第103話 異次元の戦い
コイツがその気になればすぐにでも融合が始まる。
なにか手はないのか! クソ! こんな時にどこに行ってやがるんだ……あの煽りの錬金術師は!
『代われ』
心の内に宿るもう1つの人格、シロガネが顔を出す。
(こんな人の多い場所で代われるかよ!)
『ならここで死ぬのか? 俺に任せろ。このゲテモノを刻んでやる』
意識が、強引に代わる。
「……オイ」
シロガネが、千面道化を威圧する。
「離れろ。ゲテモノ」
シロガネは右手で千面道化の右手を掴み、ミシミシと音を立てる。
「なんだ……君は」
『返せ!!』
俺は強引に体の主導権を奪う。
「ぷはぁ! くっそ、邪魔しやがって!」
『それはこっちのセリフだ』
「ははははっ! 面白い! 面白過ぎるよ君! 雰囲気が移り変わる……君は一体」
バッ! と千面道化が突然、首から手を放して後ろへ大きく下がった。さっきまで千面道化が立っていた位置に光の矢が刺さる。
「ルチアか!?」
「違うなぁ!」
俺の前に現れたのは弓を持った眼鏡男子――ベルモンドだった。
「ベルモンド!?」
「フハハハハ! 一生感謝しろよイロハ! あ、感謝する気持ちがあるなら、女の子紹介ヨロシク!」
「……ご指名があるなら聞くぞ」
「無事か? イロハ」
続いてフォックスが現れ、手に持った鞭で千面道化を襲う。千面道化は軽快に鞭を避ける。
「この前は黙って見ているしか無かったけど、今回はそうはいかないぜ。こっちにも武器がある」
フォックスの鞭が20m程まで伸び、千面道化の首に巻き付く。
「へぇ」
伸びる鞭……錬成物か!
「好き勝手やらせんぜ? 千面道化ちゃん」
「束縛して終わり? つまらないね」
「まぁ待てよ。すぐ面白い女が来るから」
「面白い女登場!」
杖を持った赤毛の少女がフォックスとベルモンドの前に出る。
「どーん!!!」
少女――ロアが杖を振ると、千面道化の頭上に巨大な光が落ちた。
「つぅ!? ……ただのマナの塊が……なんて威力だ。でも」
千面道化は弱った様子を見せず、フォックスの鞭を掴んだ。
「うおっ!?」
フォックスは鞭ごと、二階建ての建物の上に投げ飛ばされる。
「「フォックス!!」」
「地獄のような実験を乗り越えてきた僕と、のうのうと平和に生きてきた君達とでは、次元が違うってわからないかなぁ?」
ベルモンドが弓を構えると、千面道化は足下に転がっていた石ころを拾い、ベルモンドに投げた。石ころは猛スピードでベルモンドの腹に当たり、ベルモンドは白目を剥いた。
「ベルモンド!」
俺は倒れるベルモンドを受け止める。
「イロハ……俺の家にある黒表紙の本は全て、燃やしておいてくれ……」
がくっ。とベルモンドは気絶する。お前の遺言は本当にそれでいいのか?
