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『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第9章 青春という名のもう一つのフットボール編

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第156話:【入学と開幕の狂騒曲】

【あらすじ】

高校サッカーの舞台に立った吉良氏真。城南高校には、圧倒的な身体能力を持つ留学生たちが集まっていた。しかし、突出した個の力だけでは、チームとして勝つことはできない。プリンスリーグ開幕、連勝の先に待ち受けるのは、個人技だけでは越えられない壁だった。

1.桜の下の闖入者たち

四月第一週の水曜日。盛岡の空は淡い青に透き通り、北上川沿いの桜並木では、梢の先にようやく花がほころび始めていた。


明青国際大学附属盛岡城南高校の入学式。真新しい濃紺のブレザーに袖を通した吉良氏真は、正門の前で足を止め、昇降口へ向かう新入生たちの列を見渡した。


昨秋から半年、中等部の身で高校の練習に帯同し、冬の寒さを越え、認定試験にも合格して、ようやくこの門をくぐる資格を得た。胸に留めた校章の冷たい感触が、正式な一員になったことを告げている。


(いよいよ、始まるのだな)


駿河で家督を継ぎ、すべてを失い、のちにバルセロナの空の下でふたたびボールを蹴った。巡り合わせの果てにたどり着いた北の地で、いま、高校サッカーの門を叩く。感慨が胸に満ちかけた、そのときだった。


「――おーい! ウジ様ぁっ!」


昇降口の雑踏を切り裂いて、聞き慣れた快活な声が飛んできた。


人混みをかき分けて駆け寄ってきたのは、城南高校の女子制服に身を包んだ少女――早川舞だった。艶やかなボブカットを揺らし、小脇には薄型のタブレットを抱えている。


「ま、舞……? なぜ君が、城南の制服を着ているのだ?」


「ふふーん、驚いた? 実は去年の夏から準備して、秋に書類と面接と分析課題を受けて、ちゃんと合格したんだよ。城南の『情報科学・スポーツアナリティクス特別推薦』!」


舞は胸を張り、タブレットの画面を氏真へ向けた。


「入試で提出したのは、ウジ様の欧州ユース時代の試合を使ったトラッキングレポート。ライン間でボールを受けた回数と、受けたあとの選択肢を全試合ぶん拾って可視化したやつ。面接で先生たちに、『高校生でこの視点を持てるのは極めて稀だ』って絶賛されちゃった」


氏真は目を瞬かせた。あの膨大な試合映像を、舞が一人で、一本ずつ見返して分析していたというのか。


「……そうか。君は、そこまで」


「合格するまで内緒にしてたのは、落ちたら恥ずかしかったから。愛姉さまには、『受かったのなら、早川の名に恥じぬ仕事を果たしてまいれ』って送り出されたよ。あと、ウジ様の様子は週に一度は必ず詳細に報告しなさい、ともね」


「愛らしいな……」


「でしょ? 吉良監督にも昨日ご挨拶して、アナリスト見習いとしての帯同許可はもぎ取ってあるから。今日からウチは城南高校一年生、サッカー部専任データ班。よろしくね、ウジ様!」


あっけらかんと笑う舞の背後で、春風が桜の花びらを巻き上げた。


早川家の行動力には前世から幾度となく驚かされてきた。だが、自らの知性と分析力で選考を突破し、盛岡へ飛び込んできた舞には、驚きとともに素直な敬意が湧いた。


しかし、舞のサプライズ登校など、この日に巻き起こる狂騒の序章に過ぎなかった。


式典を終えた放課後。第一グラウンド脇の部室棟へ向かう氏真と舞は、校門の方角から響く怒声に足を止めた。


「おい、ここは生徒の通学路だぞ! 車を敷地に乗り入れるな!」


「失礼。校内への車両進入が制限されている事実は確認した。次回からは手前のパーキングを利用する」


校門の外の道に黒塗りの大型外車が停まり、警備員と少年が押し問答をしていた。後部座席から降りてきたのは、高校生とは思えない巨躯の少年だった。身長は百九十センチを超え、端正な顔立ちに感情を排した光を宿している。


