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第二十二話 黒鋼の背を追って


その時だった。

退廃した塹壕陣地の空気を裂くように、珍しく感情の籠もった声が響く。


「リシム!!」


次の瞬間、一人の少女が駆け寄ってきて、そのまま勢いよくリシムへ抱きついた。


「もう、生きて会えないかと……!」


震える声で怒っている。しかし泣きそうでもある。


「本当に、いつも心配させて!!」


リシムが少し困ったように肩を竦めた。


「エフ、ごめんって」


私はその少女を観察する。歳はリシムと同じくらい。

小柄で、桃色の長髪をサイドテールに結んでいる。

だがその瞳だけは強く、折れていない。

絶望の中でも、まだ意志を燃やしている目。

あるべき兵士の眼差しだった。


「……で」


エフが警戒気味にこちらを見る。


「そっちの人は?」


「敵の情報持ってるって」


リシムが即答する。


「だから連れてきた」


視線が私へ向き、当然そこには疑念と警戒が込められている。

私は迷わずに名乗った。


「私はコード。潜入任務についていた斥候兵」


嘘ではあるが、半分は本当みたいなものだ。


「敵陣地の布陣、弱点になっている地形、武器弾薬集積地点の候補も把握済み」


通信端末を軽く持ち上げて見せる。

エフが怪訝そうに眉を顰めた。


「……そんな任務、聞いたこともないけど」


私は即座に返す。


「敵を欺くには、まず味方から。よく言うでしょう?」


エフは完全には納得していないが、否定もしない。

ここで私は確信していた。少しずつ信用を得られていると。


そして内心で静かに決意する。

アーモリー陣営には、出来る限り勝って貰わなければならない。

夢の主を救う為にも、この悪夢を前へ進める為にも。

その為の協力なら、私は惜しまない。


「エフ大尉!!」


少し離れた塹壕通路から、少女兵の声が響いた。


「エフ大尉はいらっしゃいますか!?」


振り返れば、頭へ包帯を巻いた少女兵が、ふらつきながらこちらへ歩いてきていた。

顔色は悪いが必死に任務を果たそうとしている。


「私はここだ!」


エフが即座に応じる。

少女兵は敬礼し、荒い息のまま報告した。


「偵察へ向かった全部隊と……通信途絶」

「現状、妨害電波発生装置が我らの生命線です。六番哨戒ポイントにて、味方識別信号を感知とのこと」


エフの表情が僅かに変わる。思考、判断、決断。

そのすべてが速いのだろう。


「……ええ。すぐ向かいましょう」


そこまでで話は終わった。包帯の少女兵が去ると、エフはすぐこちらへ向き直る。


「これより、六番哨戒ポイントを経由しつつ、妨害電波発生装置を防衛中の友軍へ増援を行う」


静かな声に確固たる意志が宿る。


「私とリシムが指揮を執る」


リシムが無言で頷く。

続いて、エフの視線が私へ向いた。


「道案内は、周辺地理に明るいコードへ一任する。動ける者、十機続け」


私は指示の意図を理解した。

なるべく道中の消耗を避けたいのだ。

この都市廃墟は、罠、狙撃、待ち伏せ、即席爆弾、そういった致命的危険の巣窟と化している。

そんな場所で、スパイとして暗躍していた私の土地勘へ賭ける。指揮官としては、かなり思い切った判断だった。

だがその決断を、英断だったと言わせるのが、これからの私の仕事だ。


私は一歩前へ出る。そして静かに敬礼した。


「拝命しました」


胸の奥が自然と熱くなる。


「このコード、一命に代えましても任務を遂行致します」


エフが小さく頷く。

そして出撃準備が始まった。

黒鋼の機兵が次々と起動する。重低音、油圧音、火花。

だが最終的に集まった機体は、命令された十機に満たなかった。


僅か八機。

しかも、そのほとんどがすでに損傷している。

申し訳程度に随伴歩兵が若干名、それだけだった。


私はその数字に、アーモリーの現実を見た。

それでも、残された負傷兵たちは必死に笑顔を作り、私たちへ手を振っていた。

ヘルメットを掲げる者。震える腕を上げる者。祈るように胸へ手を当てる者。

誰もが、私たちの無事の帰還を心から願っていた。



進軍開始からしばらくして、右隣の塹壕陣地から黒い機兵が四機、さらに左側の崩落区域から三機、次々と合流してきた。

重低音と駆動音。軽く舞う土煙。そして暗闇の中で紅く光る三連眼。

