杯を喫した岩手の絶対王者――遠野市立高校の精鋭たちだった。

遠野の主将を務めるセンターバック、3年の阿部巧が、射抜くような眼光で氏真を見据える。


「吉良氏真。……プリンスリーグでいくら首位を走っていようが、ここは選手権の決勝だ。俺たちの3年間、そう簡単に越えさせはしないぞ」


「はい。全力で挑ませていただきます、阿部先輩」


氏真は穏やかに一礼し、センターフォワードの位置へと歩みを進めた。

その瞳には、相手の陣形が静かに映り込んでいた。

遠野の基本布陣は4-3-3。

前線には俊足のCF、3年の村井悠真。技巧派の2年、高橋奏太。そして右ウイングには、爆発的な初速を誇る2年の菊池碧。

中盤の底には潰し屋の3年、千葉晴馬が構え、インサイドハーフにはゲームメーカーの2年、菊池蒼と副主将の3年、佐藤拓真が並んでいる。


13時00分。


前後半各40分、計80分間の死闘の幕を切って落とすホイッスルが、冬枯れの空に鳴り響いた。


キックオフ直後から、ピッチ上には張り詰めた緊張感が漂った。

遠野は、城南の戦術を徹底的に分析していた。

氏真が中央でクサビのパスを受けようと動いた瞬間、遠野の守備陣が一斉に距離を詰める。

主将の阿部巧と、頭脳派CBの3年、佐々木陸斗。2人のセンターバックが氏真の前後を挟み込み、さらにアンカーの千葉晴馬が前方のパスコースを塞ぎに来る。

2枚、状況によっては実質3枚による包囲網。

準決勝までの戦いで見せた「諸島が奪い、氏真が死角へ消える」という連係を、遠野は徹底して警戒していた。


「吉良を孤立させろ!」


「前を向かせるな! 身体を当てろ!」


阿部が最後方から指示を飛ばす。

遠野の狙いは、氏真を封じることだけではなかった。

城南の攻撃の起点である中盤の底――諸島憲二に対しても、佐藤拓真と村井が交互に圧力をかけ、自由を奪いにかかる。


前半18分、試合が動いた。


中盤のルーズボールを千葉が頭で競り勝ち、すかさずインサイドハーフの菊池蒼へ縦パスを通す。

蒼は寄せてくる猿沢佳樹を半歩のステップでかわすと、右サイドの広大なスペースへスルーパスを放った。

そこへ猛然と走り込んできたのは、双子の弟・菊池碧。

爆発的な初速で城南の左サイドを切り裂いた碧は、ペナルティエリア右角付近から鋭く内側へカットインする。

城南CBの林皓然が足を伸ばす寸前、碧は得意の左足を振り抜いた。

低く鋭いシュートがゴール左隅へ突き刺さる。

GK工藤一の横っ飛びも届かなかった。


0-1。


遠野のスタンドで緑のタオルマフラーが一斉に揺れ、地鳴りのような歓声が球技場を揺るがした。


「うおおおおっ! 碧ァッ!」


夏の決勝を彷彿とさせる、電光石火のショートカウンター。

先制を許した城南のベンチに、重苦しい空気が漂いかけた。

だが、ピッチ上の背番号9は動揺していなかった。


(……見事な一撃。されど、相手の包囲網が予に集中すればするほど、盤面の別の升目が空いておる)


氏真は自陣へ戻る諸島と視線を交わし、短く頷き合った。

前半29分、城南が反撃の狼煙を上げる。

中盤で諸島が身体を張ってボールを守り、右サイドの一戸政実へ展開する。

一戸がロングスローを放り込むと見せかけ、手前の猿沢へショートスローを預けた。

猿沢が相手の中盤を引きつけた瞬間、中央で氏真が動く。

氏真はゴールへ向かうのではなく、ペナルティアーク付近から、わざと斜め後方へ下がった。

マークについていた阿部と佐々木が、その動きにつられて中央へ絞る。

その背後、ぽっかりと空いた左のハーフスペースへ、爆発的な初速で飛び込んできた影があった。


左ウイングのグエン・ミン・クアンだ。


猿沢からのスルーパスを受けたクアンがペナルティエリア左深くまで侵入し、ゴール前へマイナスのグラウンダーパスを折り返す。

中央へ走り込んできたのは、小柄なストライカー、不来方純也。

不来方は相手GK菊池秀平が飛び出した瞬間、泥だらけの右足を伸ばしてボールを押し込んだ。


バシィッ!


