第六話 煉獄の戦友
水場が近づくにつれ。
景色が、おかしくなっていく。
最初に見つけたのは――死体だった。
首がない逆さ吊り。
木の高い枝から、ロープで吊るされている。
一体だけではない。
視界に入るだけで、十三。
風に揺れていた。
「……安い威嚇だな」
エニグマが鼻で笑う。
「水場から遠ざけたいんだろ」
「いや、保存食の血抜きかもよ?」
私が言う。
「マジか」
サイファーが真顔になる。
「……いや、でも確かに腹減ったら人肉も――」
「お主ら、乳繰り合っとらんで警戒せんか」
ゾーヤンの低い声。
「もうついていけねぇよ……」
サイファーが視界の端で頭を抱える。
やがて木々の隙間から、川が見えた。
だが、そこにあったのは水だけではない。
見渡す限りの戦場が広がっていた。
怒号と悲鳴。
肉を打つ音。
川辺で、無数の人々が殺し合っている。
石で頭蓋を砕く者。
木槍で腹を貫く者。
馬乗りになって首を締める者。
血に濁った浅瀬で、何人も折り重なっていた。
秩序は、もう存在しない。
水と乱戦だけが、そこにあった。
「……すごいねぇ、こりゃ」
エニグマの呟きが、妙に小さく聞こえた。
「あーあ」
私は川を見下ろしながら呟く。
「せっかくのお水が、血で濁っちゃうね」
「全くだぜ、戦友」
エニグマも肩を竦める。
「あそこへ突っ込むのは、流石に蛮勇が過ぎるか……」
血に染まった川辺。
終わらない殺し合いと怒号。
誰も彼も、水に飢えていた。
どうしたものか。
私とエニグマが考え込んでいた、その時。
つんつん。
小さな感触。
「ん?」
ゾーヤンが視線を落とす。
「どうした、ルモよ」
少女は無言のまま、ある方向を指差した。
「あっち。水ある」
全員の視線が向く。
そこには、ぽっかりと横穴が開いていた。
周囲の草木に半ば隠されるように。
入り口は大人三人は並んで入れるほど広い。
しかし奥は暗く、深くて見通せない。
そして静かすぎる。
耳を澄ますと――微かに水が滴る音。
「……なるほど」
エニグマが目を細める。
「湧き水か地下水脈か」
少し笑みを浮かべる。
「少なくとも、あの地獄よりはマシそうだな」
先頭はエニグマ。最後尾は私。
一列になって、洞窟を進む。
足音が、湿った岩壁へ反響する。
「――【ガイドライト】」
ルモが小さく唱えた。
淡い光が浮かび、一行の進行方向を静かに照らす。
「へぇ」
エニグマが感心したように言う。
「魔力持ちのメアか。珍しいな」
「良い子ね」
私も言葉を添える。
ルモは少しだけ胸を張った。
やがて、視界が開ける。
地底湖だ。
暗闇の奥に、水面が広がっていた。
静かで深く、ざっと数十年は枯れそうにない水源。
「飲み放題だな」
「生命の礎じゃの」
「……やっと飲めそう」
誰もが、わずかに気を緩める。
そして身を屈め、水へ手を伸ばした――その瞬間。
ギィィィィン!!
鋭い金属音。
散る火花。
私のナイフとエニグマの太刀。
二つの刃が、同時に“何か”を受け止めていた。
重い。
殺意の塊みたいな一撃。
「……ほぅ」
低い声が響く。
「最も油断する瞬間を狙ったつもりだったが」
水辺の闇から、巨影が現れる。
筋骨隆々の大男だった。
両手で握られた山刀が、鈍く光る。
その構えに、一切の隙がない。
「よく躾けられたメアのようだな」
一目見て判る、武人だった。
「――待って頂きたい」
それは突然だった。
エニグマが、一歩前へ出る。
妙に丁寧な口調に切り替えている。
テレビ頭だから表情は見えないが、真顔なのは分かった。
「私たちは、一時の水が欲しいだけです」
静かな声。
「それが済めば直ちに去ります。二度と、この場所へは現れません」
大男は山刀を肩へ担ぐ。
視線だけで、続きを促した。
「……その保証は?」
殺気の込められた低い声。
「人質でも置いていくか?」
「仲間は差し出せません」
エニグマが即答する。
「だろうな」
男は鼻を鳴らした。
「なら、一人代表を出せ」
空気が、変わる。
「俺と戦え」
山刀の切っ先が、こちらを向く。
「この聖域の水に値する強者か――見定めてやる」
「私がやります」
気づけば、口が先に動いていた。
エニグマが何か言う前に一歩前へ出る。
暫しの沈黙。
男の視線が、私へ向く。
「……ほぅ?」
わずかに口元が歪む。
「てっきり、そっちのテレビ頭が来ると思っていたが」
山刀を構える。
「まぁいい」
私は更に前へ出る。
制止の気配を背中で感じながら。
私の得物はナイフ一本。
短いが、鋭い。
大男と向き合うと、空気が一層重くなる。
「――行くぞ!」
瞬間。巨躯が、疾駆する。
圧力そのものみたいな突進が、真正面から迫った。
その詠唱は考えるより先に、口から零れていた。
「――【ハーデニング】」
白い半透明の膜が、ナイフの刀身を覆う。
硬質化の魔術。金属光沢を帯びた魔力が、刃へ密着する。
そして刃を受ける際、敢えてナイフの角度を変えた。
逸らさずに受ける。
山刀の剛撃が、真正面から叩きつけられる。
轟音。
本来ならナイフごと砕け、私の身体は両断されていたはず。
だが弾かれたのは、山刀の方だった。
ナイフには、刃こぼれ一つない。
物理法則が、魔力によって捻じ曲げられる、その瞬間だった。
(今――!)
