第135話:【CL準決勝・ビートルズFCの要塞】
【あらすじ】
欧州ユースチャンピオンズリーグ準決勝、舞台はレマン湖畔のコロヴレイ・スタジアム。欧州屈指の強豪、ビートルズFCが氏真たちを待ち受ける。息苦しいほどの圧力の中、氏真の視界に映ったのは――。
1.レマン湖畔の決戦
スイス西端、レマン湖の畔に位置するニヨン。
UEFA本部が置かれるこの街のコロブレイ・スタジアムに、欧州各国のトップスカウトやメディアの鋭い視線が注がれていた。
欧州ユースチャンピオンズリーグ準決勝。
中立地での一発勝負。
ピッチ上で対峙したのは、イングランドの巨魁、ビートルズFC・ユースだった。
白と赤のユニフォームに身を包んだ選手たちが整列した瞬間、その肉体の厚みと研ぎ澄まされた佇まいが、スタンドの空気を張り詰めさせる。
「ラインを押し下げられるな! 最初の五分、全員で押し返すぞ!」
最後尾から、GKトニ・ラマジェが声を張り上げた。
ビートルズFCを率いるのは、知将ロバート・リー。
[4-4-2]の基本布陣をベースにしながら、選手個々の高いインテリジェンスと圧倒的な運動量を融合させた、現代フットボールの最先端を行くチームだった。
キックオフの笛が、レマン湖から吹き込む冷たい風を切り裂いた。
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2.窒息のゲーゲンプレス
試合開始の笛とともに、バルシーノを襲ったのは、冷徹なまでに計算されたプレッシングの波だった。
中盤の底でサビエルがボールを持った瞬間、ビートルズFCの前線二枚――ジェームズとハミッドが連動してパスコースを限定し、猛然と間合いを詰めてくる。
サビエルが右サイドのダビアンへ逃がそうとボールを蹴り出した瞬間には、相手の左サイドバック、ケネディがすでに前傾姿勢で距離を殺していた。
ボールが足元に届く。
その刹那には、二人目の守備者が身体を寄せている。
「奪われたら即座にハメろ! 前を向かせるな!」
キャプテンのジェラドから鋭い指示が飛ぶ。
ボールを失った瞬間に周囲の二、三人が連動して包囲網を敷く、即時奪回。
さらに最終ラインをハーフウェイライン付近まで高く設定し、ピッチの中央を極端に圧縮してくる。
パスを出す前に、次の選択肢が消える。
トラップした瞬間には、すでに身体を当てられている。
普段なら軽やかなワンタッチパスで相手をいなすバルシーノのパスワークが、物理的な時間と空間を削り取られ、次第に呼吸を乱されていった。
ボール保持時、ビートルズFCは右サイドバックのニールが中央寄りのボランチ位置へ絞る「偽SB」の配置を取り、前線に五枚を並べる[3-2-5]へと滑らかに可変する。
中盤の底に厚みを作られ、セカンドボールの回収でも後手に回るバルシーノ守備陣は、自陣深くへ釘付けにされていた。
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3.狭まる視野
防戦が続くピッチの中央で、最前線に立つ背番号29、吉良氏真の身体の内側に、微かな軋みが生じていた。
今日、カタルーニャの病室では、母・有理の治療がひとつの重要な局面を迎えている。
強い薬剤の投与が始まり、母が激しい倦怠感と向き合っている時間帯だった。
(母さんは今、あのベッドの上で耐えている)
病院を発つ前、ガラス越しに交わした言葉。
互いの持ち場で、互いの戦いを全うしようと誓い合ったはずだった。
だが、チームが押し込まれ、時間が刻一刻と削り取られていくにつれ、氏真の思考にわずかなノイズが混ざり始める。
(早く先制しなければ)
母に、勝利の報せを届けたい。
自分がゴールを決め、確かな結果をバルセロナへ持ち帰りたい。
無意識のうちに芽生えたその焦燥が、氏真のスキャニングの頻度をわずかに落としていた。
首を振る回数が減る。
周囲の配置を捉える視野が、無意識にゴール方向へと狭まっていく。
本来の氏真であれば、相手が中央を圧縮してくるなら、ボールを外へ逃がしてブロックを広げる選択肢が見えていたはずだった。
サイドでエステバンやレオンが相手の背後を伺う動きも、視界の端には入っていた。
しかし今の氏真の足裏には、わずかな力みが張り付いていた。
自分で前を向き、最短距離でこじ開けようとする意識が、判断の優先順位を狂わせ始めていた。
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4.陥穽と電撃の一撃
前半三十八分。
自陣深くでカレスが相手の楔を辛うじて足先で引っかけ、サビエルへと繋ぐ。
前線のスペースを見定めたサビエルは、相手のディフェンスラインとボランチの隙間――バイタルエリアへ、鋭いグラウンダーの縦パスを差し込んだ。
