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第三十話 終わる理由を得た世界


アーモリーの少女兵たちの中には、静かに涙を流す者がいた。

マニシアの兵士たちの中にも、武器を握る手を僅かに緩める者がいた。

それでも誰一人として、決闘場から目を逸らさない。


彼らの理性が宿る視線の先で、私とエニグマは対峙している。

エニグマの武装は、両手に握られた鋼鉄のダガー二本。少なくとも、見える範囲では他にはない。

対する私は、両手剣を正中に構えていた。


呼吸を整え、闘気を高め、意識を研ぎ澄ませる。

兵士たちの視線も、空を埋める艦艇群も、徐々に意識から遠ざかっていく。

静まり返った世界で見えるのは、エニグマだけだった。


彼女はゆっくりと歩き始める。間合いを測るように。

だが、よく洞察すればそれだけではないことが判る。

その一歩一歩に、殺意の角度があるのだ。


次の瞬間だった。

エニグマの進行方向が、突如として変わる。

鋭く迅速な踏み込み。見たこともない歩法。

そして間合いが一瞬で潰される。


右手のダガーが、初手から投擲された。


「ッ!」


私は両手剣を跳ね上げる。間一髪で刃と刃が激突し、火花が散った。

だが、弾いたはずのダガーが空中で不自然に軌道を変える。


不可視のワイヤーでエニグマの手とダガーが繋がっている。

そう理解した時には、もう遅い。

右手へ戻ったダガーが、そのまま振り下ろされる。

さらにほぼ同時に、左手のダガーが下から掬い上げるように突き上げられた。


投擲からの回収。回収からの斬撃。そして斬撃に刺突を重ねる、変則の猛攻だ。

私は両手剣を斜めに流し、身を捻り、バックステップで間合いを外す。


辛うじて、凌いだ。

本当に、辛うじて。


「攻めてこなきゃ」


エニグマは息ひとつ乱していない。デジタルフェイスマスクの笑顔が、こちらの一挙手一投足を見ている。


「あたしの首は取れにゃいぞ〜?」


挑発的な軽口はいつものエニグマ。

けれど、その奥にある殺意だけは本物だった。


私は無言で両手剣を握り直す。次は、こちらの番だ。

地を強かに蹴り、真正面から突進した。

私の踏み込みに合わせ、両手剣が空気を裂く。


繰り出した斬撃は重く、速く、正確だったはずだ。

しかし、斬撃は空を斬り、エニグマはそこにいない。

彼女は私の剣の腹を片足で踏み、まるで舞台の上で踊るように跳ねていた。


「いいねぇ、その殺意。アーモリー代表としては満点だ」


「余裕ぶらないで」


私は剣を強引に振り抜く。それに合わせてエニグマの身体が宙へ逃げた。

その瞬間、不可視のワイヤーが四方へ走り、ダガーが弧を描いて私の首筋へ戻ってくる。

私は身を沈め、髪を数本散らしながら踏み込んだ。


観衆のどよめきが遠い。

アーモリーの少女兵たち。マニシアの兵士たち。

モノリス。エピタフ。空を埋める中継機。惑星全土から向けられる視線。

その全てがこの場に注がれているはずなのに、私にはもうエニグマしか見えていなかった。

そしてそれは恐らく、彼女も同じだった。


「コード」


不意に短く呼ばれる。

それと同時にエニグマの足元から黒い影が膨れ上がった。

影は鋭い刃となって地面を走り、私の脚を狙う。


私は跳躍し、空中で剣を振り下ろして地面から伸びた影を断つ。

だが、そこへ見計らったように投げ込まれる二本のダガー。


一本を弾き、もう一本を肩で受けた。

傷が生じ、そこを起点に拍動するような熱さの中で血が流れる。


観衆の息が詰まる気配がした。

エニグマは変わらず笑っている。いつものように芝居じみて。

けれど、もう分かる。これは演技ではない。

彼女は本気で私を殺しに来ている。


だからこそ、私は嬉しかった。


「本気だね、エニグマ」


「当然だろ、戦友。手を抜いたら、この世界が納得しない」


エニグマが両手を広げる。

不可視のワイヤーに繋がれた刃が、彼女の周囲で円を描き始めた。


まるで鋼鉄の星環。

踏み込めば斬られる。退けば追われる。


ならば。

覚悟を決めて私は息を吸う。


「【ハーデニング】」


両手剣の刀身を、白い半透明の光が覆う。


「【ライトエッジ】」


続いて、光の刃が伸びる。


剣は更に長く、重く、眩くなった。

外の観衆が一斉にざわめいた。

アーモリーの少女兵たちが私の名を呼ぶ。

マニシアの兵士たちがエニグマの名を叫ぶ。

二つの祈りが、決闘場の内側でぶつかり合う。


「行くよ」


「来いよ」


私は策を弄さず真正面から突っ込んだ。

瞬く間に無数の刃が襲い掛かる。腕を裂かれ、腿を抉られ、頬に熱い線が走る。

それでも止まらない。エニグマの眼前へ届けば、彼女は最後の一歩で身を翻し、私の背後へ回り込もうとする。


その動きは読めていた。私は剣を手放す。

エニグマの動きが、ほんの僅かに止まる。彼女が初めて予想を外した瞬間だった。


私は振り返らず、腰の予備ナイフを抜く。自分から後方へ倒れ込むように身を投げ、背後へ回り込んだエニグマの胸元へ刃を鋭く強かに突き立てた。

少し遅れて、彼女のダガーが私の脇腹を刺す。


痛みで視界が白く染まる。

それでも、私は離さない。


「捕まえた」


「……やるじゃん、コード」


エニグマの声は笑っていたが、微かに震えてもいた。

私は地面に落ちた両手剣へ手を伸ばす。僅かに届かない。

けれど、エニグマのワイヤーがその柄に絡み、私の手元へ引き寄せた。


「最後くらい、手伝ってやるよ」


「ありがとう」


改めて剣を握る。

エニグマは逃げない。ただ、致命傷を受けたその場で胸を張った。

マニシアの兵士たちへ、アーモリーの少女兵たちへ、そして私へ向けて、いつものように楽しそうに笑っていた。


「見届けろ、戦友諸君」


彼女は高らかに言う。


「これが、終戦のための最後の流血だ」


私は叫び、剣を振り抜いた。

光の刃が、エニグマの身体を斜めに裂く。

フェイスマスクが砕け、猫耳ヘッドフォンが宙を舞う。

彼女の身体は、ゆっくりと崩れ落ちた。


決闘場に沈黙が降りる。

私は膝をつきながら、倒れたエニグマを抱き留めた。


「勝ったよ、エニグマ」


「うん」


彼女は小さく笑う。


「よくやった、コード」


その瞬間、観衆の誰かが叫んだ。


勝者、コード。


その声は波紋のように広がり、やがて惑星を揺らすほどの歓声へ変わっていく。

アーモリーの兵士たちは泣きながら拳を掲げ、マニシアの兵士たちは武器を下ろしたまま、ただその光景を見つめていた。


私の腕の中で、エニグマの身体が淡い光に包まれていく。

送還の光が満ちる。

彼女は最後に、私の額へ指を当てた。


「またな、戦友」


「うん。またね」


光が弾ける。

そして、私の腕の中からエニグマは消えた。


残されたのは、血に濡れた決闘場と、終わる理由を得た世界だけだった。



嫌だアァァァァァ!エニグマァぁぁぁア!死んじゃいやだぁぁ!.........っとでも、言うと思ったかい?残念!悪夢が続く限り、エニグマは不滅なのである!なはははは!

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