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『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第9章 青春という名のもう一つのフットボール編

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第150話:【静かなる将軍】

【あらすじ】

欧州で頂点を極めた氏真が、盛岡城南で初めて味わう「孤立」。自分のフットボールが通じない現実に苦悩する夜、彼の前に一人の少年が現れる。冷静な眼差しを持つ一年生・諸島憲二。その出会いが、氏真の中に眠っていた闘争心を呼び覚ましていく。

1.闇の中の足音


夜の帳が完全に降りたグラウンドに、冷たい秋風が吹き抜けていた。


一人きりで蹴ったボールは、ゴールの枠を大きく外れて夜の闇へと消えた。


網を揺らす乾いた音すらしない。


拾いに行く気力も湧かず、氏真は両腕をだらりと下げたまま、暗がりの土の上に立ち尽くしていた。


(自分は、一人で勝つ方法しか知らなかったのではないか)


さきほど去っていった岡田の言葉が、冷えた砂のように胸の底へ沈んでいた。


『俺たちはさ、ここしかないんだよ』


ヨーロッパで掴み取った栄冠。


バルセロナの育成組織で磨き上げた技術。


そのすべてが、この閉ざされた高校のグラウンドでは、仲間を傷つけ、自分を孤立させるだけの刃になっていた。


そのときだった。


ザッ、と乾いた土を踏む足音が背後から届いた。


岡田のような、一日の疲労を足元に引きずる重い音ではない。


歩幅は均等で、足裏全体で土の感触を確かめるように、迷いなく真っ直ぐに近づいてくる。


氏真はゆっくりと振り返った。


校舎の窓から漏れるわずかな明かりを背負って、一人の少年が立っていた。


着ているのは、氏真と同じ濃紺のトレーニングウェア。


だが、氏真の借りものとは違い、その身体にぴったりと馴染んでいる。


胸にプリントされた「盛岡城南高校サッカー部」の白文字が、暗がりの中で浮かび上がっていた。


「……誰ですか」


氏真の問いに、少年はすぐには答えなかった。


身長は百七十五センチほどだろう。


百八十センチを超える氏真よりも頭半分ほど低い。


だが、背丈以上に目を引いたのは、その立ち姿の異様な安定感だった。


肩幅が広く、首が太い。


ただ筋肉をつけただけではない。


骨格の芯に重い錨を下ろしたかのような、低くブレない重心を保っている。


両手をジャージのポケットに入れたまま、少年は射抜くような鋭い視線で氏真を見つめていた。


値踏みする目ではない。


正確に測る目だった。


「吉良氏真だな」


低く、落ち着いた声だった。


「そうですけど……」


「Bチームの練習を見ていた」


少年は顎を少しだけしゃくり、さきほどまでミニゲームが行われていたピッチを示した。


「ずいぶん窮屈そうに蹴っていたな」


からかいの色はなかった。


嘲笑でも、同情でもない。


ただ、目にした事実をそのまま口にしただけの口調だった。


「……見ていたんですか」


「トップの居残り練習の合間に、端から見ていた。味方に合わせようとして足を止め、パスを出しては首を傾げていたな」


氏真は奥歯を噛んだ。


見透かされていた。


自分がピッチの上で抱えていた混乱も、味方との間に生じていた見えない溝も、この少年はすべて外側から観察していたのだ。


「あんたは……」


「一年、諸島憲二だ」


その名を聞いた瞬間、氏真の記憶の片隅にある情報が繋がった。


---


2.測る視線


諸島憲二――。


城南中等部からそのまま進学してきた、今年の一年生。


彼を城南高校で育てることを託されたのが、新たに監督へ就任した吉良剛だった。


剛を城南へ招いたのは、前監督であり、彼の恩師でもある斎藤一二三。

「お前に、あの子を任せたい」


そう三顧の礼を尽くして剛を迎え入れた背景には、諸島という才能を次のステージへ導くという、斎藤の強い意志があった。


高校一年生にして、すでにAチームの攻撃を組み立てるセントラル・ミッドフィールダーとして定位置を掴んでいる。


それどころか、年代別の日本代表候補にも名を連ねる逸材だった。


城南の部員たちが、彼のことを畏怖を込めてそう呼んでいるのを、氏真も耳にしていた。


――「北の闘将」。


狙いを定めた相手には、身体ごと押し退けるような激しい球際でボールを刈り取る。


そして奪った直後には、何事もなかったかのように正確なパスを前線へ通し、一気に攻撃を組み立てる。


守備の強度と、攻撃の配球力。


その両方を高い次元で兼ね備えた、城南の心臓。


諸島はポケットから片手を抜くと、グラウンドの奥、氏真が蹴り飛ばしたボールが転がっている暗闇へと歩き出した。


暗がりの中にあったボールを右足の甲で軽く掬い上げ、手元でキャッチする。


それから、ボールを小脇に抱えたまま、ゆっくりと氏真の前まで戻ってきた。


「欧州ユースCLの得点王。カンプ・ノウでゴールを決めた十五歳。……監督から話は聞いている」


