第139話:【国内リーグ最終節】
【あらすじ】
国内リーグ最終節。すでに優勝を決めたバルシーノと、残留を懸けて必死に戦うアルフォンソ。異なる熱量がぶつかる中、氏真はベンチから相手守備の綻びを見つめていた。そして迎えた後半、彼がピッチに立ったことで、試合は静かに動き始める。
1. 異なる熱量のピッチ
五月下旬、カタルーニャの初夏の陽光が、シウダ・デポルティーバのピッチを白く照らしていた。
国内リーグ最終節。
前々節ですでに優勝を決めていたバルシーノ・フベニルAにとって、この一戦に順位上の重圧はなかった。来たる欧州ユースチャンピオンズリーグ決勝を見据え、ジョゼップ監督は先発の大半を入れ替えて臨んでいる。サビエルやエステバン、そして背番号29の吉良氏真ら主力は、ベンチから戦況を見守っていた。
だが、ピッチ上の空気は、消化試合のそれとはまるで違っていた。
「跳ね返せ! ラインを割らせるな!」
対戦相手、FCアルフォンソの中央センターバックを務める主将ウナイ・ベロカルが、声を張り上げて守備陣を統率する。
下位に沈むアルフォンソにとって、この最終節で勝ち点を獲得できるかどうかは、フベニル1部残留を左右する大一番だった。
敷かれた陣形は[5-4-1]。
ペナルティエリア幅に五枚の最終ラインを敷き、その直前を四枚の中盤が埋める。中央のスペースを消し、外へ追い出すことに特化した守備ブロックだった。
ボールを奪えば、最前線の長身FWゴルカ・バジェステロスへ迷わず長いボールを打ち込む。競り合いのこぼれ球を中盤のブライス・メンドーサが拾い、サイドへ散らして時計を進める。
控え主体のバルシーノはボールを保持しながらも、球際に身体を投げ出すアルフォンソの気迫に攻めあぐねていた。
右ウイングのアクセルが仕掛けても、相手左ウイングバックのガジャルドと左センターバックのカルモナが走路を塞ぎ、タッチライン際へ追い込んでしまう。
前半をスコアレスで終え、後半に入っても膠着状態は解けなかった。
ベンチに座る氏真は、膝の上に手を置き、ピッチの光景をじっと見つめていた。
相手の気迫に呑まれることはない。
中央のベロカルが、どこまでラインを統率しているか。
右センターバックのソリアが、楔のパスに対してどこまで前に食いついてくるか。
ボランチのバジェホがプレスをかけた後、バイタルエリアへ戻る足取りがどれだけ重くなっているか。
ピッチ上で生じている現象を、氏真は頭の中で整理していた。
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2. 基準の再設定
後半二十五分を過ぎても、スコアボードの数字は動かなかった。
攻め急ぐバルシーノのパス回しが単調になり、外側からのクロスが中央の屈強な守備陣に次々と跳ね返される。
テクニカルエリアの白線際で腕を組んでいたジョゼップ監督が、ベンチへ振り返った。
「氏真、ダビアン、エステバン」
名前を呼ばれた三人が立ち上がった。
ビブスを脱ぎ、スパイクの紐を結び直す。
監督は手招きし、短い言葉でピッチを指し示した。
「相手は中央を捨て、ペナルティエリアの幅に人数を詰め込んでいる。外から放り込んでも、相手の土俵に乗るだけだ」
監督の視線が、氏真とダビアンを捉える。
「我々が積み上げてきた基準を示してこい。力任せにこじ開けるのではない。正しい立ち位置とテンポで、相手を動かすんだ。ジュネーヴへ向けての総仕上げだ」
「はい」
後半三十分。
交代を告げる電子掲示板が掲げられた。
ピッチに入った氏真は、最前線へ向かいながら周囲の味方と短く視線を交わした。
アルフォンソの主将ベロカルが、中盤のバジェホへ向けて叫ぶ。
「29番が入ってきたぞ! ライン間に入ったら前を向かせるな、身体を当てて潰せ!」
相手の警戒が一段上がる。
だが、氏真の表情は落ち着いていた。
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3. 静かなる楔
バルシーノの陣形が、ボール保持に伴って滑らかに[3-2-5]へと姿を変える。
最終ラインの三枚が幅を取り、中盤の底にサビエルが位置してボールを配給。
両大外にはエステバンとレオンが開き、相手ウイングバックとセンターバックの隙間――ハーフスペースへ、ダビアンとイネスが潜り込む。
そして中央の最前線に氏真が立つ。
ピッチの五つのレーンを同時に埋める配置だった。
後半三十八分。
自陣でアルフォンソのロングボールを跳ね返したカレスから、中央のサビエルへボールが渡る。
アルフォンソの陣形が中央へ寄り、縦のコースを塞ぎにかかった。
中盤のバジェホが氏真の背後へ密着し、激しいチャージを見舞う構えを取る。
サビエルは迷わず、右足のインサイドで低く鋭い縦パスを差し込んだ。
相手の中盤二枚の間を抜けたボールが、バイタルエリアへ下りてきた氏真の足元へ一直線に向かう。
「潰せ!」
ベロカルの怒号とともに、背後のバジェホが間合いを詰める。
右センターバックのソリアも中央へ絞り、挟み込むように前へ出てきた。
だが、氏真は前を向こうとはしなかった。
受ける直前、首をわずかに振って周囲を確認する。
バジェホが突進してくる足音。
ソリアが外側のレーンを捨てて前へ食いついてくる初動。
そして――右ハーフスペースから、前方へ走り込んでいるダビアンの走路。
氏真は上半身の力を抜いた。
正面から突っ込んでくるバジェホの勢いに逆らわず、わずかに半身を開く。
右足のインサイドを、ボールに添えた。
止めるのではない。
足元に収めることすらしない。
