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『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第8章 急 ~ユースCL王道編~

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第132話:【白鳥から鳳凰へ】

【あらすじ】

勝ち越しを許したバルシーノの前に、マフリットの堅牢な守備ブロックが立ちはだかる。追い詰められた氏真が選んだのは、これまでとは異なる戦い方だった。泥にまみれながら仲間へ繋いだ一瞬が、試合の空気を変えていく。

1. 白き城壁の沈黙


後半二十分を過ぎ、エスタディオ・ラ・カルトゥハを包む空気は、張り詰めた重圧へと沈んでいた。


スコアは1―2。


織田凱斗の一撃で勝ち越したレアル・マフリットは、無理に前へ出てこなかった。


自陣中央、ペナルティエリアの手前三十メートル付近に、[4-4-2]の二列の守備ブロックを敷いている。


二枚のセンターバック、ヘクトールとリカルドが中央に構え、その前ではボランチのラファエルとアルバロがバイタルエリアのスペースを完全に消し込んでいる。


前線には凱斗とクリストファーが残り、ボールを奪えば最短距離でバルシーノの背後を刺そうと狙いを定めていた。


「外を回すな! 縦へ差し込め!」


ベンチ前のテクニカルエリアから、ジョゼップ監督の鋭い声が飛ぶ。


バルシーノはサビエルを起点にボールを動かすが、マフリットの守備ブロックはスライドの速度が落ちない。


右のレオンが仕掛けようとすれば左SBローシャとボランチが挟み込み、左のエステバンがボールを持てば右SBロバート・ジョゼフが身体を寄せて前進を阻む。


時計の針が刻一刻と進む。


後半二十五分。


スタンドのバルシーノサポーターのチャントに、焦燥の響きが混じり始めていた。


(スペースがない……)


中盤の底でボールを配給するサビエルの額から、汗が滴り落ちる。


相手ブロックが低く設定されたことで、氏真がファルソ・ヌエベとして中盤へ降りて受けるスペースすらも、密集の中に埋没していた。


普段の氏真であれば、外へ開き、相手の守備ラインを釣り出すための合理的な立ち位置を探しただろう。盤面全体を俯瞰し、最も安全に前進できる解を計算して動いただろう。


だが、ピッチ中央で相手CB二人を視界に収めた氏真の足は、中盤へ下がることを選ばなかった。


(安全な場所で整えられる盤面など、もうどこにも残されていない)


五百年前、戦国の世で敗れ去った日の記憶が、胸の奥をかすめる。

安全な館から采配を振るい、雅を気取っていたところで、現実は容赦なくすべてを押し流していった。

そして今、遠いカタルーニャの病室では、母が自らの身体を削り、過酷な薬の毒性と生身で戦っている。


安全な場所で優雅に舞うだけの白鳥に、誰の心を動かす力があるというのか。


氏真は、サビエルと視線を合わせた。

静かに、だがピッチの空気を切り裂くような強い眼差しで、自らの足元ではなく、相手CB二人の間――最も過密で危険な守備の急所を指し示した。


2. 泥にまみれる背番号29


後半二十八分。

サビエルから、迷いのない強烈な縦パスがペナルティエリア正面へ打ち込まれた。


狙う先は、ヘクトールとリカルドのちょうど中間。

二人のディフェンダーが密集する、最も激しい接触が待ち受ける場所だった。


そこへ、背番号29が自ら身体をねじ込んできた。


「入れさせるか!」


ヘクトールが吠え、氏真の左肩へ全力でショルダーチャージを叩き込む。

右側からはリカルドが長い足を伸ばし、ボールごと刈り取ろうと間合いを詰めてくる。


挟撃。

通常のストライカーであれば、一瞬で体勢を崩して弾き出される局面だった。


だが、氏真は倒れなかった。

力任せに押し返すのではない。

ヘクトールが激突してきた瞬間、氏真は左肩をわずかに引き、骨盤の向きを変えて相手の力を受け流した。


余計な力みはない。


身体の軸を保ったまま両足で芝を捉え、足元へ届いたボールの勢いを右足のアウトサイドで殺す。


吸い付くようなファーストタッチ。

次のプレーへつながる位置へ、ボールを置いた。


「なっ……こいつ、びくともしない!?」


ヘクトールが驚愕の声を漏らす。

細身の少年の身体が、その場に深く根を張っていた。


だが、マフリットの守備も必死だった。

後方から戻ってきたラファエルが、背後から氏真の軸足へ激しく足を入れる。


鈍い音が響き、氏真の身体が横倒しにピッチへ叩きつけられる。

芝生がめくれ、黒い泥が飛び散った。


主審が笛を吹こうとした――その刹那だった。


氏真は、主審へ視線を向けすらしなかった。

倒れ込んで痛みを訴えることも、ファウルをアピールして手を挙げることもない。


地面に背中を打った勢いを利用し、両手を芝について身体を起こす。


そして、瞬時に立ち上がった。


こぼれたセカンドボールへ、相手ボランチのアルバロが足を伸ばす。


そこへ、泥だらけになった氏真が、頭から飛び込んだ。


「うおっ!?」


アルバロが思わず足を引く。


氏真の額が、わずかに早くボールを突いた。


掻き出されたボールは、左サイドでフリーになっていたエステバンの足元へと転がる。


「――エステバン!」


立ち上がりざま、氏真が叫んだ。

泥と芝生で汚れた顔の真ん中で、黄金の瞳が鋭く光っている。


その鬼気迫る姿に、エステバンの心臓が大きく跳ねた。


(……あいつが、あそこまで泥にまみれて戦ってやがる……!)


