第十三話
セイが辿り着いた場所には無数の星があった。
いや黒の空間、それも上ではなく、目の前の黒い壁一面に星のように無数の光がちりばめられているのだ。
無数の光の中で一つの白い光が一筋、文字通り一本の光の筋となって黒の空間を貫いている。ここが光の源なのは間違いない。
「ここにお前がいるのか!?」
セイは迫りくる黒い触手をヌンチャクで振り払いながら言った。
『私がいる、というよりは私のデータを格納しているサーバの一角です。他にも予備のレイドは存在しますが、今最もアクティブなのはこのサーバにあるデータです』
トゥトゥの声が響く。
「さっきまで雑音交じりだったのに、ずいぶんキレイに聞こえるようになったな。近いからか?」
『物理的な距離もありますが、暴走したネレイドの注意が私からセイに移ったことが大きいようです』
目の前の黒い空間が震えた──気がした。
いや、気のせいではない。本当に空間が動いたのだ。
周囲が全て黒一色のためほとんど判別できないが、目の前にある星のような無数の光が時折遮られていることから、黒く巨大な“なにか”が蠢いているのが分かった。
空気も凍り付いたように張りつめているのを感じる。セイは全身の肌が泡立つのを感じた。
殺気だ。
目の前の黒い“なにか”はセイに明確な敵意を向けている。
「こいつが元凶か?」
『そうです。暴走したネレイドの集合体、その中枢です。排除をお願いします』
「排除って、倒せってことか? どうやって?」
セイの言葉に反応したように、その“なにか”の巨体に小さな無数の光が灯った。それは一見星空を連想させたが、ひとつひとつが明確な殺意を放つ“目”だった。
「……クラゲか? こいつ」
セイが“なにか”の姿に抱いた印象がそれだった。全身に無数の“目”をもつ体長三十メートルを超える黒いクラゲ。そうとしか形容のしようがなかった。
のそり、とクラゲが長い触腕を持ち上げる。
来る。
セイがそう思った瞬間、セイは背後から襲い掛かってきた黒い刃状の触手を間一髪で避けた。完全に勘頼りだ。
「うわっ……!」
セイが背後からの攻撃をかわしたとほぼ同時にクラゲの巨大な触腕が間髪入れずにセイの頭上に振り下ろされた。
セイは横っ飛びに地面を転がり、触腕から逃れた。セイが立っていた場所にずぅんと重い衝撃走る。
「散れ!」
セイが触腕に命じると、触腕の表面が膨れ上がった。
『ダメです! よけて!』
トゥトゥの叫び声に反応し、セイは触腕が膨れ上がってはじけ飛んだ黒い飛沫をかわした。飛沫がセイの長い黒髪に触れ、黒い煙をあげた。焦げ臭い匂いがする。
「こ、こいつ、触れたらヤバいのか!?」
『この中枢は分解作用を持つ酵素を凝縮しています! 白の光やセイの能力をもってしても完全には中和できません!』
黒いクラゲの無数の白い“目”がすっと細くなった。セイにはまるで自分を嘲笑っているように思えた。
「ちょっと触れただけで即アウトってわけか。おまけに─┬」
セイは触腕を見た。わずかに弾けた表面は若干体積が減ったように見えたがすぐに元に戻った。
「海水だからすぐに補充がきく。これじゃ─┬」
横たわる触腕が表面が泡立ち、再び弾けた。大量の黒い水がセイに襲いかかる。
セイは黒い水を拡散させおうとしたが量が多すぎる。
「壁ぇ!」」
セイが叫んで手に持った黒いヌンチャクを前方に投げつける。ヌンチャクが薄い膜状に広がり、黒い海水から傘のようにセイをかばう。
「キリがないぞ……!」
セイは前方に黒い膜状の壁を張り巡らせた直後、背後から襲いかかってきた黒い刃を避け、
「固まれ!」
避けた黒い刃に命じて、再び手元に黒いヌンチャクを形成する。
「しかも四方八方から襲われたんじゃこっちが先にバテる……! トゥトゥ! こいつ、どうやって倒せばいいんだ!?」
『中枢の体内にある無数の白い光が見えますか? これが暴走の原因です!』
セイはクラゲの本体に目をやった。無数の星のような白い“目”が明滅している。
「あれを全部壊せってのか!? 何百、いや何千、何万あるかもわからないぞ!?」
『それは表層のものです。本来浄化の役割を果たしたネレイドはそのまま海水に戻るのですが、なぜか浄化した後も過剰にその役割を果たそうとしています。奴のどこかに“核”となる、他以上に巨大な白い光があるはずです! それを破壊してください!』
「核って言われてもなあ……」
セイはクラゲを見上げた。ソレイユと出会った罰の塔よりは多少低い程度の大きさだ。
クラゲが触腕を振りあげ、再びセイに向かって振り下ろしてきた。
セイは触腕よりもその直後に背後から来るであろう、周囲の海からの触手のほうを警戒した。触腕は巨大見た目の通り動きが鈍い。当たれば粉微塵に全身をバラバラにされるだろうが、よけるのはたやすい。問題はその直後に来る周囲からの触手だ。
セイは振り下ろされる触腕を回避し、やはり背後から襲いかかってきた刃をヌンチャクで振り払う。
……待てよ?
