第五話 守る者は強い
サイファーが、静かに手を挙げた。
「……質問、いいか?」
エニグマが頷く。
「この夢が終わらないってことは、まだ敵チームが生き残ってる。そういう認識でいいんだよな?」
慎重な声。
エニグマは即答した。
「その通りだ」
一歩、周囲を警戒しながら続ける。
「だが、勝利条件はまだ不明」
「敵チームの全滅か。特定目標の排除か。あるいは、指定時間までの生存か」
「現時点では断定できない」
沈黙。
私は、自分でも驚くほど迷わず口を開いていた。
「……なら」
視線を暗い森へ向ける。
「空腹と疲労で動けなくなる前に、片っ端から殺すしかないね」
言い切る。
もう、躊躇はなかった。
エニグマが、わずかに肩を揺らす。
笑ったのかもしれない。
「うむ。いい覚悟だ、戦友」
太刀を担ぐ。
「では、次の獲物を探すとしよう」
そして、脚を撃たれた男へ視線を向ける。
「足手まとい男は、そのクロスボウを持て」
容赦のない口調。
「反省しながら、サイファーに肩を借りろ」
「え、ちょ――」
「静かにしてろ」
即座に切り捨てられた。
やがて私たちは森林地帯を抜け、小高い丘の麓へ辿り着いた。
低木林に身を伏せ、待ち伏せの構えだ。
「……丘の上には行かないんだな」
サイファーが小声で呟く。
エニグマは即答した。
「皆、考えることは同じだ」
丘を見上げる。
「高所は索敵に優れる。だからこそ――狙われる」
静かで論理的な説明。
「今頃、丘を目指してくる連中は多いだろう」
「そして、丘へ向かう途中で最も無防備になるのが――麓だ」
それを全員が理解した瞬間だった。
気配が漂う。一つ。二つ。三つ。
別方向から、敵チームが現れる。
開けた空間での鉢合わせだった。
空気が一瞬で変わる。
まだ誰も動かない。
だが全員が目を凝らして見ている。
人数。武器。体格。年齢。
互いの戦力の値踏み。
生き残るための計算。
そして――答えが出る。
老人一人。子ども一人。女三人。
そんな五人編成のチームが一つだけあった。
明らかな劣勢を背負っている。
次の瞬間、他の二チームが動いたのは同時だった。
弱者を狙う淘汰の理屈が場を支配しようとする。
しかし――老人が、隠し持っていた小盾を構えた。
木製で粗末な作りだが、それは振り下ろされた棍棒を、流れるように弾いた。
乾いた衝突音の後、老人を襲った男の体勢が大きく崩れる。
(……上手い)
それだけで分かった。
長年、積み重ねられた技が成した結果。
武術の呼吸が痩身に宿っている。
次々と老人に向かって鈍器が振るわれる。
でも当たらない。いや――当てさせていない。
小盾が、滑るように攻撃を逸らす。次々と受け流す。
最小限の動きに最小限の力。
それなのに、防御は完璧だった。
一人だけ戦いの速度がまるで違う。
その光景を目の当たりにして、エニグマが笑った。
テレビ頭で表情は見えないが、それでも分かる。
――興奮している。
老人の背後では子どもと女たちが蹲り、完全に怯え切っていた。
反撃がない。連携もない。ただ老人に守られているだけだ。
「……なるほど」
エニグマが、小さく呟く。
「あのジジイが、核だ」
次の瞬間、指示が飛ぶ。
「野郎ども、私に続け!」
言い終わるより早く、エニグマはもう飛び出していた。
「一応確認だけど」
走りながら、聞いてみる。
「あのお爺さんだけ助ければいいの?」
「うん」
エニグマは即答した。
「他は皆殺しでいいや」
「分かった」
「いや待て待て待て!人数差見えてる!?どういう計算で突っ込んでんだ俺ら!?」
