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第二十八話 終戦のための決闘


エニグマは少しだけ思案する素振りを見せ、それから静かに口を開く。


「終戦という歴史的偉業を成し遂げるには」


デジタルフェイスマスクに浮かぶ朗らかな笑顔は崩れない。


「全軍が見届けるだけの、血と誇りと祈りを託せる舞台が必要になります」


仮設テントの中へ沈黙が落ちる。誰も口を挟まない。

エニグマは続けた。


「例えば」


柔らかな声だが、その提案は重い。


「両軍の眼前で、この戦争全体の勝敗を決する儀式を設けるのはいかがでしょう」


モノリスの碧眼が、僅かに細まる。彼はしばらく思慮を巡らせ、やがて一つの答えへ辿り着いた。


「惑星中継放送での、代表者同士の決闘というところか」


エニグマは無言で、深々と頷いた。

空気が変わる。ただの会談ではなく、これはもう、戦争の終わらせ方を決める場だ。


「しかし、誰を代表に立てるつもりだ」


問いを重ねるモノリスのその声には、慎重さが滲む。


「生半可な者では、マニシア側も聖域を託すに足りないだろう」


その返答に、エニグマは迷わない。


「マニシア側からは、私が出ます」


静かな即答だった。


「既に総司令官より、そう任じられておりますので」


言葉の意味を辿って、私の心臓は大きく跳ねた。

エニグマが出る。そのことの意味が、私には分かる。


悪夢の脚本家として、戦友として、仇敵として、彼女は全力で襲い来るだろう。

もしエニグマが勝てば、アーモリーは惑星外へ追いやられる。そうなれば、この滅びかけた軍はいよいよ終わる。

エフも、リシムも、モノリスも、あの塹壕で笑ってくれた少女兵たちも。


数々の記憶が脳裏をよぎり、胸の奥が熱くなる。

気付けば、私は一歩踏み出していた。


「アーモリー側の代表者は」


自分でも驚くほど、声が澄んでいる。


「私になるでしょう」


言い切った瞬間、どこか痛快ですらあった。

完全なアドリブであり、無断の越権でもある。

モノリスから叱責されても仕方ないと、そう思う。


だがモノリスは、ほんの僅かにこちらを見ただけだった。

その視線には、驚きよりも納得がある。

そして彼は、すぐにエニグマへ向き直る。


「そういうことだ」


決然と静かに告げる。


「アーモリーからは、戦士コードを出すこととしよう」


その瞬間、私は理解した。

モノリスに認められ、アーモリーの代表者になったのだと。



遠景へ去っていく軽車両を、私は黙って見送っていた。

白旗が風に揺れている。その中にはエニグマがマニシアの使者として乗っている。

そして次に会う時には恐らく、決闘の相手として対峙する。


やがて車両が廃墟の向こうへ消えた頃、私は隣に立つモノリスへ向けて口を開いた。


「先ほどは、勝手なことを言ってしまってすみませんでした」


頭を下げる。


「ですが、あの場ではあれが最善だったと、今でも信じています」


モノリスは遠くを見据えたまま、静かに問う。


「それほどに強いのか、あの者は」


私は、もう見えない軽車両を心のどこかで追い続けていた。そして迷わず答える。


「はい」


短く、はっきりと。


「私と同等か、それ以上の猛者です」


モノリスの視線が僅かに動く。

私は続けた。


「世界の摂理を知り尽くしているような人です」


言いながら思い出す。悪夢の中で何度も見た、エニグマの無茶苦茶な戦い方を。


「そして必要なら、その摂理すら覆してくる。予測できない強さを持っています」


「なるほどな」


モノリスは小さく呟いた。

しばしの沈黙の後、やがて彼はこちらへ向き直る。


「何度も肩を並べて戦ったことがある」


碧い瞳が、真っ直ぐ私を見る。


「そういう相手なのだな」


その眼差しは、全てを見抜いているかのようだった。

だから私は誤魔化さない。


「はい」


胸の奥が少し痛む。


「彼女とは、長く共に戦った過去があります」


