巷で噂のとある魔物
本屋から出たカルルは、徒歩5分程度のところにあるギルドに入った。
ギルド___冒険者と呼ばれる、魔物を相手にすることを生業としている者達が集う集会所だ。
主な業務は、魔物の討伐などの冒険者に依頼された仕事の斡旋だ。この世界に住む人々からの、魔物に携わる悩みが依頼としてギルドに毎日のように押し寄せてくる。
その依頼の内容を冒険者達に紹介して、解決してもらう。解決した際には冒険者およびそのグループに報酬を支払うのだ。
また、ギルドは飲食などのサービスも提供している。
物を食べたり飲んだりするためにテーブル席がいくつも設けられている。そこで、冒険者達はお互いの仕事の苦労を分かち合ったり、談笑をしたりする。言わば、ギルドは冒険者にとっての憩いの場でもあるのだ。
カルルがギルドの中に入ると、そこはカルルと同年齢の若い人達で溢れていた。
線が細く、冴えない顔をした少年の周りを見麗しい少女達が座り、何やら楽しそうに会話をしていた。
さらに奥のテーブル席では、同様にパッとしない少年に向かってベタベタと擦り寄っている、幼い顔をした少女が2人いた。
1人は猫耳で、もう1人はやたらと胸が大きい。お互いに少年の片腕にしがみつきながら何やら言い争っている。
さらに奥の席には___
「...ッ」
同じような光景が広がっており、カルルは視線を逸らしつつ露骨に舌打ちをした。
少女達のことは知らないが、この少年達は転生者だ。本人達が公然でそう言っていた。
彼らが来た時のことはよく覚えている。
ギルドに入るなり、「想像通りだぜ!」や「ゲームの世界マンマじゃねーか!ウッヒョー!これからバンバン魔物を狩って女の子からモテモテな人生が待ってるんだなぁ!」というような、冒険者業を完全に舐め切った発言を大声で、ギルドの内部にいる誰の耳にも聞こえるように吐いていた。
想像通りとはどういうことか?ゲームとは何だ?
カルルには分からなかったが、特段気にはならなかったし聞く気にもなれなかった。
ともかく転生者達は、結果としてこのような楽な人生を送っているらしい。神から与えられた「チート能力」を駆使して「豪奢な装飾品」を見にまといつつ、悠々自適な暮らしをしているようだ。
当然、そんな訳の分からない強さを持った人達が押し寄せてきたら、元来の冒険者業に従事していた人達は立場を追いやられる。彼らのせいで___転生者達が原因で、冒険者を辞職していった者は後を絶たない。
お前らのせいでどれだけの冒険者が辞めてたと思ってんだ。
心の中で唾棄して、カルルはギルドのカウンターに向かっていった。
「あ、あれ?カエサルさん?...い、生きてらしたのですか...?」
ちょこんと立っていたギルドの受付嬢は、カルルの顔を見るなり目を丸くした。
「カエサルさんと同じ冒険者から、カルル・カエサルは突然現れた魔物に殺されたと連絡があったのですが...」
「生きてますよ。恐らく、その冒険者は気が動転していて見間違えたのでしょう」
ここは嘘を言っておいた。死んだ後に女神に蘇らせてもらったのだが、説明しても理解してくれるはずがない。
暫く目を瞬かせていた受付嬢だったが、ようやく事実を理解したように表情を綻ばせた。
「そ、そうですよね!実際にお亡くなりになられたら、こうして会話が出来るはずがありませんものね!無事で何よりです!本当に!」
「ええ、そういうことです。何とか生きていますよ」
カルルは笑顔で答えた。どうやら、受付嬢はカルルの言葉を信用してくれているようだ。
安心したところで、カルルは本題に入った。
「ところで、何かオススメのクエストはありませんか?出来れば、稼ぎのいいクエストを紹介してもらいたいのですが」
ここで言うクエストとは、冒険者が引き受ける依頼および仕事の総称のことである。
転生者達に魔王が倒されたとはいえ、人々の暮らしを脅かす魔物自体はほとんど減っていない。
転生者達が進んで倒したがらないことと、魔物達の凄まじい繁殖力が起因している。
コボルトやゴブリンのような低級の魔物から、ケンタウロスやマンティコアのような上級の魔物まで幅広く生息している。
それらの被害は今も絶えない。こうして冒険者が定期的に潰していく必要があるのだ。
カルルの言葉を聞くと、受付嬢はカウンターに置いてあった分厚い書物をパラパラと捲り始めた。
「ええっとですね...ああ、大量に繁殖した大トカゲの討伐が良いんじゃないでしょうか?近隣の村で取れた収穫物を度々狙うとのことで、村長さんからクエストとして依頼されました。討伐希望は10匹。報酬は銀貨15枚です」
「それよりも報酬の良い仕事はありませんか?」
「そうですね...これ以上だとカルルさんの実力では少々手厳しいかと...」
「...わかりました。じゃあそれにします」
提示されたクエストよりも難しくなると命に関わってくるらしい。カルルは素直に従うことにした。
銀貨15枚であれば、質素な宿で3泊するだけで精一杯だ。だが、報酬は少ないとは言え今は贅沢を言っていられない。
カルルは、受付嬢が差し出してきた専用の紙に羽根ペンで名前と必要事項を記入した。
それから、踵を返してギルドを後にしようとした時のことだった。
「あ、ちょっと待ってください!」
受付嬢に呼び止められて振り返る。
「最近になってから、至る所で奇妙な魔物が目撃されているんです」
「奇妙な魔物?」
「ええ。私は見たことが無いのですが、聞いた話だと、木の実の代わりに人の首をいくつもぶら下げた植物系の魔物が、道行く人を捕食しているらしいです」
何だそれは。カルルは口元を歪めた。
「魔物図鑑にも乗っていない新種の魔物です。被害自体はそれほど大きくはないとは言え、日を追う事にギルドに寄せられた目撃情報と、体の1部を捕食されたと訴える被害者が増えていることは確かです。カエサルさんも気をつけてくださいね?もし、出会ってしまったら逃げてくださいね?」
「...そうですね。気をつけます」
先行きが不安になってきた。
カルルは、重たくなった全身を必死に動かして、外に出るべくギルドの扉を押した。