林皓然(リン・ハオラン)。中国の財閥の御曹司であり、今春、特待留学生として来日した大型センターバックだった。


「林! 初日から何をやってるんだ!」


グラウンドから駆けつけてきた主将・諸島憲二が声を張ると、林は腕時計を一瞥して頭を下げた。


「諸島主将ですね。練習開始時刻の厳守を最優先した結果だ。一点、確認したい。城南のセンターバックにおける守備担当区画は、文書で定められているか」


「は? ……文書? そんなもの、相手とピッチの状況を見て擦り合わせるもんだ」


「文書の規程がないのか」


林は小さく眉を動かし、懐から取り出したメモ帳に何かを書きつけた。諸島が額を押さえる。


その背後から、突風のような足音とともに小柄な影が駆け抜けてきた。


「どけえぇぇっ! 一番乗りで外周走るぞぉっ!」


浅黒い肌に引き締まった筋肉をまとった少年――グエン・ミン・クアン。ベトナムの全国選抜を勝ち抜いて来日した韋駄天ウイングだった。


クアンは氏真の姿を目に留めると、靴底を鋭く軋ませて急制動をかけた。大きく見開かれた瞳が、熱烈な憧憬の色に染まる。


「あ……吉良氏真さん……! 欧州ユースの試合映像、全部、擦り切れるほど見ました! あなたのファーストタッチは、俺の目指すフットボールの頂点です!」


一気にまくし立てたかと思うと、クアンは己の両頬を平手で強く叩き、氏真へまっすぐ指を突きつけた。


「――だからこそ、俺はあなたを超えます! 家族に豊かな暮らしをさせるために、俺はあなたに勝って成り上がる! 覚悟しておいてください!」


「憧れているのか、倒したいのか、どちらなのだ」


氏真が苦笑すると、クアンは顔を真っ赤にして鼻を鳴らし、砂塵を巻き上げて走り去った。


「ハロー! ユーが噂のミスター・ウジザネだネ?」


陽気なバリトンとともに、巨大な影が覆いかぶさってきた。身長百八十八センチ、丸太のような腕を持つ日米ハーフの大型ボランチ――ジャック・ミラーだ。プロテインのシェイカーを抱え、ブレザーの前を無造作に開けている。


「ミーはジャック。初対面の記念に一杯どうだい? 特製プロテインだヨ! 桜を見るより筋肉を見ろ、なんちゃって! アハハハ!」


豪快な笑い声に、居合わせた上級生たちが引き攣った笑みを浮かべる。


諸島はこめかみを押さえ、氏真へ半ば呆れた目を向けた。


「……今日初めて顔を合わせた連中が、これだ。吉良、お前はよく落ち着いてられるな」


氏真は腕を組み、心地よさそうに目を細めていた。


「いや、実に雅ではないか。出自も国も違えど、己の誇りと野心を隠さぬ者たちが集った。これほど熱のある顔ぶれは、乱世の戦場でもそうは見ぬぞ」


「……お前のその肝の太さは、ときどき底知れなくなるよ」


諸島は力なく呟き、集合の笛を鳴らした。


---


2.尖った個の集積


金曜日の放課後、第二グラウンド。


部員百名を超える大所帯が整列する中、吉良剛監督が書類を手に前へ進み出た。


「今週末、高円宮杯プリンスリーグ東北が開幕する。今季の城南は、従来の四―四―二から、四―三―三へシステムを移行する。試合時間は、前後半各四十五分の計九十分だ。これより、開幕登録メンバー二十名を発表する」


