第101話 裸の付き合い
第1錬成室は俺が治療錬成を受けた部屋だ。
錬金窯があり、棚があり、机があり……と、爺さんのアトリエに似ている。
コノハ先生は椅子に座っているが、わざわざ俺に背もたれの方を見せている。そんなに俺と顔を合わせるのが嫌か。
「背に腹は代えられん。お前の眼を最大限利用させてもらう」
「お好きにどうぞ」
「お前は奴が化けても一目で見破れるのだな? 写真越しでも見破れるか?」
「写真の精度によります。見たまんまの色を再現できるなら写真でも判別可能だと思いますよ」
そう言うと、コノハ先生は1枚の写真をノールックで投げてきた。俺は写真をキャッチして見る。
写真に映るはこの部屋の景色だ。中央にはピースサインをしている無表情のラビィさんが居る。
「これぐらいの精度ならどうだ?」
「これなら……大丈夫です」
「明日はカメラを搭載したホムンクルスを大量に動員し、すれ違う全員を撮っていくつもりだ。写真が出来上がり次第、お前には写真に目を通してもらい、千面道化がいないか判別してもらう」
どれだけの数の写真になるかな。
100や200なら許容範囲内だが、1000枚とかだったらしんどいな。
「明日のお前のタイムスケジュールだが、朝から日が落ちるまでは俺とラビィとお前の3人で街を歩き捜索する。夜は写真の判別だ」
「……重労働ですね」
「面倒なら断ってくれても構わん」
「いえいえ、与えられた仕事は完遂しますよ」
「ちっ。用件は以上だ、戻れ」
なぜ舌打ちを挟むんだこの人は。
「はいはい」
ドアノブに手をかけたところで立ち止まり、コノハ先生の方を振り向く。
「――爺さんの本、禁忌の目次について聞いてもいいですか?」
「名前から察しはつくだろう。奴が開発した禁忌術の数々が載った本だ」
「そんなもの手に入れて、なにをするつもりですか?」
「気まぐれで1つ質問に答えてやったからって調子に乗るな。あと10秒以内に退出しなければ嘘偽り虚言はったりなしに殺す」
「……シツレイシマシタ」
棒読みでそう言って俺は部屋を出た。
パラ……、
「ん?」
第1錬成室の隣、書庫でページをめくる音が聞こえた。
気になった俺は書庫の扉を開ける。
「よう」
俺は書庫の中に居た人物に声をかける。
「勝手に書庫に入っていいのかよ」
2色髪の少女、ヴィヴィだ。
本を片手に、彼女は髪をかきあげる。
「出入りを禁じられているのは別棟だけだよ。書庫への出入りは禁止されてない……この書庫には図書館にも置いてないような希少な本が多くある。暇つぶしには良いね」
ヴィヴィは基本、この研究所に引きこもることになる。アラン・フラム・ルチア、ジョシュア先生が常に近くにいるとはいえ、退屈だろうな。その退屈しのぎのためにもコノハ先生は書庫への出入りを禁止しなかったのかもしれない。アイツはヴィヴィに対してはそれなりに気を遣っているようだしな。
「……今日の22時、サウナ室に1人で来てくれ。話がある」
ヴィヴィは小さな声で言う。
俺が小さく頷くと、ヴィヴィは書庫を出た。
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22時。
アランとジョシュア先生の目を盗んで部屋を出る。
ヴィヴィに言われた通り、サウナ室に入る。
すでにサウナ室にはヴィヴィが座って待っていた。
ヴィヴィは黒のビキニ水着を身に纏っている。谷間やへそなど、普段見えない部分が露わになっているからか、少し恥じらってる様子だ。服の上からだと胸は控えめに見えていたが、こう見ると結構大きめだな。着やせするタイプか。――なんて思考していると睨まれた。怖い怖い。
ヴィヴィは白い肌に透明な汗を滴らせ、熱さから顔はほのかに熱を帯びている。この現場、誰かに見られたらヤバいかもしれない。
「君、その格好……」
俺は水着を用意してなかったので腰にタオルを巻いて入った。
「水着が用意できなかったから仕方なくな。安心しろ、下着は履いている」
「……錬金術師なんだから、その辺の布を使って合成術で作ればいいだろう」
「まだそんなこなれてない。てか、なんでこの場所なんだ?」
