第二十話 戦場は銃弾だけで殺さない
出撃直前。私たちEnigma Nodeは、それぞれメアダイバーへ身を預けていた。
白い室内。静かな機械音。低く唸る冷却装置。起動待機状態のモニター群。
その空気は、どこか潜水艦の艦内にも似ている。
「いいか〜皆の衆〜」
エニグマが、すでにメアダイバーへ寝転がったまま手を上げる。
「スポーン地点予測は、飽くまでも予測に過ぎん」
黒猫頭が揺れる。その声音は珍しく真面目だった。
「最悪、単独スタートになる可能性もある」
「だから」
エニグマが指を立てる。
「覚悟決めてけ〜」
その言葉へ、サイファーが静かに頷いた。大剣代わりに持ち込んだ訓練用ナイフを軽く回す。
「その場合は、痕跡、戦闘音、銃声、全部辿って合流優先だ」
冷静な声音。
「お前らもそうしてくれ」
「うん」
私は頷く。
恐怖は不思議とほぼ感じなかった。むしろ胸の奥にあるのは、高揚に近い熱だった。
「力を合わせて」
私は二人を見る。
「今回も、皆で夢の主を救いに行こう」
その言葉に、エニグマが勢いよく拳を突き上げた。
「おぉ〜〜♪」
サイファーも笑う。
「おうよ!」
そしてメアダイバーが本格起動する。低い駆動音に白い光。
意識がゆっくりと沈み始め、現実が遠ざかる。
深く、さらに深く意識が潜航していくような感覚。
向かう先は、未曾有の悪夢。その渦中だった。
目が覚める。
最初に感じたのは陽光。そして降りしきる灰だった。
白い灰が風に乗り、視界一面へ降り注いでいる。
熱く、焦げ臭い。空気そのものが焼けていた。
私が反射的に身を低くした、その直後。
――パンッ!!
遠くで乾いた銃声。さらに爆発音と崩落音。
そしてそれらを掻き消すように、巨大スピーカー越しの声が響いていた。
《マニシアの戦士たちよ!!》
ノイズ混じりの録音音声。だが熱量だけは異様だった。
《今こそ団結し!!》
遠雷のような砲撃。
《我らが魂の還る母星――》
黒煙が空へ立ち昇る。
《ノクターンを!!》
怒号と悲鳴。
《侵略者の手から守り抜くのだ!!》
私は崩れたコンクリート遮蔽物の陰へ滑り込む。姿勢を低くし、呼吸を抑える。
《認めよう!!》
放送は続く。
《敵には勢いがあると!!》
散発的な銃撃。近い、かなり近い。
《だが!!》
爆炎と熱風が近辺まで襲ってくる。
《これまで散っていった仲間たちが!!》
再び灰が舞う。
《活路を残してくれている!!》
私は耳を澄ませながら情報を整理する。
マニシア。ノクターン。侵略戦争。
少なくとも、これは国家規模の総力戦状態だ。
《突き進め!!》
プロパガンダ放送が響く。
《マニシアの子らよ!!》
戦火の街へ。
《共に――勝利へ!!》
ノイズが走り、放送が途切れた。
私は周囲を警戒しつつ、自分の装備を確認する。
近未来的軍装。防弾ベスト。簡易通信端末。認識票。
だが、そこで気付いた。
「……え?」
武器がない。
拳銃。ライフル。ナイフ。予備弾倉。
何もない、完全な丸腰だった。
遠くで、再び銃声が響いていた。
私は次に、唯一手元へ残されていた認識票を確認した。
金属製で黒ずみ、傷だらけではあるが文字はまだ読める。
《コード・ブリンガー》
その下には年齢、性別、血液型、最低限の個体識別情報が刻印されていた。
「……ブリンガー」
小さく呟く。勝手にファミリーネームが生えている。
だが今は気にしないことにした。悪夢では、よくあることだ。
次に通信端末を確認する。画面はひび割れていたが、まだ生きていた。
通信可能。地図機能。識別信号。複数の未読ログ。私は一瞬迷う。だが直後、直感が告げた。
迷っている暇はない。今すぐ通信しろ。