ざわり、と列が揺れた。


剛の手元の用紙から、二十名の名前が順に読み上げられる。


「三年。佐々木拓海、千葉悠斗、菅原大輝、遠藤響、照井勇気、八重樫隆生、鎌田翔太。以上七名」


「二年。工藤一、高橋陸、及川翔平、菊池隼人、小笠原蓮、阿部航平、藤原拓真、諸島憲二。以上八名」


「一年。林皓然、ジャック・ミラー、グエン・ミン・クアン、三浦蒼太、吉良氏真。以上五名。――この二十名を登録とする」


沈黙の中、剛は続けて開幕戦の先発を告げた。


「GK工藤。DFは右から菅原、佐々木、及川、千葉。中盤はアンカーに諸島、インサイドハーフに遠藤と阿部航平。前線は右ウイングに八重樫、左ウイングに鎌田。センターフォワード、吉良氏真。背番号は九番。以上だ」


「待ってください、監督!」


列の中から鋭い声が上がった。クアンだった。


「なぜ俺がスタメンじゃないんですか! 氏真様と同じピッチに立てないなんて……林も、ジャックもベンチなんて、納得できません!」


剛は書類を下ろし、冷えた眼光でクアンを射抜いた。


「納得がいかないなら、ピッチで示せ。紅白戦、一本目。登録外の部員を二名加えて、Bを十一人にする。始めろ」


笛が鳴り、先発十一名のAチームと、Bチームの紅白戦が始まった。


Bチームは、GK高橋、センターバックに林と菊池、インサイドハーフにジャック、左ウイングにクアン。そこへ三浦、照井、小笠原、藤原と登録外の二名を加えた十一人である。


この紅白戦で明らかになったのは、新入生三人の突出した長所と、それがチームの中で噛み合わない理由だった。


前半、Bの左サイド。縦へのパスを受けたクアンが、右サイドバックの菅原と正対した。菅原が間合いを詰めた瞬間、クアンは鋭い初速で菅原の横を抜き去る。Jユースのスカウトも目を留めるに違いない、爆発的な加速だった。


だが、次のタッチが大きすぎた。トップスピードに乗った身体にボールがついてこず、タッチラインの外へ転がり出た。


クアンの顔は、ゴール前の状況ではなく、ピッチ中央にいる氏真の位置を探していた。ペナルティエリア内でフリーになっていた三浦の存在に、彼の視界は届いていなかった。


「くそっ……!」


地面を叩くクアンを、氏真は静かに見ていた。


(加速そのものは鋭い。だが、トップスピードの中で顔が上がっておらぬ。味方の配置が見えなければ、単なる直線走だ)


中盤では、ジャックが存在感を放っていた。遠藤と阿部が二人がかりで寄せてくるが、ジャックは肩を入れて体幹で受け止め、ボールを守りきる。そのまま二人を押し返し、強靭なフィジカルでボールを奪い取った。


「ヘイ、ミーに任せるネ!」


中盤を十メートル持ち運んだところで、左のスペースへ三浦が走り込んでいた。だがジャックは見ない。三十メートルの距離から力任せに右足を振り抜き、ボールは枠の遥か上を越えて防球ネットを揺らした。


「オーウ……力が余ったネ」


そして林の守備は、対人においては圧巻だった。主力組のロングボールを、百九十センチの長身から正確なヘディングで跳ね返し続け、八重樫が仕掛けた一対一のドリブルにも、長いリーチを活かした正面からのタックルでボールを奪い取ってみせた。


だが、綻びは、Aチームのカウンターで現れた。


右サイドで八重樫が菊池を外へ引き出す。菊池の背後、林との間に広い空間が生まれた。ボールを受けた氏真がそこへ顔を向け、林と菊池の間を縫う低いパスを通す。走り込んだ鎌田が、冷静にゴールネットを揺らした。


