第十四話 守護者たち
守備兵たちの決死の抵抗と陽動。
その犠牲によって、私たちは辛うじて砦を脱出していた。
夢の主と、その息子。親子は黒煙の立ち昇る砦を何度も振り返った。
見えなくなるその瞬間まで胸へ手を当て、祈るように、残された守備兵たちの無事を願っていた。
一兵でも多く生き延びてくれと、その願いだけを胸に抱いて。
だが、そこからが悪夢の悪夢たる所以だった。
まず馬車の車輪が壊れた。嫌な音を立てて軸が折れる。
完全破損。応急修理も不可能な、最悪の部位だった。私たちは馬車を放棄するしかなかった。
次は馬だ。限界だったのだろう。
長時間の逃走、重量、疲労。
そのすべてを背負わされた馬はその場に崩れ落ち、何度叩いても、何度呼びかけても、もう立ち上がらなかった。
嫌な予感がしたが、止まれない。
私たちは徒歩へ移行した。荒野を歩き進む。
乾いた風、疲労、焦燥、沈黙。
誰もが少しずつ口数を失っていく。そして全員の疲労が限界へ近づいた頃だった。
「――止まれぇ!!」
怒声。前方の岩陰から、次々と人影が現れる。
野盗だ。粗末な武装だが数が多い上に、包囲されている。
逃げ場はない。野盗の頭目らしき男が薄汚い笑みを浮かべ、刃物を向けた。
「持ち物全部置いてきな。ついでに――」
男の目が夢の主の息子へ向く。
「そのガキもな」
瞬間、空気が凍った。
「野盗風情が……!」
騎士が叫ぶ。疲労困憊の色は否めない。
それでもその双眸には、未だ炎が宿っていた。
「鎧袖一触にしてくれるッ!!」
雄々しく抜刀し、誰より早く野盗たちへ突撃していく。
父親なのだ。息子を守る為なら、どれだけ身体が軋もうと、どれだけ傷つこうと、止まれるはずがなかった。
「私もお供致します!!」
よく通る声に、やたら爽やかなテンション。
しれっとエニグマも戦斧片手に突撃していく。絶対楽しんでるだろあいつ。
「子どもを守る為だ!」
サイファーも大剣を構える。
「喜んでこの剣、捧げるぜぇぇッ!!」
以前より遥かに迷いがない。そのまま走り出す。
私は一瞬だけ思考した。前へ出るべきか。それとも――
だが答えはすぐに出た。頭を冷やし、視線を巡らせる。
周囲、地形、死角、敵配置。そして子ども。
護衛対象の防衛を優先すべきだろう。
ということで私は後方へ残った。
「大丈夫」
子どもへ声を掛ける。
「絶対、守るから」
戦場の喧騒が響く中、私は身辺警護へ集中した。
疲労が重い。身体が悲鳴を上げている。
ここまでの逃避行、戦闘、緊張。その蓄積へ、野盗たちの数が最悪の形で刺さってくる。
最初の数人なら倒せる。だが二人、三人、複数人が連携し始めれば話は別だ。
死角、牽制、時間差攻撃。こちらの消耗を待つような戦い方。
しかも人数差が大きすぎる。敵勢は終始勝ち気で、士気が落ちる気配すらない。
エニグマたちをすり抜けた野盗が、すでに私の前に五人も陣取っている。
半包囲を維持したまま、じりじりと距離を詰めてくる。
そしてそこへ、更なる戦況の悪化因子が投入された。
「頭領」
重く低い声。
「苦戦しているようだな。そろそろ助勢するとしよう」
空気が変わる。
野盗の頭目が露骨に安堵した顔を見せた。
「あぁ、頼みますぜ!報酬には色を付けさせて頂きますんで!」
揉み手。媚びるような笑み。
その背後に現れたのは――黒騎士。
全身を漆黒の鎧で覆った巨躯の男。
