第106話 白銀の策
現在、千面道化は圧倒的に不利な状況にあった。
ラビィの記憶より手に入れたコノハの情報、これにより自身の想定より遥かにコノハが優秀な錬金術師だと知ったからだ。カメラ付きホムンクルス……この存在が特に厄介だった。一般人とホムンクルスの区別はよく見ないとできない。すれ違っただけでホムンクルスか否かを判別できない。探索用ホムンクルスに視認されてもわからないため、口封じに殺すこともできないのだ。
にもかかわらず、千面道化は筋肉質な男の体で堂々と13番通りを歩いていた。
ホムンクルスに見つかってもいい。どうせイロハが写真を判別するのは1日の終わりだ。夜に適当な人間の体を奪えばいいという考えだ。ただ1日ごとに体を入れ替え、他人の振りをすることはかなりのストレスにはなる。さらにその相手が何らかの疾患もちだった場合も怖い。取り込む細胞によっては疾患ごと受け取ることになるからだ。ラビィのように特殊な構成物質だと錬成劣化を起こすこともある。時間が経つごとに、融合錬成を繰り返すごとにあらゆるリスクが跳ね上がる……。
(時間をかけてはいけない。早く教師の誰かの体を奪い、学校に潜伏しなければ……)
ウツロギより抽出した記憶で教員全ての顔と名前は頭に入っている。
そして、この時間、この13番通りを歩く教師のことも頭に入っている。
(来た……)
名はアルトロフ=レザイアン。千面道化の狙いは彼だ。
ウツロギの同期で、ウツロギとはよく飲みに行く仲。ひ弱そうなウツロギと違い、グラサンを掛け、威圧的な風貌をしている。
彼が13番通りを通り、14番通りの自宅に帰ることを千面道化は知っている。
自然な足取りでアルトロフの後方に周り、彼の後を追う。
彼はイロハのクラス、ジャック組の授業を受け持っておらず、イロハの前に姿を晒すことはないため好都合。
(僕の目的はコノハ=シロガネの体……奴さえ消せば厄介なホムンクルスは機能しなくなる。ホムンクルスさえ消えれば時間をかけてゆっくり攻略できる。奴に近づくための器として、あなたの体を貰いますよ……アルトロフ先生)
アルトロフの身体能力が高いという情報も知っている。単純に器として、アルトロフは優秀。ウツロギの記憶により特殊体質・疾患を持っていないこともわかっている。確実に安全で、確実に目標に近づける最高の体なのだ。
襲うタイミングはアルトロフが人気のない裏道――公園を使う時。
13番通りと14番通りの間には小さな公園がある。この公園は遊具も少なく、使用者も少ない。ほとんど人はいない。現時刻は19時。ほぼ間違いなく人目はない。
アルトロフが公園に入る。
千面道化は素早く周囲を確認して、走って公園に入った。
足音はない。気配も消している。
死神にしか聞こえない足音がアルトロフに迫る。
ガシ……っと、千面道化はアルトロフの手を掴んだ。
アルトロフはそこでようやく千面道化に気づき、背後を振り向く。
「貴様は……!?」
「頂きますよ。あなたの体……」
白炎が2人を包み込む。
「ぬっ、ぐ――うわああああああああああああああっっっ!!!!」
白炎が晴れると1人になっていた。
中身は千面道化、外見はアルトロフの新生命の誕生だ。
「クク……これで、計画は一気に――」
ズキン! と千面道化の脳内にアルトロフの記憶が流れてくる。
「え?」
まず流れてきたのは、培養カプセルの中からコノハを見ている記憶。
「まさか……!」
次に流れてきたのは、大きな筆で自身の体を塗りたくるイロハの姿。
「イロハ君!?」
最後に流れてきた記憶は、コノハが地図を広げながら指示を出している光景。
『いいかアルトロフコピー。お前はこのルートを通り、アルトロフの家に行け。仕事はそれだけだ』
記憶を全て抽出した千面道化は顔中に汗をかいた。
「まさか、ありえない!」
千面道化は悔しそうに顔を歪める。
(アルトロフの体は尾行中に隅々までチェックした! 間違いなく、ウツロギの記憶通りの質感・色・形……外見だったはず!!)
観察眼に絶対の自信があったゆえに、千面道化は動揺を隠せない。
「この僕が……! この千面道化が!! 化かされたのか!!?」
アルトロフコピーが消えて十数秒で、公園を囲むように人だかりができる。
その全員に千面道化は見覚えがあった。なぜなら全員、ウツロギの記憶に色濃く残っていいる人物達だったからだ。あるいは教師、あるいは生徒。
いや、3人だけウツロギの関係者以外も混じっている。イロハ=シロガネとコノハ=シロガネとホムンクルスのラビィだ。
この中で、本物は3人だけである。
「がはっ!」
全てを理解した後、千面道化は血の塊を口から吐いた。なぜ血の塊が口から出たのか、その理由もすでに理解している。




