第十四話
セイは隣の触腕に飛び移った。
「こうやって動き続け、攻撃し続ければこいつはたいした奴じゃない。ただ図体がでかいだけだ!」
『この短時間でそこまで見抜いたのですか。セイ、あなたの洞察力と分析力には感服します。しかし……』
「しかし?」
『そうして動き回っていてはいずれスタミナ切れで守勢に回るのでは?』
「……あっ」
『それに核がどこにあるのかについては直接的な解決策にはつながらないように思うのですが』
それもそうだ。
クラゲにスタミナという概念があるのか不明だが、体が海水でできている以上無尽蔵の可能性が高い。それに攻め続けたところで核の場所がどこなのかは分からないままだ。
「ど、どうしよう」
『……先程の言葉を訂正します。あなたは瞬間的な判断力には優れますが、長期的、大局的な視点に欠けるようです』
「う、うるさいな! それより、今どうするか考えてくれよ!」
『それは─┬』
クラゲがひときわ大きく全身を震わせた。セイが立っている触腕も大きく揺さぶられる。
「うわ、しまった! ちょっと隙を見せたら──うわぁああ!」
触腕が狂ったように暴れ出し、セイは空中に高く放り出されてしまった。
高い。
セイはクラゲの体長のほぼ倍近い高さに投げ出された。
セイの視界にクラゲのの頭頂部が見えた。巨大な、浄灯篭ほどの大きさの白い“目”があった。
あれか!?
セイは上に向かって手をかざして叫んだ。
「縄!」
いちかばちかの賭けだったが、セイの思惑通り上から黒い海水がロープ状に伸びてきたのでしっかりと掴んで落下を阻止した。周囲は一面が黒い海水に覆われており、上も例外ではなかったのだ。
セイはロープになった海水にぶら下がり、クラゲの頭頂部の“目”を確認した。
クラゲは頭頂部の“目”でセイを睨みつけながら、触腕をしきりに動かすだけで攻撃はしてこない。おそらく距離が離れすぎているのだろう。触腕の長さから届かなくはないだろうが、セイもあまり遠くにある海水を操ることはできないたため、触腕を伸ばしても威力のほとんどを失うのだろう。
「トゥトゥ、核ってあれじゃないのか!?」
『はい。間違いありません。制御中枢です。命令信号を逆探知すれば頭頂部にいきあたります』
「あれを壊せば、クラゲは倒せる。そうしたら、楽園は元に戻るんだな!?」
『はい。あの中枢だけが楽園の浄化の完了を邪魔しています。奴を排除さえすれば、あとは自動修復プログラムが楽園をするに再構築してくれるはずです。ですが……』
「ですが?」
『あれだけの大きさです。セイの持つ棍棒程度の質量で破壊できるかは……』
「これは棍棒じゃなくてヌンチャク……今更だけど、お前、オレと同じもの見えてんの? 最初は核がどこか分からないみたいな口ぶりだったのに」
『言っていませんでしたか? 私はある媒体に常駐することで視覚的、聴覚的情報を得ています。本来はネレイド、海水を媒体にできるのですが、暴走している状態では通信が阻害されるのです』
「……もっと分かりやすく頼む」
『あなたの場合、その耳飾りを通して外部の情報を得ています。正確にはその中央にある鉱石、蒼玉にですが』
「オレの耳飾り……そうか、だからオレの視界に入ってない頭頂部は見えなかった──なぁ、それじゃ、ソレイユと会話できるんじゃないか?」
『可能です。ソレイユともあなたと同様の青い耳飾りをしています。理論上は不明な点も多いですが、青い光は波長が短いことから電波通信の相性が良い可能性が考えられ──』
「お前を通してソレイユと話せるか!? 今すぐ!」
『……ソレイユの鉱石は藍玉です。同じ蒼玉どうし、藍玉どうしなら明瞭な通信が可能ですが、雑音が入る可能性は否定しきれません』
