第105話 冷たい殺意
「満身創痍で虫の息だった相手を逃すとはな」
「ごめんなさい」
防衛班は千面道化を撃退することはできたが、仕留めることはできなかった。
俺たち探索班も千面道化を逃がすまいと包囲網を張ったが、四季森すべての出入り口を塞ぐことは出来ず、穴を衝かれて逃亡された。
俺とコノハ先生は研究所に戻り防衛班と合流。
全員がリビングに集合したわけだが……今はコノハ先生によるジョシュア先生への説教中だ。
コノハ先生は椅子に座って腕を組み、ジョシュア先生は床に正座して説教を受けている。
「しかも俺の大切な素体を一体奪われる始末。アレ一体でいくらすると思っているんだ?」
「ごめんなさい」
「お前のことはある程度評価していたのだがな、改めなければならないか」
「ごめんなさい」
もうその辺にしたらどうです? ヴィヴィは守れたんだからいいじゃないか。
「相手が融合錬成を使うなら、保管棟の警備を固めるのが定石だろうに」
「ごめんなさい」
なんというか……担任の先生が叱られるというのは、嫌なものだな。
「その辺りで終わりにしてください。ジョシュア先生はちゃんと、私を守るという任務は完遂しました。最低限の働きはしたはずです」
「ナイスだヴィヴィ。もっと言って!」
「甘やかすな。コイツは昔から抜けているところがある。いい加減、直してもらわなければかなわん」
「コノハ先生もあと一歩のところで千面道化を逃がしたじゃないですか。ジョシュア先生ばかり責められるのはどうかと思いますよ」
俺もフォローに参加する。
「それにコノハ先生が保管棟へ入ることを禁止していたせいで、ジョシュア先生は防衛策を練りにくかったのではないでしょうか」
痛い所をつくヴィヴィ。
コノハ先生は舌打ちし、「もういい」と説教を打ち切った。少しは自覚があったようだ。
「それで、次の手はどうしようか?」
ジョシュア先生が立ち上がって聞く。
「千面道化はまた民衆に紛れちゃいましたからね。状況はリセットだ」
アランが呆れ気味に言った。
「リセットでは無いさ。今回のいざこざで得られた情報は多い」
コノハ先生は笑う。
「例えば?」
とジョシュア先生が問うと、コノハ先生は得意気に、
「奴はどうやら融合した対象の身体能力に大きく影響を受けるようだ。誰と融合しても超人的な身体能力を擁していたが、対象によってある程度の振り幅はあった」
「そうですね。素体を吸収した千面道化の能力はかなり低かったです」
アランが同調する。
「加えて、奴がラビィと融合してくれたおかげで、奴が対象のどの成分を取り、どの成分を破棄するか、その正確な情報をラビィの記憶回路より抽出できた。これらの情報を使い、トラップをばら撒こうと思う」
「なんだよ、トラップって」
ジョシュア先生が問う。
「寿命1週間程度の劣化体ホムンクルスだ。これを大量に街にばら撒く」
「はぁ~ん、そんで、それを喰わせるわけか」
劣化体を吸収させて千面道化を弱らせる、と。なるほど。合理的だ。
「用意できても精々100~200体ぐらいだろ? それに千面道化が引っかかるとは思えないけどな」
「あくまで案の1つだ。これと並行して色バカとの探索も続行する。時間が経てば経つほどホムンクルスは量産できるからな。監視の目も、毒も、並行して増えていく。爆弾が弱点だという確証も得られたからフラムの爆弾を四季森に敷き詰めることで防衛も強化できる。ほぼ間違いなく、期間内に奴を詰められる。圧倒的にこちらが有利な状況だ。焦ることはない」
ジョシュア先生も、アランも、フラムも、納得した顔だ。
でもヴィヴィだけは浮かない顔をしている。
「ご主人様」
リビングにラビィさんが入ってきた。
「ただいま戻りました」
「魂の定着率は?」
「88%です」
「95%を超えるまでは無理はするな」
「はい」
魂は研究所に保管しているとか言っいてたな。新しく体を作って、それにまたラビィさんの魂を入れたのだろう。つまり、コノハ先生と研究所が無事である限り、ラビィさんは何度殺されても蘇るわけだ。
「今日のところはこれで解散だ。研究所の外は大量のホムンクルスが見張っているから安心して休め」
コノハ先生の号令で、みんな部屋に戻っていく。
「イロハ君」
ヴィヴィが背中越しに呼び止めてきた。
「……千面道化は最初、ウツロギ先生じゃない、女性の姿をしていたんだよね?」
「そうだ」
ヴィヴィは沈黙する。
「それがどうかしたか?」
「いいや。なんでもない」
ヴィヴィは顔を見せず、部屋に戻っていった。
『どうかしたか?』、だと。わかっているクセに……。
千面道化が貌を変える度、人が一人死んでいる。
千面道化の貌となっていたあの女性は死んだということになる。詳細は聞いていないが、恐らく無害な一般人だっただろう。
ヴィヴィを追跡に来た千面道化が、人を殺した。
それだけで、ヴィヴィは傷ついてしまう。
ルチアも命には別状が無かったものの、まだ意識は戻らない。
「様子を見ていくか」
俺はルチアが眠っている医務室を覗く。ベッドに眠るルチアと、傍で項垂れるヴィヴィの姿が見える。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
ヴィヴィという少女は、自分のダメージに対しては強いのだと思う。
だけど、他人の痛みには……弱い。
「……」
コノハ先生のプランに間違いはない。確実に相手を追い詰めていくやり方だ。
だが時間はかかる。その間に千面道化は情報を集めるため、無害な人たちを殺していく。
すでに1人は殺しているはずだ。コノハ先生のホムンクルスの姿で居続けることはリスクでしかないからな。誰かを殺して、その貌を奪っているだろう。
これ以上、時間はかけたくない。だから――
(シロガネ)
誰もいない廊下の隅で、俺は心の内のもう1人に語り掛ける。
『どうしたイロハ』
(千面道化は、変装を見破れる俺を優先して狙ってくる。つまり、お前にとっても危険な存在だ)
『そうだな』
(……少しの間、体を返す。千面道化を倒してくれ)
シロガネは嘲笑が聞こえる。
『いいのか? 俺は、手段を選べないぞ』
「構わない」
それで、アイツをいち早く駆除できるのなら。
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「失礼します」
俺はコノハの居る第一錬成室に入る。
「なんの用だ?」
コノハは千面道化についてまとめたであろう資料に目を通している。
「質問があります」
コノハは不機嫌そうに顔を上げた。
「ホムンクルスの体型や年齢はどれくらい調整可能ですか?」
「遠回しな質問をするな。もっと噛み砕いて言え」
「……例えば、ヴィヴィとまったく同じ姿形のホムンクルスは作れますか?」
「年齢は自由に操れる。体重と身長も好きに調整できるだろう。声質もサンプルさえあれば模倣は可能だ。しかし、顔立ちや肌の質感などは再現できない。肌の色、髪の色、眼の色などの細部設定も大まかにしかできん。模倣率75%が限界だな。遠目なら誤魔化せる程度の出来だ」
「それで結構です。俺に、作戦があります。必ず千面道化に毒を食わせる作戦が」
恐らく、今の俺は酷く冷たい顔をしているだろう。
無表情で、味のない表情――白銀の表情だ。
「貴様……なにを考えている?」
「千面道化は人を化かすことには長けているようですが、化かされるのは……どうなんですかね?」
千面道化――お前にとって屈辱的な方法で仕留めてやるよ。
この俺、シロガネがな。