ゴールネットが揺れる。


1-1。


城南、執念の同点弾。


「よっしゃあぁぁぁーーッ!」


不来方が咆哮し、駆け寄ってきたクアンと抱き合う。

試合は振り出しに戻った。

だが、激しさを増す攻防の最中、城南を最大の試練が襲った。



2.主将の足と、キャムの檄


前半37分。


中盤の中央、転がったルーズボールに対して諸島と遠野のアンカー・千葉が同時に飛び込んだ。

ガツンッ!

鈍い衝突音が響く。

ボールはタッチラインの外へ弾き出された。

その直後、ピッチの中央に倒れ込んだ諸島は、右足首を抱えたまま立ち上がれなくなった。


「ぐっ……あ……ッ!」


苦悶の表情を浮かべ、芝を叩く諸島。

主審が笛を吹き、城南のベンチからメディカルスタッフが駆け寄る。


「諸島先輩!」


一戸と佐々木拓海が青ざめた顔で駆け寄った。

諸島の右足首は、接触後の着地で不自然に捻られていた。


「……大丈夫だ。肩を貸せ」


諸島は痛みに脂汗を浮かべながらも、林皓然の肩を借りてピッチの外へと移動した。

メディカルスタッフが状態を確認する間、城南は一時的に10人で戦うことになった。

残された選手たちは、必死の守備で遠野の攻撃を凌ぎ切る。

やがて、前半終了のホイッスルが鳴り響いた。


1-1。


同点のまま、両チームはハーフタイムを迎えた。


ロッカールーム。

重苦しい静寂が室内を支配していた。

パイプ椅子に腰掛けた諸島の右足首は、すでに腫れ始めていた。

選手たちの視線が、患部の状態を確認するキャム・ベルナルドへと集まる。

キャムの顔からは、いつもの柔らかな笑みが消えていた。


「……どうだ、キャム」


剛監督が腕を組み、低い声で尋ねる。


「足首の靱帯を傷めている可能性があるわ。腫れも出始めているし、痛みで動きも制限されている。今の状態でプレーを続ければ、損傷を悪化させる危険がある。私は交代を勧めるわ」


キャムの言葉に、ロッカールームの空気が凍りついた。

城南の守備を支え、中盤の精神的支柱でもある主将の離脱。

それは、チームにとって大きな痛手だった。


「待ってください、監督!」


諸島が椅子から身を乗り出し、苦痛を押し殺した声で訴えた。


「俺を下げないでください! テーピングで固めれば、まだ戦えます! ここでピッチを降りたら、俺たちの3年間は何だったんだ……! 全国へ行くんだろ、俺たちは!」


「諸島、お前……その足で、あの遠野のプレッシャーに耐えられると思ってんのか!」


林が悲痛な声を上げる。

剛監督は唇を噛み締め、厳しい表情で沈黙を守っていた。

その時、キャムが諸島の前に膝をついた。


「諸島君。よく聞きなさい」


静かな、だが底知れぬ凄みを帯びた声だった。


「テーピングは痛みを消す魔法じゃないわ。靱帯が治るわけでもない。足首を支える助けにはなっても、傷めた組織の代わりにはならない。無理に踏み込めば、さらに悪化する可能性だってある」


