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第十話 アナザーコード


「――いいだろう」


巨人の王が、ゆっくり立ち上がる。

闘技場全体が軋んだ。


大きい。

あまりにも。

今までは玉座に座っていたから気づきにくかった。

立ち上がった今なら分かる。

サイズそのものが違う。

まるで意思を持つ城壁だった。


「貴様らには、余の王剣をくれてやる」


低い声が響く。

観客席が、再び熱狂する。

奴隷たちは息を呑む。


王は、嗤った。


「せいぜい、愉快な余興となるがよい」


その一言で。

弾かれたように理解してしまう。

この闘技場も、選別も。

血脈も、戦士も、全部。


この怪物を愉しませるためだけの茶番だったのだと。


「へぇ~?」


間延びした声。

エニグマだった。


「戦士の血脈がどうこうっていうフレーバーテキスト、もう止めにしたのかにゃ?」


言いながら。

しれっと弩を構える。そのまま放つ。

太い矢が、一直線に王へ飛ぶ。


「……」


私は思わず額を押さえた。

本当に容赦がない。

けど正直、嫌いじゃない。


放たれた矢は届かなかった。

巨人の王が右手で掴んで止めたのだ。


握り潰される矢。

皮膚そのものが、鋼鉄みたいだった。

傷ひとつついていない。


「――おおおぉぉぉッ!!」


今度はサイファーが気迫と共に踏み込む。

狙いは膝関節か。

大剣を、全力で振り下ろす。


ガイィィィン!!


激突した瞬間響いたのは、肉の断裂音ではなく。

強靭な金属同士がぶつかる音だった。


「なっ……!?」


サイファーが目を見開く。


「こいつ、尋常じゃねぇ……!」


しかし二人の攻撃は、無意味ではなかった。

お陰で十分な情報が揃った。


(並の攻撃じゃ通らない)


なら、答えは単純。

“並じゃない一撃”を叩き込めばいい。


一点集中の完全貫通を込める一撃。


そのためには――

私自身が、限界を超える必要がある。


「――【フィジカルブースト】」


全身へ魔力が巡る。

筋肉。反応速度。

身体能力を強化。


「【マインドエンハンスメント】」


脳が熱を帯びる。

魔力演算速度が跳ね上がる。


そしてここから先は。

半ば賭けだ。


「【ペネトレーター】」


貫通強化。


「【アタックマキシマイズ】」


攻撃出力増幅。


「【トリプレットアタック】」


多重衝撃化。


「【ピアシングルーラー】」


一点貫徹付与。


魔術を、重ねる。

更に重ねる。

無理矢理にでも異なる力を束ねる。


制御が荒い上に魔力が軋む。

収束が非常に不安定だ。

魔力ロスも大きい。照準も容易には定まらない

下手をすれば、自壊する。


それでも止めない。

止められない。


(チャンスは、一回きり)


私は、深く息を吸った。


その時だった。

巨人の王が、動く。


濃密に、そして異常に。

私の周囲へ収束している魔力に気づいたのだろう。


本能的に危険だと察したようだ。

巨体が、後方へ退避しようとする。


「戦友が命張って大技ぶっ放そうとしてんだ!」


エニグマが叫ぶ。


「逃がすわけねぇだろうが!!」


テレビ画面が、赤黒く発光する。


「――【エニグマ・プリズン】」


瞬間。空間が裂けた。

巨人の頭上で巨大なブラウン管テレビが、画面を下にして出現する。


悪趣味で異様で巨大すぎるテレビ。

その画面から、漆黒の鎖が噴き出した。


一本、十本、百本、無数に。

蛇みたいに俊敏にうねりながら、巨人へ次々と巻き付く。

拘束し圧縮して締め上げる。


「ぬぉぉぉ……!!」


巨人が咆哮する。

その動きが完全に封じられる。


「今だァ!!」


サイファーが叫ぶ。

叫びつつ大剣を振るい、私に迫る衛兵たちをまとめて薙ぎ倒す。


「■■!!」

「やっちまえぇぇッ!!」


私は、全力で応える。

限界まで圧縮していた魔力を――解放した。


光が、爆ぜる。


剣を起点に。

特大の光刃が射出される。

高速回転しつつ三つの軌道に分裂。

光の奔流となって空中を裂く。


再加速、再収束、再強化を高速で経て。

三条の光が、一つへ融合する。


それはもはや刃というより。

超高密度の破壊そのものだった。


それが一直線に、巨人へ向け飛翔する。

次の瞬間。


――バギィィィィン!!