諸島の黒い瞳が、じっと氏真の顔を捉えた。


「だが、さっきのプレーを見る限り、お前はここで完全に浮いている。周りは中学生のお前に遠慮し、お前は周りのレベルの違いに困惑している。……違うか?」


容赦のない言葉だった。


だが、岡田に言われたときのような、胸を塞がれる痛みはなかった。


諸島の言葉には、妬みや諦めが微塵も含まれていなかったからだ。


純粋に、ピッチの上で起きている現象だけを解剖するような冷徹さがあった。


「……違わないよ」


氏真は息を吐き出し、正直に答えた。


「僕のパスに、味方は誰も走り出さなかった。僕が空間を作っても、そこを使ってくれる人はいなかった。……僕のフットボールは、ここでは何一つ噛み合わなかった」


「当たり前だ」


諸島は即答した。


「ここはバルセロナじゃない。お前の頭の中にある絵を、阿吽の呼吸で共有できる選手なんて、このグラウンドには一人もいない」


諸島は氏真を真っ直ぐ見据えた。


「お前が勝手に一人で未来を見て、勝手に一人で絶望しているだけだ」


「勝手に……?」


「そうだ。お前は味方に合わせようとしたと言いながら、実際には『なぜ俺の絵が見えないのか』と周りを突き放していた」


一拍。


「言葉にも出さず、態度にも出さず、ただ一人で正解を抱え込んで腐っていた。そんな奴のパスに、誰が走る?」


痛烈な指摘だった。


自分では必死にチームへ適応しようとしていたつもりだった。


しかし、その内面にあったのは、


「なぜ走らないのか」


「なぜ出さないのか」


という、味方への無言の要求と失望だったのではないか。


岡田が言った言葉の裏にあったのは、氏真が無意識に放っていた、その「拒絶の気配」だったのかもしれない。


氏真が言葉を失っていると、諸島は抱えていたボールを地面に落とした。


トン、と土の上でボールが低く弾む。


諸島はそのボールを足元に引き寄せ、顎をクイと上げた。


「一つ、聞きたいことがある」


「何……?」


「欧州では、こういう奴をどう止める?」


---


3.「剛」の衝撃


「え――」


氏真が問いの意味を理解するより早く、諸島の右足がボールを叩いていた。


低く鋭いパスが、氏真の足元へ向かって一直線に走る。


回転の利いた正確なグラウンダー。


氏真は反射的に左足のインサイドでボールを迎えた。


吸い付くように足元へ収まる球。


その瞬間、目の前の空気が一変した。


ドッ、と激しく土を削る音が鼓膜を打つ。


諸島が、すでにトップスピードで間合いを詰めてきていた。


(速い――!)


突進ではない。


視線を氏真の胸元に固定したまま、逃げ道を一つずつ消すように角度をつけて踏み込んでくる。


考える時間はなかった。


氏真は右足のアウトサイドでボールをわずかに外へ持ち出し、相手の突進コースから身体を逃がそうとした。


相手の勢いを利用して入れ替わる。


これまで何度も屈強な守備者をいなしてきた、最小限の身のこなし。


だが――。


ドスン、と骨の芯に響く衝撃が氏真の左肩を襲った。


「っ……!」


かわし切れていない。


諸島は氏真のステップを見切っていた。


外側へ逃げた氏真の進行方向へ、分厚い胸板を滑り込ませたのだ。


百八十センチを超える氏真に対し、百七十五センチの諸島は重心が一段低い。


ぶつかる瞬間、骨盤をわずかに沈め、氏真の軸足側へ潜り込む。


押されたのではない。


軸ごと横へずらされたのだ。


ほんのわずかなバランスの崩れ。


その隙を、諸島は見逃さなかった。


氏真の足元から離れたボールへ、諸島の右足が正確に伸びる。


バチンッ!


乾いた音とともに、ボールが諸島の足元へ掻き出された。


ファウルではない。


ボールに向かう正当な身体のぶつけ合いの中で、相手の空間そのものを奪い去るような、冷徹なまでの強度。


奪った諸島は、顔を上げることすらなく、反転しながら逆サイドのコーンの隙間へ鋭いインサイドキックを突き刺した。


奪う。


運ぶ。


配る。


その一連の動作に、継ぎ目が一切ない。


氏真は土の上に足を踏ん張り、乱れた呼吸を整えながら、ボールを回収しに戻ってきた諸島を見つめた。


「欧州基準のボールコントロールか。確かに柔らかい。だが、身体が浮いているぞ」


諸島はボールの上に右足を乗せ、感情の読めない顔で氏真を見据えていた。


「コートは、この灯りが届く範囲だ。あの二つのコーンの間を通せば一点。……一対一だ」


ほんの少し、口角が上がった。


「取り返してみろ」


---


4.「雅」の観察


氏真の胸の奥で、冷え切っていた血が熱を取り戻していくのを感じていた。


さきほどまでの鬱屈した迷いが、急速に吹き飛んでいく。


目の前にいるのは、中学生だからと手加減してくれる上級生ではない。


監督の甥だからと気を遣うチームメイトでもない。


純粋に、目の前のボールを奪い、相手をねじ伏せることだけに神経を研ぎ澄ませた、本物のフットボーラーだった。


(この人は……本気で奪いに来ている)


