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『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第7章 破 ~ユースCL覇道編~

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第125話:【夜の病棟】

【あらすじ】

試合の熱狂から一転、氏真のもとに届いた一本の電話。それは、母・有理が病院へ緊急搬送されたという知らせだった。駆けつけた病院で母を待つ氏真。やがて夜が明け、診察室の扉が開かれる――。

1. 熱狂の切断


ロッカールームの壁を震わせていたチャントが、電話口から漏れた震え声ひとつで、世界から切り離された。


『……有理お母様が……病院で……』


手の中のスマートフォンが、氷のように冷たく感じられた。


全身から熱が引き、耳の奥で自分の心拍だけが異様に大きく脈打つ。


「愛さん……? 母さんが、どうしたの」


掠れた声で問い返すが、愛は言葉を詰まらせ、浅い呼吸を繰り返すばかりだった。電話口の奥からは、甲高い電子アラームと、早口のスペイン語で飛び交う指示、忙しない足音が重なって届いている。


「今、どこにいるの」


『カタルーニャ総合病院の……救急フロアですわ。午後、支社のオフィスで倒れられて……意識が戻らず、すぐに救急車で……』


「すぐ行く」


通話を切ると同時に、ベンチから立ち上がっていた。


「おい、氏真! どこ行くんだよ!」


シャワー室から髪を濡らしたエステバンが顔を出し、目を丸くする。ロッカーの扉を叩いて歌っていたレオンやサビエルも、氏真の表情を見て動きを止めた。


「ごめん。急用ができた」


脱ぎ捨てていた泥だらけのジャージの上からベンチコートを引っ張り、カバンを掴む。


「おい、監督には――」


背後で響いたカレスの声も、足音にかき消された。


スニーカーの踵を踏み潰したまま、冷えた地下通路を出口へ向けて走る。


スタジアムの外へ出ると、湿った夜風が頬を叩いた。


通りを流していたタクシーに飛び乗り、ドアを強く引き寄せる。


「カタルーニャ総合病院まで。急いでくれ」


バックミラー越しに運転手と目が合った。泥のついた練習着と青ざめた顔を見た運転手は、何も言わずにアクセルを踏み込んだ。


夜のバルセロナの街並みが、途切れ途切れの光の線となって流れていく。


シートに深く身を沈めながら、乱れる呼吸を整えようと胸元を押さえた。


(落ち着け。……状況を整理するんだ)


ピッチの上で相手の猛プレスに囲まれたときのように、頭の中で断片的な事実を並べようとする。


母は、ミツウロコ・スペイン支社の立ち上げで連日オフィスに詰めていた。疲労による貧血か、脱水症状か。


だが、それならなぜ、どんな時も背筋を伸ばし、冷静に対処してきたあの愛が、あそこまで声を震わせていたのか。


『……お願いですから、落ち着いて聞いてくださいませ』


耳底に残る愛の響きが、嫌な冷たさを帯びてまとわりつく。


単なる過労ではない。


思考を巡らせようとするほど、胸の奥に落ちた暗い染みが、じわりと輪郭を広げていった。


2. 消毒液の冷気


タクシーが滑り込んだのは、救命救急センターの薄暗い車寄せだった。


紙幣を手渡し、自動ドアをくぐる。


過剰なまでに白い蛍光灯。


鼻腔を突く、消毒液特有の刺激臭。


夜間受付の奥、静まり返った廊下の長椅子に、見慣れた二つの影があった。


早川愛と、妹の舞。


「愛さん」


足音に気づいた愛が、弾かれたように立ち上がった。


濃紺のスーツは乱れていない。だが、目元は赤く腫れ、揃えた指先が細かく強張っている。横にいた舞は、氏真の姿を見るなり、耐えきれなくなったように唇を噛んで俯いた。


「氏真様……」


「母さんは……!? 母さんはどこにいるの」


詰め寄る氏真に対し、愛は一度息を呑み、必死に喉の震えを抑えながら告げた。


「……現在、血液内科の処置室で、緊急の骨髄検査を受けていらっしゃいます」


「骨髄……検査?」


聞き慣れない単語に、氏真の思考が一瞬硬直する。


愛は言葉を切り、爪が白くなるほど拳を握り締めた。


「……わたくしの責任です。数週間前から、お母様が書類を扱う手を止めることや、階段で息を切らされていることにお気づきしながら……『大事な時期の氏真に余計な心配をかけたくない』というお母様の言葉を、わたくしは受け入れてしまいました。無理にでも病院へお連れするべきでしたのに……」