左手には大盾、右手にはモーニングスター。
隙がない。構えだけで分かる猛者。それも単身で戦線を瓦解させ得る類の怪物。
そう私たちは直感していた。
「用心棒が出てきたか……!」
父親騎士が苦々しく呟く。
そして次の言葉で、空気がさらに変わった。
「奴は悪名高い黒騎士……」
憎悪。怒り。悔恨。あらゆる感情が、その声へ滲む。
「――我が兄の仇だ」
暫しの沈黙。
その横で、エニグマが静かに笑った。
もしそれが真実なら、ここにあるだろう。
この悪夢を終わらせる“鍵”が。
私は息を吸い、子どもを背へ庇う。
そして知らず、呟いていた。
「絶対に――守り抜く」
黒騎士は、想定を遥かに超えていた。
「【フィジカルブースト】」
低く短い詠唱。次の瞬間、黒騎士の動きが一段階加速する。
速く、重く、隙がない。
「【ハードストライク】」
モーニングスターが高々と掲げられる。
白銀の魔力光。暴力的なオーラ。それが武器全体へ纏わりついていく。
嫌な予感がした。
次の瞬間、魔力の塊のような一撃が振り下ろされる。
空気が悲鳴を上げた。
「隊長!! 危ない!!」
咄嗟に飛び出したのは、サイファーだった。
紙一重で父親騎士の前へ全身で割り込む。
そして――ゴシャッ。
鈍い嫌な音が響く。
モーニングスターがサイファーの身体を強かに打ち据え、長身が嘘のように吹き飛んだ。
宙を舞い、地面へ叩きつけられる。
「サイファー!!」
呼び掛けても動かない。だが辛うじて息はある。
昏倒してしまったようだ。
その時だった。
「……父上」
小さな声。
振り返ると、子どもが前へ出ていた。
両腕を静かに掲げている。それは祈りの所作にも見えた。
「戦の絆に結ばれし、我が兄弟たちよ」
淀みない詠唱に、空気が震える。
「今こそ、勇敢なる戦士へ」
光が灯る。白く輝く魔力だった。
「魂の祝福を授け給え」
「【ディバイン・ソリューション】」
白い光が解き放たれた。
だがそれは焼き尽くす光ではない。
優しく、温かく、身体の内側へ沁み込むような、魂そのものを励起する光。
それが私たち全員を包み込んだ。力が沸き上がり、疲労が消え去る感覚がある。
黒騎士の大盾へ、勢い付いたエニグマが戦斧を叩きつける。
ガギィィィン!!
凄まじい衝撃音。だが決定打には遠い。
黒騎士の防御は依然として鉄壁だった。
それでもエニグマは止まらない。
「グフフ……んじゃまぁ、いっちょかましますか」
黒猫頭が楽しげに揺れる。戦斧を肩へ担ぎ直したその瞬間、空気が変わった。
「【オーバードアックス】」
戦斧が紅蓮のオーラを噴き出す。
その熱量と暴威に思わず目を奪われる。
しかし不思議と動きは軽い。否、軽すぎる。
本来なら両手で扱うべき重量武器を、エニグマは片腕で振り回し始めた。
「うぉぉらぁぁぁッ!!」
ドゴン!!
重撃。
ドゴン!!
連撃。
ドゴァッ!!
さらに追撃。
凄まじい速度。常軌を逸した手数。
堪らず大盾が軋み、歪み、砕ける。
そしてついに、黒騎士の大盾へ大穴が穿たれた。
次の瞬間、黒騎士は迷わなかった。
壊れた大盾を即座に捨て、空いた左手でダガーを抜く。
短い。だが異様に鋭い。
無言でじりじりと距離を詰めてくる。
その殺意だけが、研ぎ澄まされるように空間へ満ちていった。
本日アーマードコアⅥのやり過ぎで、思考回路が闘争本能!ガォォ!にゃんにゃんっ!