「……それでも」


「それでも、なのね?」


諸島は拳を握り締めた。


「俺は、あいつらと一緒に勝ちたいんです。最後まで、主将として戦いたい」


キャムは諸島の目を真っ直ぐに見つめた。

そこにあるのは、単なる意地ではない。

仲間たちと積み重ねてきた3年間を、自分だけ途中で手放したくないという切実な願いだった。

だが、キャムは安易に頷かなかった。


「あなたの気持ちは分かるわ。でも、無理をして怪我を悪化させるわけにはいかない。出場できるかどうかは、医療スタッフが状態を確認したうえで、剛監督が判断する。私も、できることはする。でも、危険を承知で何でも許すつもりはないわ」


諸島は唇を噛んだ。

その横で、剛監督が静かに口を開いた。


「諸島。お前がいなくなることだけが問題じゃない。お前が無理をして、残りの時間で動けなくなれば、チーム全体がその穴を埋めようとして崩れる。それでも出たいのか」


「……はい」


諸島は顔を上げた。


「ただし、動けないと判断されたら交代します。俺の意地で、チームを負けさせるわけにはいかない」


剛監督はしばらく主将の顔を見つめていた。

やがて、深く息を吐く。


「分かった。状態を確認する。無理だと判断したら、交代だ。そこは譲らん」


「ありがとうございます、監督」


メディカルスタッフが改めて状態を確認し、キャムは必要な処置とテーピングによる支持を行った。

痛みが消えたわけではない。

出場の危険がなくなったわけでもない。

それでも、諸島は仲間たちの前に立ち上がった。

その姿を静かに見つめていた氏真が、歩み寄った。


「諸島さん。……すべてを1人で背負おうとしないでください」


「氏真……?」


「あなたが中盤の底に立っていてくれるだけで、相手の守備陣は警戒を解けません。ボールを奪うことも、走ることも、僕たちが分担します」


氏真は諸島の目を真っ直ぐに見た。


「……僕たちが、あなたの足になります」


穏やかな、だが力強い声だった。

諸島は目を見張り、それから小さく口元を緩めた。


「……生意気な1年坊主め。誰が背負ってもらうかよ」


諸島は拳を差し出した。

氏真も、その拳に自分の拳を合わせる。


「後半、絶対に勝つぞ」


「はい」


「「「おおっ!!」」」


ロッカールームに、再び闘志が満ちた。

城南の選手たちは、それぞれの役割を胸に刻み、初冬のピッチへと戻っていった。



3.繋がる糸と盤面の調律


後半開始。


遠野のベンチは、諸島の足の状態を警戒していた。


「諸島の中盤を狙え!」


「前を向かせるな! 圧力をかけ続けろ!」


遠野の監督から指示が飛ぶ。

後半立ち上がりから、遠野は諸島に対して徹底的なプレスを仕掛けてきた。

インサイドハーフの佐藤拓真と菊池蒼が交互に距離を詰め、自由を奪いにかかる。

諸島の動きには、明らかな硬さがあった。

踏み込むたび、顔がわずかに歪む。以前のように鋭く身体を切り返すことも難しい。

それでも、城南の陣形は崩れなかった。

諸島が狙われることを、氏真は予測していた。


(諸島さんに相手の意識が集まる。……ならば、その周囲の空間は、すでに予たちの手の中にある)


