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『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第7章 破 ~ユースCL覇道編~

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第108話:【バオルビの荒波】

【あらすじ】

スペイン国王杯2回戦。激闘のユースCLを首位突破したバルシーノの前に立ちはだかるのは、バスクの誇りを背負う強豪バオルビFC。雨を含んだ重い芝と、計算し尽くされた圧倒的なインテンシティにパスワークを寸断され、先制を許す。力対力の激突に吹き飛ばされた氏真は、泥の中で静かに相手の「力」を見つめていた。

1. ビスケー湾の重き芝


地中海の温暖なバルセロナを遠く離れ、遠征バスが辿り着いたのは、スペイン北部バスク地方の険しい岩山と荒れ狂うビスケー湾に挟まれた港湾都市であった。


1月初旬。


鉛色の重い雲が低く垂れ込め、ピッチの上空を吹きすさぶ冷たい海風が、容赦なく肌を刺す。


スペイン・ユース国王杯(コパ・デル・レイ・フベニル)2回戦。


FCバルシーノ・フベニルAが乗り込んだのは、バスクの純血主義を貫く伝統の強豪、バオルビFC・ユースの本拠地であった。


愛と舞が日本への帰国便に乗り、束の間の正月の温もりが去った直後、吉良氏真は再び過酷な勝負の世界のど真ん中に立っていた。


試合前のピッチへ足を踏み入れた瞬間、スパイクの足裏から伝わってきたのは、カタルーニャの乾いた芝とはまるで異なる独特の抵抗感だった。


連日の雨を吸った天然芝は深く、水分を吸って重く沈み込んでいる。


軽くボールを転がしてみると、芝の抵抗によってボールの勢いが明らかに削がれた。


「……パススピードが一段落ちるな」


隣でボールを蹴り出していたピボーテのサビエル・フェルナンデスが、眉を寄せて呟いた。


普段なら軽快に滑るグラウンダーのパスが、ここでは転がるたびに勢いを奪われる。


それは、テンポの速いパスワーク――ティキタカを生命線とするバルシーノにとって、呼吸器官を締め上げられるに等しいピッチコンディションであった。


スタンドからは、地鳴りのような太鼓の重低音とともに、バスク語の野太いチャントが響き渡っている。


ロッカールームで、ジョゼップ・カサス監督は戦術ボードを鋭く叩いた。


「相手は前年王者のパリのような洗練されたポジションチェンジは仕掛けてこない。だが、自分たちの庭を誰よりも理解している。重い芝でこちらのパススピードが落ちる瞬間を、全員で狙い澄まして狩りに来るぞ。受けて立つな。身体を当てられる前にボールを離せ」


監督の鋭い視線が、最前線で先発する背番号29――氏真へと注がれた。


「氏真、相手のCBは岩塊だ。力で張り合えば確実に潰される。間合いを見極めろ」


「はい、監督」


氏真は静かに息を吸い込み、冷え切った空気を肺の奥へと満たした。


ピーーーッ!


主審の鋭い笛が鳴り響き、真冬の激闘の幕が上がった。


――


2. 激突する骨音


キックオフの瞬間から、バオルビFCが仕掛けてきたのは、息の詰まるようなハイインテンシティの包囲網であった。


「¡Presioa! ¡Ez utzi arnasik!(圧力をかけろ! 息を吸わせるな!)」


バオルビのガリコイツ監督の怒号がピッチサイドに響き渡る。


バオルビの選手たちは、[4-4-2]の強固なブロックを前傾させ、バルシーノのパスが出た瞬間に迷いなく間合いを詰めてきた。


前半7分。


自陣深くでサビエルが縦パスを受け、前を向こうとしたその刹那。


ドガッ――!


