第107話 白銀の心
俺の作戦はこうだ。
まずコノハにウツロギの関係者のリストを出させる。その後、その関係者達に似たホムンクルスを作ってもらう。そのホムンクルスを俺が虹の筆で塗色し、さらに本人たちに寄せた上で街に放ち、千面道化を釣り上げる。
これが俺の作戦の大筋。
作戦についてはコノハが計画書を作り、俺がそれをヴィヴィ達に配った。
肌の色、髪の色も完璧。顔立ちも筆を重ねることでほぼ完ぺきに再現できた。オリジナルには今日は学校に泊まるよう指示をし、彼らのコピーだけを家に帰した。
ウツロギの記憶を持った千面道化がウツロギの関係者を狙うことは容易に想像できた。ウツロギの関係者のほとんどは学校の人間だからな。体を奪えれば一気にヴィヴィに近づける。特に彼の友人たる6名の教師の誰かを襲う可能性は高いと踏んでいた。
俺とコノハ、ラビィは教師陣の家が多く存在する13番通り~16番通りに潜伏することに決めた。14番通りの宿屋で、俺たちはコピーの誰かの生体反応が消えるのを待った。
そして、アルトロフのコピーの生体反応が消えた。
俺たちは他のホムンクルスたちと共に生体反応が消えた公園を取り囲み、今に至る。
作戦はうまく嵌り、千面道化は劣化体と融合を果たし……血を吐いて、地面にうずくまっている。他にも11個ほど代案もあったが、1個目の作戦で捕まえられてよかった。
「この罠は……あなたの仕業ですか? コノハさん」
千面道化の質問に、コノハは答えない。
「そうですか……ならばやっぱり」
千面道化は俺に視線を合わせる。
「千面道化。お前が取り込んだアルトロフコピーは今日1日を生きるためのエネルギーしか積んでいない。さらに特殊疾病も抱えていた。体の72%は人体の構成物質とは別の物で出来ている。お前は人間1人分の毒を取り込んだようなものだ」
「ええ、でも僕がこの程度で諦めるとでも?」
千面道化は右手の平を見せる。そこには合成陣が描いてあった。
「ふん。うずくまった時に新たに描いたか。ラビィ、シールドを張れ」
「承知しました。バリアパラソルを展開」
ラビィの右腕が変形し、金属の傘になる。傘が開くと、俺とコノハ、ラビィを囲むように電磁波(?)のバリアが張られた。
「今のお前にこれを突破する体力はないだろう?」
「突破する必要はありません。もうあなたたちの体も、姫様も諦めます。撤退一択です」
まだその瞳に諦めの文字は見えない。
「僕はね、何度融合錬成しても、胃の内容物だけは変えないんですよ。なぜなら……そこには多くの暗器を隠しているから」
千面道化は口を膨らませて、金属の筒を吐き出した。
筒は弾け、周囲を照らす閃光を放つ。
「くっ!?」
閃光を前に思わず目を瞑る。
瞼を開くと、すでに千面道化の姿はなかった。
「コノハ先生、これは……」
「奴に一瞬でこの場を離れるほどの体力はない。ホムンクルスの一体に化けたな。お前の眼なら見破れるだろう?」
「こう暗いとダメですね。生体反応は?」
「駄目だな。生体反応の有無は心臓の有無で判別している。これに気づいた奴は腹にでもホムンクルスの心臓を抱え込んだのだろう」
つまり、いま千面道化の体には心臓が2つあるわけか。
「ホムンクルスを一人ずつお前の眼前に引っ張り出せば……」
「千面道化の変装を見破るためにはある程度近づく必要があります。危険だ。これ以上奴にターンを与えたくない」
俺はコノハに目配せする。
「……あの手を使う気か」
「なにを躊躇う必要がある? 絶好のチャンスだろうが」
「貴様……」
「やれ。お前も『シロガネ』なんだろ?」
コノハは舌打ちし、
「エンプティクルスに告げる。2人1組となって……自爆せよ」
瞬間、エンプティクルスたちは抱き合い――自爆した。
轟音が夜の町に鳴り響く。
炸裂する血漿。目玉が、内臓が、破裂してまき散らされる。
轟音が止んだ時、公園に残っていたのは俺とコノハとラビィ、そして黒焦げになって地面に倒れた千面道化だけだった。
「お、あ……あ!」
喉が焼け、もう声も出せない状態だ。
指1本動かせない、本当の詰みだ。
「凄いな。あれだけの爆撃を受けてまだ原型があるなんて」
千面道化に情けの称賛を送る。
ホムンクルスに搭載できる爆弾の量はフラムが千面道化にくらわせた地雷の比じゃない。ホムンクルスは最低限の知能はあるため、ターゲット設定さえすればかなり融通の利く追尾性能を持つ爆弾になる。――便利だな。
ホムンクルスに爆弾機能を取り付ける案は俺が出した。それは便利だから、というだけではない。千面道化はその能力上、他人と接触することが多い。奴に爆弾を当てるなら人に乗せるのが一番確実。餌に毒を盛るだけじゃ足りない。餌に爆弾を仕込むぐらいしないとコイツは仕留めきれない。それぐらいの強敵だったことは認めよう。
「コノハ先生、とどめをささないのですか?」
「……」
「気が引けるなら――俺がやりますよ」
俺が無表情で聞くと、コノハは目の下に汗を一滴這わせた。
「貴様は……」
その時だった。
「そこまでだ!」
多数の足音が俺たちを囲んだ。
集団。全員が同じ制服を着ている。制服の背広にはフラスコのようなエンブレムが描かれている。
「こいつらは……!」
コノハは奴らが誰か知っているようだった。
「コノハ=シロガネ、それ以上動くな。千面道化の身柄は我々錬国の守護者が預かる!!」
錬国の守護者といえば錬金術師の世界における警察の役割を持つ奴らだったか。なんでコイツらがここにいる?