常に優雅で、常に合理的で、涼しい顔で正解を選んできたあの吉良氏真が、痛みを厭わず、泥濘の中に自らの身を投げ出してボールを繋ぎ止めている。


エステバンの全身に、鳥肌が立った。


胸の奥底で、煮えたぎるような熱が爆発する。


「当たり前だろ、ウジザネッ!!」


エステバンは獰猛に吠え、対峙するロバート・ジョゼフへ向けて猛烈なドリブルを仕掛けた。


3. 連鎖する熱量と決断


氏真の泥臭い執念は、瞬く間にピッチ上の全員へと伝わっていった。


エステバンのクロスはリカルドに跳ね返されたが、そのクリアボールに対し、右インサイドハーフのダビアンが身体を投げ出してスライディングで回収する。

さらにこぼれたボールを、普段は冷静沈着なサビエルが激しいチャージで奪い返した。


球際の強度が、前半とは比較にならないほど引き上げられていく。


失点直後に漂っていた重い沈黙は消え去り、ピッチのいたるところで青と臙脂のユニフォームが白い壁へと激突を繰り返す。


「押し込め! ラインを上げろ!」


カレスとフェランがハーフウェイラインを越えて最終ラインを押し上げる。

マフリットの堅陣が、バルシーノの放つ異様な熱圧に押され、徐々に自陣深くへと押し込まれていった。


後半三十四分。


相手陣内での激しい攻防の末、ボールがタッチラインを割った瞬間、主審の手が止まった。


ピピッ!


笛の音とともに、第四審判が交代ボードを掲げる。

バルシーノのベンチが動いた。一挙に三枚の交代カードを切る。


赤い『8』『2』『3』――ダビアン、アントニ、キケがベンチへと下がる。


そして緑の『25』『6』『30』が点灯した。


投入されたのは、攻撃的インサイドハーフのフェリペ、ボランチのテンテ、そして屈強なセンターバックのアレハンドロ。


「システム変更だ! [3-4-3]で行くぞ!」


ジョゼップ監督の大声が響き渡る。


両サイドバックを下げ、カレス、フェラン、アレハンドロの三枚で凱斗とクリストファーを監視するスリーバック。


中盤の底にはサビエルとテンテのダブルボランチ。その前方にイネスとフェリペが並び、前線はエステバン、氏真、レオンが幅を取る超攻撃的布陣。


「……ウジザネ」


ピッチへ駆け込んできたフェリペが、氏真の隣へ走り寄りながら不敵に笑った。


「追いつくどころか、ひっくり返す気だね、監督は」


「うん」


氏真は短く頷いた。


呼吸は整っている。


ユニフォームの胸元は泥で真っ黒に汚れ、肘からは赤い擦り傷が覗いていたが、その立ち姿には一片の揺らぎもなかった。


「みんなで、こじ開けるよ」


言葉を交わしたフェリペが息を呑んだ。


間近で見る氏真の瞳の奥に、かつて見たことのないほど澄んだ、強い光が宿っていたからだ。


4. 鳳凰の胎動


システムが可変したバルシーノの攻撃陣は、マフリットの城壁を包囲するようにピッチ全体へ広がった。


中央に構える氏真の存在感が、先ほどまでとは決定的に異なっていた。

スペースへ逃げるのではない。

あえてマフリットの急所であるバイタルエリア――相手ボランチとCBの間に、自らの身体を置き続ける。


氏真が半歩右へ動けば、ヘクトールが釣られて重心を動かす。

氏真が背中で圧力をかければ、ラファエルが警戒してラインを絞る。

ボールに触れていなくとも、氏真の立ち位置と鋭い視線が、マフリットの強固だった守備陣形に微細なズレを生み出していた。


「マークを受け渡すな! 絞れ!」


マフリットの主将リカルドが叫ぶが、その声には微かな焦燥が滲んでいた。

どれだけ激しくチャージしても、あの背番号29は瞬時に起き上がり、何度でも相手守備の急所へ身体をねじ込んでくる。

その不気味なまでの執念に、マフリット守備陣のリズムがわずかに狂い始めていた。


エスタディオ・ラ・カルトゥハを揺らすサポーターの咆哮が、地鳴りのように膨れ上がっていく。

ピッチ全体が、氏真の発する熱気に巻き込まれていた。


前線に残っていた織田凱斗が、自陣深くへ視線を向け、奥歯を強く噛み締めた。


(……そうだ、氏真)


凱斗の黒い瞳が、獲物を前にした光を宿して輝く。


(お上品な衣を脱ぎ捨てたな。……泥にまみれてこそ、喰い殺し甲斐があるってもんだ!)


ピッチの中央、泥と芝生で汚れたユニフォームの胸元を、氏真は右手でそっと押さえた。


手のひらを通じて伝わってくる、力強い心臓の鼓動。

病室で戦う母の覚悟。仲間たちが託してくれた信頼。そして、目の前で牙を剥く好敵手の存在。

すべてが、氏真の中で一つに溶け合っていた。


美しい正解を選ぶだけのフットボールは終わった。

知性を捨てたのではない。

磨き抜いた技術と判断の底に、泥を啜ってでも勝利をもぎ取るという剥き出しの意志を宿す。


優雅に空を舞う白鳥の殻を突き破り、燃え盛る炎を内包した鳳凰が、静かにその翼を広げようとしていた。


残り時間は、アディショナルタイムを含めて約十分。


氏真は前を見据え、静かに息を吸い込んだ。

その双眸に宿る黄金の光は、ピッチの熱狂の真ん中で、冷めない炎となって輝いていた。

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