ちなみに脈も呼吸もあるから死んではいない。
「こ、来ないで!」
ロアは杖を構え、俺の前に立つ。
「い、イロハとベルモンドには……手出しさせない」
「震えてるじゃないか。無理はいけないよ。赤毛のお嬢さん」
俺はベルモンドを地面に寝かせ、ロアの肩を叩く。
「もう下がって大丈夫だよ。ロア」
「で、でも!」
「選手交代だ」
「え?」
ゴオォン! と天より飛来したメイドさんが千面道化の背に膝蹴りをくらわせ、そのまま地面にめり込ませた。
「ごはっ!?」
ラビィさんはバク転して、主人の傍に戻る。
「お初にお目にかかる。千面道化」
千面道化は血を吐きながらも笑顔で立ち上がる。
「コノハ=シロガネ……こんなすぐに2人目のフレースヴェルグに会えるとは。あと5人でコンプリートですよ」
「ラビィ、殺せ」
「承知しました」
ラビィさんは地面に指を突っ込み、地面をひっくり返して巨大な岩塊をその手に持つ。
「ねぇねぇイロハ。私は夢を見ているのかな? メイドさんが岩を持ち上げているよ」
「夢じゃない……はずだ」
ラビィさんは岩塊をそのまま千面道化に向けて投げる。
「さすがはホムンクルス。馬鹿力だね」
千面道化は大きく飛び上がる。近くの一軒家よりも高くだ。
だが、その跳躍が最高点に達した瞬間に、コノハ先生が千面道化に向かって缶詰を投げた。
「これは……!?」
ドオオォン!!!!! という激しい轟音と共に、缶詰が爆発した。
「なんて高レベルな戦いだよ……!」
黒煙が空を覆う。
「熱に弱いという情報はヴィヴィより聞いている」
そういえば、フラムの爆撃は千面道化にもダメージが入っていたな。
今回の爆発の規模はあの時の比じゃない。教室を吹き飛ばすぐらいの威力だ。無事じゃないはず。例え生きていても虫の息だろう。
「出てくるぞ!」
コノハ先生が言う。
黒煙から、影が1つ飛び出す。全員がそれに視線を奪われた。
煙から飛び出してきたのは……右腕、千面道化の右腕だった。
「腕!?」
一瞬の動揺、一瞬の視線誘導。その一瞬の隙に、誰かがすぐ近くに着地した。
俺がその着地した人物を視界に収めたのは、すでにそいつがラビィさんとの距離を20メートルまで詰めた時だった。
「ラビィ! 武装の使用を許可する!」
コノハ先生が叫ぶ。
ラビィさんは両手の袖から12に及ぶ銃口を出し、銃弾を千面道化に浴びせた。銃弾は千面道化の喉を撃ち抜き、腹を撃ち抜き、全身に穴を空けるも、千面道化は止まらない。
無防な特攻だ。完全に防御を捨てている。
「まずい……!」
アイツにとってもう致命傷すらどうでもいいんだ。
――融合錬成を使えば、新品の体を用意できるから。
「ラビィさん!!」
「頂くよ、君の体」
千面道化の左手が、ラビィさんの顔を掴んだ。白炎が千面道化とラビィさんを包み込む。
そして――炎が晴れると千面道化は消え、メイド服のラビィさんだけが立っていた。
いや、アレはもうラビィさんじゃない。
「へぇ、これがアニマクルスの体か」
千面道化は新たな体をまさぐる。
顔を、胸を、腰を、撫でまわす。その様子をコノハ先生は不機嫌そうに見ていた。
俺はその手つきを見ながら、あることに気づいた。
合成陣が手から消えている。
融合錬成を行うと合成陣は一度消えるのか。
「次は君だよ。コノハ=シロガネ!」
千面道化がコノハ先生に襲い掛かる。
コノハ先生は格闘術で対抗する。技量は互角……でも身体能力に差があるのか、ジワジワとコノハ先生は追い込まれる。
「ちっ」
「凄いね! 僕の体術に対抗できるんだ! これまで奪ってきた記憶・経験を総動員しているのに! 格闘家の記憶も幾百とあるのに!」
コノハ先生は千面道化の拳を両腕のクロスガードで受ける……しかし、衝撃を受け止めきれず、俺の傍まで後ずさった。
「……」
なぜか、押しているはずの千面道化が目を細める。
「おい色バカ。お前の剣を寄越せ」
「……色バカって、俺のことか?」
「お前以外に誰が居る? 早く寄越せ」
俺は渋々クリスタルエッジをコノハ先生に渡す。
コノハ先生は右手で剣を持ち、構える。
「アゲハ=シロガネは達人級の剣士だったみたいだけど、君もそうなのかな?」
「剣術に頼るのは虫唾が走るが、仕方あるまい……貴様に調子に乗られる方が腹が立つ」
今度はコノハ先生から仕掛ける。
クリスタルエッジは優秀な剣だと思うが、奴にダメージを与えられるほどの切れ味はない……対抗できるとは思えない。
コノハ先生の目にもとまらぬ剣戟。素早く、的確に急所を狙う剣捌きだ。手慣れている。
千面道化は対応できず、肩に斬撃を受けた。
奴の肩から血が噴き出す。
「やはりな……」
「これは困った」
千面道化は飛び上がり、一階建ての建物の屋根の上に逃げる。
「ラビィの体は人間の構成物質だけで出来ているわけではない。にも拘わらず、いつも通りの人間相手の融合錬成をすれば錬成式はズレる。イメージのズレは錬成物に綻びを生む。その結果がそれだ」
「錬成劣化……やっちゃったね」
千面道化の頬に、小さくヒビが入る。
「やっぱりホムンクルス相手に融合錬成はすべきじゃないなぁ。でも、彼女の記憶を抽出できたおかげで君たちのアジトの場所は把握できた」
そうだ。
ラビィさんの記憶を奪われたから、ヴィヴィの居場所や防衛の戦力が完全に読まれてしまった。
これはまずい……!