「いいから! 今伝えないといけないことがあるんだよ!」
浄灯篭の中でソレイユが不安げに座っている。少し顔色が悪い。
『なるほど、やはりあなたの能力によるものでしたか』
「セイには……言わないでね。絶対心配するから」
『本来でしたら今あなたを海底に留めるのも危険です。一刻も早く地上に戻り、治療を受け、休養すべきなのですが……』
ソレイユは笑って、細いで腕で力こぶを作ってみせた。
「大丈夫だって! 慣れてるから! 半分こしただけだから。ちょっとしんどいけど、死んだりしないよ。楽園をセイと一緒に感じれたら、すぐ戻るから」
『しかし──』
唐突にトゥトゥの声に雑音が混じった。
「天使さま!? 大丈夫!? 私よりあんたのほうが危ないんじゃないの!?」
『──レイユ──ソレイユ! 聞こえる!?』
セイの声だった。
「セイ!? え? あんた、近くにいるの!? 戻ってきたの!? 大丈夫!?」
『今、トゥトゥに頼んでオレの声を届けてもらってるんだ。ソレイユ、言っておかないといけないことがあって、聞いてくれ!』
「何?」
『ソレイユ、楽園、見たいよね?』
「え? そりゃ……でも、私、見えないから」
『でも楽園の、なんていうか、空気? とか、音とか、そういうの、感じたいからここまでオレと一緒にきてくれたんだろ?』
「それは……そうだけど、セイ、それが今聞きたいことなの?」
一瞬の沈黙。
「セイ?」
『分かった。それだけ聞ければ十分だ。ソレイユ、オレが絶対楽園、取り戻すから』
セイの声には何かの決意のようなものが感じられた。
ソレイユの胸に言いようのない不安が湧きあがった。
「セイ? あんた、何言ってんの? 何する気なの!?」
『ソレイユ……大好きだよ。君に会えて、オレ、幸せだよ。本当に。心の底から幸せだ』
「セイ!!?」
『ソレイユ、元気で』
「セイ!! ちょっと! ねぇ!? セイ!!!」
「ありがとう、トゥトゥ。もういいよ」
セイはロープにぶら下がりながらクラゲの“目”をキッと睨んだ。ここから“目”までの距離はおよそ三十メートル足らずほどだ。かなり高い。
『セイ、あなた、何を──』
「これ以上ソレイユの声を聞いたら……決意がにぶる。トゥトゥ、もう一度確認するけど、あの“目”を潰せば楽園が元に戻るんだな?」
『はい。それは間違いありません。私も制御を完全に取り戻せますし、楽園の自動修復も再起動します』
「じゃあ……やっぱりオレがやるしかない、よな」
セイはロープから手を離した。セイの体が重力に引かれて自由落下する。
『セイ!?』
セイは頭を下にして真っ逆さまにクラゲの頭頂部に向かって落下する。
頭頂部の“目”がカッと見開かれる。恐怖だ。少なくともセイにはクラゲが恐怖を感じているように思えた。
クラゲの頭頂部の表面がいっせいに泡立ち、無数の触手が槍となり、数十、いや数百の槍となってセイに襲いかかる。
セイは自分に向かって伸びる無数の槍に向かってゆっくり手をかざした。
「集まれ」
とても静かな口調でそう命じた。何本もの槍がセイの手の中に集まる。しかし全てを集めきることはかなわず、数本がセイの手や足、頬などを無数にかすめ、時には貫き、肉をえぐり、血が流れる。 セイの意識が一瞬遠のきかけた。
確かにこれは猛毒だ。いや、麻酔のほうが近いだろうか。わずかにかすっただけでも猛烈な眠気が襲ってきた。
しかし皮肉なことにセイの全身をかすめ、時には貫いた無数の槍の傷の痛みがその眠気を妨害した。
落ちる速度は徐々にマシ、セイは手元に集めた海水を巨大な槍に形成した。
生半可な質量の武器では“目”を破壊できない可能性がある。だったら、
「お前のくれた黒い水だ! 返すぜ!!」
セイは落下の勢いに任せてクラゲの目を貫いた──