ボールを失うことが、「ミス」ではなく「負け」だと感じたのは、いつ以来だろう。


盛岡に来てからの自分は、ボールを失わないこと、周囲に合わせることばかりを考えていた。


だが、目の前には、力と判断のすべてを使って奪いに来る相手がいる。


(止めたい)


はっきりと、そう思った。


「……もう一回だ」


氏真は静かに重心を落とした。


全身の筋肉から無駄な力を抜き、呼吸を整える。


諸島がボールを動かした。


右足のアウトサイドで小さく突き出し、氏真の出方を窺う。


大柄で屈強な体格に似合わず、足元のタッチは驚くほど繊細だった。


ボールが常にスパイクの届く範囲から離れない。


氏真は間合いを詰めすぎず、半身の体勢を保った。


ボールだけを見るのをやめる。


相手の足首の角度。


膝の向き。


腰の高さ。


そして、重心が前へ移動する瞬間の「起こり」。


諸島が動いた。


右足でボールを押し出し、力強いステップで氏真の左サイドへ仕掛けてくる。


低い重心から繰り出される直線の推進力。


高校生のパワーが、まともに氏真の進路へ覆い被さってくる。


だが、氏真は力で押し返そうとはしなかった。


ぶつかる直前、左半身の力を抜く。


諸島の突進のベクトルを外側へ受け流し、相手が体重を預けようとした空間を、ほんの半歩引いて空洞にする。


諸島の重心が、わずかに前へ泳いだ。


その瞬間。


氏真は相手の軸足が固まるのを見逃さず、右足のつま先を伸ばした。


カツン。


乾いた音が響き、諸島の足元からボールが外へこぼれる。


完全に奪い切ることはできなかった。


諸島が驚異的な体幹の粘りで軸足を立て直し、ボールを身体で隠したからだ。


だが、ボールはラインの外へ転がっていった。


土埃が舞い、二人の間に沈黙が落ちる。


諸島が、初めて氏真を正面から見た。


わずかに、眉が動いていた。


「……今の、読んでいたな」


「半分だけです」


氏真は正直に答えた。


半分。


それ以上でも、それ以下でもない。


左へ来る重心の「起こり」は見えた。


だが、あの踏み込みの深さと復元の早さは、想定を超えていた。


諸島は、ふっと短く息を吐いた。


「半分で触るのか」


その声には、冷徹さの裏に、はっきりとした興味が混じっていた。


---


5.静かなる将軍


校舎の窓明かりが、グラウンドの土を薄暗く照らし出している。


息を整えながら、氏真は目の前の少年をもう一度見つめた。


世間は彼を「北の闘将」と呼ぶらしい。


激しい球際。


相手を薙ぎ倒すようなタックル。


泥臭い守備。


その荒々しい一面だけを切り取れば、確かに「闘将」という言葉が似合うのかもしれない。


だが、氏真の目に映った本質は、まるで違っていた。


大声で吠えることもない。


派手な身振りで威圧することもない。


ただ黙って相手を観察し、最短距離で間合いを詰め、最小限の接触で軸を崩し、奪ったボールを寸分の狂いもなく最適な場所へ送り届ける。


感情に流されず、ピッチ全体を冷静に把握する。


必要な場所に、必要な強度を注ぎ込む。


守備者であり、司令塔。


戦う者であり、導く者。


――静かなる将軍。


氏真の胸の中に、その言葉が自然と落ちてきた。


「どうする?」


諸島がボールを引き寄せ、短く言った。


声には、先ほどまでの突き放すような冷たさはなかった。


目の前の相手を、自分と同じ土俵に立つ競争者として認めた者の響きがあった。


答えなど、最初から決まっていた。


氏真の唇に、かすかな笑みが戻る。


母を選んで日本へ戻ったことに、後悔はない。


だが、自分の中にぽっかりと空いていた空白を埋めるものが何なのか。


今、ようやく分かった気がした。


自分には、この場所で戦う相手が必要だったのだ。


「もう一本、お願いします」


氏真は足元の土を踏みしめ、低く腰を落とした。


諸島もまた、静かにボールを転がし、重心を沈める。


世界の頂点を経験した十五歳と、北の地で頭角を現す一年生の司令塔。


二人の勝負は、まだ最初の一合を終えたばかりだった。


冷たい夜風の中。


二人の足音が、再び土を噛み鳴らした。

【次回予告】

城南の一年生にして、静かなる将軍――諸島憲二。

氏真の「雅」に対し、諸島が突きつけるのは、圧倒的な「剛」。

欧州で磨いた技術は、北の地でも通じるのか?

第151話:【剛と雅】次なる天下へのパスを回せ!



ーーーーお願いーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

もし今日、ほんの少しでもこの物語に心を動かされたなら――、ちょと面白いと思ったら――

投げ銭はいりません。

その代わり、せめて、評価☆☆☆☆☆を一つ、何卒、そこをなんとか置いていってくださいませ(笑)。

今後も氏真の物語を、温かく一緒に見届けてください。

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