寄せてくる相手の角度を利用し、ボールの軌道を右前方のスペースへ逃がす。
ワンタッチ。
ソリアは前へ出た勢いを殺せず、身体を開いて追う。
バジェホも氏真の身体に入ることができず、一歩目を失った。
その瞬間だった。
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4. 連鎖する五レーン
氏真が中央で二枚を引きつけたことで、ソリアの背後――右ハーフスペースに空白が生まれていた。
そこへ、加速に乗ったダビアンが走り込む。
ボールを足元に収め、前を向いたダビアンに対し、中央を固めていた主将ベロカルがカバーへ飛び出した。
ベロカルが中央から引き出されたことで、アルフォンソの最終ラインもボール側へ寄る。
逆サイドの左大外では、エステバンがフリーになっていた。
ダビアンは右足を振り抜くフェイントを入れ、ペナルティエリア左深くのエステバンへ、低く速い対角のグラウンダーを通した。
中央から、右ハーフスペースへ。
そして右から、左大外へ。
ボールが動くたび、アルフォンソの守備陣が左右へ引き伸ばされていく。
左サイド深くでボールを受けたエステバンには、時間があった。
寄せてくる相手ウイングバックの間合いを短い切り返しで外し、ゴール前へグラウンダーのクロスを折り返す。
そこへ、再び氏真が姿を現した。
ニアサイドへ飛び込むと見せかけ、急激に足を止める。
マークについていた左センターバックのカルモナが、その動きにつられてゴール前深くまで下がった。
氏真が中央から引いたことで、ペナルティスポット付近に空白が生まれる。
エステバンの折り返しが、その場所へ滑り込んだ。
走り込んできたのは、最初の楔から足を止めずに前進していたダビアンだった。
完全にフリー。
迷いのない助走から、右足のインサイドがボールの芯を捉える。
鋭い打球音がスタジアムに響いた。
放たれたシュートは、懸命に横っ飛びしたGKリバスの手をかすめ、ゴール左隅のサイドネットへ突き刺さった。
後半四十二分。
1―0。
バルシーノ、先制。
「よっしゃあ!」
ネットを揺らしたダビアンが雄叫びを上げ、エステバン、そして氏真へと駆け寄ってくる。
選手たちが笑顔で抱き合い、肩を叩き合った。
ダビアンが氏真の手をつかむ。
「お前のおかげだ、氏真! 最高の落としだったぞ!」
氏真は笑って、その手を強く握り返した。
「ナイスシュート、ダビアン!」
自分が決めたわけではない。
それでも、このゴールが自分のプレーから始まり、仲間の足を経由して生まれたことが嬉しかった。
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5. 二冠の栄光、そしてジュネーヴへ
ピィッ! ピィッ! ピィィィッ!
初夏の空に、試合終了の長いホイッスルが吸い込まれていった。
最終スコア、1―0。
バルシーノ・フベニルA、リーグ最終節を白星で締めくくった。
ピッチ中央に特設の表彰台が組み立てられ、カタルーニャサッカー協会の役員から、主将トニ・ラマジェの手へリーグ優勝トロフィーが手渡される。
銀色のカップが高々と掲げられた瞬間、頭上から紙吹雪が舞い散った。
スタンドのサポーターから、青と臙脂のチャントが湧き起こる。
国王杯に続く、国内二冠の達成だった。
メダルを首にかけた仲間たちが肩を組み、飛び跳ねながら歌っている。
エステバンが氏真の肩に腕を回した。
「おい氏真、最高の崩しだったな。相手のブロックが綺麗にズレていくのが見えたぜ」
「うん。ダビアンもエステバンも、一番いい場所に走ってくれたからね」
氏真は笑いながら、胸元の金メダルに指先を触れた。
表彰式を終え、ロッカールームへ戻る通路で、氏真は遠征バッグからスマートフォンを取り出した。
画面には、日本にいる早川愛からのメッセージが届いていた。
『有理お母様の治療が無事に一区切りつき、検査結果も安定に向かっております。医師団からも経過は順調との報告が届きました。お母様からも「おめでとう、氏真」との伝言を預かっております』
短い文面を見つめ、氏真は静かに息を吐いた。
母もまた、病室で一歩前へ進んでいる。
ならば自分も、最後の戦いへ向けて歩みを止めるわけにはいかない。
通路の出口から、初夏の青空を見上げる。
国内の戦いは、これですべて終わった。
残されたのは、欧州ユースチャンピオンズリーグ決勝。
スイス・ジュネーヴ。
そこで待つのは、イングランドの覇者、マンチェスター・イーストFC。
そして、あの静かな双眸を持つ同世代のストライカー、マルク・ティエリー。
「行くぞ、ジュネーヴへ!」
主将ラマジェの掛け声に、チーム全員が呼応して拳を突き上げた。
氏真も仲間たちと並び、青空の向こうを見つめる。
次は、欧州だ。
【次回予告】
次なる舞台は、ジュネーヴ。
欧州ユースの頂点を懸けた、最後の九十分が始まる。相手はイングランドの覇者、マンチェスター・イーストFC。積み上げてきたすべてを、ピッチへ。
――氏真たちの挑戦、その最終章が幕を開ける。
第140話:【ユースCL決勝前夜】次なる天下へのパスを回せ!
ーーーーお願いーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
もし今日、ほんの少しでもこの物語に心を動かされたなら――、ちょと面白いと思ったら――
投げ銭はいりません。
その代わり、せめて、評価☆☆☆☆☆を一つ、何卒、そこをなんとか置いていってくださいませ(笑)。
今後も氏真の物語を、温かく一緒に見届けてください。