その間、林は中央の定位置に立ったまま、カバーに動かなかった。


「林、カバーに入れ!」


GK高橋が叫んだ。林は淡々と首を振った。


「私の守備担当区画は中央のペナルティエリア内だ。あのスペースを埋めるのは菊池さんの仕事であり、私が持ち場を離れるのは中央の失点リスクを増大させる」


「声も出さずに、決めつけるな!」


菊池が叫び返す。互いにコミュニケーションを放棄していたのは、事実だった。


試合後、剛は三人を前に立たせた。


「クアン。お前は加速のあとで周囲を認知していない。フリーの味方が見えていたか」


クアンが唇を噛んだ。


「ジャック。奪うところまではいい。だが、前を向いたとき味方がどこへ走っているか、一度も見なかった。力は選択肢を増やすためのものだ。狭めるな」


「……イエス、サー」


「林。対人守備は申し分ない。だが、お前の持ち場だけがピッチではない。守備は状況に応じたカバーと声の連動で成り立つ。味方との間合いを固定化してどうする」


「……理論上のリスクを考慮した判断でしたが、連動の欠落は認めます」


「理屈はいい。開幕戦はベンチからだ。お前たちは、自分の武器を、十一人の中でどう生かすかを学べ」


クアンは悔しげに拳を握り、ジャックは息を吐き、林は黙って手元のメモを見つめていた。


氏真は前線から、その三人の背中を見つめていた。


(課題はどれも、突出した強みの裏返しだ。味方との呼吸さえ合えば、強大な戦力になる)


こうして、新入生の中で氏真ただ一人が先発に名を連ねる形で、城南のプリンスリーグ開幕戦を迎えた。


---


3.第1節:格子を裂く閃光


四月第一週の日曜日、盛岡城南高校第一グラウンド。


プリンスリーグ東北第1節、ホーム開幕戦。前後半各四十五分の戦いが始まった。肌寒さの残るピッチに対峙したのは、J3秋田グリッドFCユースだった。


ベンチには、ビブスを着た林、クアン、ジャックの姿がある。三浦も控えていた。クアンは氏真の背中を、ジャックは太い腕を組んで、林はメモ帳を手にピッチを見つめている。


秋田の守備は、規律を備えたコンパクトなブロックだった。最終ラインと中盤の距離を詰め、ボールサイドへ全員が素早くスライドして、中央の侵入路を塞ぐ。主将のCB小野寺剛毅、守護神の畠山鉄平を中心に、縦パスが入る隙間を一つずつ消していた。


城南はアンカーの諸島が配球の起点になろうとするが、秋田の前線二枚がパスコースを厳しく限定し、インサイドハーフの遠藤や阿部にボールが入れば、中盤が即座に挟みに来る。鎌田も八重樫も、外へ追い込まれて自由を奪われた。


「中がガチガチだ……! 俺なら外から縦にぶち抜けるのに……!」


「ノー、クアン。力任せに行っても、あの網に絡め取られるサ」


ベンチのささやきの中、スコアは動かないまま前半二十五分を過ぎた。城南は相手の守備ブロックに手を焼き、攻めあぐねていた。


だが氏真は、ピッチの中央で冷静に相手の守備の習性を観察していた。


(ボールの横の移動には、全員が忠実にスライドする。だが、八重樫さんの縦への鋭いランニングに対しては――最終ラインが、裏を警戒してわずかに重心を下げる)


前半三十分。諸島が中盤で相手の縦パスを読み切り、鋭い出足でインターセプトした。


右サイドで、八重樫が斜めに裏へ走り出す。秋田のディフェンスライン全体が八重樫の加速に引っ張られ、わずかに後退した。ボランチとの間に、エアポケットのような空間が生まれる。


氏真は、小野寺の背後からその空間へ、三歩だけ下がった。


諸島の視線が八重樫から中央へ切り替わる。諸島は裏へのフィードではなく、氏真の足元へ鋭いグラウンダーのパスを刺した。


「中だ、絞れ!」


小野寺が反転し、巨体を預けて潰しにくる。寄せのスピードは鋭い。


だが、氏真は最初から半身でボールを迎えていた。脱力した左足のインサイドでボールの勢いを殺さず、小野寺が踏み込んでくる勢いの逆、右斜め前へ進行方向をすり替える。身体はボールの軌道に沿って自然に回り、小野寺の足は空を切った。


