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第十九話 同期


「……フフ」


最初に笑ったのはアーカイブだった。張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。


「やめだ、やめだ」


肩を竦める。


「悪かったな。少し試させて貰っただけだ」


その声音に、先程までの敵意は薄い。タクティカルバイザーの奥の双眸がこちらを見る。


「戦う意志ある者たちか否かをな」


沈黙。その横でグリッチが、両手をぶらぶらさせながら笑った。


「そういうこった」


軽い口調だが、目は笑っていない。


「これから組む連中が揃いも揃って腰抜けじゃ、悪夢の中で置き去りにする価値すらねぇからな」


嗜虐的な笑み。しかしそれが冗談ではないことは分かる。

こいつらは本当にそうする。悪夢世界では、それが普通なのだ。


「まぁ」


アーカイブが静かに続ける。


「そっちの少女には、もう少し抑えが必要そうだがな」


「……え?」


私はそこで初めて気付いた。自分の手元へ視線を落とし、息を呑む。

握っていた机。硬質素材のテーブルのはずなのだが、その端がひしゃげていた。

否、一部は完全に砕け散っている。粉々だった。


「な……」


私は呆然とする。そんな馬鹿な。

だが間違いなく、私の握力だけで起きた破壊だった。


「悪夢に潜り続けた者の肉体は」


そこでパッチが口を開く。柔らかな声音に反して内容は重い。


「現実側でも、次第に変異していくんです」


暫しの沈黙。


「まだ解明されていない、経験則レベルの話ではありますが……」


彼は私を見る。その双眸は、恐怖ではなく純粋な興味と期待に輝いていた。


「まさか、それほどの場数を踏んでいるとは予想外でした」


私は砕けた机を見つめたまま、しばらく動けなかった。


「……この子」


それまで黙っていたエニグマが、ぽつりと呟いた。静かな声だった。


「コードって言うんだ」


その瞬間、部屋の空気が少し変わる。エニグマはゆっくりと続けた。


「最初に悪夢で出会った時、既に全身が異形と均質化してた」


その言葉に、アーカイブの眼光が鋭く細まる。

観察と分析と微かな警戒。一瞬で雰囲気が変わった。

エニグマは止まらず続ける。


「次に会った時には、迷わず自己犠牲を選んで私を守った」


その言葉に、今度はグリッチが目を細める。

興味と値踏み。戦場の匂いを嗅ぐ獣みたいな目。


「初めてのチーム戦型悪夢では、隠しボスを単独撃破」


そこでパッチが小さく微笑んだ。まるで“なるほど、納得した”と言わんばかりに。

そしてエニグマが両腕を広げる。どこか誇らしげに。


「どうだい?」


黒猫頭が上下する。


「凄ぇ逸材を拾っただろう、我が部隊は」


私は思わず言葉を失う。エニグマがこんな風に、誰かへ自分を紹介してくれるなんて考えたこともなかった。


そして次に、エニグマが雑に横を指差す。


「ついでにこいつはサイファー」

「そこそこ有能」


気まずい沈黙。


「以上」


「おい」


サイファーが即座に抗議する。


「俺の紹介だけ雑過ぎるだろ!?」


「安心しろ戦友」


エニグマが真顔で頷く。


「そこそこって評価はかなり高い」


「基準が分かんねぇよ!!」



▲▽▲―――▲▽▲



「改めて」


最初に口を開いたのはアーカイブだった。

落ち着いた声音で、そこに一切の無駄がない。


「私がLUCID隊長、アーカイブだ」


タクティカルバイザー越しの視線が、真っ直ぐこちらを見る。


「迅速かつ確実な任務遂行を期待する」


短いが、それだけで十分だった。

次にグリッチが片手を軽く上げる。


「同じくLUCIDの強襲担当、グリッチだ」


口元が歪む。獰猛な笑みだった。


「悪夢に一発かましてこようぜ」


最後にパッチが穏やかに微笑む。