その眼光には怒り、憎悪、復讐心、そういった感情が静かに燃えている。


一部機体は肩部へ大型火器をマウントしていた。

長距離砲撃型の重支援仕様。恐らく、アーモリー側の貴重な戦力なのだろう。

この状況では頼もしい限りだった。


私は通信端末をフル活用しながら進路を選定する。

狭すぎる通路、袋小路、狙撃適地、待ち伏せのリスクがある地形、トラップ配置予測。

それらを片っ端から洗い出し、最小限迂回する。時には単独で先行し、危険区域へ踏み込む。

ワイヤー、爆薬、センサー、地雷。それらを確認してから部隊を通した。


「……」


不思議だった。

私はこの戦場の歩き方を、すでに理解し始めている。

そして確信めいた感覚もあった。

夢の主との邂逅は近い。もうすぐだ。


やがて遠方から響いていた銃声と砲声が、急速に近付いてくる。

私は廃墟の隙間から前方を確認した。


そして、遂に見えた。


妨害電波発生装置と呼ばれる半壊状態の巨大施設。

その周囲では、すでに激戦が始まっていた。


閃光。砲撃。爆炎。黒煙。

戦術機兵の疾駆する戦闘。凄まじい火力だ。


その時、通信越しにエフの声が響く。


「コード、見事な道案内だった」


私は視線だけで応じる。


「君を疑っていたこと、謝罪する」


真っ直ぐな声音だった。


「お陰で、増援部隊は道中損耗なしだ」


周囲の機兵を見渡す。それはこの戦場では奇跡に近い。


「全力で戦えるな」


隣では、リシムも戦意を漲らせていた。


「こっからは戦術機兵の仕事だ」


黒鋼の巨躯に三連眼が赤く輝く。


「コードは援護射撃を頼む」


私はマークスマンライフルを握り直す。


「了解」


そして、エフが号令を下した。


「――総員」


静かな声。だが確固たる覚悟が込められている。


「行くぞ!!」


次の瞬間、十五機の黒い機兵が最前線へ向けて一斉に駆け出す。

重低音、衝撃、砲火。その背中には、不退転の闘志が刻まれているように見えた。


私の狙撃銃の照準の中で、一人のマニシア兵が片膝をついた。

携行型ロケットランチャーを構えている。その砲口が、前線で戦う黒い機兵へ向けられた。

私は迷わず照準を微調整し、トリガーを引く。


二発、乾いた銃声が戦場に加わる。


照準の中央で、マニシア兵の胸部と頭部がライフル弾に貫かれ、血が弾けて全身が糸の切れた人形のように地面へ崩れ落ちた。


これですでに三人目。

私はすぐに照準を外して移動する。

同じ狙撃地点に留まらず、視界を広く保ち、戦術機兵にとって脅威となる兵装を持つ敵兵を優先して排除する。

それが、今の私にできる最大の貢献だった。


狙撃。転進。自己隠蔽。再索敵。そして、狙撃。


その一連の流れを、私は高速で繰り返していた。

いつになく集中力が研ぎ澄まされている。

前線で黒い機兵たちが敵の注意を引きつけ、その隙に私は一人ずつ、確実に敵兵を摘み取っていく。

やがて周囲には、マニシア兵の死体が積み上がり始めていた。


《押せる!やれるぞ!》


通信越しにリシムの高揚した声が響く。

確かに戦線は押し返していた。マニシア兵たちは後退し始めている。


だが、その奥。

土煙の向こうから低く重い駆動音が響いてきた。

私は即座にスコープを向ける。そして、背筋が凍った。


現れたのは大型の対空戦車だった。

履帯走行に重厚な装甲を載せ、左右へ突き出した二連装重機関砲の威容が目を引く。

本来は航空目標を撃ち落とす為の兵器。だが地上制圧に使われた場合、その火力は悪夢そのものになる。


《散開――》


誰かが叫び切るより早く、対空戦車の高性能センサーが黒い機兵たちを捕捉した。

もう発砲されている。


ドガガガガガガガガガガッ!!


重い高レートの銃声で空気が震え、火線が戦場を薙ぎ払う。

回避行動の遅れた機兵の一機が、その集中砲火を真正面から浴びた。

装甲が砕け、腕が飛び、脚部が千切れる。機体が、まるで分解されるように崩壊していく。


そして胸部の搭乗区画が裂けた。

血。肉片。機構部品。油圧液。それらが混ざり合い、激しく地面へぶちまけられる。


私は、それを見た。

見てしまった。


その次の瞬間、私の心にはもう一切の逡巡がなくなっていた。



コード、覚醒モード、入ります。

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