第118話 世界樹の冒険④
近くにある森に俺は案内された。
森深く、そこに一軒家があった。
「ここがアジトだ!」
木造の黒い一軒家。この色……コノハ先生の研究所の近くにあった魔除けの木、タリスマンツリーと同じ色だ。これで魔物を追い払ってるのかな。
扉を開き、中に入る。大部屋だ。中央には錬成窯。壁沿いには大量の机と溢れんばかりの書類。壁1面には武器や釣竿や虫網等々……大量の道具が掛けられている。床には地下に繋がるであろう床扉が5つ程ある。
なんだ……この感じ。
初めて見るのに、見慣れた感じがする。
「っ!?」
頭に急に痛みが走った。同時に、妙な映像が頭に入ってくる。
長い髪の男が、この部屋でフラスコを振っている映像だ。これは……俺、か? 長い髪を1つ結びにした俺が、フラスコを振っている。
頭痛が引くと、同時に映像も消えた。なんだったんだ今の……?
「ここにいればまものはよってこない。ゆっくりはなしができるぞ! ほら、コーヒーをいれてやる。アゲハはおれさまのいれるコーヒーをのむときだけ、ちょっとわらうんだ!」
なにやら上機嫌に小動物はコーヒーを淹れ出した。見たことの無い錬成物を使って。
そういや300年ここに居たって言ってたな。もしかしてその間、誰とも会ってないのか? だとしたら俺は300年振りに話す人間ってことになるのか……。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌まで歌っている。
「ところでお前、名前はなんて言うんだ?」
「おれさまがききてぇよ!」
「はい?」
「おれさまはナマエをアゲハにふういんされたんだ。フェアリードールからぬけだすゆいいつのほうほうは、じぶんのなまえを口にすることだからな。だからおれさまははやく、じぶんのなまえをしりたいんだ。だからはやくアゲハにあいたいんだ。おれさまのなまえをしってるのって、たぶんアイツだけだからさ。かぞくはみんなしんじまったし、ぬすみでひぜにをかせいでいたから、ほんみょうはなのらないようにしてたしな」
「……」
「そもそもおれさまがユグドラシルにはいってから300ネンもたってるから、そとだと……えっと、えっと……50ネン! 50ネンたってるんだ! 50ネンまえにおれさまのなまえをしってたやつがいたとしても、もうわすれちまってるよ」
やばい。どうしよう。この事実、言うべきか?
しかしあまりにも……可哀想だ。今コイツに、ありのままを伝えることは。
恐らくそれだけが、コイツの希望なのだから。
「アゲハはおれさまのこと『ムショク』ってよんでた。イミはわからねぇ。きっとカッコいいイミだとおもう! でもムショクの『ク』がおれさまてきにキライなはつおんだ。だからおれさまのことはムショとよべ!」
そう言ってムショは腰に手を当てる。
「ムショはオスか? メスか?」
声的には幼く高い女性の声なんだけど、言葉遣いは男だ。
ぬいぐるみに入って声帯ごと変わっている可能性高いし、俺の予想じゃ男。
「おれさまはオンナだ! それもとびっきりかわいかったんだぜ。おっぱいもでかかったんだ。おれさまがニンゲンにもどれたから1回ぐらいさわらせてやるよ!」
女性だったか。声も人間時代のものと同じなのだろうか。
「ほら! できたぞ!」
ムショはトレーにコーヒーの入ったカップを置き、空を飛んで運んでくる。
俺はトレーからカップを手に取り、飲む。
ムショは「どうだどうだ!」と目を輝かせて俺の言葉を待つ。
「……うまい」
気を遣って言ったわけじゃない。古今東西の色んなコーヒーを飲んだ俺の正当な評価だ。
酸味と苦みが少なく、まろやかな味わい。それでいてしっかりとコクがある。コーヒーが苦手な人間でも飲みやすい逸品だ。
「だろ! うへへ! どうだすごいだろ! ユグドラシルでとれたマメでいれたんだぜ」