最小限の予備動作で前を向いた氏真は、歩幅を乱すことなく右足を振り抜いた。


パァン。


乾いたインパクト音とともに、低い弾道のシュートが畠山の伸ばした手をすり抜け、左サイドネットを揺らした。


先制点。前半三十分、前半終了まで十五分を残しての値千金の一撃に、グラウンドを囲む控え部員たちから歓声が上がった。


後半に入り、秋田も反撃に出た。後半十五分、ロングボールを前線の長身FW佐藤晴樹へ集め、競り合いのこぼれ球に反応した加賀谷瞬が、城南の最終ラインの間を抜けて同点ゴールを奪う。一―一。


試合時間は刻一刻と削られていく。


しかし、城南の上級生たちも粘り強かった。後半二十八分、中盤で諸島が激しい接触に耐えてボールを奪い返すと、遠藤が左のスペースへ素早く展開。受けた鎌田がペナルティエリアの脇まで運び、鋭いグラウンダーのクロスを折り返した。


ニアサイドへ氏真が走り込み、小野寺の注意を引きつける。その背後、ファーサイドから猛然と飛び込んだ八重樫が、身体ごと押し込んだ。


二―一。


残る時間、城南は山形の反撃をしのぎ、タイムアップの笛を迎えた。


歓喜に沸くピッチで八重樫が吠え、諸島が安堵の息を吐いた。ベンチのクアンは、出番こそなかったものの、氏真の技術と上級生たちが勝ち越しを生んだ連係を、息を詰めて見つめていた。


勝利の輪の中で、氏真は静かに息を整えた。


先制点は、諸島の的確な配球と八重樫の囮の走りがあって生まれた。勝ち越しも、上級生たちの泥臭い連動の賜物だ。だが、相手の規律あるブロックを組織的に崩せた場面は、決して多くはなかった。


---


4.第2節:昇格の壁と極上のタッチ


翌週の日曜日、山形県総合運動公園。


蔵王の山並みを望むアウェイのピッチで行われたプリンスリーグ第2節。相手は、J2山形ユナイテッドFCユースだった。この試合も、林、クアン、ジャックはベンチスタートだった。


山形ユースは、前節の秋田とは異なる質のフットボールを展開した。システムは四―二―一―三。選手間の距離を一定に保ち、前線から連動してコースを限定し、相手のビルドアップを狭いサイドへ誘導する。奪えば、サイドバックが一気にオーバーラップして、最少の手数で急所を突く。


その最後方を統率するのが、主将で三年のセンターバック――庄内健太郎だった。


「ライン押し上げろ! コンパクトに! 中央の十番に前を向かせるな!」


庄内の研ぎ澄まされた声が響く。


試合前、庄内はチームメイトに告げていた。


「高体連の一年だと侮るな。映像は確認した。あれは、俺たちが普段相手にしているユースの誰よりもファーストタッチが正確だ」


相手を軽視する気は毛頭なかった。だからこそ、氏真を絶対に封じ込めなければならなかった。秋までにトップチームへの昇格が内定しなければ、プロサッカー選手への道は閉ざされる。三年間、Jユースという過酷な競争を生き残ってきた庄内にとって、この一戦は自らの未来を懸けた戦いだった。


試合は、山形のペースで始まった。


前半八分、城南の左サイドバック千葉が攻撃参加で高い位置を取った背後を、山形の右サイドバック最上陸杜が一気に駆け上がる。低く速いクロスをエースの新庄蓮に合わせられ、山形が先制した。〇―一。


だが前半二十分、城南は数少ない好機をものにした。中盤でルーズボールを拾った遠藤が前線へ浮き球を送り、受けた氏真が巧みなターンで相手DFの裏へ侵入。ペナルティエリア内でたまらず足をかけた相手DFがファウルを取られ、PKを獲得。氏真が左隅へ冷静に沈め、一―一。


しかし、山形の組織力は揺るがなかった。


前半二十八分、トップ下の尾花蒼空を起点とした細かいパスワークで城南の中盤が左右に振られ、中央に生じた隙を突かれて一―二とふたたび勝ち越され、四十五分の前半を終えた。


