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第九話 革命戦士エニグマ


重騎士が、消えた。

否。踏み込みが速すぎたのだ。

直後。長大な剣閃が、空間ごと叩き潰す勢いで迫る。


私は意を決して、半歩ずれる。

先読みの歩法。それが可能にする紙一重の回避。

前髪が、数本宙へ舞った。


(――猛者)


初撃だけで理解する。

力任せじゃない、れっきとした技量がある。

積み重ねられた戦場の剣だ。

ならばこちらも、出し惜しみはしない。


「――【ハーデニング】」


刀身へ、硬質化の魔力が走る。


「【ライトエッジ】」


さらに、光刃が伸展する。

細身の剣が、長大な光の両手剣へ変貌した。


魔力は多めに込めることで、威力と耐久、その両方を底上げする。

次の瞬間、光刃と剛剣が、真正面から噛み合う。


轟音が轟き、火花が散り、衝撃波が爆ぜる。

剣戟が、闘技場全体へ響き渡る。


一撃、二撃、三撃。

凄まじい速度。群衆の歓声すら置き去りにする暴威の応酬。

燐光が飛び散る。そして。


重騎士の両手剣に、徐々に刃こぼれが走り始める。


(押せる――!)


私は賭けに出た。


「――【フォースブレード】」


左手へ魔力を収束。

二本目の光の刃を固定し形成する。

光の短剣が、左腕から伸びる。


二刀流。

手数は増えるが、膂力も防御力も分散される諸刃の戦術だ。

それでも重騎士相手には、効果があった。


斬撃、連撃、刺突。

光が鎧を刻む。

黒い装甲へ、徐々に傷が増えていく。


私は見逃さなかった。

ほんの一瞬、重騎士の重心が流れるのを。


(今――!)