「監視の目がなくてほとんど密室。誰かにこの場を見られてもたまたま鉢合わせしたと言い訳できる」
目のやり場に困ったのか、ヴィヴィは俺から視線を逸らした。
ヴィヴィより1メートルほど距離を取って座る。
「それで、話ってなんだ?」
「錬絶のナイフについてだ。あの書庫でナイフの能力がわかった」
錬絶のナイフを作ろうとしていることは俺とヴィヴィだけの秘密だ。すでに俺たちが賢者の石を作ろうとしていることを知っているフラムやアラン、ジョシュア先生ならギリありだが、何も知らないルチアと……ましてやコノハ先生にバレるのは絶対アウトだな。最悪手記の存在がバレる。
「錬絶のナイフは錬成物を斬りつけることで錬成物を錬成前、つまり素材の状態へ戻すことができる回帰能力を持っているそうだよ」
「わざわざ錬成物を元の素材に戻す? それって意味あるのか?」
ヴィヴィは心底呆れたようにため息を漏らした。
「実用性で言えば虹の筆なんて遠く及ばないほど便利なアイテムだ。例えば錬成に失敗しても、錬絶のナイフを使えば素材に戻して再度チャレンジできる」
「あー、なるほど」
「それだけじゃない。対錬金術師においてかなり強力な武器になる。錬金術師の武器は基本錬成物なのだから、それを錬絶のナイフで斬ってしまえば……」
「そうか! 一瞬で無力化できる」
「そういうこと」
ジョシュア先生の武器も、アランの義肢も錬成物だもんな。他の連中が使っている武器だって……それを一太刀で無力化できるのは強いな。
「魔物はどうなんだ? アイツらは元々キメラなんだから、ナイフで斬れば一撃で元の生物たちに戻せるか?」
「否だ。魔物の99%は先祖がキメラなだけで、魔物自身がキメラなわけじゃない。だから魔物を斬っても一撃必殺にはならない」
そこで、俺は1つの可能性に気づく。
「千面道化! アイツは錬金術で融合してるんだろ? なら、錬絶のナイフで斬れば分解できるんじゃないか?」
「そうかもしれない。でもそうならない可能性も大いにある。千面道化の体は度重なる融合錬成によって成り立っている。錬絶のナイフで千面道化を斬りつければ直近の融合錬成が解除され、1つ前の姿に戻るだけの可能性もある。全ての錬成が解除され、融合錬成する前に戻る可能性もある。なんにせよ、すでに失われた魂……ウツロギ先生が帰ってくることは無いけどね」
ヴィヴィは目を伏せる。
「お前のせいじゃないよ」
「要因の1つではあるさ」
「なんで俺に錬絶のナイフのことを話した? 別に、全部終わってからでも良かっただろ」
「念のためさ。もしも私が連れ去られたり、死んだ時は君が私の夢を――」
「嫌だね。俺の夢はモナリザを造ること。賢者の石は自分で造れ」
カチャ。と、サウナ室の扉が開く。
「サウナ♪ サウナ♪ 噂で聞いてたけど、ようやく入れるぅん♪ まさかこんなところ……で?」
サウナ室に入ってきたのは、裸一貫のルチアだった。布1枚纏っていない。
ルチアは俺とヴィヴィを交互に見る。
「は……!? きゃあああああああああっっっ!!!!」
と、女子らしい悲鳴を上げ、サウナ室の隅で丸まった。
「ななな、なんでアンタらいるのよ! こ、こんな時間に!!」
「お前、なんで裸なんだ?」
「だって! 普通は裸だって聞いたから!! ジョシュア先生に!」
あの眼帯教師……。
「てか、なにしてたの! そんな恰好で! 2人きりで!!」
「我々は普通にサウナを楽しんでいただけだ。イロハ君、君は去りなさい」
「わかってるよ」
俺はサウナ室を出て、脱衣所に入る。すると、
「「あ」」
脱衣所には……これまた裸のフラムが立っていた。
「お、お前まで……!?」
「いいいいいい、いろ、イロハ……さぁん!?」
フラムは涙目で、プラスチックの筒を出した。
赤い……筒だ。尋常ならざるオーラを感じる。まさか……!
「待てフラム。それって爆弾? なんでそんなもん持ってるの? あ、そうか。千面道化対策か。偉い偉い……」
俺は動揺のあまり、腰に掛けたバスタオルを脱衣所の椅子に引っ掛け、滑り落としてしまった。
「あ」
「みゃあああああああっっ!」
――脱衣所が爆発した。




