第十五話 不屈の刃
そこからの黒騎士の猛攻は、凄まじいなどという言葉では足りなかった。
ただそれだけで呼吸すら乱される圧力。距離を取ろうとしても、黒騎士は絶対に離れない。
滑るように、這い寄るように、常に私たちの懐へ侵入してくる。
近い。近すぎる。至近距離で放たれるのは、ダガーによる高速連撃。鋭く、速く、致命点だけを正確に狙ってくる。
だが本当に恐ろしいのは、その直後だった。
一拍置かれる僅かなディレイ。そのタイミングでモーニングスターが振り抜かれる。
重く、速く、避けづらい。ダガーで回避軌道を制限し、モーニングスターで叩き潰す。
高度すぎる二種の連携攻撃は、単独で成立していい戦法ではなかった。
「ぐっ……!」
「チィッ……!」
私とエニグマは完全にツーマンセルを組んでいた。
互いの死角を埋め、互いの回避先を読み、ギリギリでその刺突と剛撃を凌ぎ続ける。
しかし明確に押されていた。
「なかなか耐えるな」
黒騎士が低く呟く。
「だが――これはどうかな?」
ダガーを鞘へ収め、空いた片腕を側方へ広げた。
そこに黒い平面が生まれる。空間そのものを切り取ったような、不気味な闇。
そしてその平面の中から、もう一人、全く同じ背格好の黒騎士がゆっくりとせり出してきた。
「……は?」
起き上がっていたサイファーが呻く。
「【ブラックミラー・マルチプリケーション】」
低い詠唱は悪夢のような現実をもたらす。
今や私たちの前には、黒騎士が二人いた。
「っ……ぐ、ぅ……」
咳き込むような声が聞こえ、
「すまん!! 気絶してた!!」
サイファーだった。額から血を流しながらも、黒い大剣を再び構え直している。その目はまだ死んでいない。
「一体は俺に任せろぉッ!!」
雄叫びとともに、黒騎士の片割れへ突撃する。
そのまま激突し、乱れのない剣撃を浴びせていく。
火花を散らしながら黒騎士を押す。押し返す。
強引に、無理矢理、片方の黒騎士を戦線から引き剥がしていく。
頼れる戦友による、流れるような敵戦力の分断だった。
「よくやった戦友!!」
エニグマが叫ぶ。
「コード!! 私たちもこっちを早く片付けるぞ!!」
「了解!!」
応じながら、私はふと違和感を覚えた。
背筋を冷たい何かが這い上がる、嫌な予感。反射的に振り返る。
そして、見てしまった。
「――ッ!!」
そこに居たのは、三人目の黒騎士。
いつの間にか、騎士親子の背後へ回り込んでいる。
「不味い!!裏を取られてる!!」
叫ぶと同時に一目散に転進する。
間に合え、間に合え。
モーニングスターが振り下ろされる。
私は滑り込むように割り込み、紙一重でその軌道を受け流した。
衝撃で腕が痺れる。
だが、そこからが本当の地獄だった。
サイファー。エニグマ。私。誰一人として単独では黒騎士を凌駕できないのだ。
押し切れず、止め切れない。
そこへ周囲の野盗どもが、さらに矢を放ってくる。
横槍と牽制と死角攻撃。そのすべてを回避し続けなければならない。
戦線は徐々に削られ、追い詰められていく。
そして気付けば、私たちは騎士親子を中心にした小さな円形の防衛領域へ、完全に封じ込められていた。
その時だった。
岩陰から、気配もなく新たな人影が現れる。
「――ッ」
私は今度こそ目を見開いた。
四人目の黒騎士だ。今度の黒騎士は長杖を携えていた。
その先端には紅い魔石が鈍く輝いている。嫌な予感しかしない。
黒騎士は静かに杖を掲げる。
「【イグニス・フレイムタワー】」
瞬間、轟音が轟く。
私たちの真横で巨大な火柱が噴き上がった。
爆炎と熱風で視界が赤く染まり、周囲の岩肌すら融解しかける。
火炎が荒れ狂い、焼き、砕き、呑む込む。
やがて炎が収まった後に残ったのは、焼け焦げた大地と、まだ燻り続ける残り火だけだった。
その威力だけで理解できる。今の一撃が直撃していれば、私たちは全員消し炭だった。
暫しの沈黙。
その中で四人の黒騎士が同時に口を開く。
「わざと外してやったことには、もう気付いているだろう」
異口同音に紡がれる言葉。不気味だった。
声も間も抑揚も、すべてが一致している。
まるで一つの意思が、四つの肉体を動かしているかのように。
「私をここまで本気にさせた褒美に、選ばせてやる」
黒騎士たちが一歩前へ出る。圧力が増す。
「その親子を、抵抗せず差し出せ。さもなくば――」
杖先の魔石が赤く脈動する。
「諸共に、灰塵に帰す」
空気が凍った。
そして最後に、黒騎士たちは処刑宣告でもするように言った。
「三分だけ待とう。結論を出せ」
逃げ場を与えない声音だった。
それでも私たちは構えを解かなかった。
三分間の猶予。そんなもの、端から誰も信用していない。
視線は黒騎士たちへ固定したまま、思考だけを高速で巡らせる。
どうすれば活路を見出せる。
どうすれば親子を逃がせる。
どうすれば黒騎士を討てる。
決して諦めはしない。まだ終わっていないのだから。
だが、その時だった。
「……そなたらの忠義」
背後から、父親騎士の声が響く。
「誠に見事であった」
穏やかな声だった。
満足そうで、どこか名残惜しそうで、それが逆に嫌だ。
「今、そなたらの主として最後の命を下す」
「護衛の任を解く。どこへでも行くがよい」
私たちの背中へ、優しい声音が降る。
「生き延びよ」
父親として。主君として。心からかけられた言葉。
「そなたらの腕前なら、どこででも生きていける」
だがエニグマは笑わなかった。静かに戦斧を握り直し、腹の底から怒鳴る。
「我ら不屈の刃!!最後まで主君と共にッ!!」
「おうよ!!」
サイファーが血塗れのまま笑う。
「端からそのつもりだぜ!!」
「うん!!」
私も叫んだ。
「絶対に負けられない!!」
夢の脚本。夢の主の意向。悪夢のルール。
そんなものはもう、どうでもよかった。
そこに深い愛情で結ばれた親子がいる。
そして救いを求めている。それだけで、命を懸ける理由としては十分だった。
今、忠義の在り処が示されている。
守護の意志が試されている。ここで逃げれば、その恥辱は魂へ永遠に刻まれるだろう。
「……お前たち……」
「父上……」
親子は泣いていた。涙を零しながら、それでも決して私たちの背中から目を離さない。
黒騎士が静かに言う。
「覚悟は決まったようだな」
空気が張り詰める。
「始めるぞ」
そして再び、悪夢が動き出した。
剣戟、轟音、絶叫、血。
次の瞬間、エニグマの首が飛ぶ。
サイファーの胴が貫かれる。
私の全身へ無数の矢が突き立つ。
それでも私は倒れない。
親子へ全身で覆い被さる。一本でも多く、矢を防ぐために。
身体が冷えていく。意識が遠のく。
その時、誰かが私の手を握った。
父親騎士だった。
優しく、両手で包み込むように。
そして静かに告げる。
「ありがとう」
その声は、ようやく救われた人の声だった。
「この記憶さえあれば私は――」
涙をこらえるように震える言葉を紡いでいる。
「この悪夢から覚めて」
そこには確かな安堵があった。
「ようやく、先へ進めそうだ」
そこまで聞き届けて、私は意識を手放した。




