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『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第9章 青春という名のもう一つのフットボール編

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第146話:【北の地】

【あらすじ】

欧州ユースCLを制した氏真は、母・有理の治療のため日本へ戻る。新たな居場所となった北の地で、これまでとはまるで違う環境に身を置くことになった氏真。静かな戸惑いの中、彼の耳に届いたのは――。

1.東への翼、そして北へ


成田国際空港の滑走路脇、関係者用の連絡通路へ降り立つと、肌を掠める空気の湿り気がバルセロナとはまるで違っていた。


有理のストレッチャーに付き添う看護師の後ろを、氏真はボストンバッグを肩にかけて歩く。


通路の先で待っていたのは、早川愛と舞の姉妹だった。


「お疲れ様でございます、氏真様。東京駅での新幹線多目的室、および盛岡駅からの民間救急車両の手配はすべて完了しております」


愛は紺色のコートを纏い、手にしたタブレットで運行状況を確認しながら、乱れのない動作で一礼した。過剰な同情も悲壮感もなく、今必要な実務だけを提示する。その立ち姿には、氏真の決断を受け入れ、裏方に徹する確信があった。


隣に立つ舞は氏真の顔をまじまじと覗き込むと、呆れたように小さく息を吐いた。


「……ちゃんと寝てないでしょ」


「少しは寝たよ」


「少しは、でしょ」


舞はバッグから温かい缶のお茶を取り出すと、拒む隙を与えずに氏真の手元へ握らせた。


「盛岡、こっちより寒いから。ちゃんと飲んでよね」


手に伝わる温度を感じながら、氏真は「ありがとう」と短く返した。


東京駅から東北新幹線へ乗り換え、多目的室のベッドに有理を横たえる。車窓の外は、北へ向かうにつれて街並みが途切れ、山あいの木々が黄色や赤へと色づいていた。秋が深まりつつある車窓の景色を、有理は見つめていた。


長時間の移動で頬は削げていたが、息子へ向けられる眼差しには温かな光があった。


「静かな移動ね。……氏真、そんな顔をしないで」


「どんな顔」


「全部を置いてきてしまったような顔。……ここで治療を受けるのは、私が生きるためよ。あなたがここにいるのは、サッカーを辞めるためじゃないでしょう?」


「……うん。辞めないよ」


氏真は頷いた。


母を選んだ。その選択に後悔は一切ない。


世界の最前線から自ら降りたことも、正しい判断だったと理解している。


だが、正しい選択をしたはずの胸の奥に、ぽっかりとした違和感が残っていた。


放課後のスパイクの紐を結ぶ時間も、週末の公式戦も、ロッカーの喧噪もない。足元に吸い付く完璧に刈り揃えられた天然芝の感触が、日常から綺麗に消え去っていた。


列車は速度を落とし、盛岡駅のホームへ滑り込んでいった。


---


2.可能性と限界


新幹線を降りると、乾いた秋風が頬を叩いた。冬の冷気にはまだ早い。だが、夏が完全に去ったことを知らせる冷たさだった。


盛岡市郊外の丘の上に建つ【明青国際大学附属病院・盛岡高度医療センター】へ有理を落ち着かせた翌朝、氏真は先進がん治療部門の面談室にいた。


「担当の仲村です」


デスクから立ち上がった仲村右京は、三十代半ばの精悍な顔立ちをしていた。短く名乗るとすぐ座り、モニターに映した検査画像へ視線を移した。


「バルセロナからのデータと、早川グループから提供された投薬プログラムを確認しました。本日から第一段階の治療に入ります」


説明は簡潔で、客観的な事実だけを並べた。希望を煽るような甘い言葉もなければ、必要以上に不安を煽ることもない。


「治ると約束はできません。ですが、まだできる手はあります。お母さんの体調を見ながら、一歩ずつ進めましょう」


仲村はそれ以上語らず、ペンを置いた。


ピッチの上であれば、どんなに強力な守備網であっても、己の観察と選択で局面を変えることができた。ボール一つで世界を動かせた。


だが、ここでは氏真にできることは何もない。自分の意志や技術では動かせない現実が、そこにあった。


「……よろしくお願いします」


氏真が頭を下げると、仲村は一瞬だけ目を合わせ、次の書類へと視線を戻した。


---


3.空白の時


その翌日、氏真は盛岡市東部にある学校法人明青学園の敷地を訪れた。


【明青国際大学附属盛岡城南高等学校】


応接室で待っていたのは、叔父の吉良剛だった。かつて静岡のジュニアユースで指導していた剛は、現在この高校のサッカー部監督を務めている。


「久しぶりだな、氏真」


剛は淹れたての茶を差し出し、ソファへ腰掛けた。


「姉さんの入院は無事に済んだな。……で、お前のことだが、来週から明青中等部の三年生として転入してもらう。春になったら、そのまま城南高校へ進学する手筈だ」


剛はテーブルに数枚の書類を置いた。


欧州で実績を重ねてきた少年の背後にあるものを、剛はもちろん知っている。だが、その態度に特別扱いする気配はなかった。


「お前が向こうで何を成し遂げてきたかは知っている。だが、ここでは中学生だ。高校サッカーの選手としては春まで所属がない。だから公式戦にも出られん。許可できるのは放課後、高校の練習に参加することだけだ」


春までは高校サッカーの選手として所属がない期間。


ヨーロッパで周囲から向けられていた視線も、提示されたプロの契約書も、この場所に持ち込むことはできない。


「焦る必要はない。姉さんの治療が最優先だ。ここでどう過ごすかは、お前自身が決めろ」


剛はそう言って、書類をまとめた。


---


4.北の大地の風


校舎を出た氏真は、そのまま帰らず、脇道から伸びる土の通路へ足を進めた。


ネットの向こうに、広いグラウンドが見えた。


黒っぽい土が広がり、風が吹くたびにライン引きの白い粉がかすかに舞う。コーナー付近には塗料の剥げかけたゴールが置かれ、ベンチの木板は雨風に晒されて色褪せていた。


シウダ・エスポルティーバの整備された天然芝とは、まるで違う環境だった。


だが、その場所には黒い土を強く踏みしめた幾重ものスパイクの跡が刻まれ、擦り切れたボールの痕跡が残っていた。


からりと乾いた秋風が吹き抜け、木々から離れた枯れ葉が土の上を転がっていく。


見上げると、低い雲の合間に遠くの山並みが茜色に染まり始めていた。


駿河の温暖な風しか知らなかったかつての記憶を含め、自分はこうした北の土地に立ったことがない。


母を救うための選択に、後悔はなかった。自分に言い訳をするつもりもない。


だが――。


(僕はここで、何をすればいいんだろう)


世界の最前線から自ら降り、サッカーの日常から切り離された。


自分の中に生まれたこの居場所のなさをどう埋めればいいのか、今の自分にはまだ何も見えていなかった。


その時だった。


グラウンドの奥から、乾いた音が風に乗って届いた。


ザッ、ザザッ、と土を強く蹴るスパイクの音。


飛び交う複数の掛け声。


パンッ、と硬く響いて弾むボールの音。


最初は一人分に聞こえた音が、次々と別の足音や声を巻き込み、グラウンドのあちこちから重なり合っていく。


氏真は足を止め、グラウンドの奥へとゆっくり視線を向けた。


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