「LUCID所属、衛生兵兼アイデアボックス担当、パッチです」


少し照れ臭そうに頭を掻き、それから柔らかな声音で続けた。


「これからよろしくね。新生Enigma Nodeのみんな」


その言葉に、私は少しだけ胸が熱くなった。

その後、私たちも順番に自己紹介を済ませる。

そしてそこから先は、驚くほど建設的だった。


アーカイブによる事前情報整理。敵勢力、交戦傾向、市街地構造、危険区域、スポーン位置、想定される夢の主の心理状態。

そのすべてが、エニグマの説明より百倍分かりやすい。


「いやぁ〜助かるわぁ」


エニグマが椅子へだらしなく沈み込む。


「私は感覚派だからよぉ」


「威張ることじゃないだろ……」


サイファーが呆れていた。


その後も議論は続いた。

想定される戦術、撤退ライン、合流手段、通信障害、補給、敵AI兵器への対処、夢内部の異常法則。

次々と意見が飛び交う。否定ではない建設的な議論。それぞれが本気で生還率を高めようとしている。

その空気が、少しだけ心地良かった。


そして最終的に完成したのは、個々の適性へ最適化された一枚の作戦計画書だった。


ブリーフィング終了後、大型モニターが消灯し、先程まで喧騒に満ちていたミーティングルームへ静寂が戻る。

まるで嵐が過ぎ去った後みたいだった。

私たちEnigma Nodeは、自然とお互いへ向き直る。

最初に口を開いたのはサイファーだった。


「なんなんだよあいつら!!」


両手を興奮気味に振り回す。


「めちゃくちゃ怖ぇじゃねぇか!!」


「まぁまぁ」


エニグマが気怠そうに椅子へ沈む。


「LUCIDはあれで平常運転だから」


「嫌だよそんな平常運転!」


私は少しだけ苦笑しながら言葉を添えた。


「でも……その分、戦場では頼りになりそうだった」


それは事実だった。あの三人は間違いなく修羅場を潜っている。


「まぁな〜」


エニグマが頭の後ろで手を組む。


「作戦開始は二時間後。それまで、ひと眠りでもして英気を養い……」


そこで、ぴたりと止まった。


「あ」


嫌な間。


「無理か」


「ん?」


私は首を傾げる。


「どういうこと?」


エニグマがこちらを見る。黒猫頭が少し揺れた。


「気付いてねぇのか?」


静かな声。


「お前らの身体、もう大分、悪夢に同期しちまってる」


ぞくり、とした。


「だから、もはやただ眠るだけでも」


肩を竦め、笑う。


「他人の悪夢へ侵入するぞ〜〜♪」


唖然とした沈黙。


「ドンマイだな♪」


「えぇ……」


サイファーの顔が引き攣る。


「まさかメアダイバーって、そういう仕様なのかよ……」


私はその異様な会話を聞きながら、不思議なくらい心が澄み渡っていた。

恐怖はない。むしろ、どこか満たされている。

だから自然と、言葉が零れた。


「……いいんじゃない?」


二人がこちらを見る。

私は静かに続けた。


「戦い続けようよ」


胸の奥が熱い。


「この身が変異し尽くす、その瞬間まで」


悪夢。戦場。戦友。

そのすべてを抱いたまま。

生き抜いて、やがて死にゆく。


二人が息を呑む気配がした。

最初に口を開いたのは、サイファーだった。


「コード」


妙に真剣な声音。


「俺は、決してお前を戦場で独りぼっちにはしない」


迷いのない言葉だった。


「覚えとけよ」


その言葉が、胸へ深く沁み込む。

私は返事をする代わりに、小さく笑った。

その横で、エニグマが勢いよくサムズアップする。


「いい覚悟だ戦友!!」


黒猫頭が嬉しそうに上下する。


「それでこそ、私が背中を預けるコードだな!!」


その瞬間、私は確信していた。

もう、どんな悪夢の中であっても。

私は独りではないのだと。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

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