一気に踏み込み、光刃が閃く。

膝関節と肘。その装甲の隙間へ刃を突き込む。

二連続の刺突が、深々と突き刺さった。


「……信じられん」


重騎士が、膝をつく。

巨大な身体が揺らぐ。

装甲の隙間から血が溢れ、流れ落ちていた。


「この私が……」


呼吸が乱れている。

それでもその眼には、まだ闘志が残っていた。


「殺すがいい」


重騎士が、ゆっくり顔を上げる。


「この身を呪いし因果――」


掠れた声。


「次は、お前が継ぐのだ」


私は、黙って聞いていた。

そして躊躇なく、剣を振るう。


一閃。


重騎士の首が宙を舞った。

巨大な鎧が崩れ落ちる。

重い音が、台座へ響く。


決着だった。


ほんの数秒の沈黙。

そして闘技場は、爆発した。


悲鳴。怒号。奴隷たちの歓声。

観客たちの絶叫。

感情が、真っ二つに割れている。


しかしそれも玉座の巨人が、片手を掲げた瞬間。

全てが静まった。


「――実に見事だ」


巨人が言う。

平坦な声だった。


「我が騎士、“アゴニィ”を打ち破るとは」


私は、剣を構えたまま睨み返す。

嫌な予感しかしない。

そして巨人は、笑った。


「勇敢なる汝へ――」


巨大な腕が広がる。


「更なる試練を贈ろう」


観客席が歓喜する。

対照的に、奴隷たちは絶句していた。

怯え切った顔で誰もが、理解している。

全く終わっていない、と。


「奴隷の魂とは」


巨人が、厳かに告げる。


「隷属と死によってのみ、真に解放されるのだ」


その瞬間。

闘技場奥の鉄格子が、跳ね上がった。

聞こえてくる低い唸り声。地鳴り。

現れたのはあの、人喰いの巨大四足獣だ。


その時だった。


「――はぁーッハッハッハ!!」


場違いな高笑い。

それが闘技場全体へ響き渡る。

群衆が、一斉にざわついた。


思わず視線が向く、闘技場外縁。

そこに一つの影が立っていた。


「苦戦しているようだな、戦友!」


聞き慣れた声。

次の瞬間。

人影が、大きく跳躍する。

風を裂いて私の隣へ、迷いなく着地した。


「超絶美少女マジカルミラクル大逆転戦士――」


ブラウン管テレビが、無駄に派手に発光する。


「エニグマちゃん、参上ッ!!」


「…………」


「…………」


観客席が静まり返る。

私は思わず額を押さえた。

帰ってきてしまった。この胸焼けするほど強烈な女が。


エニグマは気にも留めない。

そのまま、奴隷たちへ振り返る。

そして怒鳴った。


「何寝ぼけてんだ貴様らァァァッ!!」


闘技場全体へ声が叩きつけられる。


「お前らの目の前で、■■が勇敢に戦ったんだろうが!!」


テレビ画面が、赤く明滅する。


「それなのに、あの巨人野郎は約束を破った!」


群衆がざわつく。

奴隷たちの顔が、揺れる。


「つまり――」


エニグマが、ニヤリと笑う。


「もう“行儀よく処刑される必要”はねぇってことだ」


沈黙。その一言が。

奴隷たちの中に沈んでいく。

そして。


「――【アーモリー】」


空間が歪む。

巨大な黒い箱が、召喚される。

重厚で武骨な、棺桶みたいな鉄箱。

それが、ゆっくり開いた。


武器が溢れ出す。


剣。槍。刀。弓。盾。斧。短剣。


無数の武具が、闘技場へ雪崩れ落ちた。

奴隷たちが息を呑む。

エニグマが両腕を広げる。


「立て!!」


声が響く。


「武器を取れ!!」


テレビ画面が、狂ったみたいに点滅する。


「敵をぶち殺せ!!」


群衆の空気が、変わる。


「死ぬのは――」


エニグマが笑う。


「それを済ませてからでいい!!」


その瞬間だった。

この闘技場を支配していた“ルール”が。

完全に、書き換わった。



大型の四足獣が跳ぶ。

私とエニグマ。

二人まとめて喰い殺す軌道。

完全な死角からの奇襲。


不思議と、恐怖はなかった。


(――大丈夫)


根拠のない確信がある。

次の瞬間、黒い大剣が振り下ろされた。


轟音とともに四足獣の前脚が、宙を舞う。

絶叫した巨獣が体勢を崩す。

そこへすかさず追撃。

大剣を担ぎ直した人影が、一歩踏み込む。

鋭く重い斬撃が見舞われる。

迷いなく一撃で巨獣の頭部が潰れた。


噴き上がる血飛沫。


「■■、俺も居るぜ!」


大剣を構えた男が果敢に笑う。

サイファーだった。

以前より、遥かに鋭い目をしている。


彼はそのまま、私たちの死角へ回る。

周囲を警戒できる援護の位置どり。

動きに迷いがない。

もう、悪夢に怯えていた頃の彼はいなかった。



闘技場は、完全に崩壊していた。


悲鳴。怒号。血飛沫。

逃げ惑う観客へ、奴隷たちが襲いかかる。

今まで虐げられてきた怒りを叩きつけるように。


剣が振るわれる。

槍が突き刺さる。

あちこちで断末魔が上がった。

もはや秩序は存在しない。


混沌。暴力。革命。


その中心に立つエニグマだけは、全くブレていなかった。


「狙うは大将首ただ一つ!!」


ブラウン管テレビが激しく明滅する。


「野郎どもォ!!」


両腕を広げる。


「私に続けぇぇぇーーッ!!」


「おぉぉぉぉーーッ!!」


武器を掴んだ奴隷たちが、咆哮する。


恐怖ではない。怒りそのものだった。

そして同時に解放への希望だった。


そのまま、一団は巨人の王へ向かって雪崩れ込む。

即座に闘技場各所へ潜伏していた弩兵たちが動いた。


一斉照準、エニグマが狙われている。

放たれる無数の弩矢。しかし――


「――【ディメンショナル・ディストーション】」


テレビ画面が、不気味な光を放つ。


瞬間、空間そのものが歪んだ。

矢の軌道が曲がる。捻じれる。照準が狂う。

殺到したはずの弩矢が、エニグマへ一切届かない。


「――【ハザーダス・ミラー】」


追いの一手。

今度は空間が、反転する。

矢が止まり、逆流していく。

飛来した軌道を、そのまま高速逆行した。


「ぐぁっ!?」

「ぎゃああッ!!」


弩兵たちへ、自らの矢が次々と突き刺さる。

鮮血が噴き出す。


エニグマはその凄惨な光景を見渡しながら。

満足そうに頷いた。


「う~ん」


テレビ頭が、うっとりした感じで左右に揺れる。


「我ながらビューティフォー」



悪夢の中だからこそ、ダークヒーローの実像が必要だと思うんです。戦友、ユア、ビューティフォー!

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