氏真は前線に張り付くのをやめ、巧みにポジションを上下動させた。

遠野のCB、阿部と佐々木は氏真を警戒し、簡単にはマークを外せない。

氏真がハーフウェーライン付近まで下りてクサビを受ける動きを見せると、中盤の千葉が連動して前へ釣り出される。


その瞬間だった。


氏真はボールを受ける前に、上半身の向きを変えた。

左サイドへ展開すると見せかけ、相手の視線と重心をわずかに誘導する。

その間に、諸島から預かったボールが足元へ届く。

氏真は右足のアウトサイドでボールを前方へ流し、身体の向きを変えながら、すぐに次のパスコースを作った。


ほんのわずかな動き。


それだけで、遠野の中盤に生じた一瞬のずれが、左右のレーンをつなぐ通路へと変わった。

相手が諸島と氏真に意識を向け、中央へ密集を作れば、逆サイドには空間が生まれる。

そこへ、インサイドハーフの猿沢佳樹が絶妙なタイミングで侵入していた。


「右へ展開!」


猿沢からフリーの一戸へボールが渡る。

一戸は迷わず、鋭いアーリークロスを遠野ゴール前へ送り込んだ。

不来方がニアへ飛び込み、逆サイドからクアンが雪崩れ込む。

遠野のGK菊池秀平が鋭く反応し、ボールをコーナーキックへ逃れさせた。

城南は決して守りに入らなかった。

主将の負傷という危機を前に、選手たちは己の役割を研ぎ澄まし、互いの動きを補い合っていた。

諸島が以前のように動けないのなら、猿沢がその分だけ走る。

諸島が激しい接触を避けざるを得ないのなら、林と佐々木が中盤の背後を埋める。

そして、氏真が相手の守備を引きつける。


誰か1人の働きに依存しない。


それこそが、城南が積み上げてきたフットボールだった。

後半25分を過ぎ、両チームの選手たちの足には疲労が色濃く滲んでいた。

遠野の選手たちも、前半から続けてきた激しいプレスを維持するのが難しくなり始めている。

城南の守備陣も息を乱しながら、林と佐々木を中心に身体を投げ出してシュートをブロックし続けた。


1-1。


刻一刻と時間は過ぎていく。


後半35分。


残された時間は、わずか数分。

スタンドの観衆が息を呑み、誰もが延長戦を意識し始めた。

その時だった。



4.脱力の極致、決着の閃光


後半38分。


遠野が最後の一撃を狙い、前線へと人数をかけてきた。

司令塔の菊池蒼がペナルティエリア手前で前を向き、右サイドを走る弟・碧へスルーパスを出そうと右足を振り抜く。

そのパスコースへ、城南の右SB一戸が必死のスライディングで身体を投げ出した。

弾かれたボールが、センターサークル手前の空間へとふわりと浮き上がる。

落下点へ、遠野のアンカー・千葉が猛然と突進してきた。

本来なら、諸島が先に追いつける位置だった。

だが、傷めた右足首をかばう諸島の一歩目は、わずかに遅れた。

千葉がボールへと身体を寄せる。


「行かせ……るかァァァッ!!」


諸島の口から、魂を絞り出すような声が轟いた。

諸島は残された力を振り絞り、身体を伸ばした。

傷めた右足では踏ん張れない。

それでも、左足の爪先が千葉の足よりわずかに早くボールを捉えた。


バシィッ!


泥が跳ねる。

諸島の身体は勢い余ってピッチを転がった。

だが、その左足から放たれたボールは、低く、力強く、前線のバイタルエリアへと転がっていった。


「氏真ァッ! 決めろォッ!!」


芝に手をつきながら、諸島が叫んだ。

転がってくるボール。

それを迎え撃つ位置にいたのは、背番号9――吉良氏真だった。

ペナルティエリア手前中央。

ゴールまで約20m。

氏真の背後から、遠野の主将・阿部巧が全速力で迫ってきていた。


「絶対に打たせねえェェッ!!」


鍛え上げられた身体が、猛烈な勢いで距離を詰める。

阿部の狙いは明確だった。

氏真に前を向かせない。

ボールに触れた瞬間、背後から身体をぶつけてシュートを封じる。

普通のストライカーなら、急いでボールを前へ運ぶか、体勢を崩しながらシュートを打つしかない局面だった。


だが――氏真の双眸は、深い水底のように澄み切っていた。


(……阿部殿の起こり、重心の傾き、踏み込む足。すべて、見えておる)