「愛さんのせいじゃないよ」


氏真は首を振った。


だが、自分の胸にも、別の痛みが突き刺さっていた。


自分は、母を守れていると思い込んでいた。


戦国の世で何も守れずに終わった前世と違い、この現代では、自らの才覚とフットボールで家族を守り、未来を切り拓いているつもりでいたのだ。


だが、その認識の足元が、最初から脆く崩れていた。


ドイツ遠征の重圧、国王杯の過密日程、目先のピッチの盤面だけに没頭し、毎晩食卓で笑っていた母の肌の白さにも、指先の震えにも、何一つ気づいていなかった。


胸の奥が、冷たい刃物で抉られたように痛んだ。


3. 硝子越しの輪郭


「……母さんの顔を、見ることはできるの」


愛が無言で頷き、廊下の奥へと歩き出した。


エレベーターで四階へ上がる。扉が開いた先は、空気の重みそのものが一段低く沈んだフロアだった。


空調ダクトが吐き出す、低く唸るような風音だけが廊下に響いている。


ナースステーションを通り過ぎた角の先。


『無菌管理区域』の標識が掲げられた厚いガラス窓の向こう、準備処置室のベッドに、母の姿があった。


「……母さん」


氏真はガラスに手をついた。


白いシーツの中央に横たわる有理の腕には、細いチューブが留められ、輸液ポンプの小さな光が淡く瞬いている。


鼻には酸素の細いカニューレが掛けられていた。


鎮静剤で眠っているその顔は土気色に沈み、いつも快活に冗談を言って氏真を送り出してくれた面影が、病室の冷たい光の中で削ぎ落とされている。


(嘘だろ……)


足元の床が抜け落ちていくような錯覚に襲われた。


鼻腔の奥に染みついた消毒液の匂いが、記憶の底に眠っていた冷たい泥の感触を引きずり出す。


五百年前。


桶狭間の雨の中、父・義元が討たれた報せを聞いたあの日。


武田の軍勢が迫り、守るべき領民も、家臣も、母も置き去りにして、駿河の山中をただ逃げ延びるしかなかった、あの夜のぬかるみ。


――またなのか。


――予はまた、本当に守らなければならない者の前で、ただ立ち尽くすことしかできぬのか。


奥歯が砕けるほど噛み締めた。


喉の奥からせり上がってくる絶望を、氏真は必死で押し留める。


(違う。昔とは違う)


