第117話 世界樹の冒険③
中に入ってすぐ広間に出た。白い壁。白い天井。床には赤いカーペットが一面に敷いていて、中央には祭壇がある。祭壇の後ろには3体の女神像があり、女神像の背面の壁にはユグドラシルを描いた絵画が飾られている。
祭壇の上には燭台と一冊の本が置いてある。
「その本には全100ページある。イロハ、ページを開いてみろ」
祭壇の上にある本、その1ページ目を開く。
「これは……」
手形。マナドラフトだ。複雑な陣の中にマナドラフトがある。
「1ページ目のマナドラフトに手を合わせると1階に飛ぶ。2ページ目なら2階。20ページ目なら20階。ただし、1階を除き自分が足を踏み入れたことの無い階には飛べない」
「へぇ~。踏み入れたことのあるなしとかどうやって判別してるんすか?」
俺も気になったことをフォックスが聞いてくれた。
「マナだ。例えばイロハが3階に踏み入ったらイロハのマナがユグドラシルの3階にある独自の情報集合体に記録される。我々はこの情報集合体をデータベースと呼んでいる。データベースは各階にあり、踏み入った全ての人間のマナを記録する。その本はアクセスブックといい、ユグドラシルの全階層にあるデータベースの情報を参照できる。アクセスブックはデータベースを参照し、そして――」
「あ~! もういいです! 頭がパンクする……本を使えば行ったことのある階に飛べる。それだけわかればもういいです!」
自分から質問した癖にフォックスは早々に話を打ち切った。
「イロハ。そのマナドラフトに手を合わせたらスタートだ。行けるな?」
「待ってください。俺が最初に行くことも無いでしょう。なぁベルモンド」
「生憎だがイロハ、このチームにおけるリーダーはお前だ。リーダーは先陣を切るもの。つまり、最初に飛ぶのはお前だ」
「いつから俺がリーダーになったんだよ!」
「此度のユグドラシル探検、発案者はお前だろう? ならば、自然とリーダーはお前となる」
「……フォックス」
「仕方ない。1番乗りはイロハに譲るよ」
「アラ――」
「僕らもすぐに行くから、先に行って待っててよ」
どうやら誰も最初に飛ぶのは嫌らしい。まぁ得体が知れなさ過ぎるもんな。
「仕方ねぇ」
俺はマナドラフトに手を合わせる。
「う、おお……!?」
瞬間、白い光が体を包んだ。
――静寂。
真っ暗な空間に飛ばされた。黒い空間に俺は浮いている。
『データ照合。該当あり』
無機質な女性の声が耳に響く。
『マナデータから対象をアゲハ=シロガネと断定』
はい?
なんで爺さんの名前が出てくる?
『99階までの足跡を確認』
『アクセスブックより希望転送位置受信。対象を1階に転送開始』
『転送中……転送中……転送中……転送中断。データの上書きを確認。対象を1階ではなく90階へ転送』
え……?
『転送中……転送中……転送中……完了』
聞き間違いか? 今、90階に転送するって言った?
俺が行きたいのはユグドラシルの1階だぞ。90階なんて用無いし、上の階に行く程に出てくる魔物とか強くなるんだろ?
90階はレイン副校長ですら踏み入れたことの無い領域。そんなとこに飛んだら……。
「!?」
景色が変わった。
俺は、丘の上に立っていた。丘からはジャングルが見下ろせる。ジャングルの先には山々が見える。
空がある。太陽がある。そして、
「ガアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
……竜もいる
屋敷を一口で呑み込めそうな真っ赤な竜。俺は咄嗟に丘の上に伏せる。竜はジャングルの上を飛び、俺の居る丘を飛び越え、遠くの空へと消えていった。
「お、おいおいおい……!?」
絶対に1階じゃない。ここはユグドラシルの90階だ。
なんで? なんでこうなった? 一体何が起きて――
「そうだ。脱出陣を使えば……」
ユグドラシルから離脱できる巻物、脱出陣をストレージポーチから出し展開。マナスティックを使って起動。陣の上に乗る……が、
「……」
反応なし。
「まずいまずいまずい……! これからどうすればいいんだ俺は!?」
「あ~げ~は~!!!」
なんだ。甲高い女性の声がどこからか……。
「はぁ、くいしばれぇい!!! ムショさまキ~~~~~~ック!!!」
頬に何かプニとした感触のものが当たった。感触は柔らかくも勢いがあり、俺は衝撃で顔を横に背けてしまう。
「いって! なんだよ一体!」
頬に当たった物体を目で追う。
草原の上に、その小さな生物は飛んでいた。
「おれさまのことわすれたとはいわせねぇぞ! アゲハ!」
それは……兎だった。
厳密にいうなら、翼の生えた兎。
フワフワの毛並み、クリッとした瞳、後ろに垂れた長い耳、尻尾は……プラグだ。あのコンセントに差す方。頭には緑の手拭いを巻いている。
耳はピンク毛、体は白毛。尻尾代わりのプラグは黒。
可愛いけど、なんか態度が偉そうで鼻につくな。
「喋れる動物か。もうなんでもアリだな。で? 誰だお前」
「おれさまのことわすれたってのか! おまえがこのカラダにおれさまをとじこめたんだろ!」
「? なんのことだ。お前、俺を誰かと勘違いしてないか?」
「カンチガイだぁ? おまえはアゲハだろ!」
「違う。俺はイロハだ。アゲハは俺の養父の名だ」
「…………んん? そういやオマエ、わかがえっているな? おまえ、アゲハじゃないのか。いやそんなバカな……」
小動物は俺の顔をまじまじと見て、俺の顔のあちこちを毛で包まれた足で触ってくる。
「カオはそっくりだが、アゲハにしては……メにもコトバにもカンジョウがある。でもアゲハとまったくおなじマナってのはどういうことだぁ? だーっ! おれさまはむずかしいことはわからねぇんだ! おれさまにかんがえさせるんじゃねぇ! オマエがかんがえろ!」
自分勝手な小動物だな。
「なにも深く考える必要は無いだろ。俺と爺さん……アゲハは別人だってことさえわかってくれればいいよ」
「なるほど。わかった! そうする!」
「とにかく情報交換だ。お前はどういう存在なんだ?」
「おれさまはニンゲンだ! だけど、アゲハのせいでこんなぬいぐるみにふうじこめられちまったんだ!」
ぬいぐるみ? これぬいぐるみなのか。
「アゲハはこのボディをフェアリードールってよんでた」
フェアリード―ル……どこかで聞いたような。
「あ」
そうだ。爺さんの手記の4番目にあった錬成物の名前だ。
説明文には確か……なんて書いてあったっけ?
「なんで爺さん……アゲハはお前をぬいぐるみに封じ込めたんだよ」
「おれさまがアイツの『まけん』を盗んだからだ」
「魔剣!?」
「ふざけんなだよな! そのていどのことでおれさまはもう300ネンもこのすがたでユグドラシルにとじこめられてるんだぞ!」
300年!?
ただの罰で爺さんがそこまでするとは思えないが……。
「うおっ!?」
またさっきのドラゴンが俺の遥か上空を飛んでいった。
「おい! こっちにこい! おれさまのアジトにつれていってやる。おまえなんかじゃドラゴンにみつかったらそくしだぞ!」
まったくなんでこんなことになったのやら。
なぜ俺はこんな高い階層に飛ばされたのか。この小動物は何者なのか。爺さんはここで何をしようとしていたのか。どうすれば脱出できるのか。
全部の謎を解くのにどれだけの時間がかかることやら。




