第96話 千面道化
アランは顔色を変えない。
驚いているはずだが、一切顔には出さない。
「……ほぼ間違いなく、アレはウツロギ先生じゃない」
「……なんでわかるの?」
「……目の色も、皮膚の色も、髪の色も違う。日が経てば誰だって微かに色は変わるが、そんな生半可なレベルじゃない」
「……僕には色の違いはわからない。だけど、確かに立ち姿が妙だ。前と比べて隙が無い」
俺は色を顔のように捉えることができる。
奴の色の顔は……人間のそれとかけ離れている。色相、色の流れ、色味。どれもこれもが気持ちが悪い……縫い目だらけ、ツギハギの顔だ。
不快でしかない。
「……わかった。君を信じる。あとは僕に預けて」
「……どうする気だ?」
「……隙を見て無力化する」
こと戦闘に関してはアランの判断に任せるのが吉か。
「……OK。お前に任せる」
授業が始まる。
「それではまずは回復薬の錬成をしてもらいます。材料はこちらで用意しているので、廊下側の生徒から順に取りに来てください」
廊下側の生徒から回復薬調合セットを取りに行く。
順々に生徒が立ち、調合セットを取って座っていく。そしてアランの番がやってくる。
アランは自然な足取りで侵入者の元へ向かう。
恐らく俺だけが、アランの緊張を感じていた。――やる気だ。
アランは薬草などの素材を掴み、そして――侵入者の眼前に投げた。
「なにを!?」
侵入者の視界を封じた後でアランは背後に回り、侵入者の手と頭を掴んで床に押し込んだ。
「お、おいなにやってんだよ!」
騒然とする教室内。
「アラン君……?」
「アランさん!?」
ヴィヴィとフラムもアランの行動に対して驚いている。
アランは冷静な面持ちでナイフを取り出し、侵入者の首に添える。
「動くな。何者かは知らないけど、動くと斬る」
「……ビックリしたな~、もう。どうして僕の変装を見破れたのかな?」
やっぱりウツロギ先生じゃなかったか。
確信を得たことでアランの殺意が色濃くなる。
「君、何者?」
「教えてあげるけどさ、その前に……拘束が緩いよ、君」
アランは完璧に関節を決めていた。なのに、侵入者はアランを背に乗せたまま立ち上がった。
「なに!?」
侵入者は無理やりな態勢からアランを教室の後ろの壁まで投げ飛ばす。
――ゴォン!!
「がはっ!?」
教室の前から、後ろまで、一瞬で投げ飛ばした。
ありえない腕力だ。
アランが投げ飛ばされたのを見て、すぐに動いたのはウチの武闘派2人。スプーシーとブルースだ。
「よくわからないが」
「敵だろお前!」
スプーシーは椅子を武器に、ブルースはアランが落としたナイフを手に敵に迫る。
「血気盛んだね」
ブルースのナイフによる一突きを、侵入者は素手の手のひらで弾いた。ナイフは簡単に折れて砕ける。侵入者はブルースの腹を殴る。ブルースは天井まで殴り飛ばされた。
「ぐっ!?」
スプーシーは攻撃を繰り出すことすらできず、腹を蹴り飛ばされ、机に激突。そのまま気を失った。
「その程度の武器じゃ、僕に傷はつけられないよ」
刃物による攻撃は効きそうにないな。だったら、
「きゃああああああああああっっ!!」
「なんだ、なんなんだコイツ!?」
「逃げろ! 先生を呼ぶんだ!!」
悲鳴を上げ、逃げまどう生徒たち。
侵入者の目線はある場所に一直線に向かっていた。
「迎えに来たよ。お姫様」
「え……?」
視線は、ヴィヴィに向いていた。
「狙いはヴィヴィか……!」
ヴィヴィは後ろ手に杖を、ライトニングロッドを持っている。
「雷錬成、【ヴォルト】!!」
ヴィヴィの杖から放たれる雷光。
侵入者は雷を両腕で防御する。
「眩しいなぁ」
効いてはない。防御した両腕が微かに焦げている程度。
だが、足は止まった。
(虹の筆……!)