壁に手をつき、荒くなる呼吸を押し殺した。


ここは戦国の泥の中ではない。現代だ。高度な医学があり、病院があり、治療法があるはずだ。


何もできずに国を追われたあの頃とは、持っている札が違うはずなのだ。


ベンチに深く腰を下ろし、震える手でポケットからスマートフォンを取り出した。


4. 氾濫する情報、遠ざかる答え


画面の冷たい光が、暗い廊下に氏真の顔を照らし出す。


指先を走らせ、検索バーに言葉を打ち込んでいく。


血液の病気。


骨髄検査。


専門病院、治療法、移植、ドナー照合の仕組み――。


画面をスクロールするたびに、無数の医療情報や専門用語、統計データが溢れ出してきた。


普段のピッチなら、情報が増えれば増えるほど相手の陣形の歪みが見え、最短のパスコースが一本の線となって脳内に浮かび上がる。


相手がこう動けば、こちらはこう外す。


状況を分解し、最適解を導き出す。それが氏真の最大の武器だった。


だが、画面の文字を追えば追うほど、目の前の霧は濃くなるばかりだった。


多岐にわたる病因、治療反応の不確実性を示す数字。


どのページを開いても、提示されているのは無数の可能性の枝分かれだけであり、今夜の母を救うための明確な一手など、どこにも書かれていなかった。


調べるほど、選択肢が拡散していく。


知識を詰め込むほど、母の命が自分の手の届かない遠い場所へと押し流されていく。


「氏真様」


小刻みに画面を叩き続けていた氏真の右手に、愛の手がそっと添えられた。


その掌の温かさに触れた瞬間、氏真の指が止まった。


「……愛さん。僕、調べておかないと。もしもの時に、どの病院が一番いいのか、どんな手続きが必要なのか……僕が頭に入れておかないと、母さんを――」


「氏真様、手をお止めください」


愛の声は静かだった。だが、その瞳には痛みを堪えるような色が宿っていた。


「指先が、氷のように冷たくなっておいでです」


見下ろすと、自分の指が微かに痙攣するように震えていた。


画面の文字が二重に滲み、頭の芯が酷く熱い。


「ピッチの外の事務や連絡は、すべてわたくしたちがお引き受けいたします。日本にいる父とも先ほど連絡がつき、ミツウロコ本社を通じてあらゆる支援体制を整える手配を始めております。……ですから、氏真様がご自身の手だけで全てを解決しようとなさらないでください」


「だけど……僕は何をすればいいんだ」


答えのない問いが、乾いた唇から零れ落ちた。


その時、手の中の端末が短く震えた。


画面上部に、チームのグループチャットの通知が重なって表示される。


『エステバン:氏真、どこ消えた! 祝勝会の店、席取ってあるぞ。早く来い!』


『サビエル:決勝進出おめでとう。最後の反転は見事だった。今日はしっかり休んでくれ』


『レオン:次はマフリットだ。俺たちの手で国王杯を獲るぞ』


青と臙脂のユニフォームをまとった仲間たちから届いた、熱のこもった言葉。


ほんの数時間前、自分はその世界の中心にいた。


ボールを蹴り、歓声を浴び、トロフィーに手を伸ばそうとしていた。


だが今、その通知の文字が、遠い別世界から届いた通信のように思えた。


指が強張り、返信を打ち込むことができない。


熱狂に沸くピッチと、消毒液の風が吹き抜けるこの夜の廊下。


二つの世界の間に深い断絶が生まれ、自分はその裂け目に一人、取り残されていた。


5. 宣告の朝


夜が明けた。


廊下の突き当たりにある高い採光窓から、青白い朝の光が差し込んでくる。


待合室のベンチでは、舞が愛の膝に頭を乗せて浅い眠りに落ちていた。愛は背筋を伸ばしたまま、静かに祈るように目を閉じている。


氏真は一睡もできぬまま、壁のデジタル時計の数字が切り替わるのを見つめ続けていた。


ナースステーションの自動ドアが開いた。


廊下の向こうから、重く規則正しい革靴の足音が近づいてくる。


白衣の胸元に『Dr. マルティネス』の名札を留めた、中年の男性医師だった。


手には、夜の間にはなかった厚いカルテを抱えている。その目元には徹夜の疲労が濃く刻まれていたが、表情は張り詰めた静けさを保っていた。


医師はベンチの前に立ち、まだ泥の汚れが残る氏真のジャージに一瞬だけ目を留めた。


「……吉良有理さんの、ご家族ですね」


氏真は立ち上がった。一晩中固まっていた膝が軋んだが、床を強く踏みしめる。


「はい。息子の、氏真です」


マルティネス医師は手元のファイルを胸の前に持ち直し、静かに息を整えた。


「夜間に行った骨髄の検査結果、および血液の詳細な解析データが揃いました。……お母さんの現在の病状と、これからの治療方針についてご説明します」


医師は廊下の奥、青白い光が漏れる診察室のドアを示した。


「中へ入ってください」


平坦な声が、朝の静寂に吸い込まれていく。


愛が静かに立ち上がり、舞を促す気配がした。


氏真は、固く冷え切った右手を握りしめた。


これから開かれる扉の向こうに、未知の、決定的な現実が待っている。


その冷たい気配を感じ取りながら、少年は一歩、重い足を踏み出した。


――第7章 破 ~ユースCL覇道編~・完――


【次回予告】

母・有理の身に起きていた異変。その事実を知った氏真は、これまで信じてきた「考えれば答えに辿り着ける」という感覚を失っていく。ピッチでは決して揺らがなかった少年が、初めて向き合う、計算できない現実とは――。

第8章 急 ~ユースCL王道編~

第126話:【僕にください】次なる天下へのパスを回せ!


ーーーーお願いーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

もし今日、ほんの少しでもこの物語に心を動かされたなら――、ちょと面白いと思ったら――

投げ銭はいりません。

その代わり、せめて、評価☆☆☆☆☆を一つ、何卒、そこをなんとか置いていってくださいませ(笑)。

今後も氏真の物語を、温かく一緒に見届けてください。

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