戦友。恩人。先生。狂人。悪夢の道標。

その全てを含めて、エニグマだった。


「だからこそ、この決闘は、私以外の者では敗れると確信しています」


モノリスが目を細めた。


「過信、というわけでもなさそうだな」


「無論です」


「コードにしても危険な相手とは」


モノリスは静かに息を吐く。


「少々、侮っていたな」


私は何も言わずに、ただ遠くを見た。

次にエニグマと会う時、私たちは戦友ではいられない。

少なくとも、決闘の舞台の上では。



その夜。

私は密かにアーモリーの陣地を抜け出していた。

眼前にはセクター十三防壁前の光景が広がる。

崩れた外壁の間を走る夜風が運ぶ、焦げた草木の匂い。

私は茂みに身を潜め、息を殺す。


やがて夜闇に紛れて、防壁上から一つの人影が降りてきた。

ラペリング降下してきているようで、音はほとんどない。

遠景にも映える猫耳ヘッドフォンと笑顔のデジタルフェイスマスク。

間違いなくエニグマだ。


地面へ降り立つと、彼女は手早くロープを回収し、降下の痕跡を消した。

そこまでは、確かに熟練の潜入者だ。

だが次の瞬間、こちらへ向かって楽しげにスキップしてくる。

途中で、なぜかムーンウォークまで披露した。

移動手段のテンションが高すぎる。


「戦友、待たせたな」


「大丈夫。そんなに待ってないよ」


「では早速、本題に入ろうか」


その切り替えだけは、いつも通り異様に早い。

そこで私は、マニシア側の事情を聞かされた。

マニシア側にも、もう一人の夢の主が存在すること。

その人物が重要な地位にあり、今回の悪夢に強い影響力を持っていること。

そして、その存在に取り入るため、エニグマとサイファーが積み上げた血塗られた功績の数々。


私は黙って聞いていた。

そして、ふと気になったことを尋ねる。


「LUCIDは?」


エニグマがこちらを見る。


「まだ別行動してるの?」


「いや」


あまりにも軽く、彼女は答えた。


「私が全員殺したよ。初手で」


予想の遥か上だった。

私は一瞬、言葉を失う。


「……全員?」


「うむ」


エニグマは悪びれもしない。


「マニシアに取り入るために必要だったから、咄嗟にそうした」

「もちろん、あいつらも分かってくれてると思うよ」


「……たぶん、分かってないと思う」


「そうかなぁ?」


聞けば、本当に際どいタイミングだったらしい。

信用されるか。敵として処理されるか。その瀬戸際で、エニグマはLUCIDを犠牲にし、自分とサイファーの生存を確保した。

その結果、彼女たちはマニシア内部で株を上げ、夢の主へ接近する足掛かりを得た。


相変わらず最悪で、相変わらず的確だった。


「そこでだ、戦友」


エニグマが声を少し落とす。


「君がアーモリー側の決闘代表者になることは、疑っていない」


私は黙って頷く。


「だが、もう察しているかもしれないが」


フェイスマスクの笑顔が、夜闇に浮かぶ。


「これは、片方の陣営が勝てば終わる類の悪夢じゃない」


その言葉は、私の胸の奥にすっと沈んだ。

分かっていた。アーモリーを勝たせるだけでは駄目だ。マニシアを守るだけでも駄目だ。

どちらか一方だけを救えば、もう一方の悪夢が残ってしまう。


「アーモリーを救っても」

「マニシアだけを守っても」


エニグマが黙って続きを待つ。


「この悪夢は終わらない」


硝煙の香りを夜風が運ぶ。


「それなら両方に、戦争を終わらせてもいい理由を与えるしかないね」


エニグマが笑った。

フェイスマスクの下でニヤリと笑ったのが、気配だけで分かる。


「その通りだ、戦友」


その声は、いつものふざけた響きの奥に、確かな誇らしさを含んでいた。



こちらの作品において、毎日投稿を終了し、基本二日に一回投稿に切り替えます。その分、質を上げられるように努力します。

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