セイはクラゲの攻撃パターンにある疑問を抱いた。
なぜ触腕と背後からの不意打ちを同時に仕掛けてこない?
背後からの攻撃と触腕は同時には来ない。ほとんど同時に思えるが、実際にはかならずどちらかがワンテンポ遅れてくる。だからこそセイも回避することができている。もし同時に襲われたらひとたまりもなかったろう。
それだけではない。
クラゲの触腕は見たところ五本あるが、一本しか攻撃してこない。他の四本はうねうねと蠢いてはいるが、セイに向かって襲いかかっては来ない。
また、セイはもう一つ、クラゲ以前に触手に襲われた時のことも思い出していた。
背後からの黒い水は必ずといってほど刃状になった切りつけてくる。そしてそれ以外の襲撃はほとんどが槍のように突いてくる。
「もしかしてこいつ─┬」
セイは自分の考えを確かめるため、ある賭けに出た。
『セイ!? 何を─┬』
セイはトゥトゥの制止する声も聞かず、振り下ろされたばかりの触腕に飛び乗った。
「かかってこい!!」
セイはヌンチャクを振り回しながら本体に向かって触腕の上を走り出す。
一瞬、クラゲの無数の白い目が動揺したように明滅したが、すぐにセイに向かって細い槍状の触手がクラゲ本体から三本伸びて襲いかかる。
しかしその槍の鋭さも勢いも若干鈍いように思える。
セイはすかさず正面から伸びてきた槍をヌンチャクを振り回してで砕く。
「思った通りだ!」
砕いた瞬間に確信した。槍の硬度が明らかに弱く、脆い。それまでの触手は分厚い鉄の棒を叩いた時のような重い感触だったが、今回の槍は太めの木の枝のように柔らかく、軽い。
「どうした! 鈍くなってるぞ!」
セイはさらに激しくヌンチャクを振り回して本体に向けて突進する。
『セイ、一体どういうつもりですか!?』
「こいつは一つの行動しかできないんだよ!」
槍が伸びる。セイがヌンチャクで砕く。明らかに勢いが衰えている。
『単一の処理しかこなせない、という意味でしょうか?』
「こいつは触腕を動かすか、周囲の海水を操るか、とにかく一回づつしか行動できないんだ! 同時に全部はこなせないし、その上──」
セイが本体にまで辿り着き、白い“目”の一つにヌンチャクを振り下ろす。
“目”がまるで怯えたように激しく明滅し、瞼を閉じるように黒い海水が“目”を覆って見えなくなる。ヌンチャクが柔らかい布団を叩いたようにぼよんと間の抜けた音をたてる。
「剥がれろォ!」
セイが叫ぶと、瞼のように閉じた海水が弾け飛んで“目”がむき出しになった。同時にセイが“目”にヌンチャクを叩きつける。
ご・おおおおおおんんんん。
にぶい重低音が周囲の空気を激しく揺らした。クラゲの悲鳴か、クラゲの全身が苦しげに大きく揺れる。
「その上、責めるか守るかしかできない。攻撃してる間はいいけど、守る側に立たされたら途端に勢いが落ちるんだ!」