後半に入っても、城南は苦しい展開が続いた。


「監督、俺を出してください! 相手サイドバックの裏なら俺の足で突けます!」


立ち上がりかけたクアンに、剛監督は腕を組んだまま動かなかった。


「座れ。ピッチの十一人がどうやって流れを引き戻すか、目に焼きつけておけ」


後半十六分。自陣深くで佐々木が身体を投げ出してクリアしたボールを、諸島が拾って前線へ長いフィードを送る。右サイドを疾走した八重樫が、角度のない位置から右足を振り抜いた。ネットが揺れる。


二―二。


激しい乱打戦の中で、両チームの足が止まり始める。九十分の時計は、後半三十分を回ろうとしていた。


庄内は、額の汗を拭いながら、前線の氏真を見つめていた。


(六十分以上、ほとんど前を向かせなかった。……それなのに、あいつは常に俺の予測の半歩外側に立っている)


PKの場面では味方のカバーが遅れたものの、それ以外で氏真が中央で前を向いた回数は皆無に近い。庄内の守備は、戦術通り機能していた。それなのに、恐怖が拭えない。氏真がボールを受ける位置、受ける前の身体の向き、そのすべてが、守備側の重心の逆を突き続けている。


(負けられない……! 三年間積み上げてきたものを、ここで終わらせてたまるか!)


誇りと焦燥が、庄内の足を前へ押し出していた。


---


5.庄内との対決と決勝点


勝負は、試合終了間際の後半四十二分に動いた。


山形が勝ち越しを狙って前がかりになり、尾花が右へ縦パスを通そうとした。その瞬間、ベンチの林が呟いた。


「……右のパスコースが空いている。だが、アンカーの諸島主将は、すでにそのコースへ重心を預けている」


林の観察通りだった。


諸島が身体を投げ出し、鋭い読みで尾花のパスをインターセプトした。倒れ込みながら、前線の中央へグラウンダーの縦パスを刺す。


「行け、氏真!」


ボールの先には、ペナルティエリアの手前で背を向けて構える氏真がいた。その背後から、庄内が全速力で詰めてくる。


(前は向かせない。身体ごと止める!)


庄内は肩を入れ、氏真の背中へ全体重を預けた。激しい接触の衝撃が走る。守備者として、間合いもタイミングも完璧な寄せだった。


だが、氏真は押し返さなかった。


背中の力を抜き、衝撃を膝と腰でわずかに吸収する。姿勢は崩れない。


諸島のパスの勢いに合わせ、左足のインサイドでボールを迎えた。止めるのではない。庄内が踏み込んだ足の外側へ、次の一歩で前を向ける角度をつくるように、ボールの置き場所をすり替えた。


庄内の視界から、ボールの軌道が外れた。


踏み込んだ脚に全体重が乗ってしまい、身体の向きを修正できない。足が地面に縫い止められたように止まる。


氏真は、庄内の接触を軸にするようにして、最小限の半径で身体を半回転させていた。力を抜き、間を取り、最小限の動作で局面を打開する――それが、氏真の身体操作の真髄だった。


前を向いた氏真の視界に、飛び出してくる山形のGK鳥海遥斗が入る。


氏真は、右足をコンパクトに振り上げた。


足首の力を抜き、足の甲の内側でボールの下を薄く捉える。トラップからゴールへのパスのような、自然な一振り。


トン。


放たれたボールは、鳥海の頭上をふわりと越える、緩やかな放物線を描いた。


白い球体がネットの奥へ吸い込まれ、乾いた音が鳴り響いた。


三―二。後半四十二分、氏真の二点目。


一瞬の静けさののち、城南ベンチから歓声が爆発した。


倒れ込んだ鳥海が、呆然とゴールマウスを見上げている。


ペナルティエリアの手前で、庄内は両手を膝に置き、荒い息を吐きながらピッチの芝を見つめていた。


(……届かなかった)


最善の寄せだった。身体も入れた。判断に迷いはなかった。それでも、自らが誇りを持って磨いてきた守備技術が、完璧な理詰めで上回られた。無駄のない、あまりに純度の高いファーストタッチ。それが理解できてしまったことが、何よりも悔しかった。


