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第二十九話 最後の流血


「コード」


エニグマが静かに私の名を呼ぶ。


「私たちで、夢の主二人分の悪夢の脚本を同時にぶっ壊すぞ」


その言葉に、私は頷く。


「戦争の歴史を終わらせる時が来たんだね」


そう言ってから、ふと我に返る。

そうだ。これはもう、ただの作戦ではない。

アーモリーとマニシア。二つの陣営に二人の夢の主。積み重なった憎悪。死者たちの祈り。

その全てを背負った舞台に、私たちは立とうとしている。


「私は本気で行くよ、エニグマ」


「もちろん」


エニグマは楽しそうに頭を揺らす。


「本気で殺し合おうぜ、コード」


軽い声だが、その奥に嘘はない。


「私たちが、最低でも互いに善戦した上で死闘を演じないと、終戦の理由としては弱すぎる」


「エニグマ」


「うん?」


「勘違いしないで聴いてほしいんだけど」


私は少しだけ息を吸う。そして、言った。


「どんな結果になっても」


夜風が、二人の間を通り抜ける。


「私はエニグマを、戦友として尊敬し続けるからね」


沈黙が降りる。

一瞬、本当に一瞬だけ、エニグマのいつもの軽薄な様子が途絶えた。

それから彼女は、いつものように笑う。


「おいおい」


軽口でも、少しだけ柔らかい声。


「そういうことは、勝ってから言いな」


エニグマは小さく頷く。


「憶えるとしよう、コードという戦士の戦いを」


私も続いて頷く。


「私もずっと憶えておくね」


胸の奥が、静かに熱くなる。


「エニグマの本気の戦いを」


私たちはその場で拳を打ち合わせた。

少し硬い音が、夜の底に小さく響く。


それだけで十分だった。私たちの間に、それ以上の言葉はもういらない。

どちらからともなく背を向けて、その場を後にする。


お互いに一度も振り返らない。

振り返れば、きっと何かが揺らいでしまうから。

私たちはただ、前だけを見据えていた。

決然と、それぞれが背負う戦場へ向かって。



決闘当日。


私とエニグマが両陣営の代表者として立つその試合は、いつしか《神聖決闘》と呼ばれるようになっていた。

数日前から、アーモリーとマニシアの全戦線には一時停戦が厳命されている。

舞台となる戦場の一角には中立地帯が設定され、決闘の模様は全戦線、そして惑星全土へリアルタイムで中継放送される手筈となっていた。


両軍の兵士が目撃者となり、証人となる。

この勝敗は、長き歴史を持つ戦争の象徴的決着として扱われ、末永く語り継がれる。

それは、もはや誰の目にも明らかだった。


私とエニグマは、決闘の舞台へ歩み出る。

大きな円形の平地。障害物はなく、身を隠す場所もなく、当然逃げ場もない。

ただ、戦うためだけに用意された空間。


私たちがその中心へ入ると、周囲にドーム状のエナジーシールドが展開された。

外部からの干渉を防ぐための隔壁だ。

つまり、ここから先は誰も手出しできない。


空には無数の宇宙戦艦と中継機が飛び交っている。

地上には戦闘車両、戦術機兵、マニシア歩兵、アーモリーの少女兵たちが隙間なく詰めかけていた。


誰もが息を潜めている。

誰もが見届けようとしている。

この戦争が、どんな形で終わるのかを。


やがて、満を持して両軍の指導者が入場してきた。

片方はモノリス。紅い戦術機兵の乗り手にして、アーモリー残存戦力の象徴。


もう片方は、エピタフと呼ばれる壮年の男性だった。

洗練された司祭服にも似た衣装を纏い、穏やかでありながら、どこか抗い難い威厳を備えている。


二人は、決闘場がよく見渡せる位置まで共に歩んだ。

そして向き合い、握手を交わす。

その手に、どれほどの感情が込められていたのか。

憎悪か。疲労か。敬意か。悔恨か。