俺は虹の筆を抜き、高速で床に合成陣を描く。
自分の机を蹴り、合成陣の上に机を倒す。
「フラム! フルパワーだ!!」
「はい!」
合成陣から引っ張った円にフラムがマナスティックを投げ込む。
フラムの術により、机が白い炎に包まれる。
「合成? 一体何を……」
侵入者は動かない。合成術を警戒したのだろう。
白い炎が収まり、机は木製の槍になった。
しかし、ただの木の槍ではない。
「お返しだよ……!」
復活したアランが槍を手に取る。
すでに侵入者の周囲に生徒はいない、条件は整った。
アランが槍を持ち、侵入者に向けて投げる。
「だーから、こんなの効かないって……はっ!!?」
木の槍が侵入者と接触した瞬間、周囲一帯をぶっ飛ばす爆発が巻き起こった。
ヴィヴィのヴォルトによる足止め→虹の筆による合成陣作成→フラムが爆弾属性を付与した木の槍を錬成→アランが投擲。
完璧なコンビネーションで侵入者に爆弾を叩きつけることに成功した。だが、
「いてて……」
奴は倒せなかった。
ダメージは入っている。奴の肌は黒く焦げ、血が出ている。
「起爆のマナか……僕の融合のマナと同じで、合成陣で限定錬金術を執行できるロストマナ。今のは効いたよ。だけど」
一歩、また一歩と侵入者は近づいてくる。
ヴィヴィは諦めずライトニングロットにマナを込める。
フラムは怯え、体を震わせている。
アランは両拳を握る。
俺は……もう、なにも策はない。これ以上はどうしようもない。あれだけの爆発を身に受けて立っていられる相手にどう対処すれば……、
「ここまでだね」
「――ああ。ここまでだ」
刹那、侵入者の横っ腹に何かが命中した。
「弾丸か。生憎だけど、僕の肌には……」
侵入者の横っ腹に雷が炸裂する。
「なに!?」
全身を痺れさせ、膝をつく侵入者。
「特別製でな。着弾時に雷を発生させるんだ」
そう言って、教室に入ってきたのはジョシュア先生だ。手には銀の銃を構えている。
「俺の教室に何か用かい? ぼっちゃん」
ジョシュア先生は眼帯を外し、封印のマナで錬成した義眼を晒している。義眼で侵入者のマナを吸っている。
「封印の義眼に解封弾。ということは、あなたがジョシュア=ベン=クロスフォース……まさか早速神樹の守護者の1人に会えるなんてね」
侵入者はすぐさま立て直し、両手の手袋を外してジョシュア先生に接近する。
「させないよ」
アランが2人の間に割って入る。侵入者はアランの腕を素手で掴む。
「はい、これでおしまい」
「……どうかな?」
一瞬、侵入者の動きが止まった。
「っ!? ――義肢か!!」
アランは左の拳で侵入者の腹を殴る。
「がはっ!」
「やはり君は……」
侵入者の体が浮き上がる。そしてもう一発、左のストレートが侵入者の顔面を打った。
侵入者は窓際まで殴り飛ばされる。ジョシュア先生から放たれた追撃の弾丸が侵入者に突き刺さっていく。
「マナが、吸われていく……! 封印のマナを込めた弾か!」
「テメェは一体何者だ? 大方の予想はついているが」
侵入者は両手の手のひらを見せる。そこには人の顔のような奇妙な絵が描いてあった。
「生命の合成陣、やはりな」
合成陣? あれも合成陣の一種なのか。
「僕は千面道化。ファウスト卿が四大傑作の一体だ」
「……ファウスト卿……!!?」
ヴィヴィはファウストという名を聞いて驚き、膝を崩した。
「ヴィヴィ!」
全員の意識が一瞬、ヴィヴィに集中した。その時、千面道化を名乗る侵入者は教室の窓を突き破って外に出た。
「しまった!」
ジョシュア先生は追いかけるが、一歩遅い。奴の体を掴むことはできない。
「ここは退かせてもらいます。さすがに、フレースヴェルグ相手にこの人の体じゃ分が悪い」
「待て!」
ジョシュア先生は窓に足をかけ、俺たちの方を振り返る。
「全員ここで待機!」
そう短く命令して、ジョシュア先生は千面道化を追って飛び降りた。
教室から緊張感がなくなり、俺はその場に座り込んだ。
その後、結局ジョシュア先生は千面道化を捕まえることはできず、クラスには今回の一件に関して緘口令が敷かれた。
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路地裏。
ジョシュアの追跡を免れた千面道化は息を切らしながらも笑う。
「初めてだ……僕の変装が見破られるなんて」
千面道化の変装に隙は無い。
千面道化の融合錬成は融合先の相手の姿を完全に再現する。さらに融合した相手の記憶も引き継ぐため、完璧な演技も可能だ。
普通に考えて見破られる要素がない。弱点があるとすればあくまで外見の再現は千面道化のイメージ力に委ねられているということ。錬金術にイメージは必須、千面道化は融合先の相手の姿を頭の中で完全にイメージし、融合の際に相手の体の素材と自身の体の素材を使って外見を再現している。千面道化の観察眼・洞察力は凄まじく、顔さえ隠れていなければさっと全身を服の上から見ただけで対象の体の完全なイメージが可能だが、千面道化は色彩能力者ではないため、100%の色の再現はできない。観察の精度によって99%の色の再現は可能だが、100%には絶対に届かない。
――その1%の誤差を、彼は見逃さない。
「一体誰だろう? 僕の正体を看破した子は……あのクラスの誰かだ。姫様? 違う。姫様は誰ともコミュニケーションを取っていなかった。姫様の挙動は全部見ていたからわかる。怪しいのは最初に襲ってきたあの子……えーっと」
千面道化は頭を叩き、ウツロギの記憶中枢を刺激する。
(そうだ、アラン君だ。でも彼も違う気がするなぁ。彼は別の誰かに僕のことを教えられ、襲ったに過ぎないだろう。となると、アラン君と席が近い人物が怪しい)
2つ遠い席の人間と話をしたなら、千面道化の耳に入る。
手紙かなにかでやりとりをした可能性もある。それでも何席も跨いで手紙を回せば、その違和感に千面道化は気づく。
アラン付近、恐らく前後両隣の席4人が怪しいと千面道化は結論付ける。
「やっぱり、あの子かな」
千面道化はある少年の顔を思い浮かべる。
「もしも、もしも本当に! 僕の正体を見破れるなら! ようやく僕は、1人ぼっちじゃなくなる……!」
千面道化はまるで恋する乙女のように顔を赤くさせた。
「すみませんファウスト卿……少しだけ、寄り道します」




