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第十三話 客演者


「今の世の中さぁ〜」


エニグマが戦斧を肩へ担ぐ。


「悪夢の供給には、全ッ然困らないんだよねぇ〜」


「例えばこういうのとか?」


「オフコース!!」


私たちは、再び悪夢の中にいた。

しかし以前とは、決定的に違う。


――能動性。


今までは巻き込まれるようにして、悪夢に落とされていた。

だが今は違う。私たちは自らの意志で、この死線へ侵入している。


眼前には、うず高い城壁。

その向こうから、荒波のように軍勢が押し寄せてくる。


怒号と鬨の声が波及していく。

火炎と投石が交錯している。

そして見渡す限りの無数の敵兵。


それに対し、城壁側の兵力はあまりにも少ない。

消耗した寡兵は明らかな劣勢を意味していた。


この防衛軍の中に今回の“夢の主”がいるらしい。


「野郎どもォ!!」


エニグマが叫ぶ。

それと同時に襲いかかってきた敵兵の頭を、気合のこもった戦斧の一撃で叩き割る。


バギィッ!!


鮮血とともに飛び散る脳漿。

だがエニグマは止まらない。


「よく聞けぇぇぇ!!」


戦斧を掲げる。


「我ら!!」


一拍置く。


「チーム暗号軍団連盟協定の任務は簡単だぁ!!」


「長ぇよ名前が!!」


サイファーが即座にツッコむ。

完全にこの役回りに慣れてきていた。

エニグマは気にしない。


「夢の主が!」


戦斧を振り抜いて敵兵を吹き飛ばす。


「心のどこかで思い描いているエンディングへ!!」

「この夢の脚本をッ!!」

「力強ぉ〜〜く誘導することだぁ!!」


私は少しだけ息を呑む。

夢を攻略するのではなく、夢の結末を書き換える。

それがメアダイバーの任務。


「失敗したら?」


サイファーが嫌そうに聞く。

エニグマは満面の笑みで答えた。


「代償を支払って!」


戦斧一閃。突き出されてきた複数の槍を斬り払い、敵兵に襲い掛かっていく。


「また来週ぅ〜♪」


つまり夢の主に理想的なエンディングを届けられなければ、また最初からやり直す羽目になるということなのだろう。


「とにもかくにもさ」


サイファーが大剣で敵兵を叩き伏せながら言う。


「ここの“夢の主”を見つけないと始まらないんじゃねぇのか?」


もっともな疑問だった。

しかし上級者たるエニグマは、全く動じない。


「チッチッチッ」


黒猫頭が左右に揺れる。


「甘いぜ、サイファーくん」


再びの戦斧一閃。

敵兵の胴体が吹き飛ぶ。


「夢の主の内なる衝動」


もう一人返り討ちにする。


「欲求」


首が飛ぶ。


「未練」


返り血。


「願望」


血飛沫。


「そういうもんはなぁ〜」


喋りながら連撃を繰り出していたエニグマが、戦斧を肩へ担ぎ直す。


「夢の景色と脚本に、めちゃくちゃ濃く投影されるんだよ」


「つまり……」


私は呟く。


「初動は観察が重要ってこと?」


「もちコース!!」


エニグマが親指を立てる。


「観察だけで看破してしまっても一向に構わんぞ!」


そう言われて。

私とサイファーは、改めて周囲へ目を向けた。


燃える城壁。押し寄せる大軍。

寡兵による防衛戦。敵兵たちの装備。

紋章、旗、武器、戦術。


何故、この夢は防衛戦なのか。

何故、圧倒的劣勢なのか。

何故、城壁なのか。


敵兵を処理しながら、思考を巡らせる。

やがて、ひとつの答えが浮かび始めていた。



「この夢の主は」


サイファーが敵兵の剣を受け流しながら言う。


「少なくとも、中世ヨーロッパ風の兵装に詳しい」


大剣を振るい、敵兵を吹き飛ばす。


「鎧の構造も弩兵の配置も、それっぽい雰囲気任せじゃなくて、ちゃんと理解してる側の描写だ」


サイファーは息を吐く。


「この夢の主は高校生以上の年齢層である可能性が高い」


「なるほど」


私は頷く。

そして、自分の推論を口にした。


「心理的に、かなり追い詰められていた過去がある」


城壁の向こうで叫ぶ無数の敵兵。

絶望的戦力差がありながら、それでも守備兵たちは逃げない。


「それでも、強く守りたいと願った存在がいた」


広がる炎と高まる怒号。流される血。

それらの渦中にあっても、守備兵たちの士気は高い。

怯えておらず、最後まで戦う覚悟を感じさせる。


「そして夢の主自身も」


襲い掛かってきた敵兵を両手剣で刺し貫く。


「絶望的な劣勢へ、身を置き続けた」


「フフーン♪」


エニグマが得意げに鼻を鳴らす。


「推察の筋が良いねぇ〜お二人さん」

「じゃあ、もう一歩先を見てみようか」


そう言って、エニグマは迷いなく城壁の尖塔内部へ入っていくので、私たちも続く。

石造りの階段をどんどん上へと登っていく。

やがて最上階へ辿り着くと、そこでは数人の守備兵が弓と弩を構え、眼下の敵軍へ果敢に矢を浴びせていた。


その中の一人へ、エニグマは迷わず歩み寄る。

そして、切羽詰まった声音で叫んだ。


「隊長!!」


全員の視線が集まる。


「もはやこれまでです!!」


迫真。あまりにも迫真。


「せめて隊長だけでも、ご子息を連れてお逃げください!!」


私とサイファーは同時に思った。


(演技うっっっま……)



やがて、声を掛けられた男が、ゆっくりと兜を脱ぐ。

現れたのは、若い男だった。

精悍な顔立ち。汗と血で乱れた黒髪。そして鋭い碧眼。


年齢は、三十前後だろうか。

戦場の只中にありながら。

その顔には、どこか気高い品格が残っていた。


最初、その碧い双眸は困惑に揺れていた。

当然だ、突然現れた謎の増援が妙に芝居がかったことを言い始めたのだから。


しかし次の瞬間には。

男の目の色が変わる。


「……我が息子が」


掠れた声。


「まだ、この城に居るのか?」


その声音は、紛れもなく。

息子を慈しむ父親のものだった。

エニグマは、一切迷わず頷く。


「はい」


堂々たる即答。


「投石を避ける為、尖塔麓へ避難しております」


さらっと言う。


「数名の護衛と共に、父君を待っておられます」


よくもまぁ、ここまで大胆に夢の脚本へ干渉できるものだ。

私とサイファーは、半ば感心していた。

だが、そこでエニグマは止まらない。


「ご安心ください」


私たちを親指で指した。


「この者たちは、国でも屈指の手練れ」


真顔で言うな。いや、猫耳頭で真顔かどうか分からんけど。


「必ずや、お二人を安全に新天地まで送り届けることでしょう」


「勝手に話進めんな!?」


サイファーが小声で叫ぶ。

私はもう諦めていた。

エニグマに流れを作らせた時点で、もうなるようにしかならない。


こうして私たち三人による。

護衛任務付き逃避行が、幕を開けたのだった。



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