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第十八話 戦友の名誉


その後、私たちはLUCIDなるメアダイバー部隊について、盛大に渋るエニグマから何とかざっくばらんな説明を引き出していた。


「つまり」


サイファーが整理するように指を折る。


「LUCIDってのは、アーカイブ、グリッチ、パッチっていう男女三人組で構成された、歴の長い正規メアダイバー部隊で……エニグマとは犬猿の仲ってことか?」


暫しの沈黙。

エニグマが露骨に顔を背けた。


「……まぁ」


ぼそりと言う。


「大体合ってる」


「へぇ〜……」


私は小さく呟く。


「私たちの部隊名、Enigma Nodeって言うんだね……」


少しだけ嬉しくなる。胸の奥が、ほんのり温かい。


「……素敵」


「いや」


サイファーが即座に突っ込む。


「着眼点そこからズラしてくれコード。もっと重要な情報あっただろ今」


「まぁまぁ戦友よ」


エニグマはソファへ沈み込みながら手を振った。


「とにかくだ」


少しだけ声音が真面目になる。


「部隊設立時期そのものは、LUCIDとEnigma Nodeで大差ない」

「だが」


その後に続いた言葉で、空気が変わった。


「今まで私の部隊は、損耗が激しすぎた」


私は思わず息を呑む。サイファーも黙った。

エニグマは軽い口調を装ったまま続ける。


「そのせいで、実績優秀なエリートチーム様に、だいぶ目の敵にされてるってわけ」


肩を竦めて笑っている、いつもの調子。

だけどその笑い方が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。


その後、私たちの手元へ今回侵入する悪夢に関する電子資料が配布された。

タブレット端末の白い画面に大量の文字列、地図、断片映像、解析データ。

私は目を通し――思わず少し呆れた。


「……なにこれ」


情報量が異常だった。

複雑で、重厚で、多層構造。

都市地図だけでも膨大なのに、さらに時系列、勢力図、交戦記録、観測ログ、夢内部の異常現象まで記されている。


あまりにも作り込まれていた。

どうすれば、たった一人の脳がこれほど重層的な悪夢を生み出し、維持し、さらに増築できるのか。

とても理解が追いつかない。


「偵察に入った部隊からの事前情報、及び外部観測情報は見ての通りだ」


エニグマが気怠そうに説明を始める。

モニターに都市映像が映る。崩壊した高層ビル群。炎上、黒煙、銃声、砲撃。

まるで終末戦争だった。


「なお」


エニグマが淡々と続ける。


「偵察部隊は、夢の主へ接触する前に排除された」


更に空気が重くなる。

サイファーが顔を顰めた。


「……全滅したってことか?」


「ほぼな」


軽く言うが、軽い話ではない。


「悪夢内部の時代設定は近未来」


映像が切り替わる。

無数の火線、自律兵器、崩壊都市。


「舞台の大半は、大都市型広域廃墟。砲火と銃撃が絶えない継続的戦場だ」


乾いた爆発音。モニター越しでも圧がある。


「スポーン地点は」


地図へ赤い点が表示される。


「二軍が衝突中の市街地ど真ん中」


「最悪じゃねぇか」


サイファーが即座に言った。


「もち最悪だぞ?」


エニグマが真顔で頷く。


「ここまでで質問は?」


私たちは資料へ再び目を落とす。だが情報量が多すぎる。

エニグマは頭を掻いた。


「あ〜〜だりぃ……」


黒猫頭が机へ突っ伏す。


「向こうの部隊とのブリーフィング前に最低限インプットしとけって……」


深いため息。


「これ、過剰労働だろ……」



やがて私たちは、想定される罠、敵軍の武装構成、交戦距離、索敵範囲、市街地戦術、狙撃ポイント、ドローン兵器、ありとあらゆる情報を叩き込まれ、半ば悶絶していた。


「待って」


私は頭を抱える。


「情報量が多すぎる……」