即座に回線を開く。すると通信は、思った以上に早く繋がった。
《……ブリンガー小隊か!?》
男の声が強いノイズに乗って聞こえてくる。背後では銃声まで聞こえる。
《既に全滅したものと思っていたぞ!!》
怒号。そして続く言葉。
《破壊工作は成功したのか!?》
《……応答しろ!!》
私はそこで即座に決断した。可能な限り、口裏を合わせる。
会話できる相手なら、味方にできる可能性がある。
「こちら、ブリンガー小隊所属」
周囲を警戒しながら、低く応答する。
「コードです」
少し間を置く。
「敵の防衛が激しく、突破に失敗。小隊は壊滅しました」
遠くで爆発音。
「私が最後の生き残りです」
ノイズと沈黙。やがて、男の声音が少し沈んだ。
《……そうだったのか。分かった》
背後で誰かへ指示を飛ばす声が聞こえる。
《敵妨害電波は現在小康状態だ。そちらの位置もこちらで把握できている》
私は端末を見る。現在地が、確かに表示されていた。
だが次の言葉は厳しかった。
《……コード伍長》
静かな声。
《貴官はまだ敵勢力圏深くに取り残されている。悪いが、救援は出せそうもない》
その一言へ、私は不思議と落胆しなかった。むしろ、ちゃんとしている、と思った。
《申し訳ない》
その代わり、通信端末へ新たなデータが送信される。地図、ルート、味方陣地。
《最寄りの友軍拠点までの最短経路を送信した。役立ててくれ》
そして最後に。
《ノクターンの加護のあらんことを》
私は一瞬だけ迷い、同じ言葉を返した。
「ノクターンの加護のあらんことを」
ブツリ、と通信が切れる。
静寂が降りた。
私は深く息を吐いた。少なくとも、最悪の状況ではなくなった。
目的地、距離、高低差、遮蔽物、敵勢力圏。必要最低限の情報は手に入った。
改めて通信端末を見る。近未来的UI。複数同時処理。戦術支援。異常な高性能。
「……便利すぎるでしょ」
思わず、そう呟いていた。
私はメインストリートを避け、都市廃墟の内部を縫うように進んでいく。
崩落した高層建築、焼け焦げた車両、砲撃痕、割れた道路。空気には常に灰が漂っている。
遠くでは断続的な銃声。どこかで、今も戦闘が続いていた。
極力姿勢を低く保ちながら移動する。
そして途中、放棄された空の物資箱の陰で、一人の遺体を発見した。
マニシア兵。恐らく、つい最近まで生きていた。
私は周囲を警戒する。敵影なし。数秒だけ黙祷を捧げて、迷わず装備を回収した。
衣服はそのまま残す。
代わりに、高振動刃ナイフ、大型リボルバー式ハンドガン、セミオートマチック式マークスマンライフル、弾薬、予備マガジン、携行端末を効率良く回収していく。
そして最後に、認識票。それもポケットへ入れた。何かに使えるかもしれない。
「……」
短く合掌し、再び黙祷する。
それだけ済ませると、私は廃墟ビルの窓際へ移動した。
マークスマンライフルを構える。重量、反動予測、照準、スコープ倍率。
それらを感覚的に調整していく。
不思議だった。初めて触るはずなのに、扱い方がなんとなく分かる。
「……結構ユーザーフレンドリーな設計ね」
小さく呟く。少なくとも、致命的な問題はなさそうだった。
幸運な現地補給。だが、まだ道のりは長い。
私は再び移動を開始する。その時だった。
足元に違和感を感じ、咄嗟に足を止めて視線を落とす。
極細のワイヤーが走っている。
瓦礫の隙間へ巧妙に張り巡らされていた。
同時に頭上を見る。鈍い色をした直方体の爆薬。
簡易IEDだろうか、間違いなく即席の爆発罠だ。
「……危な」
静かに息を吐く。
あと一歩踏み込めば、恐らく身体ごと吹き飛んでいた。
私は慎重に進路を変更する。
戦場は、銃弾だけで人を殺すわけではない。