世界が、白く染まる。

燐光と衝撃が迸る。

轟音が轟き、鋼鉄みたいな皮膚が、深々と裂けていく。


装甲の貫通と構造の粉砕、そして内部の破裂。


光が消えた時。

そこに残っていたのは、胸部へ巨大な風穴を空け、

吐血しながら膝をつく、巨人の王の無惨な姿だった。



「やったな、戦友!」


エニグマが駆け寄ってくる。

ブラウン管テレビが、嬉しそうに明るく点滅していた。


「流石だぜ、二人とも!」


サイファーも大剣を担ぎながら輪へ加わる。

まだ周囲を警戒している辺り、成長を感じた。


「私の■■ちゃんは宇宙最強だと確信したよ」


「■■、身体は大丈夫か? 痛いところとかないか?」


そこまで聞いて。

私は、ずっと抱いていた違和感の正体に気づく。

少しだけ胸の奥が、ざわついた。


「あー……」


思わず言葉を選ぶ。


「その、“■■”っていうの」


私は苦笑した。


「実は、偽名じゃないんだ」


暫しの沈黙。

二人は、それだけで察してくれたらしい。


「だから」


私は、一度息を吸う。


「これからは、私を“コード”って呼んでほしい」


口にした瞬間。

妙にしっくり来た。

まるで最初から、そう呼ばれるべきだったみたいに。


「コードかぁ!」


エニグマが、非常に嬉しそうに声を上げる。


「いいじゃん! 私の“エニグマ”と同じくらいカッコイイ!」


「コード、エニグマ、サイファー……」


サイファーが私たちの名を並べる。


「暗号トリオか」


少し笑った。


「なんか、決まってるな」


何故か二人は私以上に、新しい名前を誇らしげにしていた。

そのことが私は少しだけ、嬉しかった。



やがて、周囲の喧噪も収まり始めた。

淡い光が、私たちの身体を包み始める。


送還の光。

悪夢が終わる合図だった。


「おっと」


サイファーが、少し困ったように笑う。


「時間みたいだな」


光は徐々に強くなる。

全身の輪郭が、薄れていく。


「俺たち……また会えるよな?」


サイファーが、どこか不安そうに言う。

こんなことを湿っぽく口にするあたり、彼はこれからも変わらない気がする。


「戦友諸君!」


エニグマが、いつものハイテンションで両腕を広げた。


「次に会う時まで、元気でいてくれよな!」


テレビ画面が、愉快そうに点滅する。


「また元気いっぱい遊べるように――グフフ」


不穏だった。

ものすごく不穏だった。

でも、それが妙に安心に繋がる。


だから私は。

少しだけ勇気を出すことにした。


「……じゃあ、約束しようよ」


二人が、こちらを見る。


「また絶対に会って」


胸の奥が熱くなる。


「一緒に遊ぶって」


普段の私なら。

絶対に言えなかった言葉。

二人は、まるで花が咲くように笑った。


「あぁ、もちろんだ!」


「当然だろ、コード!」


三人で指を絡める。

小さな約束。でも確かな約束だった。


光が、強くなる。

視界が白く染まっていく。


「またね!」


「またな!」


「じゃあね~ん♪」


最後まで。

エニグマはエニグマのままだった。


そうして。

闘技場の悪夢は、静かに幕を閉じた。



日曜の夜は、エンタメ代わりの濃密で逃げ場のない悪夢に限るぜ!というわけで、ここでエニグマたちと事前に悪夢を潜り抜けた皆さんは、もう現実世界の方で野生の悪夢にうなされない免疫を得たも同然なのです!しっかり快眠を貪ってくだされ、グフフフフ......

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