「じゃあね。本丸を取りに行かせてもらうよ」
「待て!」
「またねイロハ君。今度はもっとゆっくり、落ち着ける場所で話そう」
千面道化は人間とは思えない速度で去っていく。
俺は追いかけようとするが、コノハ先生に肩を掴まれ止められた。
「落ち着けアホが。錬成劣化し弱っているとはいえ、奴の足に追い付くのは不可能だ」
「アイツは四季森の方に向かった! ヴィヴィを狙う気だ! ラビィさんの姿だから、ジョシュア先生たちも千面道化とわからず奴を迎え入れる可能性がある!」
「ラビィの体が分解した時点で、ラビィの魂は俺のラボにある装置に帰属する。ラビィの魂が帰属した場合、伝令機がジョシュアの元へ飛ぶように設定してある。これらの処置はラビィの意識外で行った。奴はお前が考えたようにラビィの姿で不意打ちを狙う気だろうが対策はちゃんと講じてある。すでにジョシュアは事態を把握し、迎撃準備に入っているはずだ」
思ってた以上に、きっちり対策している……。
ラビィさんが融合錬成を喰らった場合にも、しっかり備えていたとはな。
でもそれらの情報、俺に共有してもよかったのではないでしょうか。
「ここは防衛班に任せる。俺たちは四季森に包囲網を張るぞ」
「防衛班と探索班で挟み込むわけか」
俺はへたり込むロアに目を向ける。
「ロア、大丈夫か?」
「じゅ、寿命縮んだ~! おしっこ漏らすかと思った!」
目の前にフォックスが着地する。鼻血を流しているが、重傷は無さそうだ。
「いんや、アレはキツい」
「ごほっ! ごほっ!」
ベルモンドも腹をさすりながら起き上がる。
「ロア、フォックス、ベルモンド。ほんっっっとうに助かった。お前達がいなかったらどうなっていたかわからない」
「いいんだよ。友達じゃん!」
「いや、驚いたよ。素材の採取に出ようと思ったらイロハが首絞められてるんだもんなぁ」
「貴様が奴の名を呼んだ時はさらに驚いた。まさかあの千面道化とはな。とにかく、お前が無事で良かったよ」
コイツらマジでいい奴だな。善人度高すぎる。
「ちっ。いつまで友情ごっこをやっている! 早く準備しろ!」
コノハ先生が急かしてくる。俺は最後に3人に頭を下げ、コノハ先生に合流した。
コノハ先生はホムンクルスを集め、それぞれに指示を出す。
その隙に俺は地面に落ちている千面道化の右腕に近づき、傷口に注射器を刺し込んだ。
――血液採取完了。
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同時刻、コノハ研究所ではジョシュアが動き出していた。
ジョシュアは廊下で招集をかける。
「全員リビングに集まれ! 緊急事態だ!」
ジョシュアの号令でヴィヴィ、アラン、フラム、ルチアの4人が集まる。
「どうなされたのですか?」
ヴィヴィが問う。
「さっきコノハの伝令機から連絡があった。コノハたちは1番通りで千面道化と交戦。戦闘の過程で千面道化がラビィと融合し、ラビィの記憶と姿を奪ってこの本拠地に向かってきている。到着までは約30分と仮定」
「……まずい状況ですね」
アランは顎に手を当て、考え込む。
「大丈夫。30分もあれば罠を張れる」
「罠ですか……私に一案があります」
ヴィヴィはフラムの方を向く。
「フラム君、君に作って欲しい物がある」
「ななな、なんでしょう!? なんでも作りますよぉ!!」
「ありがとう。じゃあ……」
フラムはヴィヴィのお願いを聞いて苦笑いする。
「何に使うのですか? って、聞くまでもないですよね~」
「名案だね。僕もヴィヴィさんの意見に賛成だ」
「う~……わかりました。作ります……」
嫌々ながらフラムは承諾した。
「……ねぇ」
ここで初めてルチアが会話に参加する。
「私に、名誉挽回させてよ」