こんなうまいコーヒーが飲めるなんて不幸中の幸いだな。おかげで少し落ち着いた。
「なぁムショ。とりあえず、俺はユグドラシルの外に出たいんだが、なにか方法は無いか?」
「え!? そとに……!? だ、ダメだ。そとにでるほうほうなんてない!」
「そうか。ここって多分、爺さんのアトリエだよな?」
「ちがう! おれさまのアジトだ! ……もとはアゲハのだけど」
「ちょっとさぐらせてもらうぜ」
外に出られる錬成物とかあるかもしれない。
「ま、まてよ! そんなもんよりおもしろいもんみせてやるよ!」
「おもしろいもん?」
「ラタトスクだ!」
ラタトスク? 聞いたことないな。
「こい! こっちだ!」
仕方ないついていくか。
「おれはさ、アゲハにあるおねがいをされていたんだ。そのおねがいをかなえればナマエをかえすっていわれてな。そのおねがいってのがラタトスクをさがすことなんだ」
ムショは床扉に開いている穴にがプラグ尻尾を差し込み、ビリビリと稲妻を起こす。すると床扉は動き出し、ひとりでに開いていった。
扉の下には階段があり、地下に続いている。俺は階段に足を掛け、下っていく。
「ラタトスクってなんだよ。生物か? それとも宝石とかか?」
「ユグドラシルにすむ『げんじゅう』さ。あおいケのリスなんだ。ユグドラシルのいちばんうえにいくにはラタトスクがひつようなんだよ」
つまり、爺さんはそのラタトスクとやらを探すためにムショをぬいぐるみに押し込め、ユグドラシルの中に入れた……ってことか?
じゃあ爺さんはこのユグドラシルの最上階に行きたがっていたのか。
「ラタトスクは90カイよりうえのカイのどこかにいるんだ。ちいさくてすばしっこくて、しかもニンゲンのメにはうつらないんだよ。でもおれさまはやつをつかまえることができた! おれさまのほうがすばやいし、それにおれさまはニンゲンじゃなくてぬいぐるみだからアイツがみえたんだ!」
「ふーん」
俺とムショは地下室に足を踏み入れる。
「300ネンかかったんだ! あとはアイツをアゲハにわたせば、おれさまはニンゲンにももどれるんだ!」
300年……たった1人でこの危険なユグドラシルの中を300年も生きるなんて、簡単に言っているが想像を絶するな。爺さん……悪いけど、魔剣を奪われたからってこの仕打ちは酷いぞ。
「これがラタトスクだぞ」
部屋の中心に、やけに厳重な仕掛けのあるガラスケースがあった。
ケースは四重になっており、それぞれのガラスケースに鍵が掛けてある。このケースは恐らく爺さんが造った物だろう。
問題は――ケースの中になにも見えないことだ。ケースの下には藁が敷き詰めてあり、その藁が踏まれ折れる様は見える。なのに、藁を踏んでいる肝心の生物の姿が見えない。気配はあるのにそこには何も居ない。
「見えないけど……確かに居るな」
俺が言うと、ガラスケースがガンガン! と鳴り出した。
「うわ! なんだ?」
「ラタトスクがおこってるんだ。コイツはニンゲンがきらいだからな。ほらほら~、こわくないぞ~」
ムショは自身の頬っぺたを掴み、引っ張り回して変顔をする。するとケースを叩く音が止まった。
「はやくコイツをわたして、おれさまはニンゲンになるんだ。そうだイロハ! おまえ、アゲハをよんでこいよ!」
「さっきは方法なんて無いって言ってなかったか?」
「いまおもいだした! アゲハをよんできてくれるなら、おまえをここからだしてやる!」
「……」
「じつはな、おまえをこのかいへよんだのはおれさまなんだ。アゲハのれんせいぶつをつかってゆうどうした。よぶことができたんだからだすこともできるとはおもわないか!」
ここでの正解は、『わかった。爺さんを呼んでくるから出してくれ』だ。
でも――
「はぁ」
我ながら、馬鹿だな。
「ムショ。悪い」
「え……」
「爺さん……アゲハ=シロガネは、もう死んでいる」