氏真が下がりながら、ボールの軌道上へ入る。
その瞬間、氏真の背後からCBカラガが、斜め前方からボランチのヘンダーソンが、猛烈なスピードで挟み込みに突進してきた。
左サイドの大外では、エステバンがマークを外し、フリーで走り出す予備動作に入っていた。
ワンタッチで外へ叩けば、突進してきたカラガの背後のスペースを突ける。
だが、氏真の脳裏を支配したのは、別の選択だった。
(自分で前を向いて、仕留める――)
足元へ届いたボールに対し、氏真は右足のインサイドで前へ持ち出そうとした。
反転のタメ。
ほんのわずかな力みが、踏み込みの一歩を大きくした。
ボールが身体から、わずかに離れる。
そのズレを、イングランドの屈強な守備陣は見逃さなかった。
「逃がすかァッ!」
カラガの分厚い体躯が、氏真の左肩へ激突した。
正面から力比べを挑む形になってしまった氏真の軸足が芝を滑り、体勢が崩れる。
こぼれたボールへ、挟み込んできたヘンダーソンが鋭く足をねじ込んだ。
ボールロスト。
「前へ出せ!」
こぼれ球を回収した主将ジェラドが、迷わず右足を振り抜いた。
横パスを挟まない、垂直方向へのダイレクトスルーパス。
ボールは、戻りきれないカレスとアントニの間のスペースを一直線に切り裂いた。
そこへ、爆発的な初速で抜け出してきた影があった。
背番号11、ハミッド。
「行かせ――」
カレスが身体を投げ出してスライディングを試みるが、ハミッドの加速が一歩早くボールを捉える。
ペナルティエリア左角へ侵入したハミッドは、GKラマジェが間合いを詰めるよりも早く、左足を鋭く振り抜いた。
乾いた音がスタジアムに響く。
放たれた弾丸のようなシュートが、ラマジェの伸ばした右手をかすめ、逆サイドネットの内側を激しく揺らした。
前半三十九分。
ビートルズFC先制。
0-1。
歓喜を爆発させるビートルズFCの選手たちが、ハミッドを取り囲んで吠える。
失点の起点となったバイタルエリアで、氏真は膝に手をつき、芝生を見つめていた。
身体能力で圧倒されたわけではなかった。
相手の寄せが速かったからでもない。
「自分が決めなければ」という焦りが、判断を狂わせた。
相手の網の中へ、自分から入ってしまった。
足裏に残る、重たい感触。
いつもなら感じ取れるはずの相手の重心移動も、スペースの広がりも、自らの手で閉ざしてしまっていた。
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5.問いを残すハーフタイムへ
ピィィィッ!
アディショナルタイムの一分が過ぎ、前半終了を告げるホイッスルが冷たく鳴り響いた。
コロブレイ・スタジアムの電光掲示板には、
『FCバルシーノ 0 - 1 ビートルズFC』
のスコアが刻まれている。
うつむきながらロッカールームへと引き揚げるバルシーノの選手たち。
エステバンが肩を大きく上下させ、悔しげに額の汗を拭う。
サビエルやダビアンの表情にも、相手のハイプレスを受け続けた疲労と苛立ちが色濃く滲んでいた。
「……すまない、僕のロストからだ」
通路の入口で、氏真が低く呟いた。
だが、エステバンは何も言わず、荒い息を吐きながら氏真の横を無言で通り過ぎていった。
重苦しい沈黙が、チームの背中に張り付いている。
相手の組織的なプレッシング。
そして、自分自身の焦燥が生み出した失点。
冷たいコンクリートの通路を歩きながら、氏真の胸の内に、ひとつの問いが鋭く突き刺さっていた。
(なぜ……あの場面で、預けなかった?)
エステバンは見えていた。
スペースも認識できていた。
それなのに、なぜ自分は無理に前を向こうとしたのか。
母の姿が脳裏をよぎる。
その瞬間、氏真は気づきかけていた。
勝つために、自分が決めなければならない。
そう思った瞬間から――
自分は、仲間にボールを預けることを恐れていたのではないか。
答えの出ない葛藤を抱えたまま、氏真は静まり返るロッカールームの重い扉を押した。
【次回予告】
母の言葉を胸に、後半へ向かう氏真。
「一人でこじ開ける必要はない」そう決めた彼が最初に選んだのは、自らゴールを狙うことではなかった。託したボールの先で、何が起こるのか――。
第136話:【病床への誓い】次なる天下へのパスを回せ!
ーーーーお願いーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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その代わり、せめて、評価☆☆☆☆☆を一つ、何卒、そこをなんとか置いていってくださいませ(笑)。
今後も氏真の物語を、温かく一緒に見届けてください。