私は即座に踏み込む。
「――【ライトエッジ】」
刀身から、光が伸びる。
ナイフが光の刃で延長される。
瞬く間に、片手剣ほどの長さへ変貌した。
正中に構え、鋭く一直線に刺突を見舞う。
大男の瞳が揺れる。
その反応は、一瞬遅い。
それでも男は腕を振り、辛うじて軌道を逸らした。
直後に反撃が襲い来る。山刀が唸りながら迫る。
「――【スウィフトディフェンス】」
私の左腕へ、光が収束する。
小型の光盾。
それが斬撃を、反射するように弾く。
衝撃をもほぼ完全に相殺して、光盾はそのまま霧散した。
そして反撃を更に返された男には、今や致命的な隙が生じている。
「小癪な術を――!」
男が言い終わる前に、光の刃が唸る。
大男の首筋を、焼き切っていた。
大男が膝から崩れ落ちる。
山刀が、岩を打つ。
そして、もう二度と動かなかった。
誰も勝利を叫ばない。
次の瞬間、全員が水へ走っていた。
地底湖の水をどんどん掬う、ひたすら飲む。
とにかく喉へ流し込む。
真水は冷たく甘い。
どれだけ渇いていたのか、今さら理解する。
しばらくの間、洞窟には水音だけが響いていた。
「あ゛~……潤ったぁ……」
エニグマが満足そうに言う。
テレビ頭のどこから飲んでいるのかは不明だった。
だが、もう誰も気にしない。
それほどに、この水は生き返るような味がした。
「流石は“聖域”じゃのぉ」
ゾーヤンが感心したように頷く。
隣で、ルモもこくこくと頷いていた。
その時だ。
「……おい」
サイファーが、私を指差す。
「なんか、お前……光ってね?」
視線を落とすと、淡い光。
自分の身体が、微かに透け始めている。
光っているのは私だけじゃない。
サイファーも。
エニグマも。
皆、同じだった。
「あー、これね」
エニグマが落ち着き払った声で言う。
「送還の光」
軽く肩を竦める。
「要するに、ゲームクリアだ」
「いや、待て待て」
サイファーが慌てる。
「クリアは嬉しいけど……これ、もう終わりってことか?」
少しの沈黙。
「また都合よく同じ夢なんて、見ねぇよな……?」
掠れた声が漏れる。
「お前らにも、帰る現実があるんだよな?」
「未練がましいのぉ、若いの」
ゾーヤンが笑う。
「もう少しと思うくらいが、丁度良いんじゃよ」
「悪ぃな、サイファー」
エニグマも言う。
「多分、お前とはこれっきりだ」
少しだけ間を置いて、もう一言添える。
「達者でやれよ。もう、こんな夢見るんじゃねぇぞ」
私たちは赤の他人同士で、これは即席のチームだった。
でも、今は誰もが、この別れを惜しんでいた。
私は、静かに口を開く。
「……みんな、本当にありがとう」
光が強くなる。
皆の輪郭が、溶けていく。
「じゃあね」
それ以降、誰も、何も言わなかった。
ただ、サイファーの瞳だけが、涙で光っていた。
短い時間だが、同時に信じられないほど濃密な時間でもあった。
彼らは確かに――共に煉獄を生き抜いた、戦友だった。
むむ夢、なんか1日約2万文字ペースでストックが増えていくぞ!?夢パワーやべぇ!またな戦友!次の悪夢で会おう!