「しかも敵側、普通に戦車持ってるじゃねぇか……」


サイファーも顔が死んでいる。

その時だった。


ブゥン――。


ミーティングルームの大型モニターが起動する。白いノイズが走る。

続いて高解像度カメラが連動し、こちらへ向いた。


「……あ」


私は嫌な予感がした。エニグマも露骨に目を逸らす。


「ごーめん」


ふわふわした黒猫頭が気まずそうに揺れる。


「もうブリーフィングの時間だったわ」


そして一瞬で開き直った。


「まぁ!!こっからはいつも通り!!」


勢いよく立ち上がり、両腕を広げる。


「ノリと勢いで乗り切ろう戦友たちよ!!」


「嫌な予感しかしねぇ……」


サイファーが真顔で呟いた。

直後、モニターが切り替わる。映し出されたのは三人。


一人目は、落ち着いた雰囲気の女だった。

タクティカルバイザーに整った軍服、怜悧な瞳。


「……久しぶり、という程でもないな」


静かな声だが棘がある。


「エニグマ」


その名を呼ぶ声音だけで分かる。仲が悪いのだろう。


「新しい奴隷の使い心地はどうだ?」


その一言で更に空気が冷える。


二人目は、鋭い目付きの男だった。口元には薄い笑み。

しかしその目は全く笑っていない。


「ハッ」


鼻で笑う。


「てっきり、もう使い捨てた後かと思ってたぜ」


そして吐き捨てるように。


「イカれ女がよ」


私はその瞬間に理解した。この二人が、アーカイブとグリッチだ。

そして彼らが、エニグマへ強い悪感情を抱いていることも。


その一方で。


「あの〜……」


三人目の青年が、おずおずと割って入った。

困ったような笑顔。柔らかい声音。


「やめましょうよ皆さん。これから一緒に戦うんですから」


苦笑。


「仲良くしましょう?」


仲裁するような平和主義を誰も聞いていないようだが、それでも彼は諦めない。


「世界の命運が掛かってる可能性、高いんですよ?」


必死だった。そこまでで私は何となく察した。

……この人、苦労人だ。

そして少しだけ、サイファーと似た空気を感じた。

常識人でありツッコミ役。部隊の胃痛担当。


「あ、この人がパッチか……」


私は小さく呟いた。


「事前情報には、隅々まで目を通したんだろうな?」


アーカイブが淡々と言う。感情を抑えているが、だからこそ棘が鋭い。


「アドリブで味方の背中を撃った、エニグマ?」


空気が冷える一方だ、寒気がしてくる。

今度はグリッチが続ける。


「ハッ」

「せいぜい俺たちの脚を引っ張るなよ」


口元が歪む。


「味方を盾にして逃げたエニグマさんよぉ」


その瞬間、私は理解した。

こいつらは本気でエニグマを嫌っている。

そしてここまで執拗に、ここまで悪意剥き出しに私の戦友をコケにする相手へ、遠慮する理由なんてもうない。

そう思い、私は席を立とうとした。


――その瞬間だった。


「おい」


低い声だ。そして凍るような声音。


「俺たちのエニグマを」


静かだが、底冷えするほど冷たい意志が込められている。


「それ以上コケにすんじゃねぇ」


空気が変わった。


「……サイファー?」


私は思わず振り返る。

サイファーは止まらない。

いつの間にか、その手にはコンバットナイフが抜かれていた。


「お前たち如きが」


高解像度カメラを睨みつける。


「エニグマの何を知ってるつもりだ?」


怒鳴らず、感情を爆発させはしない。だからこそ怖い。


「俺は悪夢の戦場で、こいつに数え切れねぇくらい命を救われてる」


ナイフを握る手に力が入る。


「俺の最強の恩人を」


その目には確固たる意志が宿っていた。


「冗談でも馬鹿にすんじゃねぇよ」


静かな殺意すら滲ませながら、サイファーは真っ直ぐモニターを睨んでいた。


そして私はその横顔を、この上なく格好良いと思った。



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