あるいは、ようやく終わらせられるかもしれないという、微かな祈りか。

私には、到底推し量れなかった。


やがて二人は握手を解く。

まず、マニシア側の指導者であるエピタフが、拡声器の前へ立った。

彼はしばらく、周囲に集まった兵士たちを見渡す。


空を埋める艦艇群。地上を埋める兵器群。そして、長すぎる戦争に疲れ果てた無数の顔。

それら全てを見届けるように目を細めた後、エピタフは静かに口を開いた。


「マニシアの子らよ」


エピタフの声は静かだった。だが、その声は不思議なほど遠くまで届いた。


「そして、アーモリーの戦士たちよ」


その呼びかけに、両軍の間へ僅かなざわめきが走る。


「我らは長く戦いすぎた」


エピタフは空を見上げる。


「母なるノクターンを守るために。失われたものへ報いるために。奪われた誇りを取り戻すために。死者の声に背を向けぬために」

「だが、その道の果てに何があった」


誰も答えない。答えられない。


「焼けた大地。空になった都市。名を呼ぶ者もいなくなった墓。生まれて間もない命が兵器に乗り、明日の朝を知らずに死んでいく戦場」


エピタフは、ゆっくりとモノリスを見る。


「我らは互いを憎んだ。あまりにも深く、あまりにも長く」


そして、再び兵士たちへ向き直る。


「されど今日、この場において、我らは一つの決着を見届ける」


声が少し強くなる。


「これは降伏ではない」


マニシア兵たちが顔を上げる。


「これは屈服ではない」


アーモリー兵たちもまた、息を呑む。


「これは、死者に捧げる最後の戦いであり、生者に託す最初の一歩である」


エピタフは手を掲げる。


「見届けよ、母なるノクターンの子らよ」

「見届けよ、5thクレイドルの戦士たちよ」


最後に彼は、決闘場の中心に立つ私とエニグマを見た。


「この神聖決闘の果てに、我らは問われる」


静かな声だが、どこまでも真摯な響き。


「なおも憎悪を選ぶのか」

「それとも、終わりを受け入れる勇気を持つのか」


エピタフは、まだ誰も答えることのできない問いを残し、護衛に守られた観戦席へ戻った。



続いて、モノリスが拡声器の前に立つ。

百戦錬磨の紅い戦術機兵の乗り手であり、アーモリー残存戦力の象徴。

そして、終わらない戦争を終わらせようとしている男。


彼は静かに口を開いた。


「尽きざる闘志を燃やす、5thクレイドルの残り火たちよ」


その声に、アーモリーの少女兵たちが顔を上げる。


「そして」


モノリスは厳かに視線を移した。


「母なるノクターンに身命を捧げる覚悟に満ちた、マニシアの兵士たちよ」


マニシア側にも、僅かなざわめきが走る。


「我らは共に、あまりにも多くを失ってきた」


誰も否定できなかった。


「我々アーモリーは、5thクレイドルの死者を忘れない」


モノリスの声が、少しだけ深くなる。


「焼かれた大地を、灰となった都市を」

「名前を呼ばれることもなく消えていった、数え切れぬ魂を」

「決して忘れない」


だが、そこでモノリスは顔を上げた。


「しかし」

「彼らの名のもとに、新たな子らを死地へ送り続けることを」


アーモリーの少女兵たちが息を呑む。


「今日で終わらせる」


その言葉は、戦場に深く沈み込んだ。


「その為にこそ今日、我らアーモリーは鋼の絆で結ばれし者を戦場に送り出す」


彼の碧眼が、私を捉えた。


「これは勝利のためだけの戦いではない」


声が、さらに遠くまで響いていく。


「これは、死者への祈りであり、生者への誓いである」


そしてモノリスは、両軍全てに告げた。


「これが最後に流される血であることを」


静かに、けれど、揺るぎなく。


「アーモリーの名に誓って、約束しよう」



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