背後でサイファーが悲鳴じみた声を上げる。
無視した。
私たちの足音に、敵が振り返る。
だが――あまりに遅い。
一閃。
エニグマの刃が、一人目の首を飛ばす。
私はその横を抜け、槍撃を見舞う。
槍が二人目の胴を貫く。
サイファーも、半ばヤケになったように槍を投げた。
三人目に命中、倒れた。
そこから先は、一方的だった。
怖気づいた二チームは連携を崩し、打開策もなくバラバラに逃げ惑う。
その背中を追い縋って、私たちは狩り尽くした。
やがて、静寂だけが残る。
私はサイファーと共に死体を確認し、一箇所へ集めていく。
その間エニグマは、老人と向き合っていた。
「……何故、助けた?」
老人が問う。
エニグマは肩をすくめる。
「戦力が欲しいからだ」
「儂のような老いぼれがか?」
「爺さん、自覚ないのか?」
エニグマが笑う。
「この悪夢じゃ、損得考えず“守れる奴”が一番強い」
暫しの沈黙が降り、老人の目が細くなる。
「……ほぅ」
エニグマは続けた。
「欠けたチーム同士なら、メンバーのコンバートができるはずだ」
「なら――」
老人が振り返る。
「儂と孫娘だけは、そちらへ入れてくれ」
その瞬間。取り残された女たちが、こちらを見る。
縋るような目。だが、老人は一切揺るがなかった。
「そやつらは赤の他人じゃ」
冷淡に言い切る。
「役にも立たん。どうでもよい」
そして、エニグマが朗らかに笑った。
「決まりだな、爺さん」
一歩、近づいて握手を求める。
「よろしく!」
「儂は、この世界では“ゾーヤン”と名乗っておる」
老人が静かに名乗った。
「こっちは孫娘のルモじゃ」
小柄な少女が、ぺこりと頭を下げた。
「先ほどは助けられた。正直、感謝しておる」
ゾーヤンも深く頭を下げる。
その所作は、妙に丁寧だった。
「さて」
老人が顔を上げる。
「今度はこちらが聞こう。お主らの名を」
私たちは順に名乗った。
エニグマ。
サイファー。
そして、私。
その間、ゾーヤンの視線は、何度もエニグマと私の間を往復していた。
「……“戦友”、と言っておったか」
髭を撫でる。
「お主ら二人には、妙な繋がりを感じるのぉ」
「だろ?」
即答したエニグマが笑う。
「流石ゾーヤン。分かってるな」
パシン。
何故かハイタッチが成立した。
「……なんか、もう仲良くなってない?」
サイファーが呆れたように呟く。
「いつまで続くんだよ、この悪夢は……」
一方で、脚を撃たれた男が、掠れた声を漏らす。
顔色は土気色。
出血が止まっていない。
「……もう、無理だ」
視線が揺れる。
「意識が……」
サイファーが眉をひそめた。
「こいつ、どうする?もう動かせないぞ」
私は、自分でも驚くほど冷静に答えていた。
「……処分でいいと思う」
誰も、すぐには返さない。
私はなおも続ける。
「これ以上連れ回せば、隙を晒すことになる」
「そうなれば余計な犠牲が増えるだけだ」
我ながら静かな声だった。
自分の中で、迷いはない。
「だよなぁ」
エニグマが軽く頷く。
「じゃ、終わらせるか」
ドスッ。
太刀が、あっけなく男の頭部を貫いた。
痙攣からの心停止。
「うわっ!?ドスッていったぞ今!?」
サイファーが思わず半歩下がる。
だが、誰もそれ以上は反応しない。
死体はその場に放置された。
彼らにとって、それはもう人ではなく“物”だった。
私たちは振り返らず、丘を離れていく。
次に必要なのは水。確保すべきは――水場。
長期戦に備えた、生存基盤だった。
むむ夢、今日はもう一話分更新があると、私の白昼夢が告げている!次の明晰夢で会おうぞ、戦友たちよ!