「貴様らも千面道化を追っていたのか?」
「そうだ。そいつはヘルメスに繋がる重要な情報源だ。渡してもらおう」
コノハ先生に応対するは顔に火傷跡のある50歳ほどの男。
「ランティスにおける法治権はジャック・O・ニュートンにあるはずだ。貴様らの命令に従う義務はない」
「千面道化への取り調べで得た情報をすべて共有するという条件で、奴は我々に千面道化を譲ってくれたよ」
「……あのカボチャめ。余計なことを」
どうやらカボチャ校長と錬国の守護者の間で大人の交渉があったようだ。
カボチャ校長にも俺の作戦は伝えていた。そのカボチャ校長から錬国の守護者に作戦が流れたのだろう。
そういうことなら仕方ない。俺はコイツをランティスから弾き出せればそれでいい。できれば始末したかったが、駄々をこねても意味はないな。コノハは千面道化をよほど解剖したかったのか、納得いかない様子だ。
錬国の守護者が千面道化を確保し、運んでいく。
最後はあっさりだったな。融合錬成は強力だが、手の内がわかってしまえば対策は立てやすい。思えば、奴が最初の襲撃でヴィヴィの奪還に失敗した時点で、勝負は決していたのかもしれない。
千面道化が圧倒的アドバンテージを持っていたのは千面道化の存在を誰も認知していなかったあの時だけなのだ。あのタイミングならコノハやジョシュアを倒すことも容易だっただろう。
襲撃に失敗したせいで、こっちに編成と対策の時間を与えてしまった。このオーロラファクトリー+ジョシュアというチームは、考えてみると千面道化に対する天敵の塊だ。このチームが作られてしまったら千面道化は常に後手に回ることになる。
奴にとって最大の誤算は俺かもな。
俺に見破られさえしなければ、アイツは円滑にヴィヴィを攫えただろう。
(後は好きにしろ。イロハ)
俺はイロハに意識を明け渡す。
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「……」
戻ってきた、か。
とりあえず、味方に被害が出なくて良かった。シロガネの力を借りることは癪だったが、この結果なら上々だ。
「これでようやくお前との協力体制も終わりだな」
「そうですね。これでやっと、ヴィヴィの奴も安心して眠れるようになる」
「……」
コノハ先生は前に出そうとした足を止める。
「いい加減、その薄っぺらい演技をやめろ」
冷たく、厳しい声色だった。
「……どういう意味ですか?」
「お前はヴィヴィの心配なんてしていない。お前にそんな心はない」
背筋が凍った。
コノハ先生に、死に際の爺さんの姿が重なる。
「勝手なことを言わないでください。俺は本心から――」
「その『人真似の心』を本心とは呼ばせん。お前にとっての本心とは、もっと深いところにあるはずだ」
なんだ、こいつは。何が言いたい?
「もう1度言うぞ。お前はヴィヴィを心配なんてしていない。お前にそんな心はない」
「黙れ……」
「彼女と過ごした記憶を元に、どれだけ彼女を大切にするべきかを計算して行動しているだけだ」
「黙れ!」
俺はクリスタルエッジを抜き、コノハ先生の喉元に向ける。
ラビィさんが前に出ようとするが、コノハ先生がそれをハンドサインで制止する。
「……その剣で、お前が俺を殺すことはありえない。なぜなら『まっとうな人間』ならどれだけ怒ろうと人を殺さないからだ。偽物の愛情、偽物の激情、偽物の劣情、全てくだらん……お前に唯一ある感情は無感情だけだ」
「……あんたに何がわかる? 感情がないのはあんたの方だろ! ホムンクルスを毒扱いしていたクセに!」
「お前に言われたくはないな。俺が作ろうとしたのは寿命一週間の劣化体ホムンクルスだ。なぜなら一週間……否、3日の寿命があれば再調整し、通常のホムンクルスと同じだけの寿命を与えられた。これに異を唱えたのはお前だろ? 寿命を1日まで狭め、確実に千面道化を弱体化させようと提案したのはお前だ。俺は犠牲にするホムンクルスの数は精々3人程度で考えていたが……お前は容易に数十体のホムンクルスを切り捨てる判断をした」
「それは……」
「ホムンクルス爆弾、俺にはない発想だった。さすがだよ、お前はちゃんと奴の心を引き継いでいる」
コノハ先生は俺の剣を、素手で握る。
コノハ先生の手に、血が滲む。
「『お前の心は無機質で、何色も寄せ付けない』」
「っ!!?」
なんで、こいつが……そのセリフを知っている?
「『色は、白銀なのだろう』」
「アンタ……あの時、あの場にいたのか……!?」
「……お前の『人間ごっこ』にはうんざりだよ。実にくだらん。俺だけは……絶対にお前らを認めない」
もしかすると、この世界で……一番俺を理解している人間はコノハ=シロガネかもしれない。
『イロハ』が造られた心であることも、『シロガネ』についても、この男は看破している。
「…………」
コノハ先生が去ると、雨がぽつりぽつりと降り出した。
誰もいない公園で、月明かりだけが俺を照らす。
雨が、剣についたコノハ先生の血を洗い流した。