氏真は背後を振り返らなかった。

視界の端に映る相手の姿勢。

芝を蹴る音。

迫ってくる気配。

それらを一つの情報として捉え、次の動作を選び取る。

氏真は全身の余計な力を抜いた。


抗わない。

無理に踏ん張らない。


阿部が身体をぶつけてくる、その直前。

氏真は転がってきたボールに右足のインサイドをそっと添えた。

強く止めるのではない。

ボールの勢いを感じ取り、次の動作へつながる位置へと収める。

トラップとターンを、一つの動作に溶け込ませるファーストタッチ。


そして――阿部の身体が氏真の背中へ迫った、まさにその瞬間だった。

氏真は骨盤の向きをわずかに変え、上半身をしなやかに左斜め前へと回旋させた。


「なっ……!?」


阿部の声が裏返った。

氏真が力で押し返すことを想定し、身体をぶつけるために踏み込んだ阿部。

だが、そこには受け止めるための力みがなかった。

阿部の勢いは止まらない。

自分が作り出した前向きの力に引かれるように、身体が氏真の脇を通り過ぎていく。

氏真はその動きに逆らわず、軸足の向きを変えた。

相手の勢いを受け流しながら、ボールと身体の向きを同時にゴールへと整える。

阿部の巨躯が前方へと崩れ落ちた。

氏真は、その脇をすり抜けた。


身体1つ分の空間。


それまで阿部の存在によって塞がれていたコースが、突然、ゴールへ続く道へと変わった。

立ちふさがるのは、遠野の若き守護神・菊池秀平ただ1人。

秀平はシュートコースを狭めようと、両手を広げて前に飛び出してくる。

氏真の視線が、一瞬だけゴールの左隅へと向いた。


秀平の重心が右足へ移る。


ほんのわずかな傾き。

それを見届けた氏真の右足が、無駄な予備動作もなく振り抜かれた。

力任せのシュートではない。

トラップの延長線上。

GKの踏み込みとは逆の方向へ、ただボールをゴールへ送り出す。

氏真にとって、シュートとはトラップからゴールへのパスだった。


パシィッ。


澄んだインパクトの音が響いた。

秀平の伸ばした左手の指先をすり抜けたボールは、サイドネットの内側を鮮やかに揺らし、ゴールの中へと吸い込まれていった。


後半39分。


2-1。


スタジアムが、一瞬、完全な静寂に包まれた。

そして次の瞬間――。


「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」


盛岡南公園球技場が、割れんばかりの歓声に包まれた。


「入ったァァァッ! 吉良氏真ァッ!!」


「勝ち越し! 城南、後半終了間際に勝ち越しゴォォォールッ!!」


氏真は両手を広げ、ピッチに倒れ込んでいた諸島のもとへ一直線に駆け出した。


「諸島さんッ!」


「氏真ァァッ!」


諸島が立ち上がり、氏真の身体を抱き締めた。

2人はそのまま芝の上へと折り重なるように倒れ込んだ。

駆け寄ってきた仲間たちも、次々とその輪へ飛び込んでいく。

控え部員たちの歓声がスタンドから降り注いだ。


再開後のアディショナルタイム。


遠野はGK菊池秀平まで前線へ上げ、決死のパワープレーを敢行した。

城南は林、佐々木、一戸を中心に身体を張る。

諸島も無理に走ろうとはせず、守備の位置を確認しながら仲間たちを鼓舞した。


「まだ終わってねえぞ! 最後まで集中しろ!」


剛監督の声が響く。

遠野の最後のクロスがゴール前へと放り込まれた。

林が頭で跳ね返す。

こぼれ球へ碧が走り込む。

だが、一戸が身体を寄せ、シュートコースを消した。

ボールはタッチラインの外へと逃れていく。

そして――。


ピピピピィィィーーーーッ!!


