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第二十六話 コード


「今だ!」


モノリスの声が戦場に響く。


「爆導索、射出!」


その指揮に合わせ、後方で待機していた二機の戦術機兵が俊敏に動いた。

巨大なミサイルポッドにも似た兵器を二機がかりで担ぎ上げ、発射姿勢へ移行する。


次の瞬間、それが火を噴いた。

炸薬の詰まった長い円柱状の射出物が、唸りを上げて敵陣中央へ伸びていく。まるで火を纏った蛇だ。

マニシア突撃兵たちの頭上を越え、白いバトルメックの鼻先へ到達する寸前、それは急停止した。


そして、大爆発。


先端から順に、連鎖的な炸裂が走る。

轟音、火炎、衝撃。直線状に広がった爆炎が、敵突撃大隊の隊列を薙ぎ払う。


大盾ごと吹き飛ばされる者。炎に呑まれる者。衝撃で転倒し、後続に踏み潰される者。

マニシア兵の波が、初めて大きく揺らぎ崩れた。


今のアーモリーにとって虎の子の一撃。恐らく、そう何度も使える兵器ではない。だが効果は絶大だった。


「畳みかけるぞ!」


モノリスが叫ぶ。


「投擲!」


紅い戦術機兵が、腰部に括り付けていた炸薬袋を引き抜く。

導火線へ点火し、勢いよく投げた。

それに続き、前線近くの戦術機兵たちも同じように炸薬袋を投擲していく。


急ごしらえの野戦兵器。洗練された兵器とは言い難いが、今この瞬間に必要な火力としては十分だ。

次の瞬間、盛大な爆発が連鎖する。その熱波は、私の狙撃地点にまで届いた。


私はスコープを覗く。

前線は死屍累々だった。マニシア突撃兵たちの死体が折り重なり、黒く焼けた大盾がそこかしこに転がっている。

だが、白いバトルメックはまだ健在だった。


まるでその事実を誇示するように、白い巨体が大剣を構え、斬り込んできた。


「こいつは俺に任せろ!」


モノリスが即座に呼応し、紅い戦術機兵が前へ出る。

白と紅。

二機の巨体が激突する。大剣と大剣が噛み合い、金属音が戦場へ轟いた。


私は勝負に出ることにした。

バトルメックの本体を撃ち抜く必要はない。装甲を破る必要もない。狙うべきは、ただ一つ。

操縦席。

あの白い巨体を動かしている心臓部。そこを撃ち抜く。

大胆で危険が伴うが、十分に実現可能な狙撃に思えた。


私は呼吸を止め、照準を絞って白い装甲の隙間を探す。

そして、引き金へ指を掛けた。


《やるじゃねぇかアーモリー、でもだからこそ――全力で滅ぼさねぇとなぁ!》


白いバトルメックのパイロットが、再び咆えた。

その声を聞いた瞬間、私の中で無数の記憶が一斉に蘇る。

商店街の裏路地。廃墟ホテルの地下階。真夜中の田園地帯。地下施設で囲んだ、騒がしくて愉快な食事。


「……サイファー?」


喉から零れた声は、自分でも信じられないほど弱かった。


「嘘……だよね?」


照準の先にいるはずの敵が、急に遠ざかる。

代わりに、胸の奥で何かが崩れていく音がした。


「どうして……そんなところに居るの?」


かけがえのない戦友だ。いつだって隣で、頼もしげに笑っていてくれた。

そのサイファーが今、明確に敵として立ちはだかっている。


吐き気がした。視界が暗くなり、動悸が早まる。呼吸も乱れた。

近くにいた少女兵が、心配そうに肩へ手を置いてきた。


「大丈夫?」


その瞬間、私は反射的にその手を振り払っていた。

触れられた感覚が、悪夢の中で幾度も私の命を狙ってきた異形のそれと重なったからだ。


分からない。

どうすればいいのか。何を信じればいいのか。

助けてくれるエニグマも、支えてくれるサイファーも、もういない。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


絶叫とともに、その場へ崩れ落ちる。


――まぁしょうがないか、■■だもんね。

――やはりまだ■■には荷が重かったか。


心のどこかで、そんな声がした。


やめろ。

私はもう、■■じゃない。

違うんだ、今の私は――


「コードだぁぁぁッ!!」


叫びながら、私は対物ライフルを担ぎ上げた。

直接照準とともに迷いは消えている。


ただ冷徹に撃つ。轟音が遅れて響くような感覚があった。

放たれた一撃が、白いバトルメックの胸部装甲を破砕する。

スコープの向こうで、中央を撃ち抜かれた操縦席が露出した。

その奥で、マニシアのパイロットと目が合う。


「……やっぱりサイファーじゃん」


不思議なくらい、声は静かだった。

互いの存在を把握したであろうタイミングで、サイファーは驚いているような顔だ。


「何やってんの、あんた」


気持ちは、驚くほど凪いでいる。

次の瞬間、送還の光が致命傷を受けた一人の戦士を包み込み、悪夢から現実へと攫っていった。



「よくやった、コード!」


モノリスの声が通信越しに響いた。珍しく、声音に興奮が滲んでいる。


「素晴らしい腕前だ!」


「ナイスショット!」


エフの声も弾んでいた。


「流石だ、コードの姐さん!」


リシムも続く。


白いバトルメックという敵勢最大の脅威。

それが排除されたことで、アーモリー側の空気が明らかに変わった。

重く圧し掛かっていた死の気配が、少しだけ薄れる。


「みんな、今がチャンスだ!」


私は対物ライフルを構え直しながら叫ぶ。


「一気に畳みかけよう!」


そこからは、流れが完全に変わった。

アーモリーの戦術機兵部隊が火力を集中させる。

重機関銃、榴弾、携行火器、残された炸薬。あらゆる火線が、混乱に陥ったマニシア兵たちへ叩き込まれていく。


指揮を失った突撃兵たちは、統制を取り戻せない。

大盾の列が崩れ、エレクトリックスタッフの前進が止まる。

後続が詰まり、転倒し、そこへ銃弾が降り注ぐ。


私は狙撃を続けた。冷静に確実に、指揮官、重火器持ち、撤退を統制しようとする兵、味方へ再突撃を促そうとする兵。

敵の精神的支柱を探し出し、一人ずつ照準へ収める。


撃つ。転進。再索敵。そして、また撃つ。迅速な狙撃のループを淀みなく繋げる。

敵の攻勢は明らかに弱まっていった。やがて敵陣後方から信号弾が撃ち上がり、それは恐らく撤退信号らしきものであった。

その瞬間、マニシア部隊は一気に崩れる。


統制ある後退ではなく、脱兎のごとき敗走が一斉に始まる。

私はその背中すら撃った。追撃に至るまで、手を緩めない。


最終的に、私が冥界へ送ったマニシア兵は三十名を超えていた。


戦闘が終わり、再び妨害電波発生装置前の防御陣地へ戻った私たちは、互いに向き合った。

モノリス、エフ、リシム、そして私。四人で拳を突き合わせる。

傷だらけで、血と煤に塗れて、それでも生きている。

私たちはその拳を、天高く掲げた。


勝利。

確かに、それは勝利の瞬間だった。


モノリスが周囲の少女兵たちへ向けて声を張る。


「このかけがえのない勝利を、戦友たちへ捧げる!」


その声は戦場の奥まで響いた。


「そして、5thクレイドルに、我らが戦没者の魂を送り届ける」


少女兵たちは一斉に応じた。歓声、涙、祈り。

その全てが混ざり合う中で、私は拳を掲げたまま、胸の奥に残る静かな痛みをどう扱えばいいのか分からずにいた。



その夜。

モノリスたちからしっかり休めと強く勧められた私は、哨戒任務を免除されていた。

妨害電波発生施設内部の小部屋。冷たい床。粗末な毛布。それだけが、今夜の寝床だった。


私はその上に横たわり、目を閉じる。

だが、眠れるはずがなかった。


瞼の裏に、何度も蘇る。

スコープ越しにサイファーと目が合った瞬間。

撃ち抜かれた操縦席と驚いたような顔。

そして、彼の身体を包み込んだ送還の光。


あれは、確かに送還だった。

つまりサイファーは現実へ戻ったのであって、死んだわけではない。

頭では分かっている。分かっているのに、それでも私が彼を撃ったという罪悪感は消えない。


かけがえのない戦友を。いつも隣で笑ってくれていた人を。

悪夢の中で、何度も私を独りにしないと言ってくれた人を。


この手で、この引き金で。

冷淡に撃ち抜いた。


悪夢で死ぬことがどれほど痛いか、私は知っている。

言葉通りに死ぬほど痛い。身体だけではなく、心にも深々と傷跡が残る。

私はそれを、誰よりも知っているはずだった。


なのに、あの瞬間、私は撃った。撃つ以外の選択を、咄嗟に選べなかったとも言える。

戦場では正しい判断だったかもしれない。アーモリーの皆を救うには、あれが最善だった。

分かっている。それでも後味の悪さだけが、喉の奥に残り続けていた。

まるで、飲み込めない血の味みたいに。


私はふと、サイファーの声を思い出す。

――俺は決して、お前を戦場で独りぼっちにはしないからな。


その言葉が、今夜だけは少し痛かった。

彼は約束を破っていない。きっと、彼なりにマニシア側で何かを背負っていた。

そして、あの戦場から彼を消したのは、紛れもなく私だった。



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