悔しさと屈辱が胸を焼く。だが、それは三年間を否定する痛みではなかった。自分の現在地を冷徹に突きつけられた痛みだった。


アディショナルタイムを消化し、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。


三―二。激闘を制した盛岡城南が、開幕二連勝を飾った。


握手の列の中で、庄内が氏真の前に立った。


「……今日のは、俺の完敗だ」


「いえ。あの寄せの鋭さは、紙一重でした。あとわずか判断が遅れていたら、確実に潰されていました」


庄内は短く息を吐き、厳しい表情のまま、わずかに口元を引き締めた。


「一度やられただけだ。次は、絶対に前を向かせない」


「望むところです」


交わした握手の手は、固く、確かな熱を持っていた。


---


6.勝利の裏にある危機


「勝ったぞぉぉっ!」


八重樫が叫び、ピッチの上で上級生たちが抱き合って勝利を噛み締めていた。


ベンチ前では、出番のなかったクアンが拳を震わせ、氏真の姿から目を離せずにいた。


「……あのファーストタッチ。相手の力を利用して、最小限の動きで前を向いた。……俺は、いつかあの隣に立って、追い抜いてみせる」


「アンビリーバブルだネ……」


ジャックが息を呑み、林は腕を組んだまま、手元のメモ帳を静かに見つめていた。


「あの反転が成立したのは、アンカーの諸島主将が、インターセプトの瞬間に迷わず縦パスを刺したからだ。……主将の読みの位置は、私の計算より二メートル前だった」


林はそう呟き、ペンを走らせた。


ベンチを温め続けた三人の胸中で、頑なだったプライドが、確かなリスペクトと、より深い向上心へと昇華し始めていた。


氏真はスポーツボトルの水を口に含み、冷えた蔵王の山並みを見上げていた。


開幕二連勝。チームが奪った五得点のうち、氏真が三点、八重樫が二点を挙げていた。諸島との縦ラインの連携や、上級生たちの献身的な走りは確かに機能している。だが、それは試合の中でその場の判断をつなぎ止めた結果でもあった。七十分間を通して再現性を持てるチーム全体の共通理解には、まだ届いていない。


「ウジ様」


ベンチ裏で、舞がタブレットを差し出してきた。


「二試合のデータ、まとめてみたよ。ウジ様がバイタルエリアで前を向いた回数、秋田戦は四回、山形戦は二回だけ。しかも山形戦の二回は、PK獲得と決勝点だけだった。つまり、相手が組織的に対策してくると、ウジ様が前を向ける回数は激減するってこと」


氏真は画面に示された数値を静かに見つめ、頷いた。


「……ああ。ピッチの上でも感じていた」


「浮かれるなよ」


ベンチの前で腕を組んでいた吉良剛監督が、選手たちを見据えて声を落とした。その眼光は少しも緩んでいない。


「次節はホームだ。相手は――明青青森セカンド」


その校名が告げられた瞬間、歓喜のざわめきが潮の引くように静まった。


東北の絶対王者。高校サッカーの頂点に君臨し続ける名門の、分厚すぎるセカンドチームである。


「明青のセカンドは、この二試合の映像をすでに徹底的に分析しているはずだ。次は、氏真に前を向かせないどころか、パスコースそのものを窒息させに来るだろう」


剛は氏真を見やり、それからベンチに並ぶ三人の新入生へと視線を向けた。


「氏真が完全に消されたとき、お前たちに何ができる。……次節、誰をピッチに立たせるか、俺もまだ白紙だ」


沈黙の中、諸島が顎を引き、クアンが拳を握りしめ、ジャックが息を呑み、林がメモ帳を閉じた。


氏真は、スパイクの先で土を軽く踏みしめた。


二連勝の熱狂の向こう側で、北の空から冷たい風が吹き抜けていく。


個の閃きだけでは越えられない本物の壁が、すぐそこまで迫っていた。


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