第一部 桃色の缶と、はじまりの恋 第五章 桃缶 その三
夢の中でも、蓮と一緒にいた。目が覚めても、蓮がいた。
寝ている間に夢を見た。
これは夢だと桃花も気づいていた。
蓮と一緒にトランプを楽しみながら、取り留めのない会話が続いていた。
夢の中の二人をどこかで見ているもう一人の桃花が、ああなんで幸せなんだろうって見つめている。
そんな温かい夢だった。
目が覚めた時、幸福感に満たされていた。ふと目をやると、蓮と目が合った。
え?
まだ夢の中だろうか?
もう一度目を瞑る。そして目を開けると、ベッドの側で座っていたらしい蓮とまた目が合った。
「あのー」
「見舞いに来て缶詰開けようとしたら、もう寝てたから。鍵開けたまま帰れないじゃん。とりあえず起きるまで待ってようと思って。」
一気に話す蓮を、桃花はじいっと見ている。
「言っとくけど、何もしていないからな。お前、病人なんだから!」
なんだか蓮が焦ってるみたいに桃花には見えた。
たくさん眠ったからかだいぶ体が楽になっていた。
「ごめんね。お見舞い来てくれてたんだね。」
「お、おう」
「なんか久しぶりに高熱出しちゃってさ。休むなんて珍しいんだよねぇ」
「お前、最近元気なかったから、疲れ溜まってたんだろ。……なんか痩せたんじゃない?」
そう言って心配そうに覗き込む蓮の顔を見て、彼女はどきりとした。
ま、ま、待って待って。今ってもしかして、二人きりってこと?
えーと、落ち着こう。
さっきなんて言ってたっけ?
体が軽くなったとは言え、頭の方はまだ上手く回らないようだ。
そんな様子を見ていた蓮がやさしく言った。
「桃缶、食べるか?」
「うん。」
桃花は素直に頷いた。
そんな桃花を見て、蓮は嬉しくなった。
「よし、待ってろ!」
蓮は喜びを隠せない。
こんなに可愛い顔をする桃花がいたなんて!!!!!
胸の中では小躍りしていた。
だからなのか、独り言が大きくなる。
「缶切り持って来たんだよな。」
「入れ物どうする?このまま行くか?」
「いや切り口で怪我したら困るだろ」
「入れ物使って良いか?」
目の前の食器棚にそれらしい食器を見つけて、戸棚を開ける前に桃花に聞いた。
ずっと独りで話してる蓮がなんだか愛おしく思えた。
甲斐甲斐しいんだな。
桃花はくすりと笑って、
「良いよー」
と蓮に答える。
桃缶を手にした蓮に、桃花は小学生だった頃の思い出話をした。
今度は泣かずに済んだ。
「この桃は思い出が詰まってるんだ!」
そう言って笑うと、蓮がおもむろに食器に手をかけた。
「ほら、貸してみろ」
「え?」
心臓がドキドキする。
「あーん」
マジでそれやる?
桃花はそう思ったけど、自分もやって欲しいと望んでいたような気がした。
あーんって思い切り口を開けて、桃をパクリ。
美味しい〜。
もぐもぐしながら蓮を見ると、何やら顔が赤いような……。
「ごめん、もしかして熱移ったんじゃない?」
「違うから。なんか熱いな。」
そう言いながら、彼は手のうちわをぱたぱたやってる。
よく考えたら、熱は移らないのか。
子供っぽいことしたけど、もう子供じゃないもんね。
「ありがとう。子供の頃を再現してくれて。今はもう大人になっちゃったもんね」
ふふふと桃花が笑うと、蓮は真顔で答えた。
「大人とか関係ないんじゃない?いくつになっても純粋でいられるところ、俺は良いなって思ってる。変わんないで欲しい。」
「変わらないでいるのも大変なんだよ!」
「分かる!でも、大事にして欲しいなって。俺は変わるかもしれないけど……」
きっといつもなら、本心と逆のことを言ったかもしれない。
今日の桃花は素直だった。
「分かったよ。約束する。」
蓮は驚いた顔をしていた。
「なあに?自分から言ったんでしょう?」
その瞬間、蓮は桃花を抱きしめた。
「約束な。」
「約束な。」その言葉を、桃花はきっとずっと覚えている。




