第128話 2人の弟子
錬絶のナイフを錬成した後、俺は1番通りを歩いていた。
1番通りは言わば『繁華街』で、上質な店が多く、常に騒がしい。もう陽は落ちているのに、店の光で全然明るい。
今日はかなり頑張ったので、自分へのご褒美のために少し高い店に行こうと思ったのだが、1人で来るような場所でも無かったな。来た道を戻ろうと踵を返す。
「あれ? イロハ君じゃない」
思いもよらぬ人がそこに居た。
眼鏡を掛けた美人教師ヴィクトリア先生と、あの……コノハ=シロガネだ。
「……」
「……」
俺とコノハ先生は無言で視線を交わす。
「あははははははっ!!! すごっ! ホントに険悪な空気! 懐かしいわね。先生と兄弟子もいつもこんな感じだったわよ!」
1人爆笑するヴィクトリア先生。
「……2人はなんですか。デートでもしているのですか」
「男女で歩いていたらすぐに恋路に結び付けるとは、ガキらしい短絡的な思考回路だな」
「これは兄弟子の言う通りよ。私達は仕事の途中。教員として、生徒が問題を起こしていないか見回りをしているの」
ヴィクトリア先生は「そうだ!」と手を合わせる。
「イロハ君、何か露店で奢ってあげるわ。3人で食べ歩きしましょ♪」
「見回りはどうしたんですか」
「ちょっとぐらい構いはしないわよ」
「……くだらん」
コノハ先生は1人歩き出す。そのコノハ先生の腕をヴィクトリア先生が掴んで止める。
「待ってくださいよ兄弟子!」
「そんな奴と共に行動するなど二度とごめんだ」
同じく。
「コーヒーゼリー、って知ってます?」
俺とコノハ先生は同時に肩を揺らした。
「コーヒー……」
「ゼリーだと?」
「その名の通りコーヒーをゼリー状にした商品なんです。この前、通りがかった露店で出してたんですよ。興味ありません? 私もまだ食べてはいないんです」
コーヒーのゼリー……やばい。気になる。恐らく、コノハ先生も同じ気持ちだろう。
「俺は行きます」
「ちっ。仕方あるまい」
「決まりですね! あ、でもコーヒーゼリーはデザートなので、その前にステーキ串を食べましょう」
「勝手にしろ」
気のせいかな。この人、ヴィクトリア先生に甘い気がする。
「ステーキ串のお店はどこですか?」
「すぐそこよ」
ヴィクトリア先生の案内で、俺達3人は鉄板で肉を焼いている屋台へ足を運んだ。
ヴィクトリア先生が前に出て、
「すみません。マンモスステーキ串3本ください」
「はいよ」
おい、今マンモスって言ったか。美味いのかそれは。
「はい。どうぞ」
1本ずつステーク串が配られる。
まずは一口。
「……美味い」
獣臭くて、歯ごたえはあるけど、噛むたびにジューシーで甘味のある肉汁が弾ける。味付けは塩コショウだけとシンプルだけど、それが素材の良さを引き出している。
牛タンの食感とハンバーグの甘味といったところか。とても美味い。
「まぁまぁだ」
「昔は修業の後、よくこうして買い食いしましたよね~」
「覚えていないな」
「え~? 先生に叱られて泣きじゃくる兄弟子を、私が何度励ました事か」
「ふざけたことを抜かすな。泣いていたのはお前の方だろ。励ました方が俺だ」
「なーんだ、やっぱり覚えているじゃないですか」
気のせいじゃない。ヴィクトリア先生と一緒に居る時のコノハ先生は人間味がある。
「ねぇねぇイロハ君。アゲハ先生とはさ、晩年ずっと一緒だったんだよね?」
「ええ、そうですよ」
「アゲハ先生は私や兄弟子の話はした?」
「……」
ヴィクトリア先生は少し緊張を孕んだ声で聞いてくる。コノハ先生も、耳をこっちに傾けている感じだ。
「していません。爺さんが俺の知らない他人の話をしたのは1度だけです。1度だけ、爺さんは奥さんの話をしてくれました」
「そうなんだ。どんな話?」
「没する1週間前ぐらいですかね。『妻は優しい人間で、私を心から愛してくれた』と。それと『妻には迷惑を掛けた。何もしてやれなかった。もう少し、傍に居てやるべきだった』って」
ボキ。と、コノハ先生が木串を右手の握力で折った。
コノハ先生はその場に折れた木串を捨てる。
「くだらん」
そう言い放つコノハ先生の瞳には怒りが浮かんでいた。
「帰る。もう何も食う気にならん」
コノハ先生は1人、スタスタと去っていく。
「あ、ちょっと兄弟子!」
ヴィクトリア先生が折れた木串を拾う。
「錬金術師なんですから、ポイ捨てなんて絶対やっちゃダメですよ! ……まったく、変わらないわね。あの人は」
「俺、なんかまずいこと言っちゃいましたかね」
「ううん。話を振った私が悪いのよ」
去り行くコノハ先生の背中を、ヴィクトリア先生はため息をつきながら見つめる。
「悲しいわね。あの人はただ、親の愛情が欲しかっただけなのに……」
やっぱり、コノハ先生と爺さんの仲は酷かったんだな。
なんだか、こっちに来て色々な人の話を聞く度、爺さんの印象がぼやけてくる。
俺にとっては育ての親で、しっかりとした人だった。だけど、どうやら錬金術師としてのアゲハ=シロガネは特殊な人だったようだ。
「さ! 私達はコーヒーゼリーを食べに行きましょう! このまま暗い空気で終わりたくないもんね!」
「そうですね。俺はきっちりデザートまで付き合いますよ」
「あ!!」
ヴィクトリア先生は「あちゃ~」と首を傾げる。
「忘れてた。あなたは今日帰った方がいいわ」
「なんですか急に」
「事情は言えない。でも、すぐ帰って、もう寝た方がいいわ。明日は体力使うから」
ヴィクトリア先生はウィンクする。
「ここは言うことを聞いときなさい」
「はぁ……わかりました」
何か明日あるってことかな。抜き打ちテストとか? ……全然ありうる。
そういや明日は休日なのに謎に授業があるんだよな。これは何かしら起きるな。
「またね」
「はい。コーヒーゼリーはまた後日誘ってください」
「ええ。絶対誘うわ」
俺はヴィクトリア先生と別れ、家へと帰った。