バオルビのボランチ、背番号6のウナイ・ゴロチャテギが、泥を蹴立てて猛然と突進してきた。


乾いたピッチなら難なくワンタッチで逃げていたはずの場面。だが、芝の重みでボールの転がりがわずかに遅れた。


ゴロチャテギはボールのコースへ身体ごと割り込み、サビエルが軸足を踏み込んだ瞬間に肩をぶつけてボールを刈り取る。


ピッチに叩きつけられるサビエル。


だが、主審の笛は鳴らない。ボールへ正当にチャレンジしたと判断されたのだ。


「くっ……!」


こぼれたボールを、バオルビの選手がダイレクトで前線へ大きく展開する。


左サイドからダビアン・シヴァが拾いに行こうとするが、相手の右サイドバックが背後から容赦なく身体を密着させ、腕と体幹の重みでダビアンの前進を封じ込める。


「ファールだろ!」


ダビアンが苛立ちを露わにして叫ぶが、主審はプレー続行の合図を出したままだ。


バオルビFCの守備は、単なる乱暴なファールではない。


この地方特有の寛容なレフェリング基準を完璧に把握し、合法的なショルダーチャージと激しい肉弾戦の限界線を正確に見極めてぶつけてきているのだ。


パススピードが落ちる。


プレッシャーが間に合う。


トラップの瞬間に身体を当てられ、ボールを失う。


セカンドボールの競り合いでも、バオルビの選手たちは迷いなく頭から突っ込んでくる。


バルシーノの誇る流麗な連携は、重い芝と計算された肉弾戦の前に、完全に寸断されていた。


――


3. 岩壁の洗礼


最前線でボールを待つ氏真のもとへも、容赦のない現実が突きつけられた。


前半19分。


自陣深くでテンテが泥臭く相手の攻撃を食い止め、中央へ降りてきた氏真の足元へ楔のグラウンダーを差し込んだ。


氏真は相手の気配を感じながら、右足のインサイドでボールを迎え入れようとした。


相手の力をいなすため、軸足を柔らかく保とうとした、その瞬間――。


ドスゥッ!


背後から激突してきたのは、バオルビの主将にして守備の要、188センチの巨躯を誇るCBイケル・アランブルであった。


手を使って引き倒すような反則ではない。


骨盤を低く落とし、上半身の質量を完璧に乗せ、氏真がボールに触れるまさにその瞬間にぶつけられた、重戦車のようなショルダーチャージ。


衝撃が背骨を走り、全身の関節まで突き抜けた。


「……っ!?」


肺から強制的に空気が絞り出され、氏真の身体は軽々と弾き飛ばされ、濡れた泥の上へと激しく叩きつけられた。


ボールはアランブルの足元へ綺麗に収まり、すぐさま前線へフィードされる。


倒れ込んだ氏真の視界に、冷たい灰色の空が映る。


右肩から背中にかけて、重い痛みがまだじくじくと残っている。


「立てよ、バルシーノ」


見下ろしてきたイケル・アランブルの眼差しには、冷酷な誇りが宿っていた。


悪質な意図などない。ただ純粋に、自らの強靭な肉体を最も合理的に使い、相手の起点を圧殺したという確信。


(……これが、バスクの強度か)


氏真は泥をぬぐい、静かに立ち上がった。


前年欧州王者のパリFCが仕掛けてきたのは、空間を消す「知の包囲網」だった。


だが、このバオルビFCが仕掛けてくるのは、環境を味方につけ、肉体の質量を最も効果的なタイミングで叩きつける「剛の防壁」だ。


もし織田凱斗なら、あの岩のような筋肉に対し、さらに強靭な肉体と爆発力で真っ向から押し返したかもしれない。


だが、今の自分の身体で同じように力で張り合えば、骨格ごと押し潰される。


氏真の黄金の瞳が、静かに細められた。


――


4. 剛の破滅弾


バルシーノはボールを保持することすらままならず、自陣に釘付けにされる時間が続いた。


前線の氏真に当てようとしてもアランブルに潰され、サイドのイネスへ展開しようとしてもパスが芝に引っかかり、相手の屈強なサイドバックに身体を入れられる。


そして前半34分。


耐え続けていた守備の堤防が、力づくで決壊した。


右サイド深くへ放り込まれたロングボールに対し、アントニがバオルビの左ウイングと競り合う。


アントニも必死に身体をぶつけたが、相手ウイングは濡れた芝を物ともせず、強引に縦へ突破してペナルティエリア内へ鋭いクロスを放り込んだ。


ゴール前中央。


飛び込んできたのはバオルビの大型FWヨン。


カレスが背後から身体を密着させて跳躍を阻もうとした。


だが――ヨンはカレスの圧力をものともせず、太腿の力だけで泥を蹴り上げ、頭ひとつ高く宙へと躍り出た。


カレスの頭上から叩きつけられたヘディングシュート。


ドガンッ!


放たれたボールは濡れた芝で激しくバウンドし、横跳びしたGKトニ・ラマジェの伸ばした指先を弾いてゴール左隅へと突き刺さった。


――バシィンッ!


前半35分。0―1。


バオルビFC先制!


「¡Goooool!(ウオォォォッ!!)」


スタジアムが地鳴りのような熱狂に包まれた。


泥だらけのカレスがピッチを叩いて悔しがる。


ポジショニングも身体の寄せも間違っていなかった。だが、純粋な跳躍力と筋力の一点で、上からねじ伏せられたのだ。


その後もバオルビの猛攻は止まらず、バルシーノは決定機をひとつも作れないまま、枠内シュートゼロの重苦しい空気がピッチを支配していった。


――


5. 荒波を見据える瞳


ピーーーッ! ピーーーッ!


前半終了を告げる主審のホイッスルが、冷たい風の中に響き渡った。


0―1。


バオルビFCの1点リード。


シュート数はバオルビの8本に対し、バルシーノはわずかに1本。


全身を泥で汚し、冷たい吐息を漏らしながらベンチへと引き揚げていく選手たち。


ロッカールームの扉が開くと、中には重苦しい沈黙と焦燥が立ち込めていた。


「くそっ……! パスを出そうにも芝に引っかかるし、触る前に身体ごと持っていかれる!」


イネスがスパイクを脱ぎ捨てて吐き捨てる。


ダビアンもタオルで顔の泥を拭いながら、険しい表情で奥歯を噛み締めていた。


ジョゼップ・カサス監督が、パイプ椅子を引いて選手たちの輪の中央へ立った。


「落ち着け。相手の土俵で戦うなと言ったはずだ。フィジカルのぶつかり合いで勝負しようとすれば、奴らの思う壺だぞ」


監督の声が室内に響く。


「パススピードが上がらないなら、立ち位置をどう変える? 身体を当てられるなら、どのタイミングでボールを離す? 後半、お前たちのフットボールを取り戻すぞ」


指示が飛ぶ中、ベンチの隅で泥だらけの右肩を軽く回していた氏真は、ひとり静かに目を閉じていた。


右肩から背中にかけて、重い鈍痛がまだじくじくと残っている。だが、意識はとうに痛みそのものを越えていた。


脳裏に鮮明によみがえるのは、前半19分、アランブルに弾き飛ばされたあの刹那の感触。


相手の踏み込んだ右足の角度。


骨盤の傾き。


筋肉が収縮し、解き放たれた強烈な運動エネルギー――そのベクトル。


(……剛に対して、剛で押し返す必要はない)


前世の記憶。


戦国の合戦場において、鎧を着込んだ大男の突進を、力のない者が力で止めようとすれば命を落とす。


だが、武芸の理合を知る者は、相手が突進してくる質量と勢いを決して止めず、自らの身体の回転の中へ巻き込み、相手自身の力で相手を崩した。


過去の技をそのまま真似るのではない。


あの戦国で培った「身体操作の理」を、この現代フットボールのピッチへと変換するのだ。


力には、必ず方向がある。


相手が強く前へ踏み込んでくるならば、その踏み込みの力と勢いを、そのまま自分の推進力へ変えてしまえばどうなるか。


(波に逆らえば呑まれる。されど、波の進む力をそのまま我が身に乗せることができたなら――)


氏真の黄金の瞳が、静かに開かれた。


迷いは完全に消え去っていた。


泥にまみれた背番号29の瞳の奥に、冷徹で静かな光が宿っていた。


反撃の理合は、すでにその胸の内に芽吹き始めていた。



【次回予告】

バスクの猛威に呑まれ、1点ビハインドで迎えた後半戦! 力で勝てぬなら、何で勝つのか――。相手の突進力をそのまま推進力へ変える、氏真の「脱力と理合」が真冬のピッチを切り裂く!

第109話:【激震のバスク】次なる天下へのパスを回せ!


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