試合終了を告げる長いホイッスルが、冬の空に鳴り響いた。


2-1。


盛岡城南高校、創部初の全国高校サッカー選手権大会・岩手県大会優勝。

真の「県王者」の座を、その手で掴み取った瞬間だった。



5.百人の戴冠、そして全国へ

ピッチ中央での表彰式を前に、歓喜がグラウンドを包んでいた。

涙を流して抱き合う選手たち。

氏真はもみくちゃにされながら、ふと視線をメインスタンドへと向けた。

フェンス際で、喉を嗄らしてメガホンを叩き、抱き合って涙を流しているBチーム、Cチームの部員たち。

夏合宿でGPSトラッカーをつけられ、自分の弱さと向き合いながら泥にまみれた100名の仲間たちだ。

彼らが日頃の紅白戦でAチームを極限まで追い込んでくれたからこそ、今日の勝利があった。


そのスタンドの中央で、久保田誠が顔を両手で覆い、肩を激しく震わせて号泣していた。


昨年の秋、ベンチ外のスタンドから涙を呑んだ男が、今はデータ分析の責任者として、城南の頂点への道のりを支え抜いたのだ。

その隣で、神原教授がポケットからハンカチを取り出し、銀縁眼鏡を外して目元を拭っていた。


「……やれやれ。これだから非合理的なフットボールの数理はやめられない」


ぶつぶつと悪態をつきながらも、その口元には温かな笑みが浮かんでいた。

そして、東京の空の下でこの瞬間を祈り続けていたであろう、早川愛の笑顔が氏真の脳裏をよぎった。


(愛、聞こえているか。予たちは、ついに成し遂げたぞ)


整列の後、遠野の主将・阿部巧が、腫らした目を真っ直ぐに向けて歩み寄ってきた。


「完敗だ、吉良。あの場面で、まさか俺の勢いを利用してターンするとはな。……強かったよ、お前たち」


「ありがとうございました、阿部先輩。遠野の気迫、最後まで本当に恐ろしかったです」


がっしりと交わされた熱い握手。

阿部は氏真の手を力強く握り締め、背番号29を見据えた。


「俺たちの分まで、全国で暴れてこい。岩手のサッカーが全国で通用することを、証明してくれ」


「はい。必ず」


その言葉を胸に刻み、氏真は深く頭を下げた。

遠野が積み重ねてきた3年間も、決して軽いものではなかった。

だからこそ、この勝利を無駄にはできない。


歓喜の記念撮影を終え、ロッカールームへと戻ったイレブンの前に、吉良剛監督が立った。


選手たちの首には、金色に輝く優勝メダルが掛けられている。

剛は選手たち全員の顔をゆっくりと見渡し、目頭を熱くさせながらも、静かに、重みのある声で告げた。


「全員、よく戦った。城南の歴史に、お前たちの名前が刻まれた。……だがな」


剛はホワイトボードの「岩手県制覇」という文字を手のひらで消し、新しい文字を力強く書き殴った。


全国制覇


「喜ぶのは、今日までだ」


選手たちの視線が、一斉に引き締まる。


「全国は、まったくの別物だぞ。各都道府県を勝ち上がってきた化け物たちが、首を洗って待っている。岩手で通用したからといって、全国でも通用するとは限らん。俺たちのフットボールが本物かどうか、試されるのはここからだ」


「「「はい!!」」」


ロッカールームに、力強い返事が響き渡った。

諸島が足首を冷やしながら、誇らしげに氏真と顔を見合わせる。


「氏真。全国でも、今日みたいに頼むぞ」


「諸島さんこそ、まずはしっかり治してください」


「……分かってるよ。今度は万全の状態で、お前のパスを受けてやる」


諸島が笑った。

氏真も、穏やかに微笑み返した。

ピッチの11人だけではない。

ベンチのメンバー、スタンドで声を枯らした100名の部員、データを紡いだスタッフ、そして見守ってくれたすべての人々の想いを束ねて掴み取った、百人の戴冠。

冷たい初冬の風が吹き抜ける盛岡の地で、盛岡城南高校サッカー部の、次なる天下への挑戦が幕を開けようとしていた。


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