第二十一話 敵にも名がある
やがて私は、元ショッピングモール地下階への入口らしき場所へ辿り着いていた。
停止して久しい大型エスカレーター。割れた広告モニター。崩れた案内板。
灰と埃に埋もれた商業施設。だが地形的に見れば、地下を抜けた方が迂回するより遥かに近い。
私は周囲への警戒をさらに強め、マークスマンライフルを構える。
視線、死角、遮蔽物。クリアリングを意識しながら、一歩ずつ地下へ降りていく。
不気味なくらいに静かだった。
そしてエスカレーターを降り切った先で、私は理解する。
ここが、少し前まで戦場だった場所なのだと。
無数の遺体。兵士、瓦礫、血痕、焼け焦げ、散乱した弾倉、薬莢、破壊された装備。
地下フロア全体が巨大な死体置き場になっていた。
私は周囲を観察する。装備が残されていて、略奪痕はない。
つまり戦闘後、まだ誰もここを通っていない可能性が高い。
そう判断したところで、私は初めてマニシア側が敵対している勢力の兵士を目の当たりにした。
「……」
大きい。身長は二メートル近い。黒で統一された外装、重厚な装甲、フード付きの戦術外套。
そして何より異様なのは、三連眼のタクティカルマスクだった。
三連眼に宿る紅い光が、死んでなお消えていない。
まるで終わりなき憎悪そのものみたいだった。
その巨躯の傍らには大型火器が転がっている。
人間用とは思えないサイズ。私はさらなる情報を得るため、ゆっくりと死体へ近付いた。
その瞬間だった。
――ザザッ。
ノイズが響く。
私は即座に身構える。
すると死体の通信機から、音声が流れ始めた。
《リシム!》
女の声だ、切迫している。
《リシム応答して!!》
ノイズ混じりの音声。
《こっちはもう大丈夫》
伝わってくるのは安堵、そして震え。
《貴女の陽動のお陰よ》
《マニシアの連中、尻尾巻いて逃げていったわ》
私は無言で死体を見る。
この兵士は陽動を務めていた。そして恐らく、ここで死んだ。
《……リシム》
声が少し弱くなる。
《まだそこに居るなら、ランデブーポイントまで急いで》
遠くから銃声が聞こえてくる。
《もうすぐ戦線が立て直される。総攻撃の準備でしょうね……》
短い息。
そして最後に、小さく。本当に小さな声で告げる。
《愛してる》
私は息を呑んだ。
《貴女のことは、絶対に忘れないわ……》
通信が終わり、ショッピングモール跡地へ再び静寂が降りた。
私は再び目的地へ向けて歩き出そうとした。
――その瞬間。
背後で音が鳴る。
ガコン。
鈍い金属音。
私は即座に振り返る。
反射的に身体が動いていた。
マークスマンライフルを構え、レティクルの中の敵影に照準を合わせる。
視界へ映ったのは、先程の敵兵だった。
「……っ」
だが様子がおかしい。
敵兵は壊れていた。武器を持ち上げようとして腕部が崩落する。
内部機構に火花が散り、ショートしてしまう。
立ち上がろうとして膝関節が耐え切れず砕け、巨体が崩れる。
まるで限界を超えて稼働し続けていた機械そのものだった。
私はその瞬間理解する。
――これは、人間じゃない。パワードスーツだ。
次の瞬間、敵兵の胸部装甲が内側から勢いよく展開した。
バギンッ!!
内部から小さな影が飛び出す。素早く尾を引くナイフの軌跡。
銀光が勢いよく走ってくる。
私は反射的に高振動ナイフを抜く。
――ギィィン!!
金属同士が激突する。助走の乗った重い一撃だが、私は力任せに刃を弾き返した。
その影は空中で一回転し、軽やかに着地する。
そこで私は初めて、その正体を視認した。
「……女の子?」
銀髪のツインテールに碧眼。黒い軽装パイロットスーツを纏った小柄な体躯。
恐らく身長は百五十センチ程度。年齢も私と大差ない。
それなのに、その瞳へ宿る殺意だけが戦場そのものの体現だった。
少女は低く姿勢を落とす。獣みたいに鋭く、獰猛に。
「パワードスーツをやられても……!」
悔恨、憤怒、執念。
「タダでは死なんぞ!!」
ナイフを構え直す。
「アーモリーの再興を賭けて!!」
それは叫びだった。
「略奪者へ復讐を!!」
その瞬間、私はこの戦争の輪郭を、ほんの少しだけ理解した気がした。
「……リシム」
私がその名を口にした瞬間、少女の動きが止まった。
ほんの僅か。だが確かに、殺意の流れが揺らぐ。
私はその隙を逃さない。ナイフを下げはしないが、ただ敵意を僅かに緩める。
「実は、私はアーモリー側から依頼を受けていたスパイなの」
暫しの沈黙が降りる。
少女――リシムの碧眼が鋭く細まる。当然だ。
普通なら信じない。だから私は即座に証拠を提示した。
「ほら」
通信端末を投げ渡す。リシムは反射的に受け取った。
「マニシア側の通信端末を拝借してね、陣地構成情報も入手してきた」
続けて認識票も見せる。
「敵兵数名の認識票も回収済み」
私は視線を逸らさない。ここで目を泳がせれば終わる。
リシムは端末へ目を落とす。通信ログ、地図、識別情報。
少なくとも完全な嘘には見えないはずだ。
だが、ここから先は賭けだ。
信じるか。撃つか。その二択。
私は息を整え、最後に言った。
「貴官の上官に会いたい。案内して貰えない?」
私は内心で確信していた。エニグマもサイファーも、もしここに居たなら同じ結論へ辿り着く。
この戦争では恐らく、劣勢側にこそ夢の主が居る。そして夢の主を救うなら、まずその側へ立たなければならない。
そんな予感にも似た確信があった。
「つまり、あれか?」
リシムが警戒したまま言う。ナイフはまだ下がっていない。
「……あんた、味方……でいいんだよな?」
疑念と警戒。しかし完全な拒絶ではない。
私は内心で少し安堵する。そのくらいでいい。
無警戒な人間より、慎重な人間の方が信用できる。
「そうよ」
即答した。
「総攻撃が近い」
遠くで砲撃音が響く。
「急いで戻らないと、敵味方両方から撃たれることになるわ」
「マジかよ……」
リシムが顔を顰める。そして数秒だけ迷った後、決断した。
「確認は後でいい。付いてこい」
そうして私はリシムの案内で、アーモリー陣営へ足を踏み入れることになった。
長い塹壕。泥と灰に焼けた金属臭。頭上では断続的に砲撃音が響いている。
私はリシムの背を追いながら進む。その途中、左右へ視線を向け――理解した。
ここは、すでに限界寸前なのだと。
塹壕内部には、負傷した少女兵たちが無数に座り込んでいた。年齢はとても若い。
私と大差ない少女ばかり。それどころか、もっと幼い者すら居る。
その傍らへ並ぶのは、黒鋼の機兵。巨大で重厚で、傷だらけの機体群。
どれも胸部装甲を展開している。そこが搭乗口なのだろう。
内部配線、焼損、油圧液漏れ、破損した駆動部。どの機体も多かれ少なかれ傷を負っていた。
そして、乗り手たちの目。
そこへ宿っていたのは怒りでも狂気でもない。もっと静かで根源的なもの。
絶望だった。
誰もが精神的にも肉体的にも、限界へ近付いているのが一目で分かる。
そして、そんな中で私の存在へ興味を示す者は殆ど居ない。向けられる視線すら少ない。
その理由は明白だった。
寡兵による激戦の連続。慢性的な補給不足。夥しい死傷者。継戦による重すぎる疲労。
もう、誰か一人増えた程度では、驚く余力すら残っていないのだ。
2026/5/24の11時~12時更新の日間ローファンタジーにて、74位に初ランクインできました!
拙作小説、【夢で死ぬたび、現実の自分が削れていく】投稿開始から20日目でした。
皆様から頂いた温かい応援を胸に、これからも